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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十章 神谷神奈と魔導祭
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164.6 惨敗――狙われたD――


 次に一年生の第二試合が始まるので神奈達は再び戦闘場所へと降り立つ。

 とぼとぼと待機場所まで歩いてきた日野に神奈は「おつかれ」と告げる。


「ふん、お前如きには荷が重かったか」

「使えないわね不良もどき」

「見損なったよ日野君。神谷さんに迷惑を掛けるなんて」


「お前ら少しは労ってやれよ可哀想だろ!」


「……生まれてきてすみません」


「めっちゃショック受けてる! お、おい大丈夫、お前頑張ったよ!」


 その後、神奈と腕輪からの励ましで日野はなんとか立ち直れた。

 第一試合で彼が無得点だったことからDは二位になり、すぐ傍にCが迫っている。可哀想だがBにはもう勝機がないだろう。どれだけ上手くやっても追いつくのはほぼ不可能と言える。


 一位から二位に下がり、後ろから迫るCクラス。

 少しピンチになったDクラスだがまだ余裕はある。

 次の第二試合。つまり一年生の試合後半で大量得点すれば他クラスから引き離されないはずだ。


 観客席で眼鏡を掛けている男性教職員が席を立つ。


「魔導祭第二種目、シュートボール。一年生の試合二回戦を開始します。一回戦同様、空に魔力弾を撃つのが開始合図です。みなさん頑張ってください」


 第一試合の開始宣言をしたのと同じ教職員が空に魔力弾を放つ。

 休憩する間もなく始まった第二試合に神奈は意識を切り替える。


「よし、気合い入れてくぞ。第二種目に出られるのはこれが最後だからな」


 一斉に動き出した玉とキャッチャーを追おうとした時、神奈は隣の人間に違和感を覚える。

 隣にいるのは影野だ。彼のことだしテンション高めで『やりましょう!』とでも言うと思っていたのだが、神奈が様子を見てみるとやけに静かで顔を強張らせていた。


「……ん? どうした影野、顔色悪いぞ」


 全身から発汗しているうえに顔の色が青い。

 明らかに体調が悪そうな影野はプルプルと唇を震わせながら告げる。


「も、申し訳ありません。は、腹が痛いだけです。心配ご無用ですので」


「ええ腹痛!? 今!?」


 よりにもよって大事な時に影野は腹を押さえて蹲る。


「お前、何か変な物でも食ったんじゃないだろうな」


「変な物……そういえば今朝、女の子が道端に生えていたキノコを食べていまして。あれ食べられるんだと思って興味本位で食べてしまったんです。緑と青の水玉模様のキノコを」


「めっちゃ毒っぽい! 何で食べた!? あと今その女の子も腹痛いだろ絶対!」


 すごくバカっぽい理由でなった腹痛に苦しむ影野に神奈は呆れる。

 話に出た女の子に神奈は心当たりがあるので困る。オレンジ髪の活発少女、飢えに苦しむ貧乏少女。どうか阿呆な真似をしたバカが知り合いでないようにと願う。


「影野、口を開けて中を見せてみろ」


 鋭い目をした速人が腕組みしながら命令する。


「な、何でさ」

「早くしろ」


 理由は気になるがとりあえず従うことにした影野は口を大きく開く。

 開かれた口の中をじっくり見つめる速人は小さく舌打ちした後に離れる。


「この毒は裏社会で取引されているから知っている。人工の毒だ。原因はキノコじゃない。おい影野、昨日も何か口にしたんじゃないのか。この毒は体に異常を発生させるのに数時間、人によっては十時間以上かかるものだ」


「ええ? い、いや、昨日なら心当たりはないな」


「本当か? 誰かから貰った物を食べたり飲んだりしていないだろうな」


「そんなこと……あ、そうだ。昨日は確か昼休憩の時間に……」


「ああ! 東條から飲み物貰って飲んだよな私達!」


 魔導祭初日、確かに神奈と影野は貰い物の飲み物を飲んでいた。

 自動販売機の前にいた神奈達より東條が先に買ったお詫びとして受け取った物だ。 

 全く東條の善意を疑わなかったので全て飲んでしまっている。


 なぜ影野を苦しませる毒が神奈に効かないかというと、神から貰った加護が作用しているおかげだ。自発的に効力を切らない限り神奈には毒も熱も何一つ効かない。


「素人が。毒が含まれているかの確認くらいしてから飲め」


「貰った飲み物に毒があるとか普通考えないだろ!? なあ日野、南野さん!」


「隼の特訓で薬物の警戒も怠るなって教え込まれちまったからなあ」


「私、基本他人は信用しないから。貰った飲食物なんて怪しいし捨てるわね」


「……あ、そう」


 いつの間にか神奈のクラスメイトは裏社会の常識に染まりつつあった。

 今この場所に坂下がいれば疎外感を味わうこともなかったが、少数派になってしまった神奈は若干落ち込む。


 一先ず神奈達は毒による腹痛で苦しむ影野を退場させておく。

 速人によれば毒は下剤のような効果で命の危険はない。

 腹痛で動きが鈍いなら影野は役に立たないし、残っても糞尿を漏らしてしまう。

 損はあっても得はないので退場させるのは最善手だ。


「さて、影野はトイレに行ったし私達も動くか」


「え? まさかあなたも糞尿を漏らすの?」


「私は問題ない。早く種目に取り組むぞって話だよ。……ていうかあなたもって、影野はまだ漏らしてなかっただろ。漏らしたことにするなよ可哀想だろ」


「お前も敵から貰った物飲んだんだろ? 何で平気なんだよ」


 人間の枠はだいぶ超えていると思うが今はそんなことどうでもいい。

 Dクラスが今やらなければならないことは第二種目で点を稼ぐことだ。


「点を稼がないとってことなら早く動かないとね。散って玉を捕まえましょう。またさっきみたいな醜態を晒さないように瞬間移動に気を付けて」


「心配ないだろ。天寺は観客席だぞ」


「変態に構っていたから見ていなかったのね。同じ手口がさっきAクラスに使われていたわよ」


 神奈達が影野に構っている間、葵だけは各クラスの動向を確認していた。

 開始から数秒後。キャッチャー四体がAクラスの五木兄弟、泉、斎藤の四人の背後へと瞬間移動。しかし第一試合でDクラスの醜態を見て警戒していた彼等は全員回避に成功している。


 その後、BクラスはAクラスの生徒に攻撃を仕掛けて邪魔することに専念。

 Cクラスは二階堂という地味なそばかす男子の指示で動かない。


 現状、Aクラスだけが玉をキャッチャーの籠に入れて得点している。

 邪魔もあるので多くは入っていないが、得点がAクラスのみなのは不味い。

 一位のクラスだけが得点し続ければ他クラスは点差が開く一方だ。


「なるほど。天寺め、バレなきゃいいだろって思ってんなあいつ」


「Bは厄介だがCは何だ? 開始から動かないとは……やる気がないのか?」


「動いてないのは私達も一緒よ。さ、状況が分かったらとっとと動く。各自得点を重ねなさい」


 葵の「散開!」という叫びと共にDクラスの生徒は散らばる。

 まずは走り回る玉を各自で拾い、自クラスのアルファベットが刻まれたキャッチャーを捜す。音速以上で動き回るキャッチャーを見つけ次第、各自の身体能力で追跡。背負われている籠に玉を入れて得点していく。


 途中でBクラスの生徒に攻撃されたが問題ない。

 Dクラスは日野ですらAクラスに匹敵する実力を持つ。Aクラスに劣るBクラスがいくら魔力弾や格闘術で攻撃してこようと、邪魔なだけで誰にも直撃しない。日野だけは何度か危ない場面もあったし得点も出来ていないが、他のクラスメイトが頑張ればカバー出来る。


「……とんでもない連中だな。あれ、本当にDクラスか?」


 動かずに観戦しているCクラスの二階堂は呟く。

 本来、このシュートボールという種目は知恵を働かせる必要がある種目だ。

 足の生えた玉は音速に近い速度で走り、キャッチャーはそれ以上。そんな出鱈目な速さに追いついたり捕まえたりするのは頭を使う必要がある。身体能力だけで闇雲に追い回しても普通は追いつけない。


 玉を捕まえるコツは移動を制限させること。

 玉とキャッチャーは必ず地面を走り、障害物を出来るだけ避ける特性を持つ。何かしらの魔法で障害物を作り自分達の方へと誘導すれば後はシンプル。動く軌道を読んで玉を捕らえ、キャッチャーの籠に投げるだけ。


 実際に第一試合でCクラスはそれを実行して得点を重ねた。

 しかしDクラスは、あの怪物達は協調性も見せず各自の身体能力だけで得点を重ねている。最優秀とされるAクラスでさえ五木兄弟以外が協力し合っているというのに、Dクラスは誰一人協力し合おうとする気配すらない。誰かと協力せずとも、個人の力だけで十分に得点出来るから。


「……東條さん。君の策は……最善手かもな」


 二階堂が呟いてから数分後、第二種目第二試合終了の魔力弾が打ち上がった。

 生徒達は終了合図を確認したら足を止め、自クラス同士で集まる。

 籠を背負う人型魔力、通称キャッチャーは中央に集まって籠を地面に置く。


 普通の体育祭で行われる玉入れ同様、シュートボールも最後に玉が何個籠に入ったのか確認作業が行われる。玉を一個ずつ手に取り、空高く投げるのはキャッチャーだ。


 まず最初の一個目。玉を投げたのは――B、Cのキャッチャーのみ。

 AとDの籠に玉が入っていないことに両クラスの生徒は驚く。


「……は? あれ、俺達七十個くらい入れなかったか?」


「日野、お前は一個も入れていない。入れたのは俺と神谷神奈に南野だ」


「今はそんなことどうでもいいだろ。腕輪、何が起きたか分かるか?」


「すみません。空に珍しい鳥がいるなーと観察していて試合を見ていません」


「何で今バードウォッチングしてんだよ!」


 腕輪の「だって珍しかったんですもん!」という叫びを神奈は無視して、BとCクラスの生徒達に目をやる。二つのクラスの生徒達は何が起きたか理解しているようで喜び合っている。


 BとCクラスの生徒達を眺めているのは神奈だけでなく、Aクラスの五木兄弟や神音も視線を送っていた。三人の表情に悔しさはない。


「してやられたな弟者。正直、こんなお遊びはどうでもよかったが」


「苛つくから明日は本気を出そうか、兄者」


 Aクラスの斎藤凪斗は困惑しながら隣の神音に声を掛ける。


「ねえ、どういうことだろう。僕達、籠に玉を入れたのに」


「玉は籠に入れた、ね。……でも、今回それがAではなくBかCの籠だっただ、け」


「え、じゃあ僕達はずっと、騙されていたってこと?」


 神音が斎藤に説明している時、同じ内容の説明を神奈も腕輪から受けていた。

 行われた可能性が一番高い罠として語られたのが幻覚魔法だ。

 キャッチャーに刻まれた各クラスのアルファベットのうち、AとDをBとCに見せるというだけの単純な罠。


 環境や特殊能力による自分への害を防ぐ加護を持つ神奈が見破れなかったのは、幻覚が神奈にとって害にならないからである。強烈な光や暗闇は害だが幻覚は神奈の体に悪影響を及ぼさない。初めから幻覚だと理解し、害だと強く認識すれば見破れたがもう全て遅い。



 Aクラス 8100点→8600点

 Bクラス 2000点→7500点

 Cクラス 6900点→14400点

 Dクラス 7790点→7790点




「くそっ、じゃあ私達は必死になって他のクラスの点数を稼いでいたってわけかよ」


「そうなりますね。まあ仕方ありませんよ。人型魔力に幻覚を付与するタイプなら、魔力感知でも気付けません」


「どこのどいつだ! 幻覚魔法なんて使いやがったのは!」


 まんまと騙された悔しさと怒りで神奈はBとCの生徒達に叫ぶ。

 その叫びを聞いたCクラスの地味目な男子、二階堂が一歩前に出る。


「名乗り出ると思っているのか? 僕の幻覚魔法で騙されたバカ共め」


「バカはお前だろ! 白状しちゃってるよお前!」


「……巧みな話術だ。つい言ってしまったか」


 何も特別なことは言っていない。そう全員が思う。


「言ってしまったものは仕方ない。自己紹介しよう。僕の名は二階堂清司! 幻覚魔法のスペシャリストだ! 初めは苦手だった幻覚魔法だが、女体の神秘を目前に晒すため日々鍛えた。今ではどんな女の体でも幻を作れるまでに成長したのだああ!」


「動機も使い方も最低だこいつ!」


 最低な男だが幻覚魔法の実力だけは確かだ。

 油断していたとはいえ、神音すら騙す程の幻覚を操るなど並の者には出来ない。

 しかし幻覚魔法の使い手がいると分かれば対処可能。

 彼が名乗り出なければCクラスは彼をまだ作戦に活かせたはずである。

 現にまだ彼を使うつもりのCクラスの東條猪去は、彼の発言を聞いて「あのバカ」と頭を抱えた。


 シュートボールで一年生の試合が終わってから、二年生と三年生の試合も終わっていき得点が変動する。


 Aクラス 8600点→17100点

 Bクラス 7500点→14700点

 Cクラス 14400点→17500点

 Dクラス 7790点→7790点




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