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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十章 神谷神奈と魔導祭
338/608

164 囮――デコイ――

2024/03/29 加筆修正









 坂下は自分が使える唯一の魔法名を大声で叫ぶ。

 坂下が叫んだ〈(デコイ)〉という魔法に観客席の誰もが戸惑いを見せる。メイジ学院で学んでいる立場である生徒も教職員も知らないからだ。しかし神奈は心当たりがあるので腕輪に問いただす。


「あの魔法、お前が教えたな?」


 腕輪は一時的に坂下に魔法を教えていた。聞き覚えのない魔法なら腕輪が関わっている可能性が高い。


「……まさか本当に使うなんて」


「どういう意味だ、危ないのか」


「だってあの魔法の効果は」


 腕輪が一拍間を置いてから解説した内容はとんでもないものだ。


「――攻撃の全てを自分に向かうよう操作するというものなんです!」


 日戸は目前で何が起きているのか理解したくなかった。

 自分が、自分だけが使えるはずの魔法の人形操作の効果がかき消された現実を理解したくない。今、彼の人形は操作権限を奪取された。坂下にではなく〈囮〉という魔法そのものにジャックされた。


 囮魔法〈囮〉の強みは、何か操作されている物でも攻撃ならばその操作を上書き出来ること。ただし全ての攻撃は自分に突撃するという操作は全自動。本人の手でも解除不可能なんて碌でもない欠点がある。


 まともな人間ならばわざわざ自分から攻撃に当たろうなど考えない。神奈が普段から言うように腕輪の魔法は碌でもないものである。ただ、そんな碌でもない魔法でも使い手次第で役立つ。例えば肉体強度に絶対の自信を持つ者なら、ピンチな味方への攻撃を引き受けられる。


 魔法は使い手次第だが、坂下は〈囮〉を使いこなせる程の実力がない。

 メイジ学院内で誰よりも弱い坂下が使ってもただの自殺行為。どうせ使うのなら自分に届かない攻撃に使うべきだが今となってはもう遅い。例え弱くても、自爆覚悟で葵を助けるために使用したのだ。


「……人形が、僕の操作を受けつけない」


「操作が効かないって? 当り前さ、君の人形は全て僕に向かうよう操作されているんだから。君でも僕でもない、何者かの意思によって」


「待て、まさか!?」


 日戸は爆破人形が葵の方ではなく、自分へと向かって走ってきているのに気付き驚愕する。そして厳密には今後ろで自分を羽交い絞めしている坂下に向かっていると分かり、絶句した。

 これからすぐに来る恐ろしい未来を想像して日戸の顔が恐怖に染まる。


「く、来るな……! こっちへ来るな! 来るなああああああ!?」


「弱い僕に出来ること。それは……自爆覚悟で攻撃を引き受けること……それだけなんだ」


「止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれえええええ!?」


 複数体の爆破人形が自分の方へと迫る恐怖に日戸は耐えられない。

 恥も忘れ叫び、身動きも取れないなかもがいて脱出しようとする。そんな行為も虚しく、爆破人形は日戸に目掛けて突っ込み、大地に大きなクレーターを作るほどの大爆発を起こす。


 一体一体の爆破力はそこまででもないが、突っ込んで来た複数の爆破人形の火力が合わさった結果――五十平方メートル規模の爆発が起きた。


「……しず、か……さん……すいま、せん……」


「やっ……た、よ……僕でも……倒せ、た……」


 本来なら爆発の威力で坂下は死んでいてもおかしくはなかった。しかし日戸を盾代わりにしたことでほとんどの衝撃は日戸に向かったのだ。それでも魔力の弱さゆえ腕などに大火傷を負って気絶してしまう。

 日戸も大爆発のエネルギーを喰らったことにより気絶して、戦闘不能状態となる。つまり自爆覚悟で出来る一度きりの作戦で坂下は見事に日戸と引き分けた。


 悲惨な光景を目にして葵と天寺は茫然とする。

 倒れた二人を見た観客席の生徒や教師も驚きで声も出ない。

 

「さ、坂下く――っ!?」


「行かせないわよ」


 正気に戻った二人が取った行動は全く違うもの。

 葵は坂下に駆け寄ろうとするが、天寺はそれを阻止して試合を続けようとする。


「私達は試合中なの、決着をつけなければいけないわ」


「今はそれどころじゃないでしょう!?」


「ここで試合を止めたら、あの二人の怪我の意味はなくなるわ。だから早く決着をつけて保健室に連れて行けばいい」


「……分かったわよ、なら一分以内に終わらせてあげる」


 葵は天寺の意見に一応の納得の色を見せ、魔力を昂らせる。

 放出される魔力は薄紫から空色へと変化していく。


「奥の手は取っておきたかったけど仕方ないか」


「奥の手? 何をしようとも私の瞬間移動に……これは……花びら?」


 葵の周囲に突然青紫色の花が咲き乱れ、その花びらが竜巻となって葵の全身を覆う。

 突然の花びらと吹き荒れる風に天寺は両目を瞑り、手で花びらが来ないように防御する。そして天寺が目を開けた瞬間飛び込んで来た葵は……青紫の花が咲き誇るドレスを身に纏っていた。


 神奈達含めた観客達もその変化で呆気にとられる。


「な、なに……それは……? 魔力が桁違いに……!」


「この状態はニゲラと名付けたわ。最近使えるようになった私の新しい力よ。原理とかは私も全く分からないけどね」


 忘れているはずの夢現世界で纏っていたドレス。

 葵には突然、その通称ニゲラが使えるようになった。初めて使用出来た時は困惑したし、使えるようになった理由も不明。だが原理などどうでもいい。これを纏えば魔力が増大するということだけが重要である。


 膨れ上がった魔力は黒虎との融合時以上のもの。

 葵は魔力の実に、ドーピングに頼った力に一応自力で追いつけたのだ。

 実際は夢幻の魔導書により与えられた力だが本人が思い出すことはない。


 呆気にとられている天寺に葵が急接近して拳を振るう。

 天寺は拳を目で追えなくても危機感を抱き本能のままに瞬間移動する。


「は、速すぎて見えない!? なんなのよあれは!」


「伸びろ、ニゲラの葉」


 天寺は肩に突然痛みが走り「うあっ!?」と叫ぶ。

 慌てて痛みを訴えた場所に視線を向ければ、緑の鋭い葉が自分の肩を貫いているのを確認した。視線を葵に戻してみれば、手の甲に咲いているニゲラからさらに複数の葉が伸びようとしている悪夢の光景が映しだされる。


「ちょっ!」

「伸びろ」

「ああもう!」


 見えずとも脳に警報が鳴り響いて危険を知らせる。

 瞬間移動という一番の移動方法を休むことなく使用し続け、どれだけ逃げ回っただろうか。気が付けば芝生以外何もなかった場所は、ジャングルのように緑溢れる場所になっていた。


「はあっ……! はあっ……! 瞬間移動も魔力を使わないわけじゃないんだってば……!」


 まだ伸び続けている鋭い槍のような葉。

 天寺は葉を躱し続けるも、徐々に逃げ場がなくなっていく。

 どこに瞬間移動しても葉が自分に重なる。重なっている状態でも移動した場合、その物体は天寺の体内に侵入してしまう。体にニゲラの葉が重なって瞬間移動するということは自ら串刺しになるのと同じこと。

 天寺が選択できることなど一つしか残されていない。


「……あぁ、降参! 降参するわよ! だからこれを解除して!」


 その言葉を聞いて葵は静かに腕を下ろし、魔力を霧散させた。

 青いドレス〈ニゲラ〉とそれが作り出した全てが、まるで夢だったかのように微かな青い光となって消える。

 戦いが終わったことに一息ついて、天寺は日戸と坂下の元に瞬間移動する。葵も駆け寄るが保健室に葵が運ぶ必要はなくなった。


「二人は私が運んであげるわ。……全く、あの女以外にもとんだ化け物がいたものね」


 天寺は倒れている二人と瞬間移動しその場から消えた。

 葵は彼女を追いかけるように走り出し、第五試合終了の音が鳴り響く。


 観客からは拍手も歓声も聞こえることはなかった。

 大爆発で死にかけた生徒がいれば勝者を称える気も失せるだろう。

 ただ歓声こそあがらないが、生徒達の中にはDクラスに対する考えを改めている者もいた。


 坂下の自己犠牲。葵の強さ。それらが感心、嫉妬などの感情を生み出す。

 そして最強であるAクラスの五木兄弟は葵の力を見て感嘆する。


「Dクラスという枠なのに強いな。なあ弟者」


「そうだね兄者、僕等に及ばずとも相当な強さだよ。それにしても運ばれた二人は大丈夫かな?」


「なに、しぶとそうな連中だ。ゴキブリのような生命力を持っているように見えた。……一応これは褒めているんだぞ?」


「分かっているよ。僕も同意見だからさ」


 生徒や教職員の認識が変わり出す。

 今年久し振りに作られたDクラスは何かがおかしい。

 最弱というレッテルは徐々に剥がれていく。



 *



 魔導祭魔闘儀一回戦。第六試合。

 1A五木兄(いつきあに)五木弟(いつきおとうと)VS2A小田原(おだわら)(けい)&3B内田(うちだ)菜々(なな)


「さーて、準備運動といこうか。弟者」


「そうだね兄者。前哨戦は手早く終わらせよう」


 赤みがかった茶髪の美形少年二人が余裕の笑みを見せる。

 五木兄弟の対戦相手である二年Aクラス小田原と、三年Bクラス内田は苛立つ。


「甘く見てくれるわね一年坊や」


「ほんっとにね。私達の友情コンビで教えてやろうよ。実力差ってやつ」


「はっ、友情? 余り物同士の弱者が手を組んだだけだろう」


 学年もクラスも違う二人がペアを組んでいるのには理由がある。

 元々魔闘儀に出場するペア条件に、同学年や同クラスでなければならない決まりはない。しかし基本全員が実力差の少ないペアにしたがるため、自然と同学年同クラスでペアを組む。それなのに二年Aクラス小田原が三年Bクラス内田とペアを組んだのは他が不在だからだ。


 魔導祭開催日、実はもう一つ学院では大きなイベントが存在する。

 二つの魔法学院による交流試合だ。試合の勝者側の学院は政府からの支援金を得られるため、毎年学院内で優秀な力を持つ生徒を選出している。今年は三年だけでなく二年Aクラスに優秀な生徒が多く、小田原以外は全員交流試合に参加していた。


 五木兄から『余り物同士の弱者』と言われた小田原は頭に血が上ってしまう。

 自分でも正しいと理解しているからこそ怒りを抑えきれない。


「言ったわね生意気一年坊やああああ!」


「小田原圭。総合戦闘力数値575か、ゴミめ」

「内田菜々。総合戦闘力数値524か。ゴミクズめ」


 試合開始と同時、五木兄弟は二人合わせて巨大魔力弾を放つ。

 死なない程度に加減された魔力弾が小田原と内田に衝突し、爆発。

 大爆発の後で黒煙から現れたのは傷だらけの小田原と内田だ。

 魔闘儀一回戦第六試合。開始十秒で決着。



 *



 魔導祭魔闘儀一回戦。第七試合。

 2B(なぎ)白栖(しらす)剛力(ごうりき)(とどろき)VS1A狹間(はざま)一心(いっしん)星影(ほしかげ)(きり)


 二年Bクラスの男子二人組、凪と轟は試合開始を待っていた。

 開始時間まで残り一分を切っても未だ対戦相手は現れない現状。まだ来ないのかという苛々、不戦勝への期待、矛盾している本心が膨れ上がっていく。


 凪と轟は二年生。去年でAクラスの実力は分かっている。

 例え一年生だろうとAクラスは選ばれた存在。並大抵の力では勝てず、去年は善戦したものの敗北してしまった。しかし屈辱の敗戦から一年、彼等は並外れた努力を重ねて遥かにレベルアップしている。今では教師からAクラスへの移動を提案される程だ。


 彼等がただ待っていると、突如場違いな音楽が流れ出す。

 軽快で愉快。特撮でヒーローが登場するような音楽がどこからか流れている。

 彼等が呆気にとられていると観客席から男女が飛び出した。


「黒い闇にも正義あり! 一年Aクラス、仮面ブラック!」


「白い光で救済する正義の医者! 同じく一年Aクラス、仮面ホワイト!」


 黒いヘルメットを被った少年、狭間一心。 

 白いヘルメットを被った少女、星影桐。

 男女二人が観客席からポーズを決めて着地する。


「「二人合わせて! ホワック仮面!」」


 着地した後で決め台詞を言い放ち、ポーズを決めるブラックとホワイトの後ろではなぜか爆発が起こった。白い煙がモクモクと上がっていく。


「……舐められてるな俺達」


「だけどその慢心も今日までだ。見せてやろう、最強はAクラスじゃないってことを」


 あまりにふざけた態度での登場に凪と轟は怒りを顔に表す。

 試合開始の巨大シンバルの音が鳴ると同時、四人は駆け出す。


 凪と轟は使用出来る最大威力の魔法〈火炎放射(フレアブラスト)〉を放ち、ヒーローもどき二人に容赦なく火炎を浴びせる。鋼鉄をも溶かす火力が二人を襲い――火炎内から無傷で走り抜けてきた。


「演出にはいい炎だ」

「ま、熱すぎだけど」


 凪と轟は気付く。

 ヒーローもどきの男女は魔力障壁で超火力を完全にシャットアウトしている。


「ち、ちくしょおおおおおおおおおお!」

「俺達だって強くなったのに負けるのか! あんなふざけた奴等に!?」


 優勝を目指して出場した凪と轟は殴り飛ばされ、気絶してしまう。

 生半可な実力なら彼等に掠り傷を負わせることすら出来ないだろうが、今回は相手が悪かった。ヒーローもどきの男女は一年Aクラス内でも上澄みの実力者。いくら努力しても凡人では勝てない相手だったのだ。




 *




 神奈達は保健室にお見舞いに行っていた。

 真っ白なベッドに寝かされた日戸と坂下は現在ぐっすりと眠っている。二人の体へのダメージは大きく、特に坂下の上半身は火傷が酷く筋繊維が見えている箇所まであった。二人は身体を回復させようと無意識下で頑張っている。


「はぁ……あの魔法で倒したのは事実。それでもこんなになってまで勝つ必要はなかっただろうに……」


 神奈が思わず零した感想に全員が同意する。


「私が追い詰めてしまっていたのかもしれない。重荷を背負わせてしまったのかも」


「……頼りにされたら、男は頑張っちゃうものよ」


 俯いている葵の肩に天寺が手を置いて口を開いた。


「操真は少なくともそうだった。そっちの男子も頼りにされたのが嬉しかったんじゃない?」


「……結局、私のせいになるのね」


「それはそうと次の試合はどうする気だ。坂下が戦えない以上代わりの者と組むか、棄権するしかないぞ」


 速人の冷静で現実的な指摘が葵に飛んでいく。

 今、葵にはそんなことを考えられる余裕がない。

 振り返らずに覇気のないまま、風に吹かれて消えそうな声で返答する。


「後で考えるわ。今は……一人にして」


 しばらく彼女を一人にしようと神奈達は保健室から出ていく。

 天寺が出て行かないんなら一人になれてない気がするが、細かいことは指摘せずにその場を去った。


「神谷さん、俺達の試合が始まります」


「丁度いいか。ちょっと八つ当たりしてこよう」


 魔導祭魔闘儀一回戦。第八試合。

 1D神谷神奈&影野統真VS3A鳥川秀&柱馬一成。


 観客は既に観戦終了ムードだ。白熱した試合がしばらくないため盛り上がりが消失している。一回戦最後となる試合も消化試合に思われ、まともに見る気のある生徒はあまりいない。


 神奈達の相手は三年Aクラスの二人。

 観客席にいる殆どの面々はAクラスの圧勝と考えている。

 落ちこぼれのDクラスが、しかも一年生が三年生に勝てるわけない。


 ――しかし、認識が間違っていたことを一部の生徒は思い知らされた。


 試合開始早々、神奈が三年Aクラスの二人を殴り飛ばして気絶させたのだ。

 決着までの時間は十五秒だが、それは開始合図も担当している審判の動揺が大きかったからである。

 最弱が最強を一瞬で殴り倒したのだから衝撃的な光景だろう。

 終了合図の音を鳴らすまで十四秒もフリーズしていたのは仕方がない。


 肝心の勝者はといえば、勝利に対して嬉しそうな顔もせずドームを去っていった。



 魔闘儀は勝者のクラスに五百点。ペア同士で同クラスなら千点が付与される。逆に敗者のクラスからはマイナスされてしまう。

 ハイリスクハイリターンなのが模擬戦闘、魔闘儀なのだ。

 一回戦が終了した時、各クラスの獲得点数表示が一気に動く。



 Aクラス 5100点→5600点

 Bクラス 2710点→0点

 Cクラス 2300点→3300点

 Dクラス 4790点→7790点



 最弱と言われたDクラスが一位となり、魔闘儀で散々な結果に終わったBクラスは悲惨なことに最下位。Bの担任教師は涙を流し、Dの担任教師である斑洋は結果を信じられずに目を見開く。

 魔導祭一日目は全員の予想を裏切って終了した。



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