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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十章 神谷神奈と魔導祭
336/608

162 成果――強くなってる――

2024/03/29 加筆修正








 第一種目の飛行競争が終わり、昼休憩に入る。

 順調な成績に満足している神奈は影野と共に出店に寄っていた。

 魔導祭は一応祭り扱いなので一部の生徒が出店して楽しんでいるのだ。


 出店で購入したたこ焼きを頬張りながら神奈はスマホを弄る。温度が温いたこ焼きを食べ終わると、弄っていた手を止めてスマホを制服のポケットにしまう。


「……ダメだ。隼に電話しても出てくれない」


 三時間以上も遅刻中の男と連絡はつかない。

 魔導祭第一種目は指定された選手が出場するものではないため乗り越えられたが、昼休憩後に行われる魔闘儀は違う。出場予定の速人と日野は開始前に、正確には自分の番が来る前に学院へ来なければならない。もし間に合わなければ不戦敗となってしまう。


「何かあったんですかね? 交通事故とか?」


「あいつはたぶん車と衝突してもピンピンしてるよ。……まあ、何かあっても自力で何とかするだろ。大人しく待っていよう」


 出店で色々な物を食べて神奈達は昼休憩時間を過ごす。

 最後にまたたこ焼きを食べたのだが、トッピングの鰹節が口腔(こうくう)の水分を奪ったので非常に喉が渇く。気のせいか体中の水分が奪われて肌の潤いが消えている。神奈が隣を見ると、同じ被害に遭った影野がミイラのように干からびている。


「……お前、いつからミイラになった?」


「神谷さんこそ、体が干物のようですよ。まるで乾燥の女神」


「あのたこ焼きに乗ってた鰹節、危険な鰹節じゃないだろうな」


 喉というか体全体が渇きすぎた神奈達は自動販売機に寄った。

 自動販売機に金を入れて、震える手でボタンを押そうとするが中々押せない。ボタンを押すだけの行為で二十秒が経過した時、横から細い腕が伸びて先に押されてしまう。


 ガコンと音を立てて落ちてきた緑茶のペットボトルを取り出したのは、枯れた木の枝のような髪の少女。目に隈があり顔色も悪く、健康には見えない彼女に神奈は怒りを抱く。


「おい、横から割り込むなよ。あと買うなら自分の金で買え」


「神谷さん、説教するだけなんて生温いです。あなたの邪魔をするという大罪を犯した人間なんて生かす価値がない」


「お前は極端なんだよ。大罪とか生かす価値ないとか大袈裟だっての」


「なるほどさすが神谷さん。罪人に更生の機会を与えようということですね」


「もういいよそれで」


 全身が乾いているせいで神奈は喋ることすら辛い。早いところ飲み物を買おうと思い、財布を制服のポケットから取り出そうとする。しかし、正面の少女から缶ジュースを二本差し出されたので手を止める。


「ごめんなさい。早くお茶を飲みたくて、つい先に買ってしまったわ。お詫びにこのジュースをあげるから許してくれないかな」


 真っ赤な缶ジュース二本を神奈と影野は受け取った。

 缶ジュース二本なら飲み物一本分の金銭の元が取れている。飲み物なら何でもいいから飲みたい状態だったので神奈達はすぐに蓋を開け、赤い液体を勢いよく飲む。

 神奈が「許す。サンキュー」と言うと少女は身を翻す。


「おい、お前名前は?」


「……一年Cクラス、東條(とうじょう)猪去(いさり)


 簡潔な自己紹介をして彼女はどこかへ歩いて行った。


「……行っちゃいましたね。行かせてよかったんですか? 反省しているようには見えませんでしたが」


「いいよ別に。それより、そろそろ魔闘儀が始まる時間だろ。集合場所に行こう」


 昼休憩が終わり、魔導祭午後の部が始まる時間となる。

 ドーム中央には魔闘儀に参加する生徒が集まり、それ以外は観客席へと移動している。当然神奈と影野は参加組なので中央に集まったが、意外に参加人数が少ないことに驚く。


「参加人数はこれで全員か? 少ないな」


「隼君と日野君を除いて全員でしょう。ざっと三十人ってところですかね」


 Dクラスはまだ来ない二人を除いて揃っているので現状四人。他クラスは全学年を含めて二十六人しかいないことになる。予想ではもっと参加人数がいると思っていた神奈は「拍子抜けだな」と呟く。


 気を抜いた神奈の傍に葵が歩いて来た。


「みんなAクラスには勝てないって認識なんでしょ。勝てない戦いはするべきじゃないからね、賢い選択よ」


 基本的にAクラスが頂点である以上、実力では劣るというのが他のクラスの現状だ。好き好んで自分より強い者と勝敗が分かっている勝負をする物好きは多くない。それでも挑戦という意味で出場したり、劣らない自信がある者は出場するので参加人数が極端に少なくはならない。


「みんな雑魚だから、負けるのが怖くて出ないのよね。……まあ雑魚でも参加する人はいるみたいだけどさ。今からでも棄権した方がいいと思うけど」


 葵がそう言いながら後ろを見ると、後ろにいた坂下は怯むことなく頷いた。


「大丈夫。僕だって、精一杯努力したんだ。勝ってみせるよ」


 臆病な性格だった坂下は今日までの出来事でその性格を矯正しつつあった。今でも戦うのが怖いと思うのは変わらないが、それでも感情を抑えつけて出場を決めている。


「……無理だけはするなよ?」


 坂下は「分かってる」と答えるが、葵と神奈は分かってないなと心で思う。

 何が何でも勝ってやるという無謀な熱き想いが目から伝わった。彼が無茶をしないで済むかはペアの相手である葵の力にかかっている。学院全体を判断基準にしても上位の実力を秘める葵なら大抵の相手に一人で勝てるはずだ。あまり心配いらないと分かっていても神奈は心配してしまう。


「――頭上に注目せよ」


 渋い学院長の声に従って生徒全員が上を見る。

 高い場所に巨大なスクリーンのような薄板が出現した。一箇所ではなく、観客席の東西南北も合わせて計五箇所。生徒の見えやすい位置に存在している。


「今日行われる魔闘儀のトーナメント表じゃ。参加者は三十二名、つまり十六組。試合は一回戦では八試合。一試合ごとに五分以上の休憩をはさむ。二回戦は二日目、準決勝と決勝は最終日とする。一回戦開始は十分後……諸君らの健闘を楽しみにしておる」


 魔闘儀は二人一組のペア同士が戦い、トーナメント形式で勝ち進んでいくやり方。巨大スクリーンには簡素に誰が戦うか名前だけが表示されており、それを見た神奈は緊張しつつも笑みを浮かべた。


 魔闘儀一回戦トーナメント表。

 第一試合 1D隼速人&日野昌VS1A幕下関都&今野我理

 第二試合 1A斎藤凪斗&泉沙羅VS3B足柄来栖&原木楓

 第三試合 2B酒井健一&坂下優悟VS1C東條猪去&二階堂清司

 第四試合 1B本橋真彩&曽根藻子VS1B七条桐葉&山形丈

 第五試合 1B天寺静香&日戸操真VS1D南野葵&坂下勇気

 第六試合 1A五木兄&五木弟VS2A小田原圭&3B内田菜々

 第七試合 2B凪白栖&剛力轟VS1A狹間一心&星影桐

 第八試合 1D神谷神奈&影野統真VS3A鳥川秀&柱馬一成


 出場者には神奈が知る名前がいくつかあり、天寺静香や五木兄弟、先程知り合った東條猪去の名前もある。気掛かりなことはあるが、一先ず最大の敵である神音と当たるのは勝ち進み決勝まで行った時なのでホッとする。初めからぶつかっていたら初戦敗退もありえたので本当に良かった。


「第一試合、1D隼速人&日野昌……って書いてあるのは気のせいでしょうか」


「気のせいじゃないな。あいつら本当に何やってんだよ。このままじゃ不戦敗だぞ」


 神奈が周囲を見渡しても速人と日野はいない。

 各試合ごとに五分の休憩が入るが第一試合だけは別。一番最初の試合なのですぐに始まってしまう。五分くらいは開始を待ってくれそうなので、その間に来てくれれば試合も無事始められる。


「――ゲッ、ゴホッ! ま、間に合ったああ!」

「――チッ、のろまに合わせていたら遅くなったか」


 二つある入口の内の一つから走ってきたのは白い制服姿の男子生徒二人。


「日野! 隼! お前ら今来たのか!」


 突如入口から入って来た二人を見て神奈は声を上げる。

 金髪の少年、日野昌はボロボロの姿だ。目の下には大きな隈ができていた。

 黒髪の少年、隼速人は傷も汚れもない状態だが不満そうな表情だ。


「このバカが遅いから遅れるところだったな」


「ゼェッ! ハアァッ! お、おまえっ……が! 遠くで修行なんてっ! してたからだっろうがっ!?」


「全ては弱いお前を鍛える為だ、つまりお前が悪い」


「ふざけっ! んなよっ!」


 日野は息を切らしながら、自分を置いて歩く速人を追いかける。


「お前らが魔闘儀に間に合ってよかったよ。第一試合はお前らだ、早く準備した方がいいぞ」


「……なぼっ、あざけっくそがっ!? 休ませろやああああ!?」


「それだけ元気があれば十分だな。サクッと終わらせるぞ、神谷神奈を倒す前哨戦をな」


 速人は叫ぶ日野の肩に手を置いてそう声を掛けた。日野はそんな速人に対して怒りを感じつつも、今は開始位置に行かなければいけないと分かっているので黙って従う。

 神奈達は大丈夫かと心配しながら観客席に座って見物することにした。


 速人達が来た方向とは真逆の登場ゲートから相手の少年二人が出て来る。

 相撲取りのような巨漢の幕下。二メートルを超える巨体のせいで、メイジ学院の白を基調とした制服はパツパツだ。

 もう一人の相手はやせ細った出っ歯の男、今野。彼の眼鏡は太陽光でキラッと光っていた。


 二人を見て速人は溢れる自信から一言「楽勝だな」と呟く。

 呟きを聞いた幕下と今野は目を細める。


「ほぅ、今、黒髪のお前は何といったんでごわす?」


「聞こえなかったか? 楽勝と言ったんだがな」


「うおおい! わざわざっ! 挑発する、必要っあったかっ!?」


 観客席のほぼ全員が「ごわす」という語尾にクエスチョンマークを頭に浮かべる中、日野は速人がやらかしたことに対して声を荒げた。……尚、日野の息はいまだに切れている。

 日野の怒りなど軽く受け流す速人は更なる挑発を続ける。


「なぜお前達のような雑魚が魔闘儀に出場した? お前達など日野一人で十分だ」


「ちょっまっ! 待て! なんで俺一人なんだよ!? 相手はあっ、Aクラスだぞ!?」


「だから?」


「二人でっ、協力して……! 戦おうって話だっよっ……!」


 日野だけでなく、対戦相手である幕下と今野も怒りのボルテージがグングンと上がっていく。二人の全身から薄い紫色の魔力が勢いよく放出され始めた。

 弱そうな外見でもさすがAクラスと神奈は感心する。神奈からすれば雑魚同然だが、知り合いの中でいうとリンナに匹敵するかといった魔力の力強さ。……それでも速人なら一人で勝てるので心配はいらない。


「ちょっと舐めすぎじゃあないでごわすか?」


「幕下氏の言う通りでござるよねえ。たかがDクラス風情が調子に乗りすぎでござるよ」


 神奈は思わず「あいつらキャラ濃いな!?」と叫ぶと、それに観客席の全員が頷いて同意する。

 調子に乗っていると言われた速人は考えを改める……わけがない。さらに挑発的な言葉を口にする。


「フン、語尾でキャラ付けしている雑魚共が。お前達など日野が一分もかからずに仕留めてやる」


「だから本当にやめろおおおお!?」


「ほう、随分と舐めてくれるでごわすな。そこの日野とやら」


「俺が言ったわけじゃねえええ!」


 予期しないツッコミをしたことにより日野の体力は無駄に減っていくが、そんなことはお構いなしに試合が開始される。

 試合の開始合図は、会場端の方で大きなシンバルを持った男が大きな音を鳴らすことになっている。会場に響き渡る大音量が全員に試合開始を告げた。


「あいつらを片付ければ早く休めるぞ」


「……休める? 休める休める休みたい休みたい休みたい!」


 日野は休めると分かった瞬間、目つきが変わり今野に駆けだした。


「休みいいいい!」

「ぬべらっ!?」


 あっという間に日野が今野へと接近して拳を叩きつける。

 今野は警戒していたにもかかわらず反応出来ない。

 地面を転がっていき呆気なく一撃で気絶した。


「今野どん!」

「休みいいいい!」


 幕下はあまりの事態に叫ぶが、日野には関係ない。

 幕下の目ではギリギリ追えるくらいの速度で走り出した日野は急接近して、大きく前に出た腹に蹴りを叩き込む。

 日野の足はズムッと脂肪の海に沈み……弾き返された。


「無駄でごわす。おいどんの脂肪は衝撃を吸収するのでごわす、生半可な攻撃じゃあ――」


「うるせええ! 俺の休息の為にぶっ倒れろおお!」


「ふぶっ!? 顔は反則っ!?」


「どおりゃあああ!」


 腹に対する打撃が効かないと分かった日野は、集中的に狙う場所を脂肪が少ない顔面に変更した。高い位置にあった顔に攻撃する為に跳び、休まず足を連続で叩きつける。着地してからは拳で連打を叩き込む。その猛攻撃はまさしく狂犬であり、その様子を速人は静かに笑いながら見ていた。

 激しく雄たけびを上げながら繰り出され続ける攻撃を全て顔で受けた幕下は、顔面を痛ましく腫らして気絶してしまう。


「よっしゃああ勝ったああああ……! ああっ……ねむっ」


 あまりにも呆気なく、一分もかからずに終了した第一試合に誰もが言葉を失う。

 日野は勝利の雄叫びを上げてから、極度の疲労のせいで耐えきれない睡魔に襲われて倒れた。


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