161.5 飛行競争――進撃のDクラス――
第一種目の開始時刻となったのでメイジ学院生徒はクラスごとに整列する。
虹の道に【START】と書かれた開始部分へ集まったはいいが、神奈達Dクラスは現状四人。今すぐ来いと内心で思うが速人と日野は来ず、教師による種目説明が始まってしまう。
「はーい、おはようございまーす。三年Aクラス担当教師の三須良木でーす。今日行われる第一種目、飛行競争はとある魔道具を使用してもらいまーす」
女性教師の三須良木は〈個人収納空間〉という無属性魔法を使い、異空間から四種類の色の絨毯を各色百枚ずつ取り出す。そして赤い絨毯に魔力を流すと、絨毯がふわりふわりと浮き始めた。
「この絨毯は魔道具、飛翔絨毯。魔力を流すと宙に浮き、自由自在に空を飛び回れまーす。魔力を多く流す程に速くなりますが操作は困難になりますよー。みなさんには決められたコースを、飛翔絨毯を使って競争してもらいますー。各クラス二人ずつ、合計八人が一度のレースで競い合うのが今回の種目。飛行競争なのでーす。因みに障害物も設置済みなので気を付けてくださいねー。まずは一年生からスタート位置に並んでくださーい」
「つまり空を飛んでの障害物競走ってところね」
「強い魔力を流せば速度が上がるってことは私、影野、南野さんは一位取れそうだな。まずは誰が行く?」
悔しそうに俯く坂下とは正反対で影野にはやる気が溢れている。
「俺が行きます。神谷さんの期待に応え、見事一位を取ってみせます」
やる気マックスの影野が宣言すると、坂下が両手両足を小刻みに震わせつつ顔を上げる。
「僕もやるよ。南野さんと神谷さんはレースをよく観察してほしい。障害物の避け方とか飛翔絨毯の操作難易度とか、色々分かることがあると思うから」
神奈と葵は頷いて肯定し、影野と坂下は教師から絨毯を受け取ってスタート位置に並ぶ。飛翔絨毯はクラスごとに色分けするようでDクラスは緑だ。Cは青、Bは赤、Aは白という配色になっている。
「はーい、それでは全員が飛翔絨毯に乗ったら、開始合図となる魔力弾を真上に撃つので準備お願いしまーす。落下しても失格にはならないですが安全第一で取り組んでくださーい」
虹の道に書かれた【START】の文字の真上に初戦出場の一年生が浮かぶ。
一年Aクラスの神音以外は慣れない飛翔絨毯の操作にふらつき、最初はバランスを崩して落ちそうになっていた。影野は上手く乗れたのに喜んで神奈に手を振ったら落ちた。落下しても失格にならなくて本当に良かったと神奈は思う。
全員がふらつかず乗れるようになったので三須良木が魔力弾を真上に放つ。
初戦出場の一年生八人は開始合図を目にした瞬間、飛翔絨毯を前に進ませる。
魔道具の飛行速度はどんなものかと気になっていた神奈は目を丸くした。飛翔絨毯に乗った生徒達は高速道路を走る自動車のような速度で進んでいる。ただし例外が三人おり、影野と神音は飛行機レベルの速度を出せていた。
「なんだあの二人! めっちゃ速いぞ!?」
「男の方はDクラスだろ!? インチキしてんじゃねえのか!?」
「どうかな。本当にインチキしているならDクラスは二人共やるでしょ」
「ん? あ、ぷふっ、何だあいつ! 一人だけ遅い奴がいるぞ!」
もう一人の例外は坂下であり、約時速二十キロメートルと他に比べて遅すぎる。
聞こえる嘲笑に彼は悔しそうな表情を浮かべ、歯を食いしばりつつ絨毯で進む。
「坂下君は予想通りとして……神谷さん、変態と並走している女子は知り合いよね? 変態の魔力量は凄まじかったはずだけど、アレと競える人間が他にもいるわけ?」
「影野と並走してんのは一年Aクラス泉沙羅。安心していいよ、影野よりも魔力量が多い奴なんて泉さんくらいだ。あいつは私より魔力量が多いからな」
「最後の一文で安心が吹っ飛んだわ。勝ち目ないじゃない」
複雑な虹の道を飛翔絨毯で走る一年生の順位は現一位が影野。微妙に後退した神音が彼に続き、三位以下は遠く離された他の生徒となっている。
現状を確認した神奈はおかしなことに気付く。
神音が全力を出せば一瞬で影野を抜き去れるのに最初は並走した挙句、今は微妙に後退して二位に甘んじている。全力を出して正体がバレるのを恐れているのかと思ったがそれは違う。もし彼女が泉沙羅を完璧に演じるなら平凡を演じるはず。他を置き去りにする速度で進んだりは絶対しない。つまり彼女は飛行競争の初戦で一位を取るつもりなのだ。
ただ、一位を取るために行動しているなら尚更現状はおかしい。
混乱する神奈が頭を悩ませているとレースの流れに動きがあった。
「ふっふっふ、見ていますか神谷さん。俺は初戦トップという栄光を献上して――」
一番速く進む影野の前方にいきなり紫の壁が出現した。
壁といっても形を持った魔力の塊だが、硬度はコンクリートを遥かに上回る。そんな硬い壁出現に影野は目を見開き、回避しようとするが間に合わず顔面から激突してしまった。情けない「ふぎゃああ!?」という悲鳴を上げた彼は虹の道に落ちる。
「ぷはっ、だっせえなあいつ!」
「速いから凄い奴だと思ったけど買い被りだったね」
「やっぱりDクラスって雑魚じゃーん」
殆どの生徒が嘲笑うなか神奈だけは影野を心配する。
「影野! くそ、あれが障害物か!?」
「いえ、あれだけではないみたいね」
紫の壁を優雅に回避した神音を真横からガトリング砲が狙う。
当然本物ではなく魔力の塊だが威力は本物以上。イベントで使用するのには明らかに過剰威力。左右から発射されるガトリング砲を躱すなど、これではまるで実戦訓練のようだ。
神音は「おいおい」と呟くと、迫る魔力弾の嵐を難なく躱していく。
障害物は壁やガトリング砲だけでなく、大砲や狙撃銃など様々な重火器を模した魔力の塊もある。虹のコースを半分も進むと攻撃が過激になっていき、神音だからこそ容易に躱せるものの他の生徒では躱しきれないだろう。
壁に衝突して道に落ちた影野は再び飛翔絨毯に乗り、重火器だらけの道へと進む。
他の生徒も坂下以外は彼に追いつきそうなくらい接近していて、トップとワースト以外は白熱したレースになる。生徒達は襲ってくる数多くの魔力弾を躱そうとするが、全員必ず一回は被弾してしまい、バランスを崩して虹の道に落ちた。
大抵の生徒達が進むのに苦労していると、神音がトップを独走してゴールを通過する。一度も被弾することなくゴールしてみせた彼女を生徒達は「すげえ」や「さすがAクラス」と称える。
二位は大きくタイムを離された影野。そして他クラスの生徒達。
坂下は頑張っていたが重火器から発射された魔力弾を躱せず、虹の道どころかコース外まで落下してしまった。彼が痛がっているうちに他生徒がゴールして、自動的に最下位と決まった。
教員が座る観客席近くには魔力の薄い板があり、各クラスの点数を表示している。
Aクラス 120点
Bクラス 70点
Cクラス 30点
Dクラス 60点
飛行競争の配点は一位が70点。それから下の順位になるごとに10点ずつ下がり、最下位は0点。Dクラスは影野が二位だったので何とか点数が貰えた。見下される対象がクラス順位三位になったことでCクラスからの視線が厳しい。ただ一人、枯れ木の枝ような髪の少女だけは神奈達に視線を向けていなかった。
「さて、次は私達だ。準備いいか?」
「当然でしょう。二位を取る準備は出来ているわ」
神奈と葵は緑の飛翔絨毯を教師から受け取り、スタート位置に並ぶ。
若干の緊張を感じながら飛翔絨毯に乗って魔力を流す。
進ませる意思を持たなければふわふわと浮遊するだけで、慣れないため多少ふらつくが落下はしない。バランス感覚さえ掴めれば手足のように動かせた。
面白いと思いつつ神奈は神経を研ぎ澄ます。
教師が魔力弾を真上に撃ってから神奈と葵はすぐ飛び出した。
「ぶっちぎって見返すぞ!」
「ふん、全力出さなくても余裕よ」
「――そりゃ面白い。なあ弟者」
「――うん。面白い冗談だね、兄者」
開始早々他の生徒と距離を離したかに思えたが、神奈達に二人の生徒が追いつく。
赤みがかった茶髪で美形の男子生徒が二人。双子なのか似た顔をしている。
神奈は彼等の顔をどこかで見た気がしたが思い出せない。
「誰だお前等、Aクラスか?」
「俺達は――」
「僕達は――」
「「一年Aクラス、五木兄弟」」
実際のところ五木兄弟の所属クラスがどこだろうと神奈はどうでもいい。
問題なのは彼等が神奈達に付いて来られること。本気を出していないとはいえ、優秀程度の人間が追いつける速度ではない。この世界での一般的な強さを基準にすれば化け物と表現出来るレベルでなければ、神奈や葵に追いつくことさえ不可能だろう。
「南野さん、もっとスピード飛ばせるか」
「私はまだ半分程度しか力を出していないわよ」
「じゃあ余裕だな。私達でワンツーフィニッシュ決めんぞ」
葵が全力で魔力を流して飛翔絨毯を加速させる。
彼女に合わせて神奈も加速させて、五木兄弟を引き離した――かに思えた。
五木兄弟は一瞬距離を離されたが涼しい表情で神奈達に追いつき、そのままあっという間に追い越してしまう。出しているスピードは神奈達の四十倍以上。恐ろしいスピードで五木兄弟はワンツーフィニッシュした。
「……マジか。予想より強いぞあの兄弟」
「問題ないわ。今は一位を取らなくてもいいから力を温存しましょう」
葵の言葉に腕輪が「はい、そうですね」と乗っかる。
「DクラスとAクラスは人数が少ないせいで、同じ生徒が何回も出場しなければなりません。今から全力を出したら後で疲れて速度が落ちる。出場毎あんな速度を出し続けたら、いつか絨毯をまともに動かすことも出来なくなるはずです」
腕輪の説明は正しい。第一種目でD、Aクラスは同じ生徒が何度も出場する。
例えるなら長距離走を何度も行わなければならないようなもの。
毎回全力で取り組んだら魔力が持つはずない。序盤は魔力を温存して、終盤まで出場出来るようにしなければならない。力を温存しても神奈や葵なら高順位を取れる。しかし五木兄弟のような強者がいたら一位は取れないだろう。
「……今回は仕方ない。でも、次あいつらと同じレースだったら全力出す」
「バカなの? 最後まで絨毯飛ばせなくなるわよ」
「悔しいんだよ。見たか、あいつらの態度。私達を追い越す時に鼻で嗤ったんだぞ。ムカつくから同じことしてやる。格の差ってのを見せつけてやるんだよ」
「……精神年齢は差がなさそうね」
特別な理由がなければ神奈は勝負事で勝ちたいと思っている。
例え魔力を消耗しすぎて後で苦しくなろうとも神奈は五木兄弟に勝ちたい。
負けず嫌いな性格を察した葵は呆れて「勝手にしたら」と告げた。
飛行競争二戦目は神奈が三位、葵が四位、残りの生徒が後に続いて終わる。
二戦目が終わってすぐ、三戦目に出場する生徒が開始位置で準備していた。
飛翔絨毯に乗って一列に並ぶ者の中には斎藤の姿があり、もう一人のAクラスは相撲取りのような巨漢。Bクラスからは天寺と日戸。Cクラスからは枯れた枝のような髪の少女と地味目な男子。少人数なDクラスからは必然的に影野と坂下が出場する。
「あ、もう三戦目が始まるのか」
神奈と葵がDクラスの列に戻る頃には既に三戦目開始直前。
毎回出たいと神奈は思っていたが時間的にそれは不可能だ。
「不良共はまだ来ないわね。はぁ、これじゃ戦力が三人しかいないじゃないの」
「あーははは、坂下君にはこの種目って不利だよなあ」
現実的に考えると坂下は毎回最下位を取るので得点を取れない。
そもそも魔導祭で彼が得点を取れるような種目があるかが神奈は不安だ。
飛行競争では一緒のレースに出る影野のカバーを期待するしかない。
教師が魔力弾を真上に撃つことで三戦目が開始。
出場者が一斉に飛翔絨毯で前に進む……と思いきや、二人の人間が消えた。
Bクラスの天寺が固有魔法の瞬間移動で、日戸を連れてゴール地点まで移動したのだ。魔法の使用はアリなので失格にはならないが反則染みた方法である。他の出場者も神奈達も愕然とする。
「な、何いいいいいいいいい!?」
「最強じゃねえかあんなの! レースになんねえよ!」
「反則でしょあんなの!?」
一位二位は確定したがレースは当然続き、現三位の影野が絨毯を走らせる。
大番狂わせはBクラスのみ。後は影野を除き優秀なクラス順にゴールしていくだけのレース。そう思い込んでいた神奈は「ん?」と異変に気付き目を丸くした。
「なあ、あの体大きい奴、様子がおかしくないか?」
「一年Aクラスの幕下関都ね。確かに、失速している?」
白を基調とした制服がパツパツになっている巨漢男子生徒、Aクラスの幕下。
五位である彼は多量の汗を掻いて失速し始めた。今ではCクラスの二人に追いつかれそうになっていて、失速し続ければ追いつかれるどころか追い越されるのも時間の問題。Aクラスなので魔力量は多いし魔力切れはありえない。明らかに異常な状態にある彼は腹を押さえ、飛翔絨毯から虹の道に転がり落ちてしまう。
転落した幕下をCクラスの二人が追い越し、順位が逆転した。
動けない彼を見た坂下も心配そうな表情で抜き去る。
異常と判断した教師陣は彼を回収して保健室へと運んでいった。
「大丈夫かあいつ。腹痛か?」
「さあね。ま、おかげで奇跡的に坂下君が得点出来たわ」
レースは三戦目も終わり、四戦目、五戦目と次々終了していく。
神奈は再び五木兄弟と同じレースに出場した時、彼等を颯爽と抜き去って鼻で嗤った。彼等は余程苛ついたらしく鬼のような形相で追いかけてきたが、神奈はトップを独走して清々しい気持ちで一位を取った。
それから一年生、二年生、三年生が全員出場し終わり第一種目は終了する。
二年生にも三年生にもDクラス生徒がいないので、神奈達は違う学年の生徒とも競い合ったが坂下以外は毎回上位を取れた。クラス獲得点数は最弱のDクラスとは思えないほど高い。
Aクラス 5100点
Bクラス 2710点
Cクラス 2300点
Dクラス 4790点
各クラス獲得点数が表示される魔力の板を神奈は眺めて、いい感じにやれていると思い笑みを浮かべた。何もイレギュラーが起きなければ二位を維持出来るし、一位に上がれる可能性もある。




