160 終止――いい歌だったね――
2023/12/29 文章一部修正
宝生中学校での文化祭も無事終了し、神奈の家に今回の関係者が集まっていた。歌姫のマヤ、バンドのロックロッカー、そして神奈と影野。総勢七人がリビングに集合している。
校舎裏にいなかったロックロッカーの残り二人は怖くて逃げたのを神奈は後から聞かされた。それほどマヤを恨んでいなかったので、西大路と増田の凶行を止める勇気もなかったのだ。
とにかく今、マヤとロックロッカーの間に負の感情はない。
西大路とマヤが食卓の席に着いており、向かい合って見つめ合う。
「……すまなかった」
西大路と他のメンバーは静かに目を閉じ、頭を机に当たりそうなくらいに下げて謝罪をした。それを見てマヤは狼狽えている。どうすればいいのか、なんて声を掛ければいいのか分からず戸惑っている。次の行動を悩んだ結果マヤは口を開く。
「頭を上げてください」
マヤの静かな声で西大路達は頭をおそるおそるという風にゆっくりと、マヤの顔色を伺いながら上げる。
ロックロッカーが起こした自分のライブの妨害や、殺し屋を差し向けたのを聞いてもマヤは怒りを感じていなかった。ただそこにあるのは――悲しみのみ。
「私は……悲しいです」
「それは……」
「自分のことで精一杯で、あのとき歌手になるキッカケをくれた西大路さんを追い詰めていたことを全く知らなかった。自分が上に立つことで、誰かに恨まれることなんて想像してなかったんです……」
俯きながら話すマヤの目からは透明な雫が流れていた。
涙を流すマヤを見て西大路は慌てて弁明する。
「違う! 悪いのは俺達……俺なんだ。君が泣く必要なんてどこにもない」
「そうだ、元はといえば俺達が悪いんだから。殺し屋だの妨害だの、恨んでいるにしてもやりすぎだってことは承知してる」
「……本当にそうだよな」
増田が西大路に乗っかった言葉を聞いて神奈は呆れた目を向ける。
いくらなんでも殺し屋を雇うなんてやりすぎだと誰でも分かることだ。改めて考えると、こうして和解の席があること自体奇跡のようなもの。被害者の望みで警察沙汰にはしないが、本来なら即逮捕間違いなしだ。
マヤは涙をハンカチで拭いてから西大路の目をジッと見る。
「西大路さん、はっきり言ってあなた達のやってきたことは音楽に対する侮辱だと思っています」
「……言い訳もできないな」
マヤは神奈からロックロッカーの人気が特殊な力によるものだと説明されている。客を集めたのも全てその力あってこそだ。それを聞いた時、マヤはあまりのショックゆえ立っていられないような眩暈を起こした。
音楽とは誰かを楽しませるためのもの。
異能を使用して客を集めたり、心を操ったりすることは断じて認められない。
「でも、私は今日何も聞かなかったことにします。私を狙った殺し屋のことも、もちろん誰かが妨害してきたことも全てです」
「……どうして」
マヤを除いた者達は信じられないような目を向ける。
本来なら怒りを覚えて殴っても許される程のことをされたにもかかわらず、一生忘れると断言したのだから当然だ。しかし神奈は何となく納得してしまう。どんなに酷いことをされても、客の気持ちを踏み躙られても、マヤにとって西大路は人前で歌う勇気を与えてくれた恩人。反省の気持ちさえあるのならやり直す機会を与えたくなる気持ちも分かる。
「全てなかったことにして再始動してください。ゼロからまた始めて、私のいる場所まで来てください」
「それは……まさか、俺達にまた音楽をやれと?」
戸惑う西大路に対してマヤは「はい」と即答する。
即答されたことに西大路は目を大きく見開き、口をあんぐりと開けて固まった。そして正気に戻ると西大路も、他のロックロッカーのメンバーもマヤから目を逸らす。
「……無理だ、俺達にはもう……音楽をやる資格なんて」
「好きなことをするのに資格なんていりますか?」
「ファンだって力がなければいないままだった。このまま続けても……」
「ファンならいます」
「いないさ」
「いますよ、ここに! 私がロックロッカーのファン一人目です!」
はっきりと言葉にされたそれを聞いて西大路達は何度目か分からない驚きを隠せない。
まさか酷い目に遭ったことを許すだけに止まらず、ファンだと宣うなど誰が予想できようか。彼の断罪される覚悟も無駄になっている。
「二年前のあの日、私は歌手になる決心をしました。全てあの路上ライブがあったからだったんです。あなたがいたからなんです……! だから私はロックロッカーの人気が出て嬉しかったんです。あなた達の良さが伝わったんだって! だからもう一度、這い上がってください……! ここに確かにいるファンのために……!」
「……はは、あの歌姫さんが……ファン第一号か……! やってやろうぜぇ、お前らぁ、今度は力に頼らずに……! この国を代表するくらい大人気のバンドになってやろうぜぇ……!」
抑えきれない涙を西大路は食卓に零し、泣きながら、笑いながらそう叫んだ。その宣言に他のメンバーも涙を流して賛同する。
「なあ、あの時に言った言葉……少し訂正していいか」
西大路はマヤのことを見つめて穏やかな表情を浮かべる。
「好きな気持ちさえあればなれるんじゃねえ。……それを、その純粋な気持ちを維持し続けたやつだけなれるんだ、本物にな。……今は、そう思う」
人はずっと同じ気持ちを維持するのは難しい。どんなに楽しいこともいずれ飽きる。資金が増えれば欲が出る。力を持てば考え方が変わってしまう。西大路はそれらを変質させずに貫くことで夢は叶えられる、本当の歌手になれるのだと告げた。
「ならこれから今の気持ちを忘れないでくださいね」
「ああ、今日の事を忘れる奴はぶん殴ってやるさ。待ってろよ、俺達もお前のところに駆け上がってやる!」
「ずっと、待ってます。……ずっと」
マヤも西大路の考えに同意し握手しようと手を差し出す。西大路は差し出された手を見て迷ったが、数秒悩んだ末その手を取った。
神奈は二人の握手に僅かな笑みを浮かべた。
それからロックロッカーは神奈に礼を告げた後で出て行った。
頭を深く下げて感謝されたことに神奈はむず痒い気持ちになる。
「神奈、短い間だったけどありがとう」
「こちらこそ、今日のライブは忘れないよ」
マヤは神奈に礼を述べた後、優しく抱きしめた。
突然の抱擁に動揺しつつも神奈は抱きしめ返す。
「またいつか会えるといいね」
「その時はもう一回歌を聞かせてくれ」
こうして神奈とマヤの短い生活は終わりを告げた。
奇跡的な出会いをキッカケに強くなった心を持って、二人はあるべき日常へ戻っていく。
「神谷さん、なんだか良い感じにまとまりましたね」
「ああ、もうマヤのことは心配いらないな。私達はすぐ近くに迫った魔導祭のことを考えよう」
――魔導祭まであと三日。
* * *
神奈達の別れと同時刻。
赤みがかった茶髪の美形な少年二人が、宝生中学校近くの道路で話をしていた。
少年二人の周囲は道路に亀裂が入っていたり、電柱が折れていたりと争いの跡がくっきりと残っている。
「それにしても心が安らぐいい歌だったな弟者」
「そうだね兄者、歌姫って異名に負けていなかったね。……それよりもこの男はどうしようか? とりあえず倒しておいたけど結構強かったよね」
二人の足元には獅子神が倒れていた。
獅子神は影野を倒した後、強い気配を感じ取り二人の下にやってきたのだ。しかし少年二人は途轍もなく強かった。獅子神は喜んで戦ったが現在完全に気絶して地に伏している。
「放っとけ弟者、そのうち誰かが拾うだろう」
「分かったよ兄者。でもまあ、魔導祭前のウォーミングアップにはなったね」
「そうだな弟者。ふっ、此度の魔導祭……優勝は俺達兄弟のものだ」
神奈達に予想外の敵が立ちはだかろうとしていた。
今年の魔導祭は荒れる。それを表すように二人は荒れ狂う暴風となって姿を消した。




