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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十章 神谷神奈と魔導祭
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157 客争奪戦――楽しい未来を得るために――


 時刻は午後五時十分。

 五時半から始まるライブまであともう少しであるのだが、残念なことに観客席はがらんとしている。精々十数人程度……とてもライブをするような人数ではない。

 やはりロックロッカー人気の方が高いからなのか、このままではまずいと神奈は焦燥感を抱く。


 段ボールで壁を作った簡易的なステージ裏に立っているマヤは不安そうにしている。どうにかしたい気持ちはあれど、神奈にはどうすればいいのか見当もつかない。


「神谷さああん!」

「影野、それに……!」


 叫んで走ってきたのは影野と笑里だった。二人の組み合わせが意外すぎて神奈は目を丸くする。


「影野、お前獅子神は? まさか勝ったのか?」


「……いえ、俺の負けです。獅子神は俺が気絶している間にどこかへ行ったみたいで」


「ああ成程、今頃どこかの誰かが被害に遭っているのかもな。……で、どうして笑里と一緒に?」


 影野は笑里と面識すらなかった。共通の友人がいることを知れば話も弾むだろうが、関わりが神奈にはいまいち分からない。


「気絶していた俺を介抱してくれたんですよ。以前神谷さんといるのを見ていたので、仲間だと思って今の状況も話しておきました」


「神奈ちゃんの知り合いだって分かったから色んな事情も聞いたよ。マヤちゃんでいいんだよね?」


「は、はい。マヤです」


「私は笑里、秋野笑里! 遅いかもしれないけど協力するよ!」


 心強い味方が一人増えたとしても神奈はまだ安心していない。この状況で神奈達が出来ることなど何一つないのだから。

 学校中に宣伝用のチラシを貼っているにもかかわらず二十人もいかない客数。生徒のほとんどがマヤよりロックロッカーへの興味が強い証が校庭の客席だ。時間が被っている以上どちらかしか選べないので、より興味のある方へ生徒達が赴くのは当然である。


『へえい! 宝生中学校のみんなあ!』


 ――唐突に学校全体に放送が響く。


『俺はロックロッカーってバンドの西大路耕史郎。みんなは俺達のこと知ってるよなあ!』


 用意周到なことにロックロッカーリーダーである西大路は、放送室を使用してまで客を集めようとしていた。事前にライブ情報は知らせているとはいえ、放送で気が向いて会場に来てくれる人もいるだろう。神奈も放送を使えば良かったと今更思う。


「放送で一気に人を集めようってわけですかね?」


「……そうだと思うけど、今頃は体育館だって人でいっぱいだろうに。なんでまだ呼ぶ必要があるんだ?」


『俺達のライブが体育館でもうすぐ始まるぜぇ! みんな急げ急げ、じゃないと席が取れないぜえ! そんじゃあ待ってるからなあ!』


 西大路の放送はたったそれだけ。

 最後にギターを一度鳴らしていたがそれだけで終わった。


「神奈、お、お客さん達が」


 マヤが観客席の方を指すので神奈達が見てみれば、数少なかった客達が席から立ちあがり体育館の方向へ向かっていた。一人、また一人と客はいなくなり、ついに神奈達以外校庭から誰もいなくなる。

 ライブの時間が刻一刻と迫っているのに客が減る事態に焦りが強くなる。


「くそっ、このままじゃ……」


「あれ――秋野さん?」


 影野が笑里を呼んでいたので見ると笑里もこの場からいなくなっていた。客を連れ戻しに行ったのかと思えばそうではない。ただボーッとしながら体育館へと歩いて行っているだけだ。


「こうまでして徹底的に客を奪うなんて……。どうしてこんなことをするの……? ねえ、答えてよ……西大路さん」


 俯いて嘆くマヤを神奈は見ていられないため励ます。


「マヤ、大丈夫だ。私を信じて準備してくれ。でも開始時間は少し、十分くらい遅らせてくれよな。影野、マヤの護衛を頼んだ。私はあのバカを連れ戻すついでに客も取り戻してみせる!」


「分かった、私は神奈を信じる」

「俺もです。きっと神谷さんなら出来ますよ!」


 神奈は二人の言葉を背に受けて苦い顔をする。

 ただマヤが辛そうな顔をしているから放っておけなかっただけで、本当は策なんて何一つないのだ。無策でも行動を起こすしかないと神奈は感情に流されて動き出す。


 走り出した神奈は早くに笑里へと追いついた。


「笑里いいいい!」


 反応すらしない笑里の後頭部を神奈は叩く。


「このバカ野郎! なんでそっちに……っおい!」


 笑里は痛がる素振りも見せずにまた体育館へと歩み始める。

 叩いても怒らず、反応すら見せていない。何事もなかったかのように歩く彼女の様子は明らかにおかしい。理由を考えても分からないので、一先ず神奈は体育館の様子を見に行く。


 体育館の中は多くの人で溢れ返っていた。笑里は強引に雑踏の中に入っていってしまい、神奈は外に残された。強引に中へ入ろうにも満員電車以上の人混みなので容易に入れない。


「ロックロッカー……ライブ成功か、ちくしょう……!」


 神奈は虚しさに打ちひしがれる。

 心の底ではもうどうにもならないだろうと諦めている。

 この体育館満席状態からいったいどうすれば客をマヤのもとへ流せるというのか。

 ――神奈が己の諦めに気付いた時、空遠くから光の矢が飛来してきた。


「神奈さあああん!」


 正体は白黒の腕輪だ。集合する魔法〈集合(アンサンブル)〉を使用すればすぐに神奈の元へ駆けつけられる。坂下に魔法のコーチをしていたはずだが、ここに来たなら終わったのだと理解した。

 見覚えのありすぎる腕輪に神奈は反応して「……お前」とだけ呟く。

 どこか期待するような眼差しを向け、少しして絶望の瞳へと戻ってしまう。


「愛しの腕輪が戻ってきましたよお! 寂しくなかったですかあ?」

「……全然」

「まったまたあ」

「……全然」


 腕輪の勢いを神奈は今日特にウザく感じる。


(こっちは今精神的にキツイんだっての。空気読めよな……)


 今さら腕輪が帰ってきたことで出来ることなんてない。腕輪を手首に戻していると、体育館内の観客がいきなり大声で叫び出す。観客が多すぎて神奈からは何も見えないが、ロックロッカーのメンバーがステージに上がったのだ。


(あの場所は本来なら……本来なら……!)


「みんな来てくれてサンキュー。早速だが聞いてくれ俺達のベストソング! 盛り上がっていこうぜえ……『熱狂』!」


 そうしてロックロッカーのお世辞にも上手いとは言えない演奏が始まった。

 上手くはない。それは確かなのに、素人の神奈からでもそう言えるのに、誰もがその演奏に曲名通り熱狂している。

 誰もが大声で叫び、騒音が絶え間なく響き、大音量で空気が震える。


「うわぁ、なんですかこの酷い演奏という名の騒音は」


「決まってんだろ、ロックロッカーご自慢の曲だよ。……私は何も出来なかった。客を取り戻す? そんなことできもしないくせに……」


 自分に自信が持てなくなり、希望など見当たらない状況に無力さを酷く痛感する。自然と視線が下に向き、その表情を自分で見ることができるのならきっと酷い顔だなと呆れてしまうだろう。希望の光を失った死んだ魚のような目をしていることだけは分かる。

 心配そうな声で腕輪が「神奈さん?」と気にかけた。


「失望されるだろうな、あの二人からも。……なんとかする? なるわけないのに? 笑っちゃうよほんとうに……いや、笑えないよほんとうに……」


「事情は分かりません、でも神奈さん……諦めたらそこで、試合終了ですよ?」


 ここでいつもの神奈ならつっこみを入れていただろう。なぜなら腕輪が告げた言葉はバスケットボール漫画の名言だからだ。今の状況に何一つ関係していない。しかしいつものつっこみはなぜか封じられ、代わりに出たのは口に出したくなかった言葉。


「何も知らない癖に……今回私は何もしてない、何一つ出来てない。もう終わってんだよ……! 諦めるとかそういう次元じゃない、もう終わったんだよ……! これからどうにかしたいとは思うけど方法がないんだ……!」


 諦めた。終わった。口に出してしまえばすんなりとその現実を受け入れてしまう。ロックロッカーの完全勝利であると認めてしまう。

 決してそんなことが言いたいわけじゃなかった。ただ、神奈は他人に否定されることで楽になりたいと思っていた。そんなことない、しょうがないことなんだと否定してほしかったのだ。


「……神奈さん、もし諦めるのならばそれも一つの選択です。でももしまだ諦めないというのなら私が力を貸します。どちらを選ぶんですか? もう自分には何も出来ないと諦めるのは楽ですよね?」


「楽……どちらかっていうなら楽な方を選びたいな」


「それでも神奈さん、楽な選択肢って本当に良い選択肢なんでしょうか?」


「楽なんだから良いに決まってるだろ」


「想像してみてくださいよ、楽な選択肢と辛い選択肢どちらが楽しいかを」


 言われた通り神奈は想像する。


 楽な選択肢は諦めた結果だ。マヤは泣き崩れ、全員が暗い顔をしてしまうだろう。これは仕方のないことだとマヤと影野は言ってくれるに違いない。


 辛い選択肢は足掻く結果だ。何か打開策があればマヤは笑顔でライブを始められる。神奈達全員が笑顔になれる。


 そこまで考えて神奈はあることに気付いた。


「楽っていう字なのに楽しくないな……矛盾してる」


「そして辛いのに楽しくなれるという矛盾。いえ、辛い努力をしてこそ、辛い選択を迫られてこそ楽しい未来が切り開けるのです」


「……お前」


「何より神奈さん、諦めるなんてあなたらしくないですよ。これまでどんな困難にも立ち向かってきたじゃないですか。一番長い付き合いの私から見て神谷神奈という人間は、誰かのためならどんな相手とでも諦めずに戦えるんだと私は思います」


 諦めかけたことはあった。エクエスのときも、神音のときも、強大な敵との戦いでは諦めかけたことがあった。しかしその度に自分の心に負けず相手へ立ち向かっていった。

 諦める理由などどこかへ投げ捨ててしまえばいい。少し趣向が違えど、ロックロッカーなど今までに戦ってきた者達と比べれば小物にすぎないのだから。


「……ああ……悪い、らしくなかった……! まだ、諦めるのは早い……! マヤのライブは遅らせているんだから時間はまだある……!」


 神奈は自分の柔らかい頬を引っ張って放す。

 赤くなった頬は痛みを訴えて、頭が急速に冷える。

 終わりかけていた状況で冷静さを失っていた。もう出来ることはないと決めつけて探してない。それに神奈に出来ることではなくても、腕輪の知識があればどうにかなるかもしれない。


「相棒……なんか手立てがあるんだろ? この客達をマヤの方に流す作戦が」


「分かりません。……なんですかその不思議そうな顔は? ありませんよ、そもそも事情もよく知らないですし」


「期待を返せよ!」


 マヤはライブの時間を十分遅らせる。その十分の間に何かしなければ、策を講じなければいけない。打開出来るような何かがよく観察すれば見えてくるはずだと思うも、見えるのは狂ったように応援している観客の姿のみ。結局気持ちを持ち直したところで神奈が出来ることなど簡単には考えつかない。


「私は力で解決できない問題だと無力なのか……?」


「神奈さん、事情は分かりませんが大まかな予測はしました。この客を他の会場に移せばいいんですね?」


「ああ、でもただ強引に連れて行ってもまたこっちに戻ってくるだろ」


「そうでしょうね、だってこの響いている声……魔力が込められてますから」


 唐突な単語に神奈は「魔力?」と訊き返す。


「この歌声には聴いた者を洗脳状態に近くする魔力が込められているんです。だからその魔力を解けば、もしくは防げばどうとでもなりますよ。もし、神奈さん一人の力で道が見えないなら私が道を作ります。さあ、逆転しましょうか神奈さん、私達の力で」


「お前……頼りになるのかならないのかはっきりしろよな!」



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