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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十章 神谷神奈と魔導祭
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155 文化祭――たこ焼き――


 ついに笑里やマヤが通う学校――宝生中学校の文化祭当日。

 神奈とマヤ、そして今日も学校を休んで付いてきてくれた影野の三人で賑やかな道を歩く。


 たこ焼き屋、お好み焼き屋、お化け屋敷、メイドカフェなど様々なものがある中、神奈達は外に出ている団子屋で焼き団子を食べていた。一本百円で素人が作ったものにしては高い気もするが、そこは文化祭なので大目に見る。


 焼き団子を食べながら、神奈はいつもの変装をしているマヤに今日の段取りを確認する。


 ライブの時間は午後五時半。現在は十二時を過ぎたあたりで五時間程は自由だが、五分前くらいにはもうステージに行ったほうがいい。

 ステージといっても簡易的なもので、台を用意してその傍にスピーカーなどを設置したものだ。学校側の協力をあまり得られなかったためにそうなってしまった。

 椅子は全て前日に設置されている。千以上の椅子が並んでいるのを見ると、神奈は歌うのが自分でないのに緊張してくる。


「ねぇ、今日ロックロッカーのライブあるんだって!」

「うっそー! 絶対見に行く!」

「あ、でも十六夜マヤさんのライブも同じ時間にあるんだよねえ」

「いいって! ロックロッカー最高!」


 そんな会話が聞こえてきた神奈は眉間にシワを寄せていた。


(なんで同じ学校の生徒じゃなくてそんなバンドを応援するんだか。……人気なのは分かるけど納得いかないな)


「神奈、私は気にしてないから」


「……はぁ、私ばっか気にしてたか」


 本人がそう言ったので神奈も苛ついた顔をするのは止める。しかしマヤが気にしてないわけがない。今、自分がどんな顔しているか鏡で見てみたなら、確実に気にしていると分かる暗い顔なのだから。


「そういえば今更だけど、十六夜さんは自分のクラスに行かないんだね?」


「あはは、長期間クラスにはいなかった人間だよ? 私がいてもみんな迷惑するだけだと思う。せっかくの空気を壊しちゃうよ……」


(やばい、さらに表情が……もう泣きそうになってる)


 少し配慮が足りなかったことを影野は反省する。

 慰めたいが、邪魔になるわけないなんてことは言えない。二人はマヤのクラスを何も知らないのだから無責任なことは言えないのだ。

 今から二人に出来ることといえば――


「さ、じゃあ気を取り直して回ろう! あっちのたこ焼き屋行ってみようよ!」


「……そうだね、行こうか」


 こうして楽しさで悲しさを塗り潰すだけである。

 暗い表情を多少明るくさせて、神奈達は少しでも気を紛らわすためにたこ焼き屋に向かう。だがそこには驚きの人物がいた。


「待っていたわ神谷神奈」


「あ、天寺!? なんでここにいる!?」


 天寺静香。かつて神奈と戦い敗れた少女。

 腰まである水色の髪を揺らしながらテーブルに腰かけている。それを見て周りの人が迷惑そうにしているので神奈は呆れる。


 マヤが首を傾げて「友達?」と問いかけてくるが、いざ考えると神奈は天寺との関係をどう言えばいいのか悩んでしまう。友達というには関係性が微妙な気がしてくる。


「……いや、知り合いかな」


「知り合い? そんな生易しい関係じゃないでしょう。私達は共にあの激辛と戦った戦友じゃない」


「戦……友……? 神谷さん、それなら俺はあなたのパートナーですよね! 俺の方が関係が深いですよね!」


「どっちもどっちだ。それよりもこんなところで何してんの?」


 影野が絡むと話が進まなくなるしうざったいので神奈は適当に流す。

 そのとき、天寺の元に深緑の髪をした穏やかそうな少年、日戸操真がたこ焼きを持ってきた。彼もまた天寺と共に激辛に挑む羽目になった人物である。被害者といってもいい。


「静香さんは神谷さんと激辛たこ焼き勝負をしようとしています」


「ちょっと! 私が言いたかったのに!」


(こいつらどんどん初めに会った頃のイメージが崩れてくよな。……ていうか激辛ってまたか、こいつ前回で懲りてないのか?)


 マヤが大丈夫かと心配そうな視線を向けると神奈は無言で頷く。


「それで? 勝負ってのは?」


「ふふ、ロシアンルーレットよ」


 自信に満ち溢れた表情で天寺が言い放つ。

 ロシアンルーレット。銃に一発だけ銃弾をセットして残りを空の状態で、お互い順番に自分の頭に押し付けて引き金を引く。それで空砲だったらセーフという度胸試しのようなものだ。


 そしてそれにちなんだ遊びが今からやることである。

 六個のたこ焼きの内、一個は中身に唐辛子などの激辛食材が入っている。順番に食べていき激辛を食べてしまった方が負けというシンプルなゲーム。


「オーケー、受けてやる。なんかずっと待たせたみたいだしな」


「ええ本当にね。秋野笑里がこの学校の生徒だから来ると思っていたけど随分遅かったじゃない」


「悪いけどこっちにも色々と事情があるんだよ。さあさっさと済ませよう」


 神奈はマヤを一瞥してそう答え、天寺と向き合う。

 六個入りのたこ焼きを持った日戸が二人の間に入り、ゲームはいつでも始められる状態となった。


「先手は私がもらうわ」


 天寺の言葉に神奈は「なに?」と呟き、周りのギャラリーも訝し気にしている。

 当然だ、このロシアンルーレットでは先手だろうとハズレを引く確率は六分の一。確かに六分の一という確率は低いが絶対安全とも言い切れない。先手を取ることで自分がハズレを引いてしまうということも十分にあり得るのだ。


「確率は六分の一、でも私が当たりを引けば残りは五個。その確率は五分の一。二十パーセントってところね」


「ああ、でもお前が初手でハズレを引いてしまう場合もある。それにな、仮に回避したところで私がその後当たりを引いちゃえば、結局お前が次にハズレを引く確率は高くなる」


「そうね、でも分からないの? もし私が当たりを引き続けた結果を考えてみなさいな」


 考えろと言われたので神奈は仕方なく思考力を高めた。

 仮にハズレが最後まで出なかったら必然的にハズレは残りの一個。最初に天寺が食べることで残りは五個、それを神奈と交互に食べていけば最後の一個を食べるのは神奈になる。

 周囲のギャラリーも天寺の狙いに気付いたようで感嘆の声が聞こえてくる。



「でもそう上手くいくかな?」


「ふふ、勝利は我が手の中にある! さあ、激辛を食べる運命を呪いなさい!」


 天寺は盛大にカッコつけながら爪楊枝(つまようじ)で中心のたこ焼きを一個口に運ぶ。


「はむっ……あ……ああああああああ!?」


 口に含んですぐ、天寺は顔を真っ赤にして絶叫した。神奈はそれに火を吹く幻覚すら見た。

 じたばたと手足を動かす天寺に日戸が「静香さん!」と叫び水を差し出すと、それをすごい勢いで手に取って飲み干した。しかし水を飲んでもまだ辛さが消えないのか日戸にもう一杯持って来るようにジェスチャーする。


「ぷはああっ!? 辛い辛い辛い辛い辛い! なんっなのよこれはあああ!」


「すいません。色々な種類のハバネロを中に投入していますので」


 こういうとき、人はどういう顔をすればいいのだろうかと神奈は悩む。少なくとも神奈はそれを知らないので、真顔でその光景を見ていることしか出来ない。


「フハハッハッハ! 神谷さんの運を甘く見たなああ!」


「あ、あの……大丈夫?」


 影野が嘲笑っているが神奈も笑えばいいのだろうか。

 マヤが心配そうな表情でオロオロとしているが神奈も心配すればいいのだろうか。

 考えた結果、神奈はその場からいなくなることにした。どうすればいいのか分からずに、悶える天寺を放置して逃げるようにその場を離れる。


 マヤと影野も付いていく。マヤは気の毒そうに背後を気にしているが、影野はまだ笑いが収まらないのか口元を押さえている。


「あ、あっちにお好み焼きがありますよ?」


 影野が言うので行ってみると、そこにも驚愕の人物がいた。


「んん? おお? テメエはもしかしてよお、神谷神奈じゃねえかよ!」


 そこにいたのは獅子の(たてがみ)のような髪をしていて、凶暴な笑みを浮かべている獅子神闘也だった。


「か、神奈? また知り合い?」


「知り合いじゃないです」


 素早く告げると神奈は瞬時に身を翻して歩き出すが、その前方に高速で回り込んだ獅子神がニタアッと口角を上げる。


「久しぶりだなあ、いっちょ戦おうぜ!」


「いやだ」


「そう言うなよ! オラオラオラオラ!」


 言葉を無視した獅子神は連打を放つ。それを危うげもなく躱していくが、さすが獅子神というべきか身体能力が高い。拳を受けてしまえば神奈でも痛いのは間違いない。


「いやだああ! なんでお前ここにいるんだよおおお!」


「くひゃひゃひゃ! テメエを追いかけて宝生に入ったはいいんだけどなあ、テメエは別の場所に行っていた。それだけの話だあああ!」


 もしも神奈がメイジ学院に行かずエスカレーター式で宝生中学校に入学していた場合、毎日のように戦いを挑まれていただろう。そこに速人も加わるのだから笑えない。


 獅子神からの攻撃を神奈が避けていると、横から獅子神の頬に拳が叩き込まれた。あまりダメージはなさそうだが数メートルは後退させた。

 拳の主は影野だ。鬼のような形相を浮かべて体を震わせている。


「神谷さん……先に行ってください」


「え、いやでも」


「行ってください! ここは俺が引き受けます!」


 背中を向けて立ち、影野は叫ぶ。

 一人の男の想いを無駄にしないため、神奈は真剣な顔で校舎の入口を見つめる。


「行こう、マヤ」


「え? でも影野君が……」


「あいつの犠牲を無駄にするな! 私達はこのまま入口に入るんだ!」


「死ぬの!? 彼死んじゃうの!?」


 マヤの手首を掴んで神奈は走り出す。

 獅子神の横を通り過ぎたがすでにその眼には影野しか映っていない。アレは人間ではない……目の前の獲物を狩る獅子だ。


「テメエ、どこかで会ったような気がするな? まあいい、テメエもいいな……!」


「驚いたな、俺も君とは会ったような気がするんだ。でもどうでもいい。神谷さんを困らせるカスは俺が排除する!」


「はっはああああ! じゃあ楽しもうぜええ!」


 二人の男の戦闘が開始した頃、神奈達は校舎の入口に辿り着く。

 明らかに先程から文化祭で使うことのない台詞が飛び交っていても気にしない。神奈達は文化祭を楽しむために校舎の中へと入っていった。








天寺「っく、次こそはああああ!?」


日戸「静香さん!? まだ口の中が辛いんですか!?」


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