151 不満――好みの違い――
腕輪「夢現世界編……実はこの小説で一番好きな話だと作者が言っていました」
神奈「……えぇ、私ほとんど出てないのに。主人公私ですらないのに」
朝食のパンを食べながら少女はテレビを視聴している。
癖のある黒髪を肩上まで伸ばしており、白を基調とした制服を着ている少女――神谷神奈は真っ赤な苺ジャムを少量乗せたパンへかぶりつく。そうすれば口にはほんのりとした甘さが広がっていく。
テレビは朝のニュース番組である。番組では今人気の人物をゲストとして招いており、人気な芸能人を知りませんなどということがなくなる素晴らしいものだ。
『それでは本日のゲストはこちら! 今、人気沸騰中の歌手、なんと二組です。まずはこちら! 中学生ながら歌姫と言われている十六夜マヤさん! そしてお次は大人気バンド、ロックロッカーの皆さんです!』
まず十六夜マヤという穏やかそうな女性が出たが、その後に続いた四人組の男達が出たときの方が反応は大きかった。
神奈はそれを見て不満そうな表情を浮かべていたのが鏡から見えた。当然だろう、なぜなら十六夜マヤとロックロッカーならば前者の方が好きなのだから。
十六夜マヤは紹介されていた通り歌姫と称されるほどの歌唱力を持つ。歌う曲も全て自分で作詞作曲を行うことで話題になった。特に失恋ソングなど、音楽にあまり興味がない神奈ですら涙する程である。
対するロックロッカー。神奈は彼らがなぜ人気なのか全く理解できない。
歌はお世辞にも上手いとは言えない、精々素人レベル。カラオケで七十点くらいの点数を出していそうな平均的な歌唱力。演奏もバンドのくせしてあまり合っていない。ようするに連携が下手なグループ。
今もギターを担いでいるリーダー――西大路耕史郎が調子に乗ってトークしているが、話はつまらないし他の人達も苦笑いである。
そう、そんな連中にもかかわらず人気だけは異様にある。神奈は笑里になぜ人気があるのか訊いたことがあり、返ってきた答えは歌に中毒性があるとかないとかそんなものだった。しかしそんなロックロッカーの歌も神奈には響かない。
普通の歌なのだ。どこにでもありふれているような歌詞と歌唱力。これに感動する人間が分からない。
神奈はパンを食べ終わり、テレビを消してメイジ学院へ登校する。
学院の教室で神奈達は朝の番組から件のバンドのことを話す。
「ロックロッカーの曲って普通以下じゃない?」
「そうかな、ロックロッカーってすごい人気だよね? 僕も曲を聴いたけどなんか中毒性あるよ?」
反論してきたのは大人しそうな外見の少年――坂下勇気。その坂下の言葉に同意する金髪の不良のような少年――日野昌と、青い髪と眼鏡が特徴的な少女――南野葵。どうやら人気は予想以上にあるようだと神奈は素直に驚く。中毒性だかなんだか知らないが全くセンスが合わないことに驚く。
「影野、お前は?」
「俺は神谷さんが好きなほうが好きです!」
「聞いた私がバカだった……」
残った暗緑色の髪を目より少し上まで伸ばしている少年――影野統真に聞いてみても、崇拝している神奈と同じ意見にするからどうしようもない。
「はぁ、やっぱみんなバンドなのかぁ」
好みの違いに神奈が気持ちを沈ませていると、忍者のような黒い恰好をした少年――隼速人から「ちょっと待て」と声を掛けられる。
「うん? どうした隼?」
速人は学院の白を基調とした制服を着ていない。それでいいのかと思うも、この学院はわりと自由なので誰からも注意されていない。
振り返った神奈の視界には額に青筋を浮かべている速人の姿。
「なぜ俺には聞かない?」
「え、お前こういう話興味あんの?」
「ない」
「ないのかよ……」
それなら聞くだけ無駄だろう。そんな正論は置いておき、教室の扉が開かれた。
入って来たのはこのDクラス担任である青年――斑洋。ボタンが解れているワイシャツ。シワがあるスーツ。緩んでいるネクタイ。社会人としてダメな服装には嫌でも目がいく。
「……もうすぐ、あの日だ」
「生理ですか?」
「僕は男だ! ……って誰だ今のは?」
(すいません! 今のは私が付けてる腕輪です!)
神奈の右手首にある、白と黒に上下で分かれている配色の腕輪――万能腕輪。魔法の知識を多く持っているのだが、あまりのポンコツぶりに神奈はもう何も当てにしていない。たまにふざけた言動をするため心の中で相手に謝っている。
「まあいいや、十月になれば魔導祭がある……前にそう言ったと思うんだけど……言ったよな?」
「先生も言ったか不安なの? その話なら以前聞きましたよ……というか、最近は学院の生徒全員がピリピリしてますから」
葵が言っているのは事実だ。最近になってピリピリとした雰囲気がこの学院全域にある。
「そう、つまりあと二週間もないわけだが……お前達、出るつもりか?」
「当然ですよ! ねえ神谷さん!」
「影野の言う通り私達は出るつもりですけど、何か?」
魔導祭。魔導大会とも呼ばれるこの学院の体育祭の代わりのようなもので、二人組で出場し、二対二で摸擬戦を行う大会だ。時期が時期なので他の学校の文化祭と近い日付になっている。
一応公平さを保つため、出場するのは一年生のみだ。他の学年が何をしているかといえば、二年生は出店を出して、三年生は他の魔法学院との交流試合を行うことになっている。
魔導祭には二人一組で出場しなければならないので、神奈は影野とペアを組み出ることに決めていた。他の組み合わせとしては、坂下と葵、日野と速人に分かれる。
斑が今日言う前から神奈達は準備しているのだ。
「そうか……いや、出るなら出るでいいんだが……」
「知らしめてやりますよ、神谷さんが一番強いってことを! ね、神谷さん!」
「お前少し黙れ」
「……は、はい……ああ、こう厳しい神谷さんも素敵だなあ」
「本当に黙ってろ。何かありましたか?」
何やら斑の様子がおかしく、今にも自殺しそうな深刻な顔をしていたので神奈は訊ねる。
「……いや、大したことじゃないんだが……魔導祭で成果を出さないとお前達は退学になってしまうんだ」
「大したことあるよ! なにサラッと退学予告してんだ!」
「退学って、どうしてなんですか?」
坂下が全員の疑問を代弁しれくれたので斑に視線が集中する。
斑は神奈達の鋭い視線を受けて「うっ」と呻き声のようなものを上げると、俯いて重そうに口を開く。
「それはDクラスが弱いからだ。実力的にも、社会的にもな。ついこの前職員会議で決定してしまったんだよ。もし決勝まで行けなければDクラスは消滅、在籍している生徒は退学だと」
「なんだよそりゃ! ふざけてんのかよ!」
「大真面目だ、止めれないで申し訳ないとは思っている」
日野が怒りのあまり顔を真っ赤にして怒鳴るので、斑は俯いたまま謝罪する。
「そういえば他の学年は……あ、Dクラスって僕達だけかあ」
坂下がしみじみとそう呟くが、神奈もそれに気付いていた。
Dクラスは普通以下の存在なのでそうそう在籍する生徒はいない。今年が例外だったというだけだ。手加減してこのクラスに来た葵、自分から来た速人、適性がなかった神奈と影野、実力がなさすぎた坂下と日野。本来だったら二人でも多い方なのだが今年はイレギュラーが多すぎる。
「お前達の摸擬戦出場用紙はあとで出しに行く。……無茶だけはするなよ」
摸擬戦出場には専用用紙にペアの名前を書いて教師に提出しにいかねばならない。それは斑がやってくれるらしいので一安心である。
今回の魔導祭では強敵なんて限られている。自慢じゃないが神奈は強い、影野もそこそこ強い。つまり勝負が成立する相手は少ない。
決勝に残る相手として、神奈が予想できるのは斎藤凪斗と神野神音のペアしかいない。斎藤の究極魔法に関しては厄介だがどうとでもなる。しかし神音は実力が上なので不安しかない。
それから一日の授業も終わり帰ろうとしていたとき、神奈は突然話しかけられた。
「あ、神谷さん相談があるんだけど」
相談があると話しかけてきたのは坂下だ。少しオドオドしながら彼は驚きの言葉を発する。
「その腕輪……貸してもらえないかな?」
「これを? 何で?」
坂下が腕輪を貸してほしいという理由が想像つかなかった。神奈からすれば利用できる価値などほとんどない代物なのだ。欲しがる人間がいて、理由があることに不思議そうな顔をする。
「神谷さんの持ち物を借りるとは命知らずな奴め! 俺が成敗してくれる!」
「ヒイイイィ!? ご、ごめんなさい!」
「黙れって言ったよな!? 私今日何回お前に黙れって言えばいいんだよ!」
影野の邪魔が入ったが、問題は坂下がどうしてこの腕輪を欲しているのかだ。
「魔法を……教えてほしいんだ」
「止めた方がいいと思う」
「ちょっと神奈さん! それはどういう意味です!?」
そのままの意味である。神奈が教えられた魔法はほとんどがろくでもない魔法なのだ。誰が好き好んで出っ歯になる魔法や、酸素を生み出すだけの魔法を使うというのか。
「自分の心に問いかけろよ、お前に習った魔法が役に立ったことなんてほとんどないだろ。だいたい坂下君はなんでこれに? 授業で教えてもらえばいいじゃんか」
「それもいいと思う。でも少しでも力を上げるために、知識豊富なその腕輪を借りたいんだ……!」
「いいよ」
神奈の軽い返事に「え?」と呟き、キョトンとした顔をする坂下。
「ちょっと待ってください、なんでそんなに軽いんですか!? 私って相棒でしょ!?」
「いやいや何言ってんだよ。超大切な相棒だよ。それじゃあ坂下君大事に使ってくれ」
「え、あ、うん。ありがとう」
坂下は困惑しつつも受け取った。
「ちょっと神奈さん!? 棒読みで私を渡すの止めてくださいよ!」
「……じゃあ私は帰るから」
「ちょっとおおおお!?」
腕輪は空気を読むときと読まないときがある。その二つならば後者の方が圧倒的に多い。
雰囲気をぶち壊すはた迷惑なアクセサリーからたまには解放されたいと思っても文句はないだろう。
「言っておきますがね! 坂下さんのところへ行くのは一時的なものに過ぎません! 戻ったら覚悟しておいてくださいよ!」
(……戻ったらか)
その場から神奈は全力で逃走する。
人間誰しも、たまには一人になりたいときがあるものだ。




