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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
九章 白部洋一と夢現世界
323/608

150.5――エピローグ――


 白。ただその一言だけで大まかな説明が終わるような空間。

 上空には白いモヤが大量に泳ぐようにどこかに進んでおり、その向かう先には輪廻転生の要である観覧車のようなものが存在する。

 この場所は全てが白なので地面も空も見分けがつかない。


(ここは……どこだろう……?)


 白部洋一は戸惑っていた。この謎空間に知らぬ間にやって来たこともそうだが、意識はあるのに肉体が見当たらないのだ。

 不思議現象を仮に常識と照らし合わせるとするなら――死後の世界だろう。


(僕は死んだのか……)


「そのとおーり、お主は死んだぞ」


  一人の老人が胡坐を掻いていた。白い顎鬚が長すぎて、地面なのかよく分からない平らになっている場所にまで垂れている。真っ白なローブのようなものを着ており、それには汚れ一つない。


(この人は……?)


「あー、儂は魂の管理者という。しっかしまた随分とすごい死に方じゃな、お主の肉体消し飛んどるぞ。こりゃ器が力に耐えきれなくて破裂したってところかの」


(僕は喋っていない。つまりこの人は読心能力を持っているのか)


「そうそう、お主は聡いのう。まとめて説明するぞ。ここは転生の間、死者の魂が次の肉体へ宿るための通り道のようなものじゃ。お主も例外ではなく魂のみじゃから、儂が心を読んで会話を成立させておる。ちなみに本来なら上の魂達に交ざって輪廻の輪直行なのじゃが……お主は強い未練があるために辿り着けなかった。こんなところかの。何か質問があるなら受け付けるぞ?」


 本当に洋一の想像通り、死後の世界というべき場所であった。

 輪廻転生。考えれば理に適っている画期的システムだ。誰かが死んでも別の赤子の肉体に魂を移し、全ての魂達に行き場を与えている。死ねば無が待っているということもない。すぐに次の人生……もしくは人間ではない何かに生まれ変わり生を送る。まるでリサイクルである。


(では、今の説明だと僕は輪廻の輪に行けなかったみたいですけど、いったいどうしたら転生できるんですか?)


「いや何簡単なことじゃ。お主の未練に合った世界へ転生させるんじゃよ、願いを叶えやすくするちょっとしたサービスもしてな。……というわけでお主の未練はなんじゃ?」


(未練……未練ですか……)


 未練として思い浮かぶものは一つしかない。


(ムゲン、彼女との約束を果たしていない。僕は彼女を捜し出さなければいけない。きっと未練というのならそれのことだと思います)


 洋一が告げた未練の内容に老人は困り顔になる。


「なるほど……じゃがそれはちと無理がある。一度弾きだされた者はもう二度と元の世界に帰ることはできない決まりでな。残念じゃが……諦めてもらうほかない」


(諦めてもらう……ですか)


 ムゲンと再会を果たす前に死んだことを洋一は受け入れている。

 こうして死んだ後も誰かと話をするなど奇跡のようなものだ。奇跡が起きたのだから、未練を達成したいというのは望みすぎかと洋一は思う。決して諦めきれない気持ち。往生際の悪い自分が悪いのだと自分を責める。


「その場合、お主の想いを消去するしかない。なあに安心せい、どうせ普通に輪廻転生する輩は想いを持って行くことなどできない。輪廻の輪に消去されてしまうからな。死ねば何も残らないとよく言うじゃろう?」


 白部洋一は死んだ。……もう死んでいるのだ。

 今この場においては想いを引きずっている厄介者でしかない。迷惑をかけるくらいなら全ての思い出を消された方がマシであると、洋一は老人に従うことを決意する。


 老人の手が翳され、洋一の魂が淡く光り始める。


「――ちょおっとそれは酷くないですかあ?」


 そして女性の声が割り込んで光が収まった。


「お主は……なぜここに?」


 老人は女性に怪訝な目を向ける。

 人形のように整っている顔立ち。ふわふわしている触り心地のよさそうな金髪。女神のような優しい表情。老人と同じ白いローブを身に纏う女性が――洋一の背後に立っていた。


「どうも初めまして白部洋一くぅん、私は祝福の管理者という者です。あ、ちなみにそっちのジジイは魂の管理者です」


(ジジイ!?)

「ジジイ!?」


 洋一は心の中で、老人は声に出して驚く。

 まさか優しそうな雰囲気を纏う女性が『ジジイ』などという言葉を口にするとは思っていなかったのだ。


「魂、あなたが役目を全うするのはいいことなんですがねえ、彼を一般人と同じ扱いをするのはどうかと思うんですよ。彼の英雄のような功績をまさか知らないんですかあ?」


「無論知っておる。世界一つの生命を救ったのだ、儂だって特別扱いしてあげたいと思う。……じゃが決まりである以上どうすることもできんぞ」


(あの、僕はいいです。想いを失って転生したとしても大丈夫です)


 英雄だとか功績だとか言われると洋一は恥ずかしくなる。自分のせいで喧嘩が始まりそうな雰囲気なので申し訳なくも思い、早いところ転生を済ませてもらおうと語りかける。


「頑固なジジイですねえ。まあそう言うと予想していたので助っ人を呼んでいるんですが」


「助っ人だとか止せ。俺はあくまで公平な判断を下しに来ただけだ」


 ――女性の隣に眼鏡をかけた若い男性が出現した。

 あまりにもいきなりの登場に驚きつつ、洋一は自分の声が届かないことで落ち込む。


「情報、お主が祝福の援護をする気か」


 二人と同様の白いローブを纏う男性は口を開く。


「先程も告げたがあくまで公平に判断させてもらう。結論から言うと白部洋一、彼のみを優遇する祝福の考えは認めてもいいだろう。もちろんいきすぎた内容なら却下だが、彼の願いはまた元の世界に戻る程度だ。実行しても何一つ問題ない」


「……言い分は理解した。じゃがそ奴の肉体は消滅しとるぞ、いったい儂にどうしろというんじゃ。言っとくが肉体を新たに作るなど儂には不可能じゃからな」


「問題ない、俺が肉体を用意する。消滅した夢現世界から彼自身の情報を閲覧し、肉体情報をコピーして元の世界に持っていけばいいだけだからな。魂、お前は彼をちゃんと元の世界に送り返してやれ」


「むぅ、いいじゃろう。それくらいなら容易いしの」


 何やら凄い会話が繰り広げられていて洋一は口を挿む暇もなかった。……まあ挿む口も今はないのだが。とにかく話を理解することだけで精一杯である。


「良かったですねぇ洋一くぅん」


(あ、あの、何がなんだか)


「簡単な話ですよお、あなたは自身の功績によって生き返るのです。まだあの世界で生きていられるんですよ。これで未練も達成できますねー」


(いき……かえる……僕、生き返るんですか?)


 理解した内容に感情が追いついてこない。もし洋一に今も顔があるなら目を丸くして間抜けな表情になっていただろう。


「はぁい、生き返るんですよお。あなたをこのまま転生させるのは惜しいと思っていたので本当に良かったです」


(あの、なんと言うべきか、いえ言うことは一つですよね。――みなさん、ありがとうございます。こんな僕がまだ生きることを許してくれて、本当にありがとうございました)


「これはあくまで仕事だ、礼を言う必要はない。あくまで君の実績で判断したにすぎないからな。ただ、俺達のことやこの空間のことは忘れてもらう。君は目覚めたとき、夢現世界から解放された記憶より後のことはきれいさっぱり覚えていないだろう。その方が死んだという記憶もなくなっていいだろうからな」


 気を遣われたのか、或いは元々そういったルールなのか。どちらにせよ洋一はこの場にいる三人の管理者に感謝する。ここを離れれば覚えていられないのは残念だが、色々な制約がある者達こそ管理者なのだと理解を示した。


「えー、それはないでしょう情報。転生者の記憶はそのままなのに」


「俺達の存在は秘匿されるべきということくらい分かるだろう。転生者から記憶を消したら色々と問題になることも理解しておけ。……だいたいお前は緩すぎる。数年前もそうだ、一人の転生者に会いに世界へ侵入しただろう。もっと自身が特殊な存在だということに自覚を持て」


「ちぇー、ケチですねえ。ごめんね洋一くぅん」


(いいんです、あなた達がそうであるべきだと視なくても分かるので)


 そのとき、異変が起きる。

 洋一の魂の真下に黒い点が現れ、徐々に広がって円状の穴になる。

 現れた黒い穴へと降下していく洋一はすぐに理解した。この穴こそ現世に繋がる通路なのだということを、そして通れば二度と管理者達に会えないということを。


(みなさん、本当にありがとうございました!)


「元気でやってねー! あなたに祝福あれ!」


 そうして洋一は黒い穴を通り、理解不可能な空間へと侵入する。

 意識を失った洋一の魂は、意識がなくなろうと目的の場所へと進み続けた。




 * * *




 笑里の自宅にて神奈と神音は異常現象を目にした。

 空が桃色になり、上空から大量のモヤが下りてくる。そしてその内の一つが近くにあった笑里の体に入っていき、笑里の目がゆっくりと開いた。


「笑里! 戻ってきたのか!」


「えぇ? 神奈ちゃんと……沙羅ちゃん? どうして私の部屋にいるの?」


「気にしないでいい、よ……何があったか覚えて、る?」


「……うぅん? ごめん、よく分からないよ……頭が少し痛いし」


 頭を右手で押さえて起き上がった笑里は申し訳なさそうに喋る。

 辛そうな表情をする笑里に神奈は優しい笑顔で言葉を掛ける。


「思い出さなくたっていいんだ。きっと悪い夢でも見てたんだろ」


「……ううん。不思議とそんな悪い夢じゃなかった気がするの」


 そんな二人を見ながら神音は残念そうな表情を浮かべていた。


(やはり異世界でのことは覚えていないか……少し期待していたんだけれど)


 その日、人々は長い眠りから覚めた。

 そしてそれが良かったことなのか、悪かったことなのか……誰にも分からない。




 * * *




 秋野笑里はとある喫茶店に向かって――迷っていた。

 神奈と才華の二人に誘われたとき、たまに遅刻するときがあるが原因の半分は道に迷うことである。もう半分はただの寝坊だ。


 多くの人々が行き交うスクランブル交差点。その横断歩道を渡るための信号待ちで笑里は手元に目線を下ろす。左手で握っているのは自分のスマホである。

 最近オープンした喫茶店が集合場所なので笑里は一度も行ったことがない。ゆえに道も知らず、スマホのマップアプリでなんとか辿り着こうとしているのだ。


「もう、時間に遅れちゃうなあ。ここどこだっけ……」


 しかしそれで辿り着けるかといえば不可能であった。もうすでに笑里は同じ場所をグルグルと何回も回っていることに気付いていない。このままでは喫茶店に行くどころか自宅にすら戻れなくなる。

 頭を掻きながら悩んでいる笑里は、結局一人では無理だと思い誰かに協力を求めることにした。もちろん周囲には赤の他人しかいないのでコミュ力が必須である。


「すいませーん、そこの車椅子の人!」


 道には迷ったが、他人へ話しかけることに迷いはない。

 声を掛けた相手は一人の少年だ。茶色の髪と目で、眼鏡を掛けている平凡な顔立ちの少年。ただ足が不自由なのか体は車椅子に預けられている。


「……はい、なんですか?」


 振り向いた少年は一瞬驚いたもののすぐ用件を訊く。


「実は道に迷っちゃいまして……この喫茶店ってどこにあるか分かりますか?」


 困り果てたような笑みを浮かべながら、スマホを差し出して問いかける。

 笑里の質問に少年は「ああ」と納得したように頷く。


「これなら近くですよ。ほら、あそこに看板があるでしょう?」


 少年が指した先、五十メートル右にある建物。そこが神奈達との集合場所である件の喫茶店であり――意外と近くにあった。

 よく見れば外にある席で神奈と才華が談笑している。


「なんだそこにあったんだ、マップ機能って役に立たないんだね」


「いやそんなことないと思うけど……」


「まあいっか! ありがとうございました!」


 信号が青に変わると、笑里は少年に笑顔でお礼を告げて駆けていく。

 あっという間に喫茶店に辿り着き「ごめんねー!」と言いながら神奈達の元へ向かった。すぐに談笑に加わったことで他人でも仲が良いことが分かる。


 喫茶店で談笑している笑里達を眺め、少年は微笑ましい気分になったようで笑みを浮かべる。そして少年は少しして人混みの中に消えていった。


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