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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
九章 白部洋一と夢現世界
321/608

149 決戦――洋一VS夢近――

2023/12/02 文章一部修正+会話文追加










「死ね」


 洋一は突然殴り飛ばされて壁にめり込む。

 邪魔がなくなったことで夢近はムゲンに近寄る。

 また彼がムゲンに攻撃を加えようとするのを黙って見ていられるわけがなく、洋一は大きめの魔力弾を放つも横に逸れられて躱される。


「ああ、しつけえなあ」


「何度でも邪魔します。彼女は殺させない……!」


 骨が折れたような痛みが襲ったにもかかわらず、洋一は痛みを無視してムゲンの前に舞い戻る。

 まだ庇うように立ち塞がる洋一を見て、夢近は何か分かったようにポンと手を叩く。


「オマエ……正義の味方なんだなあ。困ってるやつは見逃せない。殺されそうになってるなら助ける。吐き気がするぞ、子供向けの特撮みたいでなあ! 夢見てんじゃねえよクソガキがああああ!」


 夢近は手を口元に当てて言い放つと魔力を解放し始めた。

 ただ力を入れるだけ。たったそれだけの行為で世界が揺れ、帝都全体が濃密な魔力で満たされる。あまりの力で下にいる笑里達も、その下の階で倒れている者達も、帝都にいる者達も恐怖に支配された。


「決めたぁ、オマエに辛いことしかない現実を教えてやる」


「よく分からないけれど、戦うしかないんですね」


「そうだ、自分の正しさを証明するためには戦わなくちゃならねえ……誰もが忘れてんだよ、こんな当たり前なことを! ソレと世界、この二つについて俺とオマエのどっちが正しいか決めよう! ここじゃ面倒な法律はねえ、手っ取り早く暴力で決めようじゃねえか!」


 洋一も同じく魔力を全力で使おうとしたが、解放しようとした瞬間全身に激痛が走る。


(……っ! そうか、貰った魔力を使って全力で戦えるわけじゃない。あくまでも僕の限界値までしか引き出せないんだ。それ以上は自分自身を滅ぼす)


 四十パーセントほどにセーブして力を込める。それでも格段に強いのだが、世界の核である夢近には及ばない。

 洋一は〈解析(アナライザー)〉で夢近の思考を読んで拳を紙一重で躱し、カウンターでアッパーを叩き込もうとするがそれは軽く避けられる。


「大したもんだ……でもなあ、そおぉうら!」

「ぐはっ!?」


 夢近の目視不可能な速度でのアッパーが洋一の顎に決まり、真上へと吹き飛ぶ。

 天井を完全に崩壊させて、二人の戦場は空中に移動する。


 ムゲンにすら見えない拳の衝撃に洋一は空中で悶えながら体勢を直そうとする。しかし夢近の拳が腹に叩き込まれたことでさらなる痛みが追加された。

 体の中身がシャッフルされたような苦痛。喘ぐような悲鳴を上げる洋一に対して、余裕を見せる夢近は自分の力を説明し始める。


「世界の核……いわばこの世界の中心。つまりこの世界の全てを支配しているのは俺だ。……何が出来るのか、たとえばこれだ」


 夢近が手を上空に翳すと、そこには一本の槍がいつの間にか握られていた。

 黄金に輝く槍は神聖な雰囲気を感じさせ、先端が三つに分かれている。


「こんな風に、この世界にある物体なら自由に手元へ持って来られるのも力の一つ」


 槍が洋一に向かって投げられた。

 洋一は槍を躱しきれず肩に掠めてしまった。掠っただけなのに耐え難い苦痛が襲う。


「うぐっ! ぐううぅぅぅ!」


「黄金の槍は掠るだけでもその場所が千切れたような痛みを与える。この世界には一つしかない槍だ。そういう設定になってる。設定決めはゲーム作りみてえで楽しかったぜ。何でも作ってる時が一番楽しいよなあ」


 夢近が投げた槍は放射線を描き大地へと落ちていく。

 空中で洋一が身悶えしているのを見て、夢近は余裕を隠そうともせずに悠長に話し続ける。


「そういえば……オマエは反逆者だったよな? そんなにこの世界が嫌か? いい所じゃねえかよ夢の世界。確かに娯楽はすくねえがクソみたいな現実よりかは遥かにマシだ。難しい法もねえ。就活する必要もねえ。現実で嫌だったことがこの世界だと存在しねえんだぞ」


「ぐううっ! なんでっ、あなたは現実(むこう)を嫌うんですっ!」


「なんで? 気に入らねえからだよ……! 俺は今年で三十六になるけどよお、そんな歳になっても無職でいるから親が五月蠅かったんだ。働け働けってバカの一つ覚えみたいに言いやがって。……俺だって何もしなかったわけじゃねえ、バイトの面接だって行ったんだ。……でも結局何も上手くいかなかった」


 洋一がある程度回復したのを察した夢近が拳で連撃を叩き込んでくる。

 攻撃を防御しようと洋一は腕をクロスさせるが、防御が何の意味もないように衝撃が体の芯まで響く。


「向こうで佐木山ってやつと会って努力なんて無意味だと分かった。あいつは世界に認められる発明家になりたかったらしいが、それを世界から拒絶されたんだ。誰よりも努力しただろうあいつは俺に協力してくれたぜ。……それぞれが理想の世界を創るための計画にな」


 犯罪者が悪事を働くのには理由がある。

 仕方のない事情なら、相手を反省させて許そうというのが洋一の考え方だ。

 夢近にも理由はあった。……あったが、あまりに酷い動機だ。


 夢を元にした異世界を創り、ほぼ全ての生命体を転移させるスケールの大きな今回の事件。首謀者は悲惨な過去や壮大な目的を持っていると勝手に想像していたが、実際は特別珍しい過去も夢もない。そんな相手に拉致され、記憶を封じられたと分かると怒りが湧いてくる。


「ふざけないでください……! そんなの、そんなの勝手すぎる!」


「努力だのは無意味! 正義なんてのは無価値! 生きるのなんて辛いだけ! それが向こうの世界だ。どんなに頑張っても報われねえならそんな世界はいらねえんだよ。あっちにあるのは正義とは名ばかりの理不尽だけだからな。……いくら努力しても誰一人分かってくれない、だからこの世界を創らせた。ぜーんぶ一からやり直したかったんだよ……あの辛い現実を!」


「それは違う、あなたがそうでも他の人まで辛いとは限らない! 少なくとも僕は……! 僕は……!」


 防御しながら洋一は叫ぶが、言葉は最後まで続かない。

 戸惑う洋一を見た夢近は嗤うように口を歪める。


「なぁんだ、オマエも現実が辛いんじゃねえか」


「そんなっ……ことは……」


「認めろよ、辛いことしかないって。でもここは違うぞ、分かってるだろ!? この場所でオマエも何かを手に入れたんだろ!? だったらオマエはそれを自分から失おうとしているんだぞ!?」


 夢現世界では親しい友人がいたが、地球で洋一は独りだ。聞こえた少女の声を理由にここまで世界を取り戻すため戦ってきたが、洋一自身は地球に戻りたいと強く思っていなかった。しかしそれでも友と呼べる仲間を見つけた。その仲間が必死になって戦ったのに、今諦めれば裏切りに等しいだろう。


 洋一は自分の心を見つめ直して、ここまで来た仲間の顔を思い出す。

 期待を込めた目を向けるグラヴィー。地球に戻るという強い気持ちを抱く才華。厳しいようで仲間想いな速人。過ごした時間は短いが共に戦ってくれた獅子神と影野。今も帝都で騎士の足止めをしてくれている他の仲間達。そして今まで見てきた笑里の笑顔が頭に浮かび、洋一に決意させた。


「……たとえ辛い現実が待っていようとも、僕は元の世界を選択します」


「なんで……!」


「困っている人を助けるのに理由なんていらない。僕は笑里を、みんなを助ける……この世界に閉じ込められた人達全員を助ける! それが僕がここまで来た理由なんだ!」


 本人は無自覚だが洋一はヒーローのような生き方と考え方をしている。

 困っている人がいれば無条件で助けようと思う。

 たとえ自分が辛くても、他人が幸せに過ごせるなら我慢する。

 洋一の自己犠牲とも言えるそんな性格が選択の余地をなくしていた。

 最終的に辿り着く答えは最初からたった一つだったのだ。


「ムカつくムカつくムカつくムカつく! ヒーローぶりやがってええ!」


 怒りのままに夢近は洋一を蹴り飛ばす。

 超高速で吹き飛ばされながらも洋一は反撃の手立てを考えていた。


「正義の味方みたいでムカつくんだよオマエは! 現実を知らねえクソガキが、向こうで辛い思いをしたやつがどれ程いると思う! 俺はそいつらの救世主にがあっ!?」


 夢近を突然背後からの爆発が襲う。

 空中に花火のような巨大な爆発が何度も起こる。

 洋一は魔力弾を操作し、彼の背後に回したのだ。

 彼の戦いぶりは素人だったので警戒もなく容易に行えた。


「あなたも現実の全てを知らない。向こうで幸せだった人はいくらでもいたんだ! その幸せを奪ってまでこんな世界を創る必要なんてない!」


「うるせえ!」


 洋一はすかさず夢近に接近して攻撃を仕掛けるが、呆気なく躱されて殴られる。

 夢近に先程の爆発のダメージなど欠片もなかった。ただ衝撃で前のめりになっただけであり、それはただ怒らせただけに留まる。


「誰にも苦言を告げられることなく自由に生きたい、それの何が悪い!?」


「悪くないですよ! 誰だって、自分を否定されたり貶されたくない。それでも!」


 夢近の猛攻を防ぎながら、大振りの一撃の隙を突いて洋一は拳を彼の顔面に叩き込む。そのままさらに連撃を叩き込む。

 攻撃を喰らい続ける夢近は洋一の力に違和感を抱く。


(なんだ、何しやがった? 急に力が上がった!?)


(四十パーセントじゃ通用しない。体が悲鳴を上げているけど四十五パーセントまで引き出す!)


 たった五パーセントといっても全人類からの魔力は大幅に力を底上げしてくれる。しかしその五パーセントの上昇が洋一の体に負担を掛けていた。骨は軋み、筋肉は痛みを常時訴える。


「他人に迷惑を掛けるなら悪いに決まってる……相手のことを考えてくださいよ……! 思いやりってやつです、道徳ってやつです、なんでそんなことが出来ないんですか!」


「そんなものは無価値だ、生きていくうえで何一つ必要ないものだあ! 俺の人生でそんなものとは無縁だったんだ! 俺は他人から優しくされたことなんてなかった! 他人からの思いやりなんて知らなえし、もはや欲しいとも思わねえ! この世界は俺みたいな奴等の希望なんだよ!」


 夢近は洋一の拳を弾き飛ばし、頭突きをかます。両者の頭から鈍い音が響く。

 頭突きの後で殴り飛ばされた洋一は空中で徐々に速度を落とし、百メートル以上離れた場所で停止する。


「希望を壊そうとするオマエはここで殺す。そうだ……まだ世界の核としての力を一部しか見せてなかったな。もっと見せてやるよこの力……他者を世界ごと屈服させる圧倒的な力あああ!」


 夢近が叫ぶと異変は始まった。

 大気が震え、世界が揺れて、変質していく。

 快晴だった空は変色していき世界が黄金に輝いていく。


「な、なんだ……?」


「世界の核ってのは世界そのもの。いわばこの世界全てが俺の手足の延長線みたいなもんだ。……この意味、分かるか?」


 空中では夢近の周囲に暗闇が展開されていた。

 暗闇の穴から異形の大きな黒き腕がゆっくりと出現する。


「初めてやってみたが面白いな。白部洋一いい! 感謝するぜ、今までこうして遊んだことなんてなかったからな! 最高の娯楽だよオマエとの戦いはああ!」


 暗闇が広がってムゲン城よりも大きくなると、禍々しく黒い魔力を纏った大きな体躯の竜が現れる。


「このデカブツはこの世界の魔力の六割を集めた集合体だ。残りの魔力もフルで使って子分まで出てきちまったらしい」


 その黒竜が現れた後で暗闇が縮んでいくが、完全に消失する前に三メートル程の小竜が数百という単位で出て来てしまう。完全に暗闇が閉じたら黒竜が出なくなるが、圧倒的大きさの黒竜だけでも脅威なのに小竜まで現れた事実は洋一にとって苦しい。


「にしてもビックリしてるぜ。まさか魔力が竜になるとは……生きてはないみたいだがこれは強いな。どうしたぁ、なにか言えよ白部洋一いい! 世界からの裁きがくだされる前によお!」


 存在しているだけで大気が震える黒竜を前にして、洋一はすでに〈解析〉を使用していた。しかし調べても【魔力】の二文字しか視えない。

 たった二文字。しかしその【魔力】という二文字こそが圧倒的な理不尽だ。ただのエネルギーの塊なので弱点などなく、消滅させるにはエネルギー量で上回る攻撃をぶつける必要がある。


「はは……その裁きというやつも乗り越えさせてもらうよ。まだ負けられないんだから」


 羽を広げて何百もの竜達が動き始める。

 巨大な黒竜も、数の多い小竜も、全てが洋一という世界の敵に向かっていく。

 まず小竜から対処すると決めた洋一は向かってくる小竜に手を翳す。すると洋一の体内から桃色の魔力が一気に波として溢れ出す。


 魔力の奔流に呑まれた小竜達の半数は消滅したが、それでも半数だ。半数になっても百以上いる小竜達の口からどす黒い魔力が光線のように放出された。

 迫りくる漆黒の光線全てを防御するため濃い桃色の魔力障壁を張る。それで何本かは防ぐも、残りの光線が全て収束し、さらには黒竜の巨大な光線まで追加される。


 まるで濃い鉛筆で線を引いたかのような光線の束が容赦なく洋一を襲い、障壁は数秒耐えるも割れてしまう。

 洋一は漆黒の闇に呑まれた。


「ぐおおおおっ!? ああああああっ!」


 漆黒の光線が黄金の世界を塗り潰さんと空を奔る。

 その光線内から新たに桃色の光が現れて、逆流するように侵食していく。光線を放ち続けている竜達の口内に僅かな桃色の光が入り込んだ。

 小竜達の頭は弾け飛び、黒竜の口が爆発することで光線は途切れる。


 ようやく魔力光線から解放された洋一だったが、黒竜が飛来してくるので表情は険しいままだ。

 図体に似合わず黒き光として超光速で飛んできた黒竜の腕が振られて、洋一は攻撃を受けないようにと空を自在に飛び回り回避していく。

 逃げていた洋一だが、突然地面から黄金の光が立ち昇ってきて動きが強制的に止められた。


「うっ……! この、これも、魔力……!」


「その通りだよ白部洋一。さあ、大人しく世界に食われろ! オマエもこの世界の一部となってしまえ!」


 黄金の光を出現させたのはムゲン城上空にいたはずの夢近だった。

 竜達との戦闘が開始してから洋一が帝都フリーデンから離れてしまい、見えなくなったので追いかけてきていたのだ。


「五十パーセントおおおお……!」


 新たに五パーセント膨れ上がった洋一の魔力によって、柱のような光を桃色の光が複雑な線を描いて侵食し、消滅させる。

 そして光を消した洋一を黒竜の巨大な手が掴まえて、握りつぶそうと力を込めた。


「〈魔力連弾・爆〉……!」


 ただでやられるものかと洋一は魔力弾を連続で作り上げて、花火のように全てを爆発させる。その爆発により拘束が緩んだので、自分の爆発によってボロボロになった洋一は手から抜け出した。

 黒竜の頭に飛び乗ってから洋一は殴りつけて、さらに生成した魔力弾を連続でぶつけていく。


 桃色の光がぶつけられるごとに、エネルギー同士が相殺して黒竜の体積が減少していく。

 魔力が消滅するのも時間の問題というところで、黄金の光が洋一目掛けて奔ってくる。それを身を捻って脇腹に掠る程度にするも身体に激痛が走った。


「がああああああ! あ、あれ……さっきの槍!?」


 激痛を与えた正体は、世界に一つしかないと夢近が先程断言した黄金の槍だ。それが夢近の周囲に数十本浮かんでいる悪夢のような光景に顔を青ざめさせる。


「黄金の槍は世界に一つ。そういう設定だ、ならばそれを書き換えればいい。なんせ俺は世界の核だ。こんなもの、いくらでも増やして手元に持ってきてやる」


 槍の大群は夢近が手を振るうと一斉に洋一目掛けて動き、それを回避する為に洋一は飛び回る。

 小竜より少し大きいくらいにまでなった黒竜に槍が何本か命中して、黒竜は完全に黒い粒となって消滅してしまう。しかしそれは夢近にとって駒の一つでしかない。困ることなど微塵もない。


 洋一は飛んで躱し続け、一本だけ腕に掠るだけにとどめたが耐え難い激痛に歯を食いしばる。痛みに耐えている間も目は瞑らず、接近してくる夢近を視界に捉えていた。

 それから殴り合いに発展し、頂上魔力決戦は幕を閉じる。


 二人は戦っている内にムゲン城上空から離れていたが、またその付近に戻っていた。

 戦いは泥仕合と言っていいレべルであり、見るに堪えないものだ。もっとも見ることすら他者には出来ない。ムゲンが全魔力を目に込めたとしても動きを見ることはかなわない。


「世界の核だからって……! なんでもしていいと思っているんですか。何をしても許されると思っているんですか!?」


「俺が世界だ……! なら何をしたって自由だろう!? もう誰かに失敗を嗤われることなく、そもそも失敗することなんかせず、俺は一人で自由な日々を過ごすんだ!」


 夢近は鬼のような形相で猛攻を仕掛け、洋一は防御しようとする……が力が足りなかった。洋一の防御など紙きれか何かのように貫通し、体はもう痣があちこちにある酷い様だ。


「うあああ! 六十パーセントおおおお!」


 洋一は反撃のためにむりやり出力を六十パーセントまで引き上げ拳を振るう。

 痛みがさらに増加し、洋一の意識は朦朧としてしまう。そんな状態でも勝つために攻撃はしっかりとする。


「誰からも言われないなら、僕が言いますよ。力を手にしたって、強さの分だけ自由になれるわけじゃない。そもそも一人じゃどうすることもできないことだってある。そういう時に誰かと力を合わせて乗り越える、それが正しいやり方です。他人との関りを拒絶していたらいつかあなたは破滅してしまう……!」


「俺の半分も生きてないガキがっ! 説教なんてするなああああ!」


 拳が届く前に、洋一の脳天に夢近の踵落としが炸裂した。

 洋一はムゲン城に向かい猛スピードで落ちていく。元々破壊されていた天井から、床を貫通して玉座の間にまで落とされた。


 全身ボロボロの洋一が突然天井を突き破って落ちてきたことで、笑里達は動揺し目を見開いている。

 希望であった洋一はぐったりとしていて動かない。


「……さぁ、オマエもここまで来るのに努力したんだろうが、無駄だったみてえだなあ白部洋一」


 ボロ雑巾のように成り果てた洋一の元に夢近がゆっくりと下りる。


「なぁ、正義の味方……オマエみてえなのがいるならなんで俺には手を伸ばしてくれないのかなあ? それだけで無意味な存在だ、偽善者だ。正義の味方なんてものが元の世界にいないと分かるじゃねえか。……そこで寝てろよ、お仲間が殺されるところをのうのうと見てな」


 ピクリとも動かない洋一を放っておき、夢近は笑里達の方へとゆっくり歩き出す。

 自分達の方に向かってくる夢近を見ても笑里達は恐怖で動けなかった。動くことを許されないほどの威圧感が笑里達に向かって放たれていたのだ。


「俺に逆らう奴は殺す。全員四肢を引き裂いて殺してやるよ」


 邪悪な笑みを浮かべながら近づいてくる夢近に対して、笑里達が取れる行動などない。


「助けでも呼んでみるか? オマエ達だけの正義の味方ならあそこに転がってるからよお、必死に喚いてみろよ。もう全て遅いけどな。まず手始めに、俺の世界を壊そうとした罪で地獄へ行くのは……オレンジ髪のオマエに決めたあああ!」


 夢近は笑里に急接近して拳を振るう。

 その一撃は直撃すれば人間どころかムゲン城全てが崩壊する。帝都も、その周囲の町村までも消滅するような一撃。――しかしそれが届くことはなかった。


「洋一君……!」


 いつの間にか起き上がった洋一が笑里の前に立ち、平然と夢近の拳を受け止めていた。

 洋一は俯いており、どんな表情をしているのか誰からも見えない。


「夢近さん……! あなたはどうしようもない程のバカ野郎です!」


「白部洋一、バカはオマエだあ! お前の性格は自分を損させるだけだ! あんな現実(せかい)のために体を張る必要なんてどこにもありゃしねえってのによお! あんな、誰も味方になってくれない世界によお!」


 夢近は拳を引こうとするががっしり掴まれていて離れない。

 腕に力を込める洋一は彼の顔面へと拳を叩き込もうとする。


「損をしても構わない。あなたの傍にはいなかった仲間が、僕の傍にはいるから! この世界では恵まれた縁で繋がった仲間がいるから! 大切な人を守る為なら僕は喜んでバカにでも何にでもなりますよ! 僕の何を犠牲にしてもみんなを守ってみせるんだああああ!」


「俺を殺せば、オマエには何も残らねえんだぞおおお!」


 放たれる拳を夢近は受けとめようとするも圧倒的な力で弾かれる。そこから躱そうとするも間に合わず、吸い込まれるように顔面に入った拳は彼に直撃。彼に玉座の間の壁を貫かせた。

 ムゲン城から吹き飛び、帝都すら飛び出した夢近は内心で敗北を認める。


(どちらかしか生き残れない、どちらが正しいかなんてのを決めるならそんなもんだ。俺は自分を悪だとは思ってねえが、ムゲンのことも、世界のことも、両方俺の負けだ。でもきっとオマエはこの選択を後悔することになる……! 現実には辛いことが山ほどあるんだ。素直にこの夢の世界に留まっていりゃあいいものをよお……!)


 心の叫びは誰にも届くことなく、夢近は辺境の村に落下していく。

 落下中、彼の口は嗤うように歪んでいた。

 薄れゆく意識の中、彼は目を閉じる。

 そして彼は大地に激突する前に人生の終わりを迎えた。


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