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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
九章 白部洋一と夢現世界
320/608

148 契約――世界の核――

2023/11/26 文章一部加筆+修正









 泣き、笑い、人として生きているムゲンはわざとらしく「ゴホンッ!」と咳払いする。


「悪かったの、見苦しいものを見せて」


「見苦しくなんてないよ。それより問題はこの上にいるっていう君の主人だね」


「……上に行くには玉座の裏にあるレバーを引け。そうすれば後ろの壁が開いて階段が現れる」


 説明を聞いた洋一が実行すると、ムゲンの供述通りのことが起きる。

 最上階だと思われていた玉座の間より上があることに洋一達は愕然とした。


「余も……連れて行ってくれ。あと少しの間は歩くこともままならないが、行かなければならん。……ここを通すということは裏切りを意味する。本来あってはいけないことじゃ……じゃからせめて、主人と話したい」


 ムゲンは顔を俯かせてか細い声で洋一に語りかけた。

 洋一は先程まで戦っていたとは思えないような笑顔を浮かべ、彼女の目の前に屈んで背を向ける。


「分かったよ。さ、僕の肩を掴んで」


「……すまぬ」


 洋一は小柄な少女を背負うと先へ進もうとして、直前で笑里達に振り返る。


「悪いんだけど、上には僕とムゲンの二人で行くよ」


 その言葉に全員が唖然とする。強敵が待っている場所に二人で行くなど正気ではない。ムゲンはダメージが酷く戦えないため実質一人のようなものだ。少しでも戦える者を同行させた方がいい、と笑里達は思う。


「ちょっと、待ってよ! 怠さはなくならないけど、私も……!」


「俺もだ、あと一回剣を振るうくらい出来る」


 笑里と速人が一歩前に出て辛そうな声で言い放つ。それを聞いて洋一は、ますます行かせるわけにはいかないと決意を固めた。


「ダメだよ、みんなボロボロだし疲れてる。僕が一番マシなんだ、だからってわけではないんだけど僕に任せてくれないかな。必ず敵は倒すって、そう誓うから」


 洋一は心配なのだ。自分はともかく、怪我をしていたり立つのがやっとな人間を戦わせるなど出来る筈がない。

 他人に痛い思いをさせるより、最初から自分だけが痛い目を見ればいいという自己犠牲精神を洋一は持つ。黒幕とは話し合いで終わる可能性があるとはいえ、才華が危惧していた通りに洋一が行動しようとしている。もし戦うことになれば、洋一は死も厭わずにムゲンを庇うだろう。


「迷惑は掛けない。役に立つ。私は盾にだってなるから……」


「そんなこと言わないでくれよ!」


 同行を諦めきれない笑里の声は、洋一の叫びで強制的に止められた。

 荒々しい声に笑里達は息を呑む。


「盾になる? そんなことをしたら笑里、君が危険だ。……誰かに守ってもらわなくても、誰かを犠牲にしなくても僕は大丈夫。絶対にそんなことはさせない」


 お人好しの洋一にとって自分のせいで誰かが傷付くのは耐え難い。正義の味方のような思考に笑里は押し黙る。同行を諦めてくれたと思い洋一は足を進めるが、笑里に一旦「待って」と呼び止められた。


「じゃあ一言だけ。絶対帰ってきて」


「……うん、行ってきます」


 笑里の言葉に洋一は短く返し、足を進め始める。

 玉座の間から最上階までは千以上の階段が存在していた。長すぎる階段を上っていく道中、ムゲンが洋一の肩を軽く叩く。


「もうよい、一人で歩ける」


「そう? なら下ろすよ」


「うむ、ここまですまなかったな」


「別に大丈夫だよこれくらい。大した負担じゃない」


 そこから二人で歩いていき、ついにもう少しというところでムゲンが立ち止まった。洋一が不思議に思い足を止めると、彼女が洋一の方をジッと見て口を開く。


「この先にいるのは余の主人であり、夢現世界の核となっている男じゃ。世界を支配する力を持つ以上、まず戦うことになればお主に勝ち目はない」


「それは……」


「薄々分かっているのではないのか? もうここまで来れば感じるじゃろ、エネルギー量関係なしに圧倒的な存在感を」


 洋一はあと数十段というところまで来て、その先から目にしていなくても圧迫されるような存在感を感じていた。単純に戦えばどんな策を用いても瞬殺されるだけだろう。

 世界の核とはそれ程までに強い力を秘めている。


「でも……その人に君は歯向かおうとしてるんだよね」


「歯向かう、か。そうじゃな……余は今こうして裏切り、初めて主人に逆らおうとしておる」


 そう言いながらムゲンは深呼吸し、魔力を高めて両手を前方にゆっくりと突き出す。

 隣にいる彼女の行動に疑問を持つ洋一だが、次の瞬間信じられないものを目にして驚きのあまり問いかける。


「ムゲン……それは?」


 洋一が目にしたもの。それはムゲンの両手の先に徐々に集まっていく、薄紫色の淡く光る球体だった。魔力であるとは感じ取れるが、どんどん膨大な力を秘めていき輝きを増していく。


「この世界に生きる者の魔力じゃ。……よし、完成したぞ」


 完成したらしいその球体は僅か十センチ程の大きさだったが、洋一にはそれがとんでもない魔力の集合体だと理解できた。

 最初は薄かった色と光も完成した今では目も開けられないくらいに強くなっていた。


「この世界の核に対抗するならば、お前の世界から来た命しかあるまい。さあ、これを受け取ってくれ」


「受け取れってどういうっ!?」


 言葉が終わる前にムゲンの作り出した球体が洋一の胸に吸い込まれた。同時に凄まじい力が湧いてくるのを感じて戸惑う。


「どういうことなんだい。君は命と言ったよね、この溢れ出る力はまさか」


「安心してよい、生活に支障が出る程集めはしなかった。それでも地球(むこう)から来た魔力所持者全員、百三十億以上の生命体からじゃ。大きさは計り知れない」


「君の主人に対抗するため、なの?」


「そうじゃ、そうでもしなければ戦えん。ああそれと、その力を引き出していて辛くなったら止めた方がよい。もしもそこまで引き出したのならばそれは体が限界だという証拠じゃ。生物は魂の器よりも多くの力を引き出せん。もし引き出せば体は崩壊してしまうじゃろう」


「……分かったよ。でも僕は誰かと戦いに行くんじゃない。あくまで元の世界を取り戻すために行くんだ」


「そうじゃな、じゃが半端な希望は捨てておけ。余の主人は……人間的に考えればダメ人間。アレと話し合いなど出来る筈もない」


 さも当然かのように主人を乏す発言に洋一は酷い言いようだと思う。

 再び進もうとする洋一の服の裾をムゲンが掴んで止める。


「余は……本当はこの世界を愛している」


「それは、そうだろうね」


 洋一は分かっている。ムゲンは決してこの世界を消してしまいたいわけではない。彼女からすればそもそも自分が創り出した世界なのだ。生み出した新世界は子供のようなものである。


「本当なら壊したくない……じゃが、余がちゃんと生きているということを教えてくれたお主と天秤にかけるなら……僅かにお主の方に傾いた」


「それは……どうして?」


「決まっておろう……お主に好感が持てるからじゃ。少なくとも今の主人よりよほど良い……じゃから死なないでくれ。……そしてもし、お主が元の世界に戻ったのなら……余と、契約してほしい……だめ……かの?」


 最後の方の言葉はもはや消えそうな声量であった。

 洋一はしっかりと聞きとって優しく笑い、身長が自分の腹辺りまでしかないムゲンの頭にポンと手を置く。


「約束するよ、元の世界に戻ったのなら君を捜しに行く。だから……行こう」


 ムゲンはやっと裾を放して覚悟を決めた表情を浮かべる。

 洋一は膨大な魔力を抑え込みながら階段を一段一段しっかりと歩き進む。そしてついに最後の段を上がりきり、高級そうな赤い扉を開けた時、洋一が見たのは酷い部屋だった。


 散乱している菓子類の袋。食べ終わってから片付けていない食器。頑丈である筈の壁にはいくつも亀裂が入っており、まともな生活を送れているとは思えない。

 ツルツルとした床板、壁はムゲンがいた玉座の間と同じ材質ではあるだろうが色は白。そんな部屋に地球の家のような懐かしさを感じる洋一は、最奥にあるベッドから貫くような視線を感じる。見ればだらしない恰好をしている一人の男が睨んでいた。


 寝癖でボサボサの髪。ダボダボで無地の黒いシャツとズボン。睨んでいる目の下には大きな隈ができている中年男。


「おい……誰だよ、そいつは」


 ムゲンに向けられたものだと分かった洋一は様子を見ることにした。

 声を掛けられた彼女が洋一の前に出て答えを返す。


「この者はこの世界を認めていない反逆者じゃ。目的は言わずとも分かるじゃろう?」


「ちげぇよ……そうじゃねえよ。なんでそんな奴ここに連れてきてんだって言ってんだよ!」


「……それについては申し訳なく思う。本来魔導書の立場からして任された役目を全う出来ないのは恥じるべきじゃ。……本来ならそうなのじゃが、簡潔に言って余はお主を裏切ることにした」


 中年男は「はあ?」と訳が分からないというような顔をするが、ムゲンは続ける。


「余はこの世界で魔導書の役目から解放されたのじゃ。そのおかげで契約者であるお主と敵対も出来る。余は感情を持ち、確かな意思を持っていた。思えばいつでもこうすることが出来たのにしなかったのは、きっと一人になるのが嫌だったからなんじゃろうな。……じゃがそれも今日までじゃ。たった今お主との契約を解除する」


「何言ってんだオマエ? オマエが感情持とうが何だろうがどうでもいいんだよ。……契約もどうでもいい。どうせオマエなんざこの世界が創られた時点で役目終わってんだからよぉ」


 洋一は二人の会話が噛み合っていない気がした。ただ、その会話から……その中年男から不穏なものを感じ取る。彼はムゲンを見ているようで見ていない。視界には入っているはずなのに、路頭に転がる石に向けるような目を向けている。


「俺がオマエに王の代理になれっつったのは面倒だからだ。自由に好き放題生きられる存在になりたいって言ったのは俺だけどよ、まさか王になるとは思わなかったからな。王とか面倒だし、都合よく動いてくれる本があったから利用してただけなんだよ。だからさあ……」


 ムゲンは確かな敵意を感じ取り魔力障壁を張るが意味を成さない。中年男はいとも簡単に魔力障壁を突き破り、彼女の首を掴み持ち上げる。


「歯向かうんならオマエはいらない」


 苦悶するムゲンだったが、洋一が中年男の顔を殴ったことで解放された。

 中年男は数メートル程真横に滑るがダメージを負った様子はなく、ただ殴られたことに首を傾げている。


「なんだぁオマエ」


「……白部、洋一です」


「あっそう、俺は夢近(ゆめちか)九郎(くろう)。で? なんで今俺を殴った?」


「そんなことも分からないんですか……? あなたが彼女を殺そうとしたからですよ!」


「だからそこが意味分からねえんだっての。なんでオマエがソレを庇うんだよ」


 物に対する物言いに「……ソレ?」と洋一は低い声で呟く。


「うん? オマエ知らねえの? そいつは人じゃねえんだよ。今は姿だけ人みたいになってるけどソレは元は本だ。だから生きてるわけじゃない。殺すも何も元から命なんてねえんだよ」


「訂正してください」


 洋一の怒気を込めた低い声に夢近は「は?」とだけ返す。


「彼女は、ムゲンは本じゃない! ちゃんとした意思を持った生命体なんだ!」


 底から沸いてくる怒りを洋一は感じていた。ムゲンのことをただ都合のいい道具としか見ていない夢近に、煮えたぎるような怒りを。

 向けられた怒りに対して夢近はやれやれという風に両手を動かす。


「分からないやつだなあ……ソレは本だ、命なんてない。仮にソレに魂なんてものがあったとしても俺には関係ない。どうせ歯向かってくるなら殺すんだ。そんなことは些細なことなんだ、よ!」


 夢近はまたもムゲンに急接近するが、洋一が立ちはだかるようにして阻止した。

 庇われたムゲンは「お、お主……」と呟き、洋一のことを涙目で見つめている。


「彼女を殺させはしない」


「チッ、うっざいなあ……! どけ!」


「どきません」


「ああ、そう……」


 夢近の雰囲気が変化したのを二人は感じ取る。

 瞳は冷たく、まるで洋一達を無機物としてでも見ているかのようだった。


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