147 熱戦――夢幻の魔導書――
2023/11/26 文章一部修正
背中の焼けるような痛みに眉を顰め、爆風で押される体はなんとか数歩で留まった。
(背後に魔力弾を……!)
ムゲンがしたことは単純だ。
大量の魔力弾で足止めしつつ、一つの本命を空中から回り込むように洋一の背後に設置。そして爆破させるという口で言ってしまえば簡単なもの。しかしそれを警戒している相手にバレないようにし、背後で爆発させる瞬間に意識して殺気を消すことはかなり難しい。
洋一は数歩で踏み留まったものの、大量の魔力弾の雨を浴びて苦しげな表情を浮かべる。背中の上部分は余りの威力に皮ごと吹き飛んだ。一部肉も抉れており、血が流れていくのが分かった。
(いったい! けれど、気合で乗り切れ……!)
洋一は歯ぎしりしながら痛みに耐えムゲンに駆ける。
ムゲンは逃げるように洋一から距離をとりつつ魔力弾を雨の様に撃ち出す。それを洋一は剣で叩き斬りながら接近を諦めない。
「うおおおおお!」
爆撃機で攻撃されているように、爆発がそこら中で起きている光景に笑里達は戦慄する。異常な戦場に全員言葉を失っていたが、笑里は苦戦している洋一を応援するべく叫んだ。
「がんばれえ!」
(分かってるよ笑里……ここで勝たなきゃ意味がない! 今までの旅に意味を持たせるためにもここは勝つ!)
洋一は強く勝ちたいと願い、ムゲンと拳を交えられるほどの距離まで近付く。
剣を瞬時に振り下ろすが彼女はそれを右に逸れることで避けた。
魔力障壁で防ぐことも出来たが敢えて避けたその理由は、彼女の背後にあった魔力弾だ。洋一の振り下ろした剣がそれに触れて爆発を起こす。
「くうっ!?」
ムゲンはただ逃げているだけではなかった。方向を変えつつ後ろに下がった彼女は先程よりも大きな、バスケットボールより大きな魔力弾をいくつも浮かして設置していたのだ。
それの爆発は先程のような高密度な爆発ではない。威力を落として範囲を広げてある。爆風は小さいものより広く届き、洋一はそれで倒れるように態勢を崩してしまう。
洋一が態勢を崩したのをムゲンは見逃さず、小さい手で洋一の脇腹にすかさず掌打を叩き込む。
地面を滑るように下がる洋一の元にまたもや魔力弾の雨が撃ち込まれる。
急所に当たりそうなものだけを斬り、その他は躱そうと必死に身体を動かす。もし当たっても痛みを我慢する。防戦一方であるのは誰の目から見ても明らかであった。
(あの魔力弾、近くに行けばムゲンの操作一つで爆発する)
洋一は玉座の間全体を見渡す。
笑里達が座り込んでいるのが見えた。ムゲンが魔力弾を撃つのを止めない姿が見えた。そして部屋のあちこちに浮かんでいる淡く桃色の光を放つ光球が見えた。
(あの浮かんでいる魔力弾にはダメージを喰らうから迂闊に近付けない。でも、逆にダメージ覚悟でなら近付ける。設置型魔力弾、僕が利用させてもらおう……!)
洋一は部屋のあちこちを駆け回る。笑里達に魔力弾が飛んでいかないように直線上に行かない配慮は欠かさない。
二人は移動し続けながら戦う。ムゲンは休まずに魔力弾を撃ち続けるので洋一はそれらを躱して部屋を走り回り、彼女の設置した罠に嵌った。
すぐ背後には一つの設置型魔力弾。ムゲンはそれを見て僅かに笑みを浮かべながら爆発するように念じる。
洋一の背中を衝撃と爆風が襲う。――二人の体勢を崩すのに十分すぎる威力だ。
「うぐっ!?」
ムゲンの背中は突然の爆発に襲われた。それは紛れもなく予め設置されていた魔力弾によるもの。
さすがに予期していなかった死角からの攻撃には障壁を出す暇もない。
(これは設置型魔力弾の爆発!? だが余は自分で自分を攻撃するようなことはせん。背後に余自身のものがあるのならば魔力反応で気付く。……つまりこれは!)
ムゲンは自身を襲った爆発の正体に気が付いた。
ムゲンの背後にあった設置型魔力弾は洋一が設置したものだ。洋一に魔力弾を当てようと集中するあまりに細かい動きには注意していなかったことが災いした。
なぜ洋一がムゲンの技術を使えたか、それは当然〈解析〉による模倣。〈解析〉でやり方を全てを理解したら自身はそれを真似るだけ。洋一はどんな技術も完全に模倣出来る。
両者爆発により前のめりに態勢を崩すが、そこから取った行動は大きく違っていた。
ムゲンは崩れた態勢を立て直そうとその場で踏ん張るが、洋一は爆風で押されるのに抗わず加速の材料として全速力で駆ける。
思わずムゲンは「くっ!」という声を上げる。危機を感じ取り、桃色の魔力弾を洋一に向けて集中砲火する。しかし彼女の目に映るのは、数多の魔力弾を斬り裂いたり躱したりなどして、速度を落とさず迫る洋一だ。当たってしまう危険なものは斬り捨て、それ以外は紙一重で躱しつつ、ムゲンとの距離が急速に縮まっていく。
(届けっ!)
洋一はムゲンの目前で魔力弾を回転斬りで両断し爆発を起こさせる。
目くらましと同時、一回転し刃が潰れた剣を叩きつけようとするが――それは彼女に届かなかった。
ムゲンは確かに洋一の爆風に逆らわず利用する接近や、他人の技を模倣する力を使うなど、予想外の行動に驚愕した。しかし洋一は回転斬りを行ったことで次の攻撃の仕方の選択が狭まる。攻撃が前から来ると分かっているなら、後ろに下がれば避けられるなど分かりきっている。よって彼女は軽やかに一歩下がって洋一の剣を回避した。
爆発で発生した桃色の煙を切り裂きながら剣が通り過ぎてムゲンは内心ホッとする。
渾身の攻撃も空振りに終わったと確信し、彼女は下がった分の距離を一歩踏み出して戻し、打倒のため拳を固く握る。
そして彼女の拳が洋一の腹に真っすぐ突き刺さる――筈だった。
洋一の攻撃は終わっていなかったのだ。
勝利を信じて疑わないムゲンの脇腹に剣の鞘が叩き込まれる。
攻撃は二段攻撃。連続で回転して次の一撃を叩き込む。洋一は最後に賭けていて、二度目の攻撃に合わせて鞘に自身の魔力をほとんど送っていた。
戦った少ない時間で洋一はムゲンの強さを知った。彼女の強さなら一撃目を躱すと信じて二撃目を全力で放っていたのだ。
驚愕でムゲンは目を見開きつつ、一撃目を上回る速度と威力で放たれた二撃目になすすべなく吹き飛ぶ。激突した壁に少し亀裂が走る。
城の壁はムゲンの全力攻撃にさえ耐えうる固さ。亀裂が入ったということは、彼女の力をほんの少しだけ上回ったことを意味している。
そんな威力の攻撃を喰らいただで済む筈がない。彼女は意識をなんとか繋ぎ留めているものの、反撃のために立ち上がることは出来なかった。
「僕の……勝ちだよ、約束通りっ! この世界を創ったわけを教えてくれっ!」
洋一はムゲンの傍まで歩いていき、息を切らせながら叫んで言葉をぶつける。
観念した彼女は数秒目を閉じ、俯き、覚悟を決めて目と口を開く。
「……余はただ創れと言われたから創った。それだけじゃ」
彼女の言葉は洋一達にとって息が詰まるような衝撃を与えた。
「言われたから? それじゃあ、まるで……!」
「余の後ろに誰かがいるようか? 事実その通りじゃ、死力を尽くし戦ったお主には悪いが……余はこの世界の核ではない。創ったのは紛れもなく余じゃが、核となっているのは主人の方じゃ……」
世界を構築したのは彼女だが、それを維持しているのは彼女ではない。衝撃の事実に戦慄するしかない。
「主人……君は誰かに従っているのか?」
その質問は洋一ではなく、歩いて近寄ってきた影野からのものだ。割り込んだ声に驚き洋一が振り返ると、気絶した獅子神以外の仲間が立っていた。
魔力が一気に抜けたことで起きる倦怠感などは一時的なもの。時間が経てば歩ける程度には回復する。
「余の主人は上におるよ。会いたければ会いに行けばよい。……十中八九全員殺されるじゃろうがな」
「待って、あなたはどうしてその人に従うの? 逆らえない理由でもあるってこと?」
「余は……魔導書じゃからな。契約者に、主人に逆らわないのは至極当然じゃろう」
自身が魔導書だという発言に全員が耳を疑う。
魔導書といえば本であるが、どう見てもムゲンの姿は人間に近い。人型の本が実在するなど今まで洋一達は聞いたことがない。
「魔導書!? だがどう見ても人間にしか……」
「ここは夢の収束世界。余は生まれた時から意思を持ち、人間に憧れを抱いていた。自由に生きていける人間に憧れてこんな姿を想像していたのかもしれんな。想像されたならそれはこの世界で形となる」
この世界は夢現世界。夢が形を持つ世界。
大半の願いは受け入れられる。自身の姿を変化させる願いすら容易く叶えられてしまう。
「じゃあ、その主人さんの目的って何なのかな?」
笑里が当然の疑問を言葉にしてムゲンにぶつける。
「余には分からぬ。本人に直接聞かない限りは分からないじゃろう」
「ムゲン、君も知らないのか」
「余と主人は冷めた関係じゃ……目的も知らぬ」
洋一達は何も知らないことに少しガッカリした。
そんな雰囲気を感じ取りムゲンは哀し気な表情を浮かべる。
「すまない……余は主人に言われたことだけをする言いなりの人形じゃ。本から人の姿になろうともやはり本質は変わらない。魔導書は主人の命令には基本的には逆らわない。余も同じじゃ、一つの生命体として生きたいと思っていたが結局人間にはなれず、中途半端に人の形をしただけの空虚な人形――」
「そんなことない」
ムゲンの言葉を洋一が否定すると、彼女は諦めが染みついた顔になる。
「余は生きていない、命がない。主人にそう言われたよ。余はどんな姿になろうと本であり、人にはなれないと」
「君は生きてる……!」
洋一は必死な表情で言い放つ。
「目に景色を映し、何かを考えて口に出し、その手で何かに触れることも出来る。それに何より……そんな悲しそうな顔しているのに、生きてないわけないじゃないか……!」
「悲しそう……?」
ムゲンは意味が分からないという風に聞き返すが、その顔を見ていた洋一達は誰もが分かっている。
幼い外見の彼女の瞳には涙が溜まり、今にも溢れそうになっている。今洋一達の目前にいるのは世界の創造主などという上等な存在ではない。ただ一人の、誰からも愛されなかった女の子だ。
「君が自分のことを生きていない人形だと評してから、君の瞳からは涙が零れそうになっていた」
「……なんじゃ、これは」
ムゲンは自分の頬を垂れていた液体に気付く。拭っても拭っても溢れてくるそれに彼女は困惑する。
「君が生きてる証だよ」
「生きて……いる?」
「うん、君は僕達と同じように生きている。一つの生命体として命を持ってるし、悲しんだり楽しんだりできる感情もあるんだ。……君は命令されるだけの本じゃない、自分の意思を持った一人として生きているんだよ」
ムゲンは戸惑いつつ次第に洋一の言葉を呑み込み始める。
「じゃ、じゃが……主人は……」
「その人の言ったことが正しいとは限らない。君は僕達と何一つ変わらない、一人の人間さ」
「今は人型でも、元の世界では本なんじゃぞ。お主も本の姿の余を見ればきっと、きっとそんな風には言えないはずじゃ」
「たとえ君が本の姿であろうとも、僕は君を一人として見る。何度も言ったじゃないか……君は生きているって。夢の姿だとか関係ない。どんな姿であろうと君は、空虚な人形や、言いなりの魔導書なんかじゃないんだよ」
「そうかっ、生きて……いるのか……。もう、自由になれる権利を持ち……人になれていたのかっ……!」
微かに笑みを浮かべ、嬉し涙を零すムゲンの姿を洋一達は微笑ましく眺めた。




