146 集結――力を一つに――
ムゲンは貫かれたことで出血している腹を手で押さえ、グラヴィーのことを睨む。
「そうか、変装か……余もつまらぬものに騙されたな」
「そういうことだ。誰であろうと知り合いならば気を許してしまうものだからな」
グラヴィーの得意な魔技――変装。他者の姿を真似ることが出来るそれは戦闘向きではないが、不意打ちには持ってこいの技だ。この技を用いて今までグラヴィーは何度も強敵を殺したことがある。
ボロボロであり、痣だらけの体からくる痛みで苦しそうな表情を浮かべながらグラヴィーはムゲンを見据える。
ムゲンは自分を騙したグラヴィーに怒りを感じ特大の魔力弾を放とうとするが、それを後方に放つ。
桃色の魔力弾が向かう先には剣を振りかぶった速人がおり、自分の方に来ると分かるなり「チッ!」と舌打ちし、身を捻って躱そうとする。だが躱しきれずに太ももに当たり、爆発して弾き飛ばされる。その当たった部分は焼け焦げ、痛みに顔を歪める。
その直後、障壁によりムゲンは誰かの拳を弾いた。それは獅子神のものだ。猛獣のようにぎらついた目で楽しそうな笑みを浮かべて、超高速の連打を叩き込む。それを全て障壁が弾き、獅子神は顔面に掌打を受けて吹き飛ばされそうになるが堪える。
獅子神の蹴りがムゲンの顎を狙い、また障壁に弾かれる。その背後から速人が剣で斬りつけるが、それも弾かれる。グラヴィーが持っている剣で斬りつけるが、やはり弾かれる。
魔力障壁に絶対の自信を持つムゲンは僅かに微笑んだ。
その瞬間障壁が消えて、ムゲンは魔力弾を同時に何十発も三方向に撃つ。
三人は骨を直接叩かれたような痛みに顔を歪めて、爆発した風と衝撃により吹き飛ばされて壁に激突する。速人と獅子神はすぐにムゲンへと向かっていき、グラヴィーは元々のダメージが大きかったせいか立ち上がるので精一杯だ。
洋一と才華、そして笑里はグラヴィーに駆けよる。
「大丈夫!?」
掛けられた心配の言葉を気にせず、グラヴィーは戦局を見て「不味いな」と呟く。
「獅子神に隼、あいつらは僕達にとって大きな戦力だ。それがあんな風に相手に傷一つ負わせられないんじゃ不味いんだ」
「それは……確かに……」
「仮に僕等が加わっても戦況は変わらない。ただ怪我が増えるだけだ。全員死ぬのは時間の問題だろうな」
「でもそれじゃあどうすればっ!」
才華が声を荒げるが、そこにもう一つ新たな声が加わった。
「切り札ならある」
暗緑色でボサボサの髪が目立つ少年――影野統真だ。
影野は洋一達の傍に現れて続ける。
「俺の魔力贈与なら誰か一人に魔力を集中させることが出来る。一人一人がダメでも、俺達全員の力を集めれば対抗出来る筈さ」
「そんなことが? でもそれに隼君や獅子神君が納得してくれるかどうか……」
プライドというべきか、速人も獅子神もそういった協力する行為に賛同しそうな性格ではない。現状で説得できるような時間もないので策としては厳しいだろう。
「それにちょっと待って、私に魔力ってないの。だからそれに加われないんだけど」
笑里が申し訳なさそうに話すが、影野は問題ないように返す。
「白部君に……三夢の秋野さんだったね。味方になってくれたと考えていいんだよね? 秋野さんのに関しては魔力ではないけど何かしらのエネルギーを使っているだろ? 魔力と似ているそれもおそらくは集められる。白部君の疑問は……俺に考えがあるから。まずは……」
影野が戦闘に目を向ければ、ムゲンが二人を洋一達の方にある壁に激突させる程の拳を叩き込み、歩いて近寄って来る。
二人はすぐに立ち上がりムゲンに駆けようとするが、影野の叫びで停止した。
「隼! 獅子神! 一旦止まれ、俺の話を聞いてくれ! 十秒だけでいい!」
「アァ? テメエの話だと?」
「ふざけるな、今はそれどころではないのが見て分からんのか」
「今だからだ! 俺に策がある、だから聞け!」
二人は仕方なく話を聞くことにする。影野にとっては速人はともかく、獅子神が素直に話を聞いてくれると思っていなかったので意外に思うが、そこは感謝しつつ本題に入る。
「これから誰か一人に魔力贈与という力で俺達の魔力を集める。そうすればムゲンにも対抗出来る筈だ。獅子神、隼、協力してくれ」
その説明に獅子神は好戦的な笑みを、速人は複雑そうな表情を浮かべた。
「なら俺だ、俺を強くしろ! そうすればもっと長く戦っていられるんだよなあ!?」
「ふざけるな、お前のような脳筋に任せたら勝てる戦いも勝てなくなるだろう」
「アァ!? なんだとっ!?」
獅子神が自分を強くしろと口にするが、速人は獅子神に反対するだけで自分を候補に上げない。それはその方法がドーピングに近いからだ。過去のことからそういった努力以外で強くなる方法を使わないと心に決めていた。勝つ方法がそれしか存在しなくても速人は使わない。
「私は洋一君がいいと思う」
二人が言い争いをしている最中、笑里は洋一の名を挙げた。洋一はまさか自分が候補に挙がるとは思っていなかったので動揺する。
「……僕?」
「あ、私も笑里さんに賛成。白部君がいいと思う」
「僕もだ。本来なら違う奴に任せたいが嫌そうだしな。……それにここまで来れたのは白部洋一、お前が行動を起こしたからだ。ならば僕は任せてもいいと思う」
続いて才華、グラヴィーも賛同する。
「隼、不服だろうけどこれしかないんだ……ここで負ければ全て無駄になる。そうなれば君もあの人とは……」
「そうだな、この脳筋よりはマシだ。白部、お前は俺に一撃当てた。見どころは多少ある」
洋一に賛成の票がどんどん集まっていく。不満を持つのは獅子神一人だ。
「ふざけんな! 俺だ、俺が戦う!」
「獅子神! もしここを出れたらムゲンより強い人と戦わせてやる! 強い奴と戦いたいんだろう!?」
「目の前に極上の餌がある……それを我慢できる獣がいるか?」
「みんな俺の腕へ掴まってくれ!」
影野は洋一の肩に左手を置き、獅子神の肩に気付かれないようにそっと右手を置いた。そして左腕に獅子神以外が掴まることで準備が完了した。
自らの体をホースのようにイメージし、魔力を水のように流し始める。
「いいやいるわけがない! 俺はたたか――」
「魔力贈与!」
「――うぞおおおおお!? 何か吸われるううう!?」
約一名の説得は諦めて影野は作戦を開始した。獅子神は協力する気がなかったため最善の決断だっただろう。
洋一以外は体から精気のような何かが吸われるような感覚があり、洋一はそれとは逆に流されているような感覚があった。みるみると体を巡るエネルギーが漲っていく。
「完了。終わったよ」
「凄い……なんだか別人になったみたいだ」
影野は手を離して真剣な瞳で洋一を見つめる。
「それの持続時間はせいぜい十分。短いけどそれで決着をつけてくれ」
「分かったよ……皆の力、無駄にはしない」
ムゲンは洋一に近寄りながら変化を感じていた。
先程までは羽虫のような気にするに値しない力しか持たなかったというのに、今では十分敵と言えるレベルの力を備えている。
(あの少年、先程までとは別人。……成程、あ奴ら全員の魔力をあの少年に集めたのか)
獅子神は強制的に吸われたことで気絶し、他の者も極度の疲労状態になり座り込んでしまう。洋一はそんな全てを託してくれた仲間に背を向けながら心の中でお礼を告げる。
そしてムゲンと洋一が十メートルという距離で見つめ合い、互いの一挙一動を見逃すまいと目に力を込める。
まずは洋一が動いた。ムゲンの正面に瞬時に移動して手に持っている剣を叩きつける。当然のようにそれは桃色の障壁に防がれるが、どんなに強力な魔力障壁でも限度がある。
似合わない雄叫びを上げて洋一が連撃を叩き込むと、障壁に亀裂の入るピシッという音が両者に聞こえた。
「なっ!? ば、バカな……!」
「はあああああああ!」
ガラスが割れるような音がして障壁は崩れ去る。
ムゲンは驚愕する。今まで己の障壁を破壊出来た者など存在しなかったのだから。
洋一の剣が初めてムゲンに届きえて、その腹に吸い込まれるように向かう。剣の刃の部分は何度も障壁に叩きつけられたことで潰れて、切れ味などほぼないものになっているので斬ることは不可能。……とはいえ洋一は殺生などする気はないのでその方がありがたいと思い、全力で叩きつけた。
ムゲンは痛みで顔を歪め「ぬぐっ!?」と喘ぐ。
初めて攻撃が通じたことを嬉しく思うが、喜ぶ暇もなく洋一は好機を無駄にしないよう次の攻撃へと移る。
「調子に乗るでない!」
もう一回攻撃が来ると察知したムゲンは素早く掌打を放ち、それを胸に喰らった洋一は地面を滑るように後退る。
さらに洋一が次の行動に移る前に、流れるような動きで桃色の魔力弾を連続で放つ。
一秒に百発以上の魔力弾を放つムゲンに洋一は焦りながら、それらを全て剣で斬っていく。それらは斬ってすぐに高密度で高威力の爆発を起こすが、洋一はそれが自分に当たる距離に入る前に斬り捨てていく。
止まることのない魔力弾を斬り捨てている間に洋一は頭を働かせる。
(これはおそらく時間稼ぎ……魔力贈与の時間切れを狙っているんだ。今の僕ならば障壁を破壊できるし警戒している。でもこのままじゃダメージを受けるばかりだし、なんとか攻撃に転じるしか……!)
そのとき、洋一の脳が警鐘を鳴らした。
背後に何かあるのを感じムゲンの見様見真似で魔力障壁を張るが、背後で起きた爆発には意味をなさず――障壁を貫通した爆風と衝撃が洋一を襲う。




