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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
九章 白部洋一と夢現世界
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145 理由――この世界――


 洋一達が玉座の間へと進んだ瞬間「ようこそ」と幼い声が掛けられる。

 掛けた本人はその身長に合わない玉座に座っており、何も知らない人物が見たら滑稽に映るだろう。しかし知る人が見れば恐怖に染まり、放たれるプレッシャーで体が重くなる。


 玉座の両隣りには燭台が、玉座の真下から洋一達のいる場所には真っ赤な絨毯が、天井には豪華なシャンデリアが存在している。

 玉座に腰かけていたムゲンは洋一達を見てゆっくりと立ち上がる。洋一達はそれをただ黙って見ていることしか出来なかった。


「なんじゃその強張った顔は。一応歓迎しているのじゃがな」


 洋一だけが前へ出て口を開く。


「……改めて聞きたいんだけど、君がムゲンなんだね?」

「そうじゃが?」


「君がこの世界を創ったんだね?」

「そうじゃが?」


「……ならこの世界を創った理由を教えてくれないかな? 笑里が言っていたんだ、君は悪い人じゃないって。力になれるか分からないけど何か訳があるなら話してほしい」


 ムゲンは洋一の言葉に僅かに驚き細い眉を上げた。


「驚いた……。お主、この世界を壊して元の世界に帰りたいのではないのか? 何故余のことなど気にする?」


「ただ気になっているんだ。何をするにもまずそれに対する理由がある。ならこの世界を創った理由を知りたいと思ったんだ。互いの事情を知らないと、一方的に意見を押し付けるのと同じだから」


 物事には確実に理由が存在している。

 三大欲求なら分かりやすい。お腹が空いたから食べ物を食べる。眠いから寝る。相手が好きだから性的な行為をする。

 他にも殺人の理由として、相手が憎いから殺すパターンと衝動的に殺すパターンがある。この衝動的に殺すのも理由がしっかり存在している。すなわち殺したい気分になる何かがある。

 それならば、夢現世界を創り出す理由とはいったい何なのか。


「……成程、正義の味方のようなやつじゃ。理由、理由か……答えてやってもよい。余に勝てたらの」


 一瞬期待する洋一だったがムゲンの言葉に少し気を落とす。しかしすぐにその心に闘志を燃やし始めた。


「なら、戦うしかないんだね?」


「そうじゃな、結局はそういうことじゃ。余もお主も譲れないものがある、そういうことなんじゃよ」


 洋一とムゲンの会話を静かに聞いていた笑里と才華だが、結局戦うことになると分かったので前に出る。


「――さあ、始めよう」


 ムゲンが桃色の魔力を溢れさせ始め、洋一達も動く。

 まずは笑里が突進していき拳をムゲンの額に向けて放つ。しかしそれは桃色の膜が来るのを拒むように防ぐ。


「秋野笑里か……よもや裏切るとは」


「ゴメンね! でも私も帰りたいの、元の場所に!」


 障壁で先に進まないことが分かると笑里は腕を引っ込めて、連続で拳を叩き込む。しかしそれら全ては桃色の壁に阻まれる。


「無駄じゃ、三夢が裏切る可能性も考慮していたのでな。余に歯向かってきても捕らえられるくらいの者を選び決定した。お主がどう足掻いても余には勝てぬ」


「無駄かどうかやってみなくちゃ分からないでしょ!」


 笑里は諦めずに連撃を放ち続けるが、障壁にはヒビ一つ入らない。そして連撃は笑里がムゲンの桃色の魔力弾により壁に叩きつけられたことで止まる。

 ムゲン城の壁はムゲンの全力の攻撃にも耐えるほどの防御力を誇る。そう簡単には砕けず、笑里は魔力弾と壁に挟まれて苦悶の声を上げた。そして大爆発を起こして笑里を桃色の煙が覆う。


「分かるとも」


「いや分からないよ!」


 笑里が吹き飛んですぐに洋一が剣をムゲンの腹に突き刺そうとするが、当然それも桃色の障壁に阻まれて停止してしまう。だが洋一も笑里と同じように諦めず何度も突きを放つ。


「何度でも言おう。無駄じゃよ」


 洋一も魔力弾で飛ばされる――直前に才華が電撃を放っていた。


雷波(サンダーウェーブ)!」


 荒ぶる雷が波のように押し寄せムゲンがいた場所を呑み込んでいく。洋一に当たらないように軌道を調整された〈雷波〉は床を焦がし、玉座は塵になる。

 電撃の余波が空気を震わせる。その威力に倒すとまではいかずともダメージは与えた筈だと、洋一と才華の二人は思っていた。


「なかなかの威力じゃ。貴族の生まれか?」


 耳元で囁かれたその言葉に才華は悪寒がした……瞬間デコピンを額に受けて壁に激突する。

 ムゲンは雷の波を防ぐのではなくその場から瞬時に移動することで避けていたのだ。


 才華が吹き飛ばされてすぐに無事だった笑里がムゲンに殴りかかるが、またも障壁に阻まれる。その一連の戦闘が始まってからの流れを見て洋一は頭を働かせる。


(あの魔力障壁は相当な硬さだ、雷なんて躱さなくても大丈夫だったはず……なのに避けたということは避けざるをえなかったということ。つまりあの障壁を出せるのは限られた時間。いや、おそらくは攻撃の瞬間だけは出せないんだ……!)


 洋一はその瞬間しか攻撃が通らないと悟り、ムゲンが笑里の攻撃を防いでいる最中に死角に回り込む。

 そしてムゲンが笑里を掌打で吹き飛ばした瞬間、洋一は背中から剣を腹部に突き刺そうとするがスッと最低限の動きで避けられ、同時に裏拳を叩き込まれてしまう。さらには流れるような仕草で首根っこを掴まれて、立ち上がろうとしていた才華に投げられて激突した二人は地に伏せる。


「いい着眼点じゃが、一応言っておこう。余は障壁などなくてもお主らを皆殺しに出来る。早々に諦めるがよかろう」


 そんなことは出鱈目だ……とは三人とも言い返せない。

 戦ってみて分かるのだが近距離も遠距離も隙などない。そもそもの地力が違うのもあるが、戦闘経験の差とでもいうべき何かがあった。


「それでも、諦めるわけにはいかないっ!」


「何度でも立ち上がるよっ、私達は!」


「そうねっ、手足が動く限り私達は戦うわ!」


 立ち上がる洋一達を見てムゲンは「面倒じゃな」と呟く。

 その後、洋一達含めてすぐに視線を階段へと移した。なんとも凶暴な叫び声が下の階から聞こえてきて、相当な速度で近付いてきているからだ。


「くひゃひゃひゃ! うっひょおおおお! 強い力を感じるぜええ! 俺の闘志を漲らせてくれる奴がいるじゃあねえかああ!」


「……もっと面倒なのが来たようじゃな」


 ムゲンに殴りかかるのは、玉座の間に勢いよく飛び込んで来た獅子神だ。

 桃色の障壁の上から獅子神は笑いつつ連続の殴打を繰り出す。


「無駄じゃと……っ!?」


「私達を忘れないでね!」


 獅子神の背後から、洋一と笑里が剣と拳で連携攻撃を仕掛ける。

 三人の攻撃を受け続けるのは不味いと感じ、ムゲンは一番厄介な獅子神を先に魔力弾で弾き飛ばす。その間も止まない洋一と笑里の攻撃を躱し、両者の胸に手を当てて零距離で魔力弾を放ち吹き飛ばす。


「お主ら程度の力で何をしようと余は倒せん」


「うっぐっ……!」


「笑里さん大丈夫!?」


 胸を押さえて笑里が倒れ苦しんでいた。魔力弾を零距離で受けたことで肋骨にヒビが入ってしまったのだ。洋一の方は同じ状況でも、魔力弾が来た瞬間上体を反らし衝撃を和らげたことでダメージが違う。


「だ、大丈夫……それに私よりも洋一君が心配だよ」


 笑里が少し戦闘から抜けている間に、洋一と獅子神はムゲンに魔力弾を好き放題に打ち込まれていた。もう早くも二人はボロボロであり、笑里と才華はそんな二人を心配そうに見つめて、攻撃の準備をする。

 ――そんなときだった。


「ムゲン様! 大丈夫ですか!?」


 そんな焦った声と共に現れたのはボロボロだが三夢(トリオトラオム)のレイ。その手には笑里が下で放置していた刀が握られている。

 洋一達はレイが来たことにより、下に残ったグラヴィーは負けたと瞬時に理解した。


(そんな、グラヴィーが負けたっていうのか……)


「レイか……問題ない。余は正直この者達の相手に疲れた、後は任せるぞ。相当に消耗させているから何人がかりで来ようとお主なら勝てよう」


「はっ、分かりました」


 そう言ってレイは刀を握りしめて走り――ムゲンの腹を突き刺した。


「がっ!? れ、レイ、何をっ!?」


 ムゲンは腹を貫通した刀を見て痛みと驚愕で目を見開いた。

 レイは腹に刺さっている刀を抜き、今度は振りかぶってムゲンを叩き斬ろうとした。さすがにムゲンも今度は障壁を張り防ぐが、その顔には焦りの表情が浮かんでいる。


 レイは攻撃を防がれたことで少し距離を取ると――その正体を現した。

 全身が歪み、バキバキと音を立てて骨格ごと変化していく。そこにいたのはレイではなく、洋一達もよく知っている青髪の少年。


「グラヴィー!」


 洋一と才華は僅かに笑みを浮かべその少年の名を叫ぶ。


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