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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
九章 白部洋一と夢現世界
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144 声――覚えてる――


 驚いている二人に笑里は言葉を続ける。


「思い出したのは洋一君との戦いの中、たぶんキッカケは私に届いた声だと思う。神奈ちゃんの声だよ……負けるなって」


 才華の方を見てそう笑里は嬉しそうに告げた。


「……負けないで、ね。神奈さん……笑里さんが敵側にいることを知らなかったのね。敵を応援するなんて下手したら全滅なのに」


「そうだね、私が思い出さなかったらたぶん洋一君は負けてたと思うな」


「え、そうかな? 僕は勝てたと思うけど」


「ええ? 私の方が強いんだから私が勝つに決まってるでしょ?」


「ううん? 実力だけで全て決まるわけじゃないよ。勝負には運も策略も関わってくるんだから」


「二人共そういうのはいいから」


 才華の声でハッとした二人は言い争いになりかけていたことを悟る。


「それで、笑里さんはこれからどうするの?」


「当然、洋一君達と一緒に行くよ。ムゲン様は優しいけどやっていることは酷いことだから」


「……ムゲンが優しい?」


 人々の記憶を封じ込め異世界に強制転移させる。大事な思い出を封印してしまう。そんなムゲンが優しいという笑里の言葉に二人は疑問を持つ。


「うん、ムゲン様……もう様をつける必要もないから止めるね。ムゲンちゃんは根は悪くない人だよ。思いやりもあるし、冷たいときもあるけど、誰でも心配するような良い人だよ」


「ムゲンが優しい、か。僕等はまだムゲンについて何も知らない。笑里が言うように良い人だっていうのなら何か事情があるのかもね」


「そうだとしても私達の倒すべき敵であることに変わりないわ。白部君、可哀想だと思うのも自由だけど私達がやるべきことを忘れないでね」


 才華の言葉に頷いて洋一は歩き出す。ムゲンのいる四階――玉座の間へと。

 他の二人もそれに続いて歩き出す。三人の瞳にはムゲンを倒すという決意が宿っていた。


「ねえ白部君、下にいる彼等はどうするの?」


「……信じてはいるけれど、勝ってもすごく消耗しているはずだよ。ムゲンは僕等だけで相手をしよう」


 三階から玉座の間へと通じる長い螺旋階段を上る。玉座の間までは三百段以上ある長い螺旋階段だ。

 道中、洋一は笑里に話しかける。


「ねえ笑里。僕のこと、記憶を思い出した今でも幼馴染だって思ってくれているの?」


 歩きながら笑里はきょとんとして口を開く。


「え、当たり前だよ。だって私達この世界でだけどよく一緒に遊んだりしたよね?」


「うん、でもこの世界は正しい世界じゃない。そんな世界での幼馴染なんて本当は……本当はいないはずだった存在で……僕と君は……」


「もう! 洋一君!」


 頬を少し膨らませながら、笑里はムニュッと洋一の頬を引っ張った。

 洋一はそれに少し痛みを覚えて「いきなり何をするのさ」と少し怒り出す。


「洋一君は洋一君だし、この世界でも地球(もとのせかい)でも同じだよ! 私達はずうっと親友なんだからね!」


 そう言って笑里は洋一の頬を放して、話を続ける。


「ねえ覚えてる? 私達がどう出会ったか」


「え? それはもちろん覚えているけど」


「へえ? 二人はどういう出会いをしたのか、私気になるわね」


 才華が二人の馴れ初めに興味を示したので、洋一と笑里が思い出すように話し出した。



 * * * 



 辺境の村。特にこれといった特産品も特別な場所もない村だが、年に一回子供達を連れて魔物を狩るところを見せる催しがあった。

 村では魔物がよく現れる。帝都のように防壁のようなものもないのに、魔物が多く生息している地域に建てられた場所だったからだ。


 昔からその村ではほとんどの人間が狩猟を得意としている。それは幼い頃から身を守るため、生活していく為にそれらの技術を教え込まれるからだ。そうやって成長した子供達は大抵の魔物を倒せる程度には強くなる。


「いいか? こうやって強く引き絞って、放つ!」


 森の中。体が屈強な大男がその体格に見合わない弓で矢を放つ。

 弓が小さいのではなく、その男が大きすぎるためにそう見えるだけである。


 矢は真っすぐ力強く飛んでいき、呑気に歩いていた(ウルフ)の頭に直撃する。

 狼は何が起きたのか分からずに力を失い死を迎えた。その光景を見て、男の後ろに隠れて怯えていた子供達……ただし十人程だったので隠れきれないで立っていた子供達が「すっげえ」や「カッコいい」などの賞賛の声を上げる。


 純粋な評価を受けて男は気分が良くなりさらに森の奥に向かおうとするが、そこに異議を唱える少年が一人いた。

 茶髪で眼鏡を掛けた平凡な顔立ちの少年は、先頭を歩く男に向かい喋り出す。


「あの、もう戻った方がいいですよ」


「アァ? いやいやまだまだ足りないだろ。みんなももっと見たいよなあ?」


 その男の問いに子供達は「そうだそうだ」と同意するが、少年だけは首を振って反対する。


「今ので今日の分のノルマは達成ですよね。それにここから先は危険区域です、いくら大人の猟師でも危ないですよ」


 今倒した狼は十体目。一日のノルマとされる数を達成している。

 過度な狩猟は森の生態系を崩す恐れがある。そうした常識でも少年は注意しているのだが、本音の部分はもっと違う何かを恐れていた。


「うるっせえな! ガキの癖にゴチャゴチャ知った風に話すんじゃねえよ! 危険区域いぃ? あの事件から誰も足を踏み入れてねえってだけだろうが……俺様からしたら楽勝で踏破できるってえの!」


 男が言っていた事件とは、十年前に起きた猟師が殺された事件だ。

 普段の狩場から離れ、森深くに入っていった猟師は無残にも翌日死体で発見された。そんなことがあって以来、村の長がその一帯を危険区域として立ち入りを禁じている。


「殺された奴が弱かっただけだ。俺は強いぜ、弓の腕なら誰にも負けない自信があるね! 分かったら付いてこい!」


「でもっ――」


「うるせえ!」


 怒りに駆られた男は少年を蹴り飛ばした。

 少年はボールのように跳ねて転がって動かなくなる。


「それならお前だけでも帰ってろよ! 狩りが怖くて逃げ帰った臆病者として扱われるだろうけどなあ!」


 焼けるような痛みに耐えながら少年は立ち上がるが、もう視界に男はいなかった。子供達もいないことから先へ進んでしまったのだと理解できる。


「ああ……ダメなのに、本当にダメなのに……! あっちには、化け物がいるのに!」


 その少年――白部洋一は焦ったように男の後ろを追う。

 洋一は知っていた。視ていた。分かっていた。森の奥にはとんでもない化け物がいたことをただ一人気付いていた。


 【森の主】


 そんな文字が現れたのは洋一の視界にあるものが映ったからである。森の上に一部真っ黒な蛇のような長い体が見えていた。

 解析(アナライザー)で視えたその名前、そして巨体であろう体の一部が、男が持っていた弓など到底通じないであろうことを洋一に伝えている。


「急がなきゃ……手遅れになる前に急がなきゃ」


 今ならまだ間に合うかもしれない。そう思い駆けていくと少しして少数の悲鳴が聞こえた。

 悲鳴を聞いてますます急ぐ洋一だったが、現場に駆けつけたときにはもう手遅れであった。

 死体は見つからない。ただ、血だまりができていたその場所を見れば解析しなくても分かる――全員死んだのだと幼い子供の頭でも理解してしまう。


 事実を認められず、洋一は「誰かいないのか!」と大声で必死に呼びかける。

 すでに森の主は現場を去ったのかどこにもいなかったことで、洋一は安全だと思い叫び続けた。


「いるなら返事をしてくれよ……!」


「ぅう、うう……!」


 そんなとき、泣いている声がしたのは希望を抱かせる。

 洋一が聞こえる泣き声の方に走っていくと、そこにはオレンジの髪を土で汚しながら蹲って泣いている少女の姿があった。


「良かった、まだ生きてた……ねえ君!」


「うえぇ?」


 洋一は生き残りがいたことに驚きつつ嬉しさが込み上げて話しかけた。少女は涙を零しながらも声の方向に顔を上げる。

 少女は洋一の姿を見てさらに泣いた。喘ぎながら少女は叫び声を上げる。


「みんなっ! みんなっ……! しんじゃったよっ!」


「うん、でも君は……」


「どうしてっ! どうしてわたしだけっ生きてるのっ!? 私を一人ぼっちにしないでよお!」


 そこで初めて洋一は気付いたのだが少女は無傷だった。血などで汚れているが、それは自分から出たものではない。状況から考えるに少女は一人逃がされたのだと推測する。

 洋一は少女に掛けるべき言葉を口にすることが出来なかった。思いつきもしなかった。だから黙って少女のことを背負い村まで戻っていった。


 事情を洋一が説明した村人達の反応は二つ。

 二人とはいえ生き残ったことの嬉しさに涙を流す者達。それ以外が死亡したという悲しみに涙した者達。

 どんな理由だろうと全員が涙したことは間違いない。


「もう、大丈夫」


 洋一は少女に遅すぎる声を掛けるが少女からの返答はない。

 少女は洋一の背で泣き疲れて眠っていた。洋一はそれに気付いたが、それでも、聞こえないと分かっていても言葉を発する。


「これからは僕が傍にいる。僕が君を守るよ……命に代えても」



 * * *



 一連の話を全てではないが聞かされた才華は洋一のことを見て強く思う。


(初めて会った時からなんとなく思っていた。彼は自分の為よりも誰かの為に戦える人だ。一人で逃げることだって出来た筈なのに、そうしないで村人を助けに行く。それっていったいどれほどの勇気が必要なんだろう。……そして一抹の不安がある。彼は誰かの為に戦うとき、自分の命を犠牲にしてでも助けることが出来るならおそらく……)


 才華は一人思考の渦に嵌るが、笑里の言葉で全て吹き飛んだ。


「二人共、もうすぐ玉座の間だよ」


「この先が……」


 三百段以上ある階段を上っていた洋一達はそれぞれ気を引き締める。

 洋一達は最後の階段を上りきり、眩しい部屋へと足を踏み入れた。


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