142 再会――笑里VS洋一――
ムゲン城三階。仲間が二人の三夢を相手取っている間に、洋一と才華は二階と同じく広い部屋に出る。
頑丈な床には赤い絨毯が敷いてあり、隅には真っ赤な炎が燃え盛る蝋燭が設置されている燭台が何個もある。そして中心には行く手を阻むように立っている笑里の姿があった。
「笑里……」
「洋一君……」
二人はその顔を暗くさせて名前を呼び合う。
それからしばらく沈黙状態が続いていたが、まず笑里が口を開いた。
「気のせいだと思ってた……見間違いだって、思ってたの。……ねえ、どうして? どうしてこんな場所に来ちゃったの……?」
洋一が「それは……」と答えに詰まっていると、才華が代わりにはっきり答える。
「ムゲンを倒すため、それ以外に何があるのかしら」
笑里はそれを聞いて驚愕することはない。そうであろうと考えていたことが、嫌な考えが、現実から目を逸らしたかったのに的中してしまったことで悲しそうな表情を浮かべる。
才華は笑里の態度にお構いなしに真剣な顔で問いを投げかける。
「こっちも聞いていいかしら。笑里さん、あなた神谷神奈さんを覚えている?」
「神奈……さん?」
才華の問いに熟考する笑里は少しして口を開く。
「ううん、知らないよ」
「……っ! そんなっ、そんなはずないわ!」
「知らないものは知らないよ。それにもし知ってたとしても、思い出せないってことはどうでもいい人間だったんでしょ」
それを聞いた瞬間、才華は心から怒りを感じる。
「あなただけは……あなただけはそんなこと言ったらダメ! あなたと神奈さんはいつも一緒だった、私が仲良くなる前からいつも! 私よりも、きっと誰よりも長い付き合いのあなたがそんなことを言うなんてダメなのよ!」
才華は地球での記憶を鮮明に思い出す。
三人で遊んだり話したりする前。才華が少女二人と友好を深める前。
宝生小学校の教室で笑里は生気が感じられない程落ち込んでいた。その雰囲気から最初は気にかけていた人間もいたが、しばらくして誰も近寄らなくなり、教師ですら進んで関わろうとしなかった。才華は自ら話しかけていたが反応は薄かった。
しかしある日。死人のような笑里に活気が戻り、一人の少女と急激に仲を深めていた。このとき才華は自らの無力さを痛感するとともに、少女に憧れのような感情も抱くようになった。
「きっと何かがあった。笑里さんと神奈さんには仲良くなった何かがあったのよ。忘れてしまうなんて……あんまりに悲しいことじゃない」
「止めて。そんな妄言を聞いているほど暇じゃないの」
はっきりとした拒絶に才華は泣き出したい気持ちに駆られた。だがそれも一瞬。才華はすぐに戦うことを決意して洋一へと口を開く。
「……白部くん、私の言葉は笑里さんには届かないみたい。……少し期待していたんだけど、無理だった」
静かに洋一は「うん」とだけ呟く。
「だから多少手荒くなっても思い出してもらいましょう……! 威力上昇!」
才華の全力の強化魔法を受けて、洋一は確かに自分の力が上がっているのを確認する。十倍以上になれば笑里とも勝負が可能になる。
「大丈夫、元からそのつもりだったんだ」
そう言って洋一は笑里を見据える。
「強引にでも記憶を取り戻してもらう。それは僕が旅に出てからずっと思ってきたことだったから……任せて」
洋一の言葉に頷く才華は、信頼と期待を込めてこれから始まるであろう戦いに注目する。強化魔法を全力使用した後の自分では戦闘であまり力になれないと思い、部屋の隅へと寄る。
笑里は洋一と才華のやり取りが何なのかは分からないが律儀に待っていた。
「やるんだね、私と」
「うん、本当なら嫌だ。でもやらなきゃいけない。避けては通れない」
「それなら大人しく捕まってもらうよ!」
笑里は勢いよく駆け出し、腰に帯刀していた刀を抜刀する。それを見て、洋一は自身の動体視力を含めた全てが強化されている事実を感じつつ剣を抜き構える。
(おそらく笑里の最初の一撃は……斜め上からの斬り下ろし!)
洋一は速人と戦った時のように相手の思考を読むなどはしていない。体力を温存しておきたいというのもあるが、笑里とはこの世界で長く付き合っているおかげかなんとなく行動が分かるのだ。
思考など読まなくても、洋一は笑里の初撃を見事同じ攻撃で相殺した。互いの刀がぶつかり合い、鋭い音が両者の鼓膜を通る。
笑里は自分の一撃が止められたことに驚愕しつつも次の行動に移る。刀を素早く引いて突きを放とうとする。
(でもそれはフェイント。本当は回転斬り!)
洋一の予想通り、笑里は刀を引いた後すぐに素早く回転して回転斬りを洋一の胴体に放つ。だがそれも予想していたことなので、寸分違わず同じ動きで相殺する。
そのまま力比べをしても両者の力はほぼ互角だった。
笑里は互角と分かると洋一の剣を自分の刀で真下に払い、そこから勢いを殺さずに真上に方向を変えた切っ先で洋一の顎を狙う。
(そう、その斬り上げから瞬く間に斬り下ろしに変わる。あまりの速さにほとんど差がない二方向同時攻撃になり上下から対象を切り裂く技。僕はそれを何度も見ているし、回避する方法も知っている!)
洋一は熟知しているのだ。笑里の強さと技術を知り尽くしている。
体を捻ってそれを躱すと同時に斬り上げる。笑里はそれを洋一と同じように体を捻って躱し、刀をまた後ろに引く。
(今度はフェイントじゃない。真正面からの突き技)
両者の武器が同時に突き出されて切っ先がぶつかり合う。
鋭い金属音に続く動作はない。完全に力が拮抗し静止する。
(そして一旦下がって距離をとる)
二人はバッグステップで距離をとる。その動きはまたもや同時だった。
笑里は距離をとった後、洋一の予想以上の動きに驚愕しつつ深く考える。
(速さは私の方が僅かに上で、力はほとんど変わらない。技術なんかも総合的に見て私の方が上……にもかかわらず互角の戦いが出来てしまっているということは……洋一君にはそれ以外の何かがあるってことだよね)
身体能力でも技術でもないとするなら考えられるのは一つ。
「凄いね……洋一君は魔法が使えるんじゃない?」
洋一は「そうだね」とあっさり認める。そして目を指して説明する。
「僕の魔法は解析、この目で見たもの全てを調べることが出来るんだ。それは君の技術も例外じゃない。こうして戦えるのは笑里の技術を僕が真似しているからさ」
「そっか……ずっと隠してたの?」
「違う、と言いたいけれど否定は出来ないな。……少し怖かったんだ、この力を知られたらどんな風に思われるのかが。頑張って身につけた技術は楽に模倣され、思考は筒抜けになる。君に嫌われてしまうかもしれないと思ったらすごく怖かった」
「確かにビックリするけどそんなことで嫌いになんてならないよ。私達は親友だもん……たとえこうして敵対していたとしても親友だもん」
その言葉に嘘がないことなど洋一には視るまでもなく理解できた。嬉しさで笑みが浮かびそうになるが、現在の状況が状況なので我慢する。
再び両者が動き出し、激しく武器同士がぶつかり合う。
互いの体に小さな切り傷をいくつも作りながら、その動きは止まることがない。攻めも守りも互角だが――崩れる瞬間はやってくる。
洋一は笑里の戦闘スタイルを熟知しているが、笑里は洋一が戦えたことすら知らない。洋一は笑里の動きを予測して戦えるが、笑里は未知の動きであり尚且つ自分の剣技だけに対抗するような戦い方だ。その二人の差が徐々に表れ始めていた。
笑里の攻撃がほとんど当たらず、当たったとしても掠める程度。対して洋一の攻撃は何度も笑里に危機感を抱かせるほどに通用していた。
速度では笑里の方が上にもかかわらず、形勢が洋一に有利になってきているということは全ての動きが予測されているということだ。事実洋一には笑里の動きを容易く読むことが出来る。
笑里が無理に攻撃を躱そうとした結果、足が縺れて後ろに倒れそうになった。その隙を見逃すほど間抜けではない洋一は素早く、態勢を立て直される前に剣の鞘を手に取る。
「チェックメイト……!」
笑里はこれから来るであろう攻撃に備えようとするが、そんな時間など与えずに洋一の鞘が笑里のこめかみに叩き込まれた。
壁際一列に並ぶ燭台を全て吹き飛ばし、壁に激突した笑里は力なく倒れた。




