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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
九章 白部洋一と夢現世界
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141 獣爪――捨て身の一撃――


 影野は必死に頭を働かせこの状況をどうにかしようと考える。しかし現在歩いてくる葵に対しての確実な対処法が思いつかない。

 この場所に来れたのはひとえに速人のおかげだ。レイとの戦闘中にもかかわらず正門から侵入した影野に気付き、視線を誘導して気付かれないように戦ってくれた。そのおかげで影野は今ここにいる。こうして来たからには敵となっている葵をどうにかしなければいけないだろう。


「……次が俺か、笑えない冗談だね」


「冗談のつもりはないから安心していいよ。すぐにあの男と同じように地獄へ送ってあげるから」


 影野は獅子神と地下牢で共に過ごした仲だ。牢屋が別なので実質話すことしかできなかったのだが、僅かな時間のやり取りで戦闘狂なことと、遥かに自分より強いことは理解している。そんな人間を行動不能にした相手にどうやって勝てばいいというのか。


(素の実力なら俺の方が上だけど……あのドレスに強化能力でもあるのか? くそっ、神谷さんの元に早く戻らなければいけないというのに……)


 やや思い悩んで影野の脳裏に一人の少年の姿が過ぎる。

 目前の少女に似ていた少年。彼の名前を思い出して「ふっ」と笑う。


「断言するよ。君は俺に勝てない」


「そう、なら自らの弱小さを思い知るといいわ」


 葵がニゲラの細剣を構えて駆ける。


「南野(あお)


 そして影野の額に突き出された細剣が停止した。

 動揺を隠せないように瞳が揺れ、葵の手が震えている。理由といえば単純に影野が告げた名前だろう。


「どうして……弟の名前をあなたも知っているの? いえ、正確に言うなら私は覚えていなかった。記憶にモヤがかかったように思い出せなかった……なのに、その名前を聞いて弟の名前が青だと理解できた。答えなさい、どうしてあなたが弟を知っているの?」


「会っていたからさ、君の弟と。南野青と俺は互いの素性を知らずに出会っていたんだ。あの名もなき村で交わった運命さ」


 停止した細剣から離れるように影野はバッグステップする。


「俺を殺したら弟の居場所が分からなくなる。だから君は俺に勝てない。せっかくの情報を手放したくないだろうし」


「答えなさい、弟はどこにいるの!」


 返答の代わりに影野は体から魔力を溢れさせる。炎のようにゆらゆらと揺れる紫色のそれが影野を包み込む。

 魔力を纏うということは敵対行為だ。戦う気であるのだと葵は理解した。同時に影野の発言が全て嘘であると思ってしまう。


「嘘だったわけか……。我ながら情けない、こんな分かりやすい嘘に一瞬でも騙されるなんてね。私を騙したお礼に一撃で脳天を貫いて――」


 怒りを露わにする葵に影野は「嘘じゃない」と告げる。


「生憎と、俺の友達に嘘が大っ嫌いなやつがいてね。俺は嘘なんか極力吐かないようにしているんだ。誓って南野青の居場所を知っているというのは嘘じゃない」


 影野を覆う魔力が形を変え、両手両足両目に集中した。

 魔力というのは普段から使用者の体を覆っている。その通常の状態を基準とすれば、どこかに集中させた分だけ全身を覆う魔力の膜が薄くなってしまう。当然集めた場所は攻撃力防御力共に上昇するが、それ以外は魔力を持たない一般人と同レベルまで脆くなる。

 明らかな自殺行為に葵は眉を顰める。


「なんのつもり……?」


「君のその剣はどうせ防げない。それなら防御を捨てて、回避と攻撃力に全振りしても問題ないじゃないか。こうでもしなきゃ俺の力でダメージを与えられないだろうしね」


 勝つための策。まさに諸刃の剣。


「戦いになると思っているの? だとしたら私を甘く見すぎだよ」


 刺突。本来なら影野に視認できない速度のそれを、両目に魔力を集めて強化しているおかげで微かに見ることが出来た。なんとか躱せたのは奇跡に近い。

 目を見開いた影野は拳を振るうが、こちらに関しては当たる方が奇跡だ。奇跡はそう容易く起こるものではない。


「多少はやるね……でも、実力が圧倒的に足りないよ」


 再度刺突。今度はあっさりと腹部を貫かれる。

 痛みで顔を歪めた影野に、葵は鬼のような形相で問いかけた。


「答えろ……弟はどこにいる」


 葵の瞳は狂気に満ちていた。弟のためならば悪魔に魂を売るくらいに葵は弟を愛している。たとえ思い出などなくとも、刻み込まれた強い想いは消えないで残り続けている。


「早く言いなさい! 弟は、青はどこにいるの!?」


 黙っている影野は――足を進めた。

 腹部を細剣が貫いているまま駆けることに葵はギョッとした。

 目を見開いて硬直した葵の右頬に固く握りしめた拳がめり込む。細剣を持ったまま仰け反り、葵は一歩二歩と後ろに下がると体勢を戻して影野を凝視する。


「信じられない……あなた、痛みを感じないわけじゃないでしょうに。死すら厭わない覚悟を持つとでもいうの……?」


「まさか……死ぬつもりなんてさらさらないさ。もしその気で戦ったら神谷さんが怒るからね」


 葵が後ろに下がったことで影野の腹部から細剣が抜かれ、今はかなりの勢いで出血している。

 出血の勢いを低下させるために影野は魔力を傷口にも集めた。流れる血の量はみるみると無視していいレベルにまで減っていく。


「こんな戦い方は無茶だと分かっているけど、どうやら俺の力でも通用しないみたいなんでね……手段なんか選んじゃいられないさ」


「……あなたは」


 ブチッという音が二人に聞こえた。

 音の正体は――獅子神を閉じ込めていた葉の中だ。


「うそっ、まさか……!」


「あ、あんなに雁字搦めにされてたのに獅子神はどうやって……」


 動揺した二人の視線が葉の檻に集中する。

 棘のような葉で作られた真横に伸びた林の檻。そこから無理矢理出ようとしている両腕が影野達には見えた。


「うおおおおおおっらあああああ!」


 咆哮が部屋全体に響いた。突き出た手が葉を掻き分けてブチブチ音を立てている。隙間ができはじめたが、そこからは赤い液体が噴出する。二人はその光景に思わず叫ぶが、その前に獅子神が葉の檻をこじ開けて脱出し、咆哮を轟かせたことで二人の悲鳴はかき消される。


「クハハハハハ! ずっと忘れてたみたいだなあ……戦うことの面白さを!」


「いや絶対忘れてない!」


 敵対しているはずの葵と影野の叫びが一つとなった。

 獅子神は出血も叫びも気にした様子もなく凶暴そうに笑う。その腕、脚、胴、あらゆる箇所から出血が起きているのに獅子神は気絶すらせずに堂々と、指を折り曲げ猛獣の爪のように構えた。


「またやりてえなあ。だからってわけじゃねえけどよお……もうこの戦いも終わらせるぜ!」


「……っ! どういうわけか知らないけど私に勝てると思っているの!?」


 葵の問いに獅子神は凶暴な笑みを浮かべ部屋を駆け回り始めた。その動きは先程よりも速く、それでいて鋭い。

 縦横無尽に跳び回る獅子神に葵の目は追いつけない。


「きっひゃあああ!」


「うぐっ!? こ、これは……」


 獅子神は葵に向かい四足歩行の動物のような態勢で壁から壁へと跳びながら攻撃する。その攻撃方法まで獣と化しており、獅子神は葵の筋肉を一部すれ違いざまに噛み千切った。

 肉が多少抉れた痛みに驚きつつ、葵は獅子神のことを人間だと思えなくなる。


(四足歩行といい、噛み千切る攻撃といいまるで猛獣!)


 戦闘スタイルの変化に戸惑いつつも葵は攻撃へ移る。


「伸びろニゲラの葉! あの獣男を貫け!」


 葵は腕の部分に咲いている花の尖った葉を伸ばし、獅子神の進行方向を予測し妨げようとする。

 貫通するのを理解している獅子神はそれを躱しながら近付いていくが、遠回りになりなかなか攻撃出来ない。


「いいわよ、このままこの部屋を葉の牢獄にしてっ!?」


 葵は獅子神にばかり集中していた――だから背後からの攻撃に気付けなかった。


「させないよ……!」


 影野が魔力弾を葵の背中に直撃させていた。

 紫の光球が爆発し、背中の花が爆風で散ってどこかへ飛んでいく。

 影野の魔力弾ではダメージなど入らないが態勢を崩すくらいは出来る。


「クヒャヒャヒャヒャ!」


 狂った笑い声を上げながら獅子神が葵に襲いかかる。

 ニゲラの葉を掻い潜ってきた獅子神の顔面に葵はレイピアを突き出すが、眉間を貫こうとするその一撃を紙一重で躱した獅子神に床へと倒され、馬乗りの状態で殴られた。

 一度や二度ではない。連続の殴打が葵を襲う。

 床に亀裂が入り危ないと思われたが、獅子神の連打は腹部を貫かれようと止まらない。


「オラオラオラオラオラオラァ!」


「ニゲラの葉ああ!」


 貫かれた獅子神が変わらず殴り続けるので、葵はニゲラの葉を集合させて一気に押し出す。貫通せず獅子神を突き飛ばした。

 追撃しようと葵が手と葉を伸ばし――背後から影野が駆けるのに気付く。


 右腕付近に咲くニゲラの葉を獅子神へ、左腕付近の葉を影野へと伸ばす。

 確実に肉体を貫通する一撃。胸に伸ばされた葉を避けきれず肩に受けても二人は止まらない。強靭な精神力で痛みを我慢して走り続ける。

 そして雄叫びを上げながら駆けてきた二人の拳が葵の胸と背中に叩き込まれた。心臓が潰されるような痛みが葵を襲い、肺の中の空気を全て吐き出してから意識が飛ぶ。


「やった……」


「おいテメエ何横取りしてんだコラァ!? ああもういい、俺は次のやつと喧嘩しに行くぜ!」


 獅子神が上層へと走り去ってしまうのを影野は呆然と見送った。

 嵐のような男だと思いながら、気絶して動かなくなった葵の元へと歩み寄る。


「……南野さん、聞こえないだろうけど教えておくよ。君の弟……地球(むこう)じゃ怪盗やってるってさ」


 耳元で囁いてから離れ、影野も上の階を目指して階段へと歩いて行った。


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