140 武装――青紫の花――
洋一達が階段を駆け上がって二階に到着し、目にしたものは青い花だった。
円状の部屋には青紫色の花が咲いている花壇が数十にも及ぶ数があり、中心には噴水がある。そしてその噴き出ている水の前に立っているのは、咲き乱れている青紫色の花と同じ色のドレスを着ている一人の少女。
「さて、侵入者の方々も来たようだし私も戦わないとね」
そう言うと青い眼鏡を掛けた少女――南野葵は、横に刺さっていた剣を抜き、それを洋一達に向けて軽く腰を落とす。
剣の先端は鋭く刀身は細い。レイピアと呼ばれる剣。
それを見て雄たけびを上げながら飛び出した男がいた――獅子神だ。
「おおおおおおらああああああ!」
獅子神は葵の元まで跳び、上から拳を叩きつけるように放つ。しかしその拳はレイピアを添えられ軌道を変えたことで空振りに終わる。
本来なら腕が切断されるはずではあるが、獅子神の肉体強度は葵のレイピアを上回っていた。
一度目の攻撃は空振りだったがそれで終わりではない。攻撃が止むことなどない猛獣が獅子神なのだ。
「そうりゃああああ!」
着地する前に脚を伸ばし葵の左頬を蹴り抜く。威力は高く葵は床を右に滑っていく。
獅子神は面白そうに笑う。その好戦的な笑みからは相手を叩き潰すという気迫しか感じられない。
「クヒャヒャヒャヒャ! おいテメエ等、この女は俺の獲物だ手を出すなよ!?」
その自分勝手な言動には誰一人返さない。
獅子神は葵に向かって目にも止まらぬ猛攻を仕掛けており、葵はそれを躱すか受け流すかして耐えていた。どちらが敵だったかもう洋一達には分からなくなる。
「……ここは任せましょうか」
「そうだね、獅子神さん一人でも問題なさそうだし」
戦闘狂ぶりを惜しみなく発揮する獅子神の戦いを見て、洋一と才華は先へ進むことを決意した。二人は部屋の奥にある階段を駆け上がって三階へと向かう。
その間も獅子神の猛攻は続いていた。
「クハハハ! どうした動きが遅くなってるぞお!」
獅子神の猛攻は単調な攻撃だが威力と速度は桁外れ。葵の目には辛うじて映る程度であり長く戦うのはマズいと悟る。
攻撃しなければ勝てない。レイピアで獅子神の心臓を突こうとするがあっさりと躱されてカウンターを繰り出される。それだけで実力的には自分が遥か下にいることが理解できる。
獅子神を地下牢に送るために戦ったのは葵とレイだ。しかし勝てたのは二人が強かったというより、レイが強かったという結果である。葵ではサポートくらいしか出来なかった。
自慢という程ではないが、世界でかなり上位に位置するであろう彼女の剣技は全く通用せず、それがただの地力の差が大きいだけという事実。三夢に選ばれた自分が誰かに敗れるなどあってはいけないのに、このままでは大したダメージも与えられずに負けてしまう。
――だから葵は本気を出すことにした。
獅子神のアッパーが顎にクリーンヒット。葵はそれに抗わず飛ばされ距離を取る。
着地した葵は痛みに耐えながら、優しい笑みを浮かべ口を開く。
「私がなんでドレスなのか不思議に思わない?」
「思わねえ!」
「それはね……」
獅子神が葵に急接近して拳を振りかぶった瞬間――葵のドレスから突然青紫色の花びらが何千枚も放出され、葵の周囲を竜巻のように覆う。
竜巻に拳を弾き返された獅子神は「ぬおっ!?」と驚きの声を漏らす。
青の嵐はしばらくして止み、その中心部分にいたのは――青紫の花が咲き誇った服を身に纏う葵だ。
「こうすることで、ドレスから花の鎧へと変わるのよ」
葵のドレスは変化したものの、結局はドレスに花が咲いただけだ。とても戦う人間の服装とは思えない。騎士と貴族の二択なら貴族のお嬢様に見えるというのが一般的だろう。
「ハッ! なんか花畑になっただけじゃねえか、喰らえやあああ!」
「愚か」
グシャッと鋭いものが腕に突き刺さり、中身がミキサーでかき回されているような痛みを獅子神は感じた。それもその筈、本当に突き出した右腕に刺さった剣を中身をかき混ぜるようにぐるぐると回したのだから。あまりの痛みに獅子神は「グアアアッ!?」と悲鳴を上げる。
獅子神は腕を引くことで刺さっていた剣から手を引っこ抜く。
「テメエなんだそりゃ! さっきは別の剣持ってたよな!?」
葵は軽く笑う。手にしている先端が尖った緑色のレイピアを振り、付いた血を払う。
「このドレスの名はニゲラ。自由にこんな風に美しく鮮やかに彩ることが出来る……ドレスに花ってよく似合うでしょう? それとこのレイピアはニゲラの葉で覆われているの。斬る力はなくなる代わりに確実に敵を貫く力を得ることができる」
ニゲラ。それがこの部屋に咲いていた青紫色の花の名前だ。中心には黒い種のようなものがいくつもあり、葉は細く尖り分裂している。
ムゲンはそんな花の特徴を服にして葵に与えた。なぜ葵だったのかは受け取った本人も知りはしない。ただ与えられたものは受け取り、その礼は尽くす。
(私は負けるわけにはいかない。ムゲン様のため、弟のため……絶対に三夢としての責務を果たさなければならない)
葵は記憶喪失だった。しかし唯一覚えていたことが弟の存在だ。
確かにいた記憶がある弟を捜し続けていた葵は旅の途中倒れ、偶然それを見つけた騎士がムゲン城に運んだ。それから目が覚めた葵はムゲンに呼ばれ、突然三夢になるように言われた。
任務は後回しで構わず、弟捜しを優先していいとまで言われた葵は、安定した衣食住の確保ができる上にデメリットがないので即決する。
任務でも、弟捜しでも、日常の中でもムゲンは葵に必要なものを贈った。
気が付けば葵の元にあったのはほぼ全てがムゲンから贈られたもの。与えられたものの分、葵は報いると決めている。いつの間にか葵はムゲンの束縛を受けていたのだ。逃げ道などなく、そもそも逃げようとも思わせない。
都合のいい操り人形。それがムゲンの仕立て上げた南野葵。
「全てはムゲン様の為にこの身を捧げる。さあ、あなたを串刺しにしてあげましょう……!」
「クカカッ! 知るか!」
獅子神は右腕が重傷にもかかわらず笑いながら接近する。しかし葵の目前にまで足を進めた瞬間――緑の鋭い葉が、葵の手の甲に咲いていたニゲラから突き出る。
「ぬおっ!?」
「その葉は鋼鉄すら容易く貫きます。頑丈なあなたでもそれは変わらない。……そしてその葉は、分裂する」
一枚、二枚、四枚、八枚とどんどん増えていく尖った葉が獅子神を葵へ辿り着けなくする。なんとか辿り着こうとするも、ニゲラの葉が獅子神の足に突き刺さり絡めとっていく。
「ぬおおおお!?」
獅子神はどんどん増殖する葉に絡めとられ、体のあちこちに刺さる葉を抜こうと必死に藻掻く。だがさらに増え続ける葉で獅子神の姿は葉に覆われた。
緑の葉に支えられ、分裂しすぎて壁のようにまでなったそれの中では獅子神の叫びが響いている。
葉で覆われ身動きが取れない獅子神を放っておき、葵は手の甲から伸びている葉を千切って繋がりを断ち切る。
「これで任務完了……いえ、もう二人が上に行ったわね。秋野さんに任せてもいいけど、私も手伝った方がいいかもしれないわ。今日の侵入者は中々侮れないし」
――三階へと向かおうとした葵に誰かの叫びが聞こえた。
怪訝に思う葵は「なに……?」と呟いて、一階からの階段を見やる。
「神谷さんの為に俺が来た!」
――狂信者の影野が現れた。
一階から駆け上がってきた影野は葵を目にして硬直する。
「……あー、南野さん? イメチェンかな?」
「今日は侵入者のバーゲンセールね。あなたも串刺しになってみる?」
「……あなたも?」
部屋を見渡した影野は不自然なものを見つける。
緑の棘のようなニゲラの葉が壁のように集合しており、その内部から獅子神の声が弱く漏れ出ていた。
「まさかあの牢屋にいた男……名前は獅子神だったっけ……? あれ、俺より結構強かったと思うんだけど……」
ゆっくりと葵は影野に歩み寄る。
「さあ、次はあなたです」
影野の服は焦りと恐怖から出た汗の染みが広がっていた。




