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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
九章 白部洋一と夢現世界
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138 意地――ここで――


 地下牢を上がればそこはムゲン城一階。本来なら何人もの騎士が巡回しているはずの場所だが、現在騎士達は城の外で多くの反逆者達と戦闘中だ。ゆえに隠れる必要もなく、二階へと上がる横幅が広い階段まではすぐに行けた。――だがそこには三夢(トリオトラオム)の一人であるレイが、階段の中央に座っていた。

 洋一達はレイに気付かれる前に物陰へと隠れる。


 逆立つ赤紫色の髪を弄りながら、レイは座りながらも誰も通さないようにしっかりと見張っている。そんな様子に洋一達は、無謀にも突っ込もうとした獅子神を必死に止めてどうするか考える……がそれはすぐに終わる。


「僕がレイと戦う」


 グラヴィーが平然とそう言ってのけたのだ。


「正気なの? まともにやって勝てる相手かな?」


「彼は強いわ、ここは五人全員で戦いましょうよ」


「そうだそうだ、いや俺一人でやらせっモガホガ!?」


 大声を出しそうになっていた獅子神の口を才華が押さえてなんとか阻止する。そんな様子を見てグラヴィーは少し笑いながら話を続ける。


「大丈夫だ、僕には勝算がある。任せてくれ」


 レイから身震いしそうな魔力の大きさを洋一は感じており、まともにぶつかってもグラヴィーでは勝つことが出来ないという確信があった。

 不安気な表情を浮かべる洋一を安心させるようにグラヴィーは告げる。


「問題ない。僕が注意を引きつけるからその隙にお前達は階段を上がってくれ」


 グラヴィーはそう言って、洋一が止める前に出て行ってしまう。その背中を見て、洋一は何か不吉なものを感じていた。

 レイがグラヴィーに気付き立ち上がる。両者は互いを真っすぐ見つめる。


「へぇ、驚いたな……君はムゲン様がお救いになられたはずだけど。どうしてまだ歯向かおうとするのか。そもそもどうやってここまで気付かれずに来たのか」


「さあな……どうやって、だろうな?」


「なるほど、おおかた外の騒動は君達の仕業かな。随分と大規模な囮を用意したものだね。これだけの囮なら三夢も動くと思ったのかい?」


 グラヴィーはレイの注意を引きつつ階段の端にゆっくりと歩いて移動する。そんな様子を見て、何かを変に思うレイだがその行動一挙一動を見逃さないよう注視する。

 そしてグラヴィーが手をレイに向かい翳した瞬間、レイがグラヴィーに駆け――洋一達がその隙に素早く階段を上っていく。


「んなっ……!」


 それに気付いたレイはしまったと思うも遅かった。洋一達は階段を上りきり既に二階に行ってしまったのだ。


「余所見してていいのか」


「なっ、くっ!」


 さらにそちらへと意識が逸れたために、グラヴィーの蹴りをまともに脇腹に受けてしまう。しかしレイはバランスを崩しよろけるだけで済んだ。

 直撃したものの、レイはダメージらしきものを感じさせない。


「……やられたよ、まさか君も囮だったなんて」


「さて、どうするか……」


 洋一達を先に行かせたグラヴィーだったが、レイに勝利できる策など――初めからなかった。

 今ここに立っているのはただの意地だ。洋一には模倣がある。才華には強化魔法を始めとした様々な魔法がある。速人や獅子神には確かな強さがある。しかしそんな仲間がいるからこそ、グラヴィーは自分の存在価値を見失っている。


 もしもこのまま役に立てないのならば、ここで死んでも一人くらいは足止めしてみせるとグラヴィーは思う。

 死ぬことも覚悟して、レイを足止めしようとこの場に残ったのだ。

 勝利できる策はなくともレイの戦い方をグラヴィーは知っている。流星シリーズの魔技(マジックアーツ)を主に使う速度重視の戦闘方法……しかし夢現世界では記憶が制限されているために使えない。それはグラヴィーにとって大きなアドバンテージになる。


重力(グラヴィティ―)操作(コントロール)


「これはあの時の……でもほとんど何も感じないね」


 グラヴィーが重く出来る重力はせいぜいが二十倍が限度だった。それも地球で訓練し続けてこの出力。そしてその程度体を重くしたところで目前の男は平然と動く。そんなことは分かりきっていたことだ。

 レイは本当に残念そうに悪気などなくそう零した。しかし自分の技が効かないとはっきり言われたグラヴィーは心が傷つく。無意味だと悟り、無駄な魔力消費を抑えるために重力操作を止める。


「あれ、止めるのかい? まあそうか、この程度じゃ意味ないもんね。あの重力の向きを変える力も対応は可能だし」


「……本当に、意味がないな」


 レイが言ったのは魔技のことだ。しかしグラヴィーは自分自身の意味がない、戦うのが無意味だと言われたようにも感じられた。無力感が体を支配してしまうが、その間にレイは動き始める。


「じゃあ、こっちから行こうか」


 レイの姿がぶれて瞬時に目の前に現れた。少なくともグラヴィーにはそう見えた。

 なすすべもなく、グラヴィーはレイの蹴りを胴体に喰らって離れた支柱に激突する。

 支柱にヒビが入り、崩壊するかと多少レイも焦ったが大丈夫だったので、支柱の傍に転がるグラヴィーへと歩いて近寄っていく。


「うーん、君は弱いな」


 そして軽く残酷な感想を口にした。


「……ってる」


「うん?」


「分かってるんだよそんなことは!」


 グラヴィーは痛みに耐えながら、ふらつきながら立ち上がり叫ぶ。

 ずっと前から分かっていたことだった。惑星トルバにいたときも、地球で過ごしていたときも、そしてこの夢現世界でもグラヴィーは弱い。それは本人が一番分かっているのだ。努力もした、工夫もした、しかしその実力はほとんど変化しない。そんなことを再確認させるような言葉に否定の言葉など出る筈もない。


「僕は僕に出来ることをやる」


「君に、出来ること?」


 レイはそんなことがあるのかという意を込めて返す。


「死んでもお前を止めることだ!」


 問いかけられた言葉をかき消すように、グラヴィーは気合を入れた雄叫びを上げる。

 グラヴィーはレイに向かって駆け――視認できなかった蹴りに飛ばされる。天井に衝突してからまるでビリヤードの玉ように、壁や床に叩きつけられる。


「君が死ぬ気で戦っても……僕を数秒止めるのが関の山。この圧倒的実力差が理解できないわけじゃないだろう? もう降参してくれないかな。不必要に誰かを痛めつけたくはないんだ」


「……い。甘……いな」


 満足に声も出せないグラヴィーが床に手をつき、膝を曲げ、なんとか再び立ち上がる。限界が近いのは本人が一番分かっている。


「……諦めも肝心だと、思うけどね」


 グラヴィーは何度も、何度も、何度も床に叩きつけられた。拳を、蹴りを、サンドバッグのように喰らい続けまた床に倒れ伏す――が何度でも立ち上がる。

 よろけながら、その視界を暗闇に染まらせながら、足の骨が折れても立ち上がる。さすがにそんなグラヴィーを見て異常だと感じ、レイは驚愕を隠せない。


「……君は不死身なのか?」


「そんなものになれるなら……そうなりたかったな」


「もうよしなよ、君の意地は分かったから。これ以上やったら本当に死んでしまう。何も僕は君を殺したいわけじゃないんだ、言っている意味分かるかい?」


 グラヴィーは何度でも立ち上がる。この最初から一方的なものになっていた。ただグラヴィーが攻撃を受けるだけのリンチだ。しかし立ち上がる。敵意を持っている以上レイは攻撃をしなければならない。それが苦痛で、肉体ではなく精神にダメージを与えていた。

 もはやレイは攻撃の瞬間、確かに感じるズタズタの中身の感触に気持ち悪さを覚えていた。


「……ま……だ、だ」


「もう、いいだろう?」


 蹴り飛ばされて地に伏せたグラヴィーを放っておいて、レイは洋一達を追おうとした――がその進もうとした足をガッシリ掴まれて止まる。視線を向ければ瀕死状態など通り過ぎているようなグラヴィーが、確かに震える手で自身の足首を掴んでいる。


「……君は」


(行かせない……! 行かせてなるものか!)


 レイは面倒そうに足を動かしグラヴィーを振りほどこうとする。

 そして数秒、ついに手が離れ安心したのも束の間。すぐに立ち上がったのを見て眉間にシワを寄せる。


「いい加減にしてくれ……」


 またレイは的確にグラヴィーの体を壊していく。もはや壊れるところなどないくらいにボロボロなグラヴィーも、また意地で立ち上がる。

 精神が肉体を超越していた。意地が無理矢理に体を動かしていた。


「こんなことが前にもあったような気がする。君の存在が僕を惑わせる。いったいなんなんだよ君は……」


 戦いは数分に及んだ。戦いというよりはただの意地の張り合いだったのだろう。意地で無理に立ち上がるのを止めるか、罪悪感から攻撃するのを止めるかの勝負だった。

 結果勝ったのはレイだ。グラヴィーは床に痣だらけで倒れている。


 所々から出血している。感覚すらない自分の体を動かそうとするも、もう動くことはなかった。


(ダメだ……もう動かない……無理にでも動かしたいけれどもう動かない。辛うじて魔技を使うことは出来るがレイには通じない。数秒を数分に伸ばせたんだ、上出来だ、僕にしては最高だっただろう。……本当にこれが最善だったのか、もう僕にも分からないな……)


 薄れゆく意識の中、グラヴィーはコツコツという足音が聞こえた。

 足音はレイのものではない。レイも足音の方へと視線を向けている。


「はぁ……お前の弱さは想像を絶するな」


 冷たい言動、そしてこの強気な声には聞き覚えがある。グラヴィーは薄れていた意識を急速に覚醒させると、一人の男が自分の近くに立っているのを見た。


「……だが、よくやった。俺が来るまで持ちこたえたことは褒めてやる」


 グラヴィーの近くに立ったのは、既に剣を抜き明確な敵を睨みつける速人だった。


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