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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
二章 神谷神奈と侵略者
31/608

19.1 転々――おにぎり――

2023/11/03 文章一部修正










 一面緑が生い茂っている見晴らしがいい丘で、青空から太陽に照らされながら、若い男女は青いレジャーシートを広げる。準備ができたので腰を下ろし、多少の空腹を感じたので昼食をリュックサックから取り出す。


 その男女――神奈とレイはお互いが持った弁当を見て、たまらずに残念そうな声を漏らす。


「どっちもコンビニ弁当か……」


 この晴れている日、まさにピクニック日和。神奈達もひと気のない場所を見つけてピクニックをしようと計画していた。

 神奈からすれば宇宙人のことも気にしなければいけないが、いつ、どう動くのか、何も分からない。夢咲からも動いたときに戦って倒してほしいと言われていることもあり、とりあえず普段通りに過ごすことにしている。


 喫茶店〈マインドピース〉で出会った二人。

 お互い知り合ってあまり経っていないので、お互いのことをよく知らない。

 友好的ではあるのにもったいないと感じた神奈は「そうだ、ピクニック行こう」と、店内にてオレンジジュースを飲んでいるときに軽々しく発言した。


 ピクニックについてお互いが初心者。それなら経験者に聞けばいい……だが神奈には経験者の知り合いもいない。つまり困ったときに頼りになる存在――才華に相談を持ち掛けた。

 相談から答えが出るまで早いもので、僅か一日でピクニックに最適な場所と時間を調べあげてくれる。条件としてあまり人が来ない場所というのも追加されていたのに、迅速な対応で見事に用意してみせた。こういうことをしてくれるからこそ、もちろんのこと友達として神奈は才華に頼る。


「才華さんも来たかったでしょうね。話を聞いたなら笑里さんだって」


 白黒の腕輪が呟き、神奈はそれに「ああ」と返す。


「用事があるって言ってたしなあ。まあ今日はレイと二人で会おうとしていたからさ、あの二人とは今度行くよ」


 本当なら才華も付いていきたいと思っていた。しかし生憎とその日は習い事ばかり。もしももっと早い段階で相談していたら、というよりももっと後日に予定していれば問題はなかったのだが、神奈の目的はレイのことを知ること……才華や笑里は今回誘わなくても問題ない。

 もちろん大勢で行けば賑やかで楽しいだろう。だがその分、レイを相手にする時間が減ってしまう。それではレイのことを知るという目的が果たせない。


 才華が調べた場所、ひと気がなく緑しかない丘。

 人が来ないとされる理由としては、住宅地が近辺にはないこと、そしてここには草木以外何もないことだろう。娯楽も何もない。ここはただの丘だ、緑しかない丘なのだ。こんな場所に好き好んで来る人間なんてそうはいない……と神奈は考えている。


「そういえば今日はどうしてこんなところに?」


 二人でのピクニックを予定しておいて、神奈は相手に伝えるのを忘れていた。その致命的なミスをなんとかするべく、喫茶店で会ってすぐ「おい、ピクニックしろよ」などと慌てながら言い放っている。むしろ高圧的な言い方になっている分こちらの方が酷いミスである。

 これでレイが誘いに乗ってくれたのは、あまりにも神奈が慌てているのを心配したからだろう。


「こうして違う場所でお前と会うのもいいと思ってな。いつも喫茶店だし、たまには外でこう食事でもとるのもいいだろ?」


「確かに新鮮ではあるね。風も気持ちいいし、景色もいい。空気も澄んでいていい場所だね」


 神奈達は弁当の蓋を開ける。

 ただのコンビニで買った弁当でも美味しければいい。ピクニックらしさの欠片もないがいい。

 当日に知らされたレイは仕方ないが、元から計画していた神奈は弁当を作る時間はあった。しかし料理を苦手とする神奈がわざわざ作る気にはなれないと妥協してしまったのだ。苦手といっても人並み程度にはできるのに、やらなかったのは単純に面倒だっただけだ。


 神奈が持ってきたのは唐揚げ弁当。定価四百八十円。半分白米、半分唐揚げで構成されているシンプルな弁当である。

 美味しそうな肉の香りを無視して口に運ぶ。ただの味だけで神奈は口元を綻ばせる。


「美味しそうだね、僕も今度買ってみようかな」


「買え買え、唐揚げって子供も大人も大好きだからさ」


 そう言って神奈はレイの方へ目を向ける。

 レイも自分の弁当を食べようとしており――黄色の太い木の根っこのようなものを齧る。


「なんだそれ、見たことないおかずだな」


 ボリッと音を立てて齧ったレイは笑いながら答えた。


「たくあんだよ」


「なるほどー、たくあんかあ……たくあん……たくあん!?」


 たくあんといえば正式名称は沢庵(たくあん)()け。主に日本で食されている大根の漬物だ。


 しかしレイが食べているのはたくあんはたくあんでも神奈が知っているものではない。一般的にたくあんは薄切りや千切りで食べやすくされている。だというのに、レイが齧っているのはもはや大根そのものであった。


「見たことないのかい? 日本の代表的な漬物だよね?」


「私が見たことあるのはもっと小さいし、大根丸ごとの状態は見たことないよ。というかそんなものが入っている弁当っていったい……?」


「ああこれ? 珍しいから買ってみたんだ。たくあん切り忘れた弁当、だってさ」


「珍しいってか事故レベルの弁当! しかも白飯がちょっとしか入ってないじゃん! たくあん大きすぎてスペース取られちゃってるじゃん!」


 笑顔で弁当の蓋を見せるレイは「でも美味しいよ」と告げる。

 もし本当に切り忘れたなら担当していた人間はクビになる覚悟をしておいた方がいい。そんな事故弁当を作り上げるなど笑えない、クレームが来ること間違いなしだ。この場合はわざとであるので、話題性あるネタとして広がるだろうが。


 弁当に困惑していた神奈はまた一つ唐揚げを頬張る。

 小さな口に大きな唐揚げは一つしか入らない。ゆっくりと咀嚼して、味わって食べる。レイもまた、大きなたくあんを齧り弁当を食べ進める。

 緑と青の景色を眺めながら、食べるためではなく問うために神奈は口を開く。


「そういえば……レイってどこから来たんだ? 県外?」


 神奈はレイのことをよく知らない。知っていることといえば名前と好きな飲み物くらいだ。今回のピクニックはレイのことを知るための企画なので、根掘り葉掘り聞きだすことにした。


「そうだなあ……神奈が思っているところよりも遠い場所からだよ」


「遠い場所……外国か。お前帰国子女だったのか。いつ日本に来たんだ?」


「まだ最近なんだ。日本語の習得には苦労したよ」


「あー、外国の人からは難しいらしいな。じゃあ家はどこにあるんだ?」


「この前、知り合いが一階建ての民家を購入してね。今はそこを仮宿としているよ」


 情報がどんどん溜まっていく。この調子でもっと詳しく聞き出そうと神奈が思ったとき、レイが何かに気付いたように指をさす。


「あれ、誰かこっちに走ってくるけど?」


「んん? そんなバカなって、あれは……」


 この丘に来る人間はそういないはずなのだが、今日は別だったらしい。


「リンナ?」


 しかも神奈の知り合いである。可愛らしいワンピースを着ており、ピンクの髪を揺らしながら走る少女――かつては神奈の家に居候していたリンナだ。


 リンナがもう少し幼いリンナを抱えて走ってきていた。ややこしいことこの上ないが、どちらもリンナ・フローリアという少女のクローンである。仕草には一応それぞれの個性があり、名前も分けられているので、誰が誰だか分からなくなるということはない。


 神奈の家に居候していた少女は現在ゼータと名乗っている。だが神奈にとってリンナといえば居候していたリンナしかいない。現実そのリンナがクローンであっても、本人がゼータ・フローリアと名を改めようが、神奈にとってはリンナという存在が変わることはない。


 リンナが走っていると、神奈達に近付いてようやくその存在に気付いた。目にした瞬間、顔から汗を滝のように流して慌て始める。

 慌てる理由は神奈にも心当たりがある。クローン技術は違法であり、存在自体が法に許されていない。誰かに見つかることなどあってはいけないのだ。事情を知っている神奈だけならともかく、隣に座っているレイは何も知らない一般人。二人以上のときに見られることすら危険であったと神奈は思い返す。


「か、神奈さん……? どうして、こんなところに……」


 リンナが驚いていると、その後方から更に三人の少女が歩いてきた。

 リンナが追いかけていた一人と、後から歩いてきた一人はまだ四歳児くらいの幼さであった。

 ゼータという呼称のリンナが神奈達に近付いていくと、他の少女達もそれに付いていく。幼い二人は楽しそうに、小学生高学年くらいの二人はため息を吐いて仕方なさそうに歩く。一応事情を知っている神奈ならばいいと判断した結果だ。


「私達はピクニック。そっちこそこんな場所にどうしたんだ。ここはお前らの家からけっこう離れてるだろ」


「はい、ですので都合がいいんです。知っている人物が近くに存在せず、そもそも人がいないこの丘は」


「というと?」


「私達もピクニックなんですよ」


 初対面であるレイの方を見て「……まさか、人が居たなんて思いませんでしたが」と付け加える。

 しかし警戒しているからといい、出会って早々別れるというのも不自然だ。せっかくなのでリンナ達は神奈達と一緒に過ごすことにしたらしい。そしてそうなると互いに自己紹介が必要になる。


「僕は光ヶ丘玲司。レイって呼んでくれ」


「私は……あ、その前に……イータ、シータ、挨拶出来る?」


 そうリンナが言うと小さい少女二人が元気よく声を上げる。


「うん! イータです!」

「シータです!」


 二人は緊張感などなさそうに、笑顔で知らない神奈達に挨拶した。


(あ、なんだろう癒やされる。癒し系の子だ、存在が回復魔法みたいな子だ……)


 今だけは宇宙人のことなど忘れられると神奈は満足気に笑みを浮かべる。元々子供は好きでも嫌いでもなかったが、二人を見ていると若干好きの方に傾いていく。


「はい、よくできたね二人共」

「えへへ、撫でて撫でて!」

「あー! ずるい私もー!」


 リンナは二人の頭を優しく撫でながら説明する。撫でられて喜んでいる二人を眺めて、ほっこりしつつも神奈は一応耳を傾けておく。

 施設では一番年上である者を筆頭にクローンの世話をしていて、リンナもその一人。そして篭りっぱなしというのもよくないので、たまにこういったひと気のない場所に連れてきて、ガス抜きのように遊ばせている。

 無関係のレイがいたので、リンナはそれらの話をクローン関係を黙って話した。


 説明し終わったリンナは少しの沈黙を作り、後ろで黙っている二人に顔を向ける。

 手入れされていないボサボサの髪、服も可愛い系よりは男物に近いパーカーを着ている少女――ベータ。

 真面目そうな雰囲気が出されており、服も髪もしっかり整えている少女――アルファ。

 二人の少女はこの場に来てから一言も話していない。


「あの二人とも、自己紹介しましょうよ。あとは二人だけなんですよ?」


 観念したかのように少女二人が口を開く。


「……ベータ」


「アルファと申します。あなたとは以前一度会っていますね」


「え? ああ……お前らあの時の三人の誰かか」


 リンナを救出しに行った際、立ちはだかった三人のクローン。その内の誰かなんだろうと神奈は推測する。一度会っているというのなら誘拐事件のときしかない。あの時は三人のことを速人に任せたことで神奈は相手をよく覚えていないのだ。

 全員の自己紹介が終わったが、レイはさすがに不思議だと思い疑問を言葉にする。


「ねえ、君達は姉妹かな? 似すぎている気もするんだけど……」


 確信まではいかないが疑問に思うのは当然だろう。全員同じ顔なのに違和感を抱かない方がおかしい。

 クローンのことはバレれば問題だ。たとえ誰だろうとリンナ達は事実を明かす気はない――誤魔化す一択だ。


「し、姉妹ですよ!」


「そうなんだ、大家族だね」


「ええ! 本当に大変なんですよ!」


 なんとかリンナ達はレイの疑問を誤魔化し、本来の目的であるピクニックを楽しむことにした。

 まだ昼食の途中であった神奈達と共に、リンナ達も昼食の準備をする。大きめの鞄から出された弁当は手作りだと一目で分かる。


 店で売っているものと比べておにぎりが歪な形をしている。それに加えて、おかずも一人一人違ってその一人のために作られた弁当だと見てとれる。

 ただ疑問が一つ。誰が作ったのか分からない。

 神奈はリンナの料理の腕を知っている。もし作ったのがリンナならこうなるはずがない。


「そのおにぎり、もしかしなくてもリンナが握ったものじゃないな?」


「ああ分かりますか? これは全てここに来れなかった子達が作ってくれたんです」


「そういえば、全員で来るわけじゃないんだな」


「あの施設を無人にして出かけるのはリスクが高いです。もしも私達のことがバレたら大変ですからね。ですから順番で外で遊んで、施設には誰かが残るようにしています」


「へぇ、そうなんだな」


 納得して頷く神奈に、リンナは僅かに眉を顰める。


「あの、そのお弁当はコンビニ弁当ですよね。しかもお肉とお米だけって栄養が偏るじゃないですか」


「でもレイの方がよっぽど栄養偏るよな。たくあんと米だけだぞ」


「なんでそんなお弁当を買ったんですか!?」


 栄養という面で見れば神奈とレイの弁当は偏りが酷い。しっかりとした栄養をとるならせめてサラダくらいは買っておくべきであった。レイに至ってはほとんどたくあんなので、追加でおかずを買っておく方がいい。


 そんな話をしているなか、ベータが「あ」と声を漏らした。

 神奈達が見ると、ベータの手から真っ白なおにぎりが滑りブルーシートの上に落ちてしまっていた。さらに事態はそこで終わらず、斜面となっているせいでおにぎりが丘を転げ落ちていく。


 目を見開いたベータは「あ、ああ!」と叫び勢いよく立ち上がる。

 全く止まらないおにぎりを目で追いかけ、さらに足を動かして追いかける。斜面であることから加速していくおにぎりとベータはあっという間に坂を下っていく。


 突然走り出したことに全員が驚き、リンナが「ベータ!」と声を上げた。


「追いかけるか」

「では私も行きましょう。ゼータはここでイータシータの面倒を見ていてください」


 神奈達は二手に分かれた。神奈、アルファ、レイはベータを追いかける。残りのイータとシータの面倒はリンナに任せる。

 神奈達は走って丘を下っていくとすぐに追い付いた。

 丘の下には五メートルほどの大穴があり、その前でベータは呆然と立ち尽くしていた。


「……ああ、どうしよう。あのおにぎりは……あいつらが握ってくれたのに」


 ベータは何もお腹が空いていたから追いかけていたわけではない。あのおにぎりが一生懸命握られたと知っているからこそ、それを無駄にしたくなかったのだ。食べられずに無駄になるなどあってはならないと強く思っていた。


「それにしてもなんなんだこの大穴……けっこう深そうだな」


 不思議な大穴を覗き込む神奈は感想を述べる。

 この穴は大きい。深すぎて底が見えない。そんな大穴を見て、神奈はこの状況と似た「おむすびころりん」という話を思い出す。お爺さんが丘の上でおむすびを食べようとすると、おむすびを落としてしまい、転がった先にあった穴に落ちてしまう……そんな話だ。

 絵本の内容では鼠が穴の中にいたらしいが、この穴はなにか不気味なものである。


「おにぎりは諦めたらどうだい? この深さだ、探すのは難しいよ。そもそももう食べれないだろうしね」


「……ああ、そう、だよな……わりぃ」


 レイの言葉が正論だ。ベータも歯切れは悪いが頷いている。

 おにぎりがあったとしてもそれはもう泥だらけだろう。そんなおにぎりは食べれないし、仮に食べたら腹を壊す。

 落ちたおにぎりはもういい。神奈は穴のことは放っておこうと思い、覗き込むのを止めようとした瞬間――何かに押された。


「んなっ!?」


 故意で押されたわけではない。レイ達が穴に吸い込まれようとしていて、神奈はそれに巻き込まれている。なぜそんなことが起きたのか神奈達には全く分からないが、正体不明の穴は神奈達を吸い込もうとしていた。


 神の加護。それで神奈は特殊な環境やエネルギー、異能の類は一切受け付けない。この吸い込まれるのも環境と見なされているのか、自動発動だから不明であるが無効化されているのだけは理解する。

 それでも三人の体に押されたことで、神奈含めて全員、()(すべ)なく大穴に吸い込まれていった。










リンナ「また会えましたね神奈さん。これからも私達のことを忘れないで、また会える日を楽しみにしてください。それはそうと、神奈さんはたくあんの作り方を知っていますか? 大根を数日から数週間天日干しして、しなびた大根を米糠(こめぬか)と塩で一か月から数か月漬けます。日干しによって水分が減り、大根本来の味が濃縮されます。米糠の中の成分がデンプンを分解し、生ずる糖分によって甘味が増します。さらに徐々にではあるが黄に染まっていきます。これがたくあんの基本的な作り方です。しかし商品として流通している大多数は日干し大根に代わり、塩に漬けて水分を除去した塩押し大根や、糖液に漬けた糖絞り大根を使用しています。さらに調味液や人工着色料で仕上げされることで、伝統的で古くから伝わるたくあんとは味が異なっています。これについては人がより甘く、塩分を削いだものを求めるようになったからなんです」


神奈「……え、ごめん。早口すぎて聞き取れなかった」


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