137 地下牢――強い奴――
2023/11/13 誤字修正
洋一達三人が長い洞窟に足を踏み入れて十分が経過していた。
洞窟の長さは相当なものだ。帝都から洞窟までの距離がまず相当離れているので、その時点で二十キロメートルは離れている。それに加え、洞窟内は地下牢に続いているので下へ向かう構造になっている。入り組んだ構造で迷路のようになっているうえ、光が遮られているので暗い。
「〈発光球〉がもうそろそろ時間切れね……」
才華が魔法により、直径三十センチメートル程度の光を発する球体を宙に浮かべ、それを頼りに三人は進んでいた。しかしこの魔法には制限時間があり徐々に光を失っていく。実はもうこれで二度目の時間切れである。
「その魔法、連発して大丈夫? 魔力は温存しておかないとまずいんじゃ……」
「そうだぞ、ムゲンは強敵だ。加えて三夢も相手取るとなれば消耗はさけろ」
「問題ないわ。こんな魔法は私の魔力量の一パーセントも使用しないから」
時間切れで消えてしまった〈発光球〉を再度空中に浮かべ先へと歩いていく。
入口は石ブロックで作られていたとはいえ丁寧な作りではなく、触ると怪我をしそうなゴツゴツ加減であった。しかし洞窟内はそんなことなく、きちんと人が通りやすいように十メートル程の広さや高さであり、全ての石ブロックが平らになっている。
触るとスベスベでひんやりとする壁には傷はなく、この洞窟を使って誰かが避難したことなど一度もないと三人は推測する。
そして暫く歩いていくと、洋一が天井に違和感を抱きよく見てみることにした。
「あ、この場所危ないな……天井が崩れそうになってる」
「本当ね……この通路も長年使われていないから、わざわざ修繕もされないということかしら」
才華が洋一の言葉に反応し天井を見ると、そこには亀裂が入り今にも落ちてくるのではないかと思える場所があった。
「うっかり天井崩落で死んだなど笑えんな」
三人は他にも危なそうな場所をいくつも見つけたので十分に警戒しつつ先へ進む。そして洞窟の最奥と思われる場所に辿り着き、三人は恐怖に染まった目を見開き息を呑む。
出口。地下牢に繋がっているだろう赤い扉の前で、体長九メートルはある犬が目を閉じて眠っていた。
黒い毛なみに鋭い牙。なにより特徴的なのが――三つに分かれた首だ。
「け、地獄の番犬……!」
「うそ、神話の生物じゃないの?」
「いや、不思議なことはないよ。外には魔物と呼ばれているけどゲームでよく出てくるゴブリンやスライムなんてのも見た。これもそれと同種で魔物に分類されるんじゃないかな」
洋一は地獄の番犬を考察しつつ静かに眠っていることを確認した。
「扉に入るにはこの地獄の番犬と扉の隙間に無理矢理入るしかない。起きなければいいんだけど……」
「とりあえず行ってみましょう。意外と眠りが深くて起きないかも」
「そう上手くいくか……?」
グラヴィーは不安気な表情で二人に続く。
洋一達三人はおよそ三十センチメートルにも満たない僅かな隙間に、体を押し込むようにして進むことを決意する。それを実行しようと近付いたとき――地獄の番犬の大きな瞳が開いた。
「……っ白部君! グラヴィー君!」
「分かってる!」
「やっぱりこうなったじゃないか!」
洋一達は距離を取り、起き上がった地獄の番犬を見据える。
低い唸り声を上げて地獄の番犬は三人を睨み、咆哮した。
「グオオオオオオオォ!」
地獄の番犬は洋一達に向かい駆け、その大きな爪で引き裂こうとする。それを真横に跳ぶことでなんとか回避し地下牢へ続く扉に向かおうとしたが、地獄の番犬の首の一つが扉の近くに向かって炎を吐いた。
吐き出された炎で床が溶けてしまうのを見て、洋一達はそれを喰らえば重傷になることを理解する。
「どうしよう、何か策はある?」
「僕達で倒せるかもしれないが無駄に魔力を使用するのは……」
グラヴィーは戦って倒すべきか、このまま隙を見て扉を通るべきか悩んでいた。そう考えているうちにも地獄の番犬は止まらない。
洋一は地獄の番犬の攻撃を躱しながら深く考えると、閃いたとばかりに策を話す。
「そうだ、あの崩れかかってた天井! あそこに誘導して天井を崩そう!」
「いいと思うけど、少し離れているし付いてきてくれるかしら?」
「大丈夫。あの地獄の番犬……獲物を食べようとしてる猛獣の目だ。どこまでも追いかけて来るよ」
「嬉しくないわね……」
洋一達は地獄の番犬に背を向けて逃げ出した。
地獄の番犬は血走った目で追いかける。それを洋一はしっかりと確かめる。
追跡してくる速度は相当なものであり三人は何度も追いつかれそうになる。その度に迫る爪や牙を紙一重で躱しながら、三人は目的地に辿り着く。
「見えた……!」
「そしてすぐ後ろに標的もいるわ!」
天井に亀裂が走っており、もう崩れそうな場所に辿り着いた三人は、地獄の番犬の攻撃を躱しつつ位置関係を調整する。地獄の番犬が丁度崩れそうな天井の真下にくるようにし、そのタイミングで才華が天井に向けて魔法を放つ。
「〈風の槍〉!」
空気を圧縮して作り出された見えない槍は天井に突き刺さり、亀裂を更に広げた。そしてそれは大量の瓦礫となって真下にいた地獄の番犬に降り注ぐ。
地獄の番犬は「グゴオオオ!?」と悲鳴を上げて、瓦礫の山の下敷きにされた。
「成功!」
「これでしばらくは追って来れない筈だよ。今のうちに急いで地下牢へ行こう!」
それから洋一達は先程までいた空間に戻り、地下牢へと続く赤い扉を額に汗を滲ませながら慎重に開ける。
心配は杞憂でもう何者も襲ってこなかった。困難な道を乗り越え地下牢へ侵入できた三人には、誰かの怒鳴り声が聞こえてくる。
二つの怒声、どちらも男性だ。声が聞こえる方へと洋一達は向かう。
怒声を出していたのは牢屋に入れられた男――獅子神闘也と、鉄格子前にいる看守役の騎士だった。
「ぬおおおい! 暇だから戦おうっつってんだろ!」
「ふざけるな! いやもうほんとにお前反省してないだろ! そんなんじゃあいつまでも牢屋暮らしなんだからな!」
ガチの言い争いをしている囚人と看守。内容はわりとどうでもいい。
口論を目にした洋一達は隠れつつ様子を見る。
「ねえ、あれどうするの? 通ったら絶対に気付かれるわよ」
「彼も二重記憶障害者なのかな……いやそれならもうあの村に連行されている。二重記憶障害者ではないのに投獄されているのか」
「……あれは仲間にできそうもない。騎士だけ倒して先へ進もう」
「待ってグラヴィー……! もう一人来る……!」
足音を耳で広い洋一は誰かが近付いて来るのを理解した。
仮に獅子神が二重記憶障害者なら、記憶封印術を施しに来たムゲンという可能性もあったが、その可能性は最初からない。見張りの騎士がもう一人現れたのかと三人が警戒して、現れた人物を見て「……え」と驚きの声を漏らす。
「彼には何を言っても無駄よ」
「ああ誰だって――第四部隊隊長、天寺静香?」
言い争いの場に現れたのは洋一達に協力してくれている天寺だった。
どうしてこの場に来たのかを看守含めて疑問に思うなか、歩いて接近した天寺が看守の顔面を殴り飛ばす。
いきなりすぎて看守は「がばふっ!?」と奇声を上げて転がり、あっさりと気絶した。
「おお、おおお! お前安藤じゃねえか!」
「天寺ね。まったくどこにいるのかと思えば投獄されているなんて……今出してあげるから待ってなさい」
気絶した看守の靴を脱がし、中を探った天寺の手には鍵が握られた。薄く笑って「情報通り」と呟くと、その鍵を獅子神の入れられている牢屋の扉へと差し込む。
「……見てないで出てきたらどう?」
静かに睨まれて洋一達はバレていたことに驚きつつ隠れるのを止める。
「なんだ、あなた達か。もう帝都は大パニックよ。騎士と記憶持ち共が大乱戦中」
鍵を開けながら天寺が告げる。
「それならなぜお前がここにいる。騎士側としてサポートするのがお前の役目なんじゃないのか」
「すぐ戻るわよ。でもその前にこいつを捜してたわけ。……獅子神、出てきなさい」
天寺に言われて獅子神は笑いながら歩いて牢屋から出てきた。
「こいつは獅子神闘也、イカれた戦闘狂だから戦闘で役に立つわ。純粋な戦闘力なら隼速人よりも上だからうまく使いなさい」
「なんだぁお前らは……とりま戦おうぜ!」
「あなたの相手はこの上。彼らに協力してあげなさい、そうすればあなたが満足するくらいの戦いができるわ」
無茶苦茶な獅子神も天寺の言うことなら多少聞く……多少だが。
上に相手がいると聞いてすぐに飛び出そうとして、天寺に肩を掴まれて止められる。
「あの、僕達はムゲンを倒さなければいけないんです。協力してくれますか、獅子神さん」
その洋一の言葉を聞いて抑えきれないように獅子神は笑い始める。冗談だと思われたのか、洋一はそう思うが笑われた理由は違った。
「クハハハハ! ムゲンだか何だか知らねえが全員ぶっ飛ばしてやる! 全部まとめてかかってこおおおい!」
大声を出す獅子神に向けて「しー! しー!」と才華が言い放つも高笑いを止めてくれない。クセが強すぎて、とても制御しきれる人間ではない。
「なあ、何か物音がしないか? 段々近付いてるような?」
これから城に突入しようというときに、グラヴィーは何かの音が聞こえていた。それは段々と大きくなっていく。洋一達も気付き、音の発生源を見ればそこにあったのは地下牢から避難するための扉。音は洋一達が通ってきた扉の奥からだった。
「なんだろうこの音……」
洋一は分かっていないが、才華は嫌な予感がして「まさか!」と叫び顔を青ざめさせる。扉の向こうにいた存在といえば一体しかいない。
「地獄の番犬よ!」
「そんなっ、もう追ってきたのか……!」
「おそらく私達の匂いを辿ってきてる。犬だし嗅覚も並外れているのね」
三人で納得している洋一達に天寺が「どういうこと?」と説明を求めていると――赤い扉が粉砕された。
「グルルルルル!」
洋一達の前に現れたのは紛れもなく三つ首の犬――地獄の番犬。
大した傷もなくピンピンしている地獄の番犬の前に、一人の男が躍り出る。
「クヒャヒャヒャ……! 準備運動にはなりそうだあ!」
前に立つ獅子神を引き裂こうと地獄の番犬は右前足を振り上げる。
「ダメだ、僕達もたたか――」
「黙って見ていなさい。獅子神闘也の実力を」
助けに動こうとした洋一を天寺が手で制す。
静かに天寺と才華は獅子神を見つめていた。二人共強さを知っているからだ。グラヴィーは知らないが、どことなく強者の風格が漂う背中を目にして問題ないと判断した。
「グルルルルゥ!」
腕が振り下ろされたが獅子神は横に跳んで躱す。そのまま壁を蹴って、地獄の番犬の首一つへ拳をぶつける。
左首がぐったりとして動かなくなった。
「なんだぁおいその程度かよ、お前はぁ!」
右首にある口から灼熱の炎が吐き出される。対して獅子神は爪を振るうだけだが――炎が五等分に切り裂かれて、その先にある右首の頭も五等分になる。
目玉や牙などが散らばる痛みに地獄の番犬が吼え、小さな人間を噛み砕こうと真ん中の頭を接近させた。しかし目標を見失って、直後に頭上から踵落としを決められて沈む。
結果――地獄の番犬へ獅子神は完全勝利した。
地獄の番犬はそれに悲鳴を上げながら気絶しその場に倒れ伏す。
洋一達は信じられないようにそれを見るが、獅子神はなんでもないように振り返った。
「準備運動にもならねえなあ」
地獄の番犬をあっさり倒したことで戦力の確認が出来た。その強さに洋一は期待と尊敬を込めた瞳を向ける。
「どう? なかなか強いでしょう?」
「なかなか? とんでもない。すごく強い、頼りになりそうな人です」
「それはよかったわ、わざわざ出しに来た甲斐があったもの。……それじゃあ私は戦場に戻るから。ああ……裏切られる騎士達の絶望を堪能しないと」
天寺は瞬間移動でこの場から消える。
心の中でお礼を告げた洋一は獅子神に手を差し出す。
「短い間ですがよろしくお願いします、獅子神さん」
「なんだそりゃっ! 新手の攻撃か!」
「……握手です」
大袈裟に飛び退いた獅子神へ洋一は悲しそうに告げた。
それから獅子神を入れた四人は地下牢から上へ行くための階段の前まで歩く。
階段の目の前で洋一が突然口を開いた。
「さあ行こう……元の世界へと戻すために」
「ええ、大事な友達に会うために」
「元の居場所に帰るために」
「クハハハ! どうでもいい、全てがどうでもいい! 大事なのは楽しめる戦い一つだ、行くぞオラァ!」
空気を全く読まない獅子神の咆哮と共に一同は進み始める。
――全ては元々あったものを取り返すために。
少々不安を感じるメンバーだがムゲン城の攻略が始まった。




