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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
九章 白部洋一と夢現世界
308/608

136 競争相手――ライバル――

2023/11/12 文章一部修正









 帝都の裏側。草が生い茂っている辺り一面緑の草原。

 洋一、才華、グラヴィー、速人の四人は草原を歩き、帝都地下牢へと続く緊急時の避難経路を目指す。

 名もなき村で大勢の二重記憶障害者を味方に引き入れた洋一達はある作戦を立てた。全員がそれを受け入れて行動している。


 まずは騎士である天寺が一人帝都に戻り、これから多くの二重記憶障害者が攻めて来ると言って住民に避難指示を出す。洋一達四人はその間に草原にある避難経路へと向かい、侵入直前で霧雨の作成した炸裂弾を真上に投げて合図。それを見た他の味方全員が帝都に侵攻し、騎士団と前面衝突する。そして警備が薄くなったムゲン城へと避難経路から侵入した洋一達が、一気にムゲンの元まで行くというのが作戦の全容。


 草原を一切の休憩も取らず歩き続ける洋一達の見る景色はしばらく変わらず、二十分程歩いてようやく洞窟らしきものが見えた。

 一面緑のなか目立つ石ブロックで作られた洞窟。目的地である避難経路はまさにその場所である。しかし目的地を前にして――四人は一斉に素早く屈む。


「あれって……!」


 洋一達が目にしたのは洞窟を守るように立っている十数人の騎士だった。

 ほぼ全員が騎士甲冑を纏っているが、隊長として中心に立つ少女は軽鎧だ。その少女は赤と黒が交ざった長髪であり、腰には剣が収まった鞘が下げられている。


 低い草で覆われている草原ゆえに屈んだところで姿を隠せるわけではないが、何もしないで立っているよりはマシだ。それに運よく洋一達がいた先は丘のように盛り上がっていたので、騎士達からは姿をしっかり隠せていた。


「いつぞやの騎士か……」


「ダメね、洞窟が完全に守られてる。これはムゲンの指示かしら」


「どうしようか……進むのを止めるなら作戦が台無しだ。こればかりは押し通るしかないのかな」


 洋一と才華が悩んでいると速人が口を挿む。


「俺が囮になるからお前達は先に行け」


「なっ……でもそれじゃあ……!」


「どういう風の吹き回し? あなたが他人を助けるために動くなんて」


「お前達の為でも、ましてや他の人間の為でもない。これは俺個人の為だ。俺が元の居場所に帰る為に必要なことだからそうする。それだけの話だ。……それに明日香、あの女はこの世界で俺が鍛えたこともある。お前達ではどう足掻いても勝てんから先に進め」


 長々と語っていたが速人の本心はただ明日香と戦いたいだけだ。

 夢現世界が崩壊してしまえば、速人はまた因縁の少女を超えるために修行の日々を送る。それに雑念を抱いて取り組めはしない。この世界で起きたことは覚えていられるか不明であるため、この世界のことはここで終わらせたいという速人なりの考えだ。


 幼馴染として共に育った明日香とここで決着をつけなければ、次に会える時はいつになるか分からない。もしかしたらもう会えないかもしれない。それならここで決着をつけるしかない。


「で、でも……」


「行かせてやれ二人共。こいつにはこいつなりの考えがあるんだ、それを尊重してやれ」


 グラヴィーが悩む二人に言い放つ。

 色々とそれが最善かどうかは疑問だが、速人自身の意思を尊重するのは大事なことだ。それに速人ならば悪い結果にはしないだろうと二人は思う。

 静かに頷く二人を見てから速人は一人自然に立ち上がり、洞窟へと歩いて行く。


(なんだかんだ言っても彼は他人の為に戦っている。おそらくあの子は……彼にとって大事な存在なんだ)


 洞窟の前で警戒していた明日香が速人に気付く。


「……速人。……全員構え!」


 明日香の指示で騎士達は全員揃った動きで剣を構える。

 ゆっくりと歩いて速人は近付いていく。そして両者の距離が二十メートル程になったとき、急加速して一人の騎士へと駆けた。


「まず一人」


 目前に現れた敵に対して「なっ!?」と驚きの声を上げる騎士に、速人が剣を収めたままの鞘で兜を叩きつける。

 一人の騎士が気絶して倒れる。一瞬で起きたその出来事に他の騎士は動揺し、速人はその隙を突いて二人目の騎士の頭を兜越しに叩く。


「二人目」


「速人おおお!」


 その光景を見て明日香は怒りを抑えきれないように剣を振る。それは抵抗もしなかった速人をいとも簡単に切り裂く――瞬間、彼の姿が近くにいた別の騎士と入れ替わっていた。

 騎士は何が起きたのか分からずに味方の手で上半身を鎧ごと斬られ、明日香は味方を攻撃してしまったことの罪悪感に蝕まれる。


「……おい! 俺はここにいるぞお!」


 速人は洞窟から少し離れた場所に移動しており、大声で居場所を知らせた。明日香含めた騎士達は血眼で駆けていく。

 それを確認した後、洋一達は急いでがら空きになった洞窟の入口へと向かう。


「白部、炸裂弾を寄越せ」


 言われた通りに洋一はポケットから炸裂弾を取り出し、うっかり落としそうになる球体をグラヴィーへと手渡す。

 炸裂弾をグラヴィーが真上へと投げる。花火のように上げられたそれは小規模の爆発を起こし、白い雲を一部赤く照らす。


「隼さん、大丈夫かな」


「大丈夫よ……彼は超えられない壁を超えようと努力してる人だから」


 ――作戦が動き出す合図が送られる。

 洋一達は洞窟へと侵入し、遠くで戦う味方の無事を祈って先へ進む。



 * * * 



 地面に生えている緑が赤く染まっていく。転がっているのは騎士甲冑を纏う騎士三人だけだ。

 騎士達が速人を囲み剣を一斉に振るが、速人にとってその速度は小学校時代の自分にも及ばないと評価できる程度のものだった。それゆえに、敵足りえない騎士達を圧倒的な速度を持って一掃し、敵と認められる少女の方に向き直る。


 騎士達は明日香を除き全員倒れ動かなくなる。ここまで誰一人死なずに無力化されている。圧倒的実力差がなければ出来ない芸当だ。

 残りが自分だけという危機に明日香は笑みを浮かべ、速人と向き合い、剣を抜刀術でもするかのように鞘へ収めて構える。


「作戦は上手くいきましたか」


「作戦?」


「惚けなくてもいいですよ。あなたは私達を入口から遠ざける囮役だったのでしょう?」


 作戦を的確に言い当てられ少し驚く速人は、足元に転がっている単純な騎士よりも明日香の評価を数段上げる。


「分かっていながら敢えて俺の方に来たか」


「はい。何年あなたと幼馴染をしていたと思うんです? あなたが意識を自分に逸らそうとしてたのも一目で分かりましたよ。でも敢えてそちらの作戦に乗っかってあげたんです」


「ほう、なぜだ? お前の任務はあの場所の守備だろうに持ち場を離れてよかったのか?」


「いいんです。どうせ中に侵入したところで城内には〈三夢(トリオトラオム)〉が全員揃っています。侵入者はまず生き残れないでしょう。それに……今の私にはあなたとの決着以外眼中にないもので!」


 明日香は速人に近付き抜剣する。

 難なく速人は自らの剣で防ぐが、予想以上の速度と力で驚き目を見開く。

 次に剣戟を繰り広げる。

 その戦いに明日香は楽しそうな笑みを浮かべていたが……速人の心中は穏やかではなかった。


「……何をした」


 一度距離を取った速人は静かに問いかける。

 質問の内容が伝わらなかったのか明日香は「はい?」と首を傾げる。


「強くなるために何をしたと訊いているんだ」


 強くなるのはいいことだ。それが短期間でも時間が空いていれば修行したと理解できる。しかし明日香の強さは急激に変化を遂げており、それがかつて速人も欲に負けて手を出してしまったドーピングのような方法だと確信していた。

 明日香はキョトンとしていたが、思い当たる節があったのか「ああそういえば」と話し出す。


「ムゲン様が力を与えてくれましたよ」


「バカが……お前はそんなものに手出しする人間ではなかっただろうに」


 進藤明日香という少女は正義感が強く、悪を認めないどこまでも真っすぐな人間だ。決して力を求めてドーピングに手を出すような人間ではないはずだった。

 失望したように速人が吐き捨てると、明日香が俯き口を開く。


「分からないでしょうね……全てが劣っている私の気持ちなんて」


「劣っている? ふざけるな、お前は俺と強くなった。それが誰に劣っていると?」


「当然! あなたですよ!」


 やり場のない激情をぶつけるように、胸を狙って真っすぐ放たれた突きを速人は剣で逸らす。だが攻撃はそれだけでは終わらず、人体の急所を的確に突く猛攻を放ってくる。


「あなたはいつも私より上にいた! 体も、心も、頭も全て! だから超えたい、そう思っていても超えられない! まともに努力しているだけじゃ決して到達できない場所にあなたはいるんです!」


 叫びながら明日香は剣を振りかぶる。

 止まらない猛攻を紙一重で躱しながら、速人は目前の少女を自身と重ねていた。


『勝負だ!』

『はぁ? また? お前いい加減諦めろよ』

『諦める? ありえんな、俺がお前より強くなるまでこの勝負は終わらん!』


 とある少女が気に入らなくて突っかかった自分。


『バカな……どうやってそんな速さを?』

『これを使えばあなたはもっと強くなれるわ』

『それは……本当だろうな?』


 勝ちたいあまりドーピングに手を出した自分。


「分かる……」


 目前の少女は過去の自分だと速人は認識する。


「お前の気持ちなら痛いくらいに分かるんだ……!」


「分かるはずがない! 今ここであなたを超える、そうしなければなりません……超えていなければいけないんです! そうでなければ、私がもっと強くなくては、また仲間が死んでしまうではないですか!」


 明日香は聞き入れようとしない。強い速人が分かるわけがないと信じて疑わない。

 速人は過去を思い出す。地球で、あの強すぎる少女と戦ったあの日を。


『お前はそういう道具に頼らないやつだと思ってたんだけどな』

『俺はお前に勝てるならそれでいい!』


『いい加減にしろよ負けず嫌いが! 私はこれでも死なせないように手加減して』

『クソ、ふざけやがって、本気を出せ!』


(あの日、全く本気を出さず相手をされたとき俺はショックだった……だから)


 今なら分かる。あの強すぎる少女の底が見えない力は、あの程度なはずはないと。つまりそれだけ手加減されていたのだと分かってしまう。

 自分が強いと思っていたのに手加減されるなど屈辱でしかない。


「俺は本気で相手をしてやる。今までの全てを見せてやろう」


「……では、いきます」


 明日香は自身の全魔力を解放した。ムゲンに与えられたものも合わさり強大なものだ。突如穏やかな風が強風に変わり、明日香の髪と瞳は薄いピンクに染まっていき、桃色のオーラが剣に集う。


 まず明日香が動いた。速人の首に向かい剣を振るう――だが当たる直前、速人の姿が草の束になる。


「〈身代わりの術〉」

「さっきの技ですか!」


 明日香は背後に気配を感じて振り向きざまに刀を振るう。それはあっさりと避けられて驚愕する。驚いたのは避けられたことにではない――速人が増えていたことにだ。


「〈分身の術〉」


 超高速な動きと遅い動きを組み合わせ、残像を留めて増えたように見せかける技。速人が一番得意とする技であり、一番多用する技だ。

 速人は現在八人に増えたように見せかけた。つまり七人は残像である。


 連続で突きが放たれて一人ずつ消えていくが、速人は消えた分の残像をまた作り出していく。闇雲に攻撃しても本人に当たる確率は八分の一、成功確率は低い。


(ならば目には頼りません。心で見るまで!)


(目を閉じた……心眼とやらか)


 心眼。一部の武術家が使える技術。視力に頼らずに気配を心で感じるという難易度が高い技である。本来ならば明日香はそんなものが出来る程の実力はなかった。しかしムゲンの魔力が限界を破壊して無理矢理実力を押し上げている。

 速人は警戒を怠らずに背後から斬りかかるが、明日香はそれを見もせずに剣で受け止めた。


「その技はもう通用しません」


「ふん、いいだろう……まさかこれを出す羽目になるとはな」


 一旦速人は距離を取って体勢を整える。


「まだ隠し玉があったんですか?」


 その問いに速人は笑い「ああそうだ」と答えた。


「今から俺はお前の首に向けて一瞬で剣を振ってやる。きちんと見ておいた方がいいぞ」


 その堂々とした殺害予告に戸惑ったが、明日香はしっかりと目を見開く。


「わざわざ宣言するとは、よほど自信があるのですね」


「ある。これは今の俺の最高の技……お前に見切れるはずがない」


「では見切ってあげましょう……!」


 明日香は魔力を目に集め始めた。そうすることで視力だけでなく動体視力も上昇していく。

 二人の動きは完全停止する。数秒、数十秒、そんなに長かったかは二人には分からない。だが剣を抜く時は必ずやってくる。


 強風でどこからか騎士の兜が転がっていく。そしてその転がる音が止まった瞬間――速人だけが動き出した。


「〈超・神速閃〉」


 ――明日香は来ると分かっていた斬撃を認識すら出来なかった。首元に冷たい感触があり、気が付けばいつの間にか剣が首に添えられていたのだ。

 強化した視力も無駄だった。一連の動作すら見えなかったのだ。その圧倒的速さに冷や汗がドッと出る。


「どうだ。これが俺の全力、俺の今までの努力の全てだ」


「……そうですね、凄いと思います。努力で、ここまで……でも……どうして殺さないんですか!」


 明日香は死ぬ覚悟が出来ていた。そもそも速人を超えるために殺す気でいたのに、自分が殺されないなどと思うのはおかしい。だから死ぬのは怖くなかった。むしろ決定的なチャンスがあって殺さないことが明日香のプライドを傷つける。


「俺も、お前と同じように超えたい奴がいる」


「……あなたに?」


「そうだ。世界は広い、俺はそいつと会ってから自分の世界が狭かったことを知った。そいつは俺の技をことごとく見切り、勝負を仕掛けても手加減した攻撃を繰り出し、迷惑を掛けた俺を殺さなかった」


 明日香は俄かには信じられなかった。目前の男こそが自分の全て、超えたいのはあくまで速人一人。しかしその本人から超えられない相手がいると聞かされ困惑する。

 そしてその話を聞いて明日香は速人が初めて自分と重なったように見えた。


(同じだ、同じなんですね私達は。壁を超えたい……それだけなんですね)


「あのムカつく女と同じことをするわけじゃないが……俺はお前を殺さない。この世界で幼馴染として過ごしたことに……いや、この世界での競争相手(ライバル)だったことに免じてだ」


 もう戦闘する気のない速人は剣を鞘に収める。


競争相手(ライバル)……そうですね。ふふ、殺さなかったことを後悔しますよ……私は諦めません。また勝負しましょう」


「いつでも掛かってこい」


「ああそれと、今度私にも会わせてくださいよ。あなたの超えたい競争相手(ライバル)に」


「……機会があればな」


 明日香は洞窟に向かっていく速人を引き止めなかったし、後ろから斬りかかりもしなかった。ただ己の競争相手を眺めていた。出来ることなら五体満足で会いたい、また戦いたいと思いながら。


「しかし相手は三夢(トリオトラオム)。一筋縄ではいきませんよ」


 明日香はもう見えなくなった速人に対してそう忠告しておいた。そしてその場で立ち尽くし、空を見上げこれからの己の行く末を考える。


「まあ……私も処罰を受けるでしょうね」


 後に待っているであろう説教。それに対して表情を曇らせながら明日香は帝都に向かって歩いて帰っていく。その心は表情とは真逆で――全ての悪感情を出し切ったような晴れやかな気分だった。


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