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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
九章 白部洋一と夢現世界
307/608

135.5 可能性――ゼロから一、一から十――


 寂れた村の一角。これまた寂れた家へと洋一と才華は案内された。

 自分もまた二重記憶障害者だという霧雨和樹の家だ。


「いやーそれにしても、まさかこの村で俺以外に記憶保持者と会うことになるとは思わなかったぞ。しかもそれが顔見知りときたもんだ。何かの運命を感じてしまうな」


 足場のない程ごちゃごちゃと散らかっている部屋を見て二人は絶句する。

 何かよく分からない球体。ウニのようにトゲが全体にある物体。黒い粉末。木の棒。マジックハンド。とにかくなぜ家にあるのか分からない物が大量に床へと放置されていた。


 地球と夢現世界でこの大きすぎる違いは何が原因なのか。実はこれに関しては霧雨本人に違いなどない。

 霧雨の家事能力は死滅していると言っていい。全ての家事をロボットにやらせているせいで本人が何も出来ないのだ。夢現世界の自宅の現状がゴミ屋敷なのは家事手伝いロボットがいないことが原因だった。


「さっ、座ってくれ」


(……どこに?)


 二人同時に疑問に思う。

 散らかりすぎていて足場すらないのにどこへ座れというのか。

 霧雨は玄関から動かない二人を見て、床の状態からその反応に納得する。それから床にあるゴミを一部丁寧にどけた。


「さあっ、座ってくれ」


 円状のスペースが玄関の少し先に出来上がった。


「私は遠慮しておくわ」


「あはは……僕も」


 確かに座ることは出来るだろう。だが大きなゴミが片付いても埃などの小さなゴミが残っている。座れば絶対衣服に付着する。家の中も埃っぽいのであまり先へ進みたくはない。


「そうか、まあ無理にとは言わない」


 無理強いする気はないらしく二人はホッとする。


「それでお前達、確認だが二重記憶障害者なんだな?」


 飛んできた質問を二人は頷いて肯定する。


「白部だったか? お前の予想は正しい。ここは元二重記憶障害者を集めた村だ」


「あの、それならどうして霧雨さんは記憶を持っているんですか? もしかして記憶を消されなかったとか?」


 この村には記憶を封印されてから連れてこられる。前提から考えると霧雨が記憶を持っているのはおかしい。


「自力で再び思い出したんだ。どうやら記憶がなくても俺は俺らしい。ファンタジー染みた世界でも機械の設計図を書き、実際に作ろうとしていたんだ。それの部品やらを見て俺は記憶を取り戻した」


「……なんというか、あなたらしいわね」


 機械を見ただけで記憶を取り戻す呆れる程の機械愛。告げられれば霧雨ゆえに納得してしまう理由に才華は苦笑する。

 洋一は霧雨がどういう人物なのか知らないが、才華の発言から機械が好きな人間だということくらいは確信できた。それで記憶を取り戻すというのはやはり才華と同じように呆れてしまう。


「あの、それなら僕達に協力してくれませんか?」


 同じ地球の記憶を持つ仲間に会えたのは幸運だ。洋一は仲間が増えることを嬉しく思うが、霧雨の返答は煮え切らないものであった。


「まあお前の気持ちは分かる。だが俺が協力したところで戦力増強には程遠いぞ。なにせ俺には戦闘力がまるでないからな。協力するにはしてもいいのだが……どうにもな……」


「白部君、彼を誘うのは諦めましょう。私と同じように魔力に目覚めていれば戦力にはなるけど、魔力を持たない人が一人増えたところであまり意味はない。酷いことを言うようだけど足手纏いなのよ」


「藤原さん……」


「藤原の言う通りだ。俺に出来ることなんて精々……ここにいくつかある炸裂弾で騎士を爆殺するくらいだし」


「爆殺しちゃダメですよ!? 危ないなこの人!」


 思いの外危険人物だったことに洋一は動揺を隠せない。

 敵対しているとはいえ、いくらなんでも爆殺は酷すぎる。出来れば殺さずに制圧したいというのが洋一の考えだ。もちろん甘い考えであるとは承知しているが出来る限りやるつもりでいる。


「――話の途中ですまんが」


 玄関の扉が急に開かれた。

 外に立っているのは速人だ。


「騎士が来たぞ、あの青髪も一緒にな」


 その言葉だけで状況は洋一達に伝わる。

 追っ手が来たというわけでなく、記憶を封印されたグラヴィーをこの村に連行しに騎士が来たのだ。

 ここで取る選択肢は一つしかないだろう。騎士をやり過ごして、洋一はグラヴィーの記憶を取り戻させる腹積もりでいた。


「全く誰が来るかと思えば割と楽しめそうなのが来た。お前達はこの家にでも隠れていろ。あの害悪騎士は俺が斬り殺しておいてやる」


「えっ、ちょっ……!」


 否、選択肢は殺す気満々の速人を止めることだ。

 しかし洋一が制止の声を上げる前に速人は玄関から消え去る。


「これ……マズいかもしれないわね。だって彼が楽しめそうとか言うのは相手が強い証拠じゃない。まさか三夢の誰かが来たんじゃ……」


「そんなっ……!」


 三夢と聞いて洋一が一番に思い浮かんだのは笑里の顔。

 一番の親友が殺されるところなど想像したくもない。そして現実でやらせるわけにもいかない。絶対に止めてみせると洋一は家から飛び出す。

 洋一の後を追って才華と霧雨も家を出る。そこで視界に映った騎士の姿は女性……しかし笑里ではない。水色の髪を腰辺りまで伸ばしていて、普通の騎士甲冑では重いからか軽鎧を身につけている少女だった。


「ほら、ここがあなたの住む発展途上の村よ。こんな寂れた村だけど住めば都というしね、慣れれば問題ないわ」


 少女は後ろにいるグラヴィーへと話しかける。


「……ああ、まあいい。なら喫茶店と図書館でも建てるか。なぜかこの二つが頭に浮かんだし」


「へぇ、いいんじゃないかしら。この村はたまに来るけど娯楽がほとんどないせいでつっまらないのよねえ……。喫茶店が建てば少しは過ごしやすくなるかもしれないわ」


 少女を目にして洋一と才華はそれぞれ違う感想を抱く。

 才華は「まさか……」と声を零し、洋一は一先ず笑里でないことに胸を撫で下ろす。


「娯楽がない? なら与えてやろう。貴様の斬殺ショーという娯楽をな」


 そして二人の顔が一気に強張る。

 ついさっきのことだというのに目的を忘れていた。元々は速人が殺すなどというから止めに来たのだ。


「……へぇ、意外な人物が現れたわね。隼速人……ぷふっ、元騎士団第一部隊隊長サマじゃないの」


「こちらも少々驚いたぞ。騎士をやるような性格には見えなかったんでな」


「お互い様でしょ」


「そうだな、ではそろそろ引導を渡してやろう――天寺静香」


 少女――天寺は笑って答える。


「いいわよ、一対一ね」


 速人が駆け――ようとしたとき後方から淡く薄紫に光る球体が飛来する。

 僅かに目を見開いた速人はそれを横にずれることにより紙一重で躱し、魔力弾を放ってきた者を睨みつける。


「ああごめんなさい、私は一対一(サシ)のつもりだったんだけれど……村人の彼もやりたいみたいだから二対一ね」


 暗緑色の髪が目にかかっている少年――日戸操真が手を速人に向けて立っていた。


「静香さんは僕が守る」


「くっくっく……丁度いい、主従まとめて葬ってやる」


 今度こそ速人が天寺に向かい駆ける。

 この勝負で目を離してはならないのが天寺だ。瞬間移動を持つ彼女から目を離せばいつどこから攻撃されるか分かったものではない。不意を突かれることは確実だ。


「それが正解……やっぱりあなたは苦手だわ。あなたを絶望させるにはより強い力を持って潰すしかないんだもの」


 剣を振りかぶって――速人は静止した。

 信じられないような目で天寺を見る。それは天寺が何かしたからではない。速人自身の意思で攻撃を止めたのだ。

 どうしたのか分からず、天寺と日戸でさえ困惑している。


「……貴様、記憶を持っているな?」


 そして速人は睨みながら問いかけた。


「記憶? それは誰もが持っているでしょう」


「惚けるな。貴様はこの世界で俺と初対面にもかかわらず『やっぱり』と言った。これはつまり地球(むこう)で会った記憶があるということだろう」


 天寺の余裕を持った面構えがみるみる真顔になっていく。


「……正解よ、つまらないわね」


「静香さん! なぜ!」


「操真、もういいのよ。もう潮時だわ」


 瞬間移動した天寺が日戸の隣へと移る。

 全てを見ていた洋一達は訳が分からなかった。ただ一つ分かったことは、騎士であるにもかかわらず天寺の正体が二重記憶障害者であるということだ。


「あなたの予想通り、私は地球での記憶を所持しているわ。操真も同じくね」


「ちっ、戦う必要がなくなったか」


「ちょっ、ちょっと待ってください!」


 洋一は思わず叫びを上げる。


「どうしてあなたは騎士なんてやっているんですか! 目覚めているのなら倒すべき敵は分かっているんでしょう!?」


 記憶を取り戻して尚騎士でいるなど正気ではないと洋一は思う。もしそれが正気なら、この夢現世界へ永住してもいいと思っているということだ。夢現世界は居心地がいいのは分かる。しかし地球に戻りたくないと思う人間に今まで会ったことがないので、どうしても信じられなかった。


「そうね、天寺さん、正直あなたが騎士になっていたのにすら驚きなんだけれど……どういう理由で続けているのか聞いてもいいかしら」


 戦闘は始まらないと理解した才華も天寺へと歩いて行く。


「あなたは藤原才華……となるとこっちの彼もお仲間かしら。……おっと質問に答えなきゃね。私が騎士を続けているのは趣味よ趣味、絶望の表情を観察するために続けているのよ。二重記憶障害者が捕まったときの絶望の表情……素晴らしかったわね……素晴らしすぎて記憶が戻っちゃうくらいに」


 何を言ったのか洋一には理解できなかった。納得したのは才華と速人だけだ。二人は地球で天寺と知り合いだったからこそ理解できたのだろう。

 理解するのを諦め、洋一はさらに問いかける。


「……なら、どうして戦うのを止めたんですか。あんまり理解できないけど、絶望の表情とやらを見るなら隼さんを捕らえた方がいいんじゃないんですか。もちろんそうするなら僕達が阻止しますけど」


「ふふっ、分かっているからよ。誰が敵かしっかりと私は理解していた……それでも騎士を続けるもう一つの理由が戦力差。ムゲンの力は強大すぎて私じゃ勝てない。無駄に特攻して私まで記憶を封印されたら本末転倒。勝てる人間に心当たりがないわけじゃないけどこの世界で発見できていないわ」


 確かにその通りであった。天寺は正論を告げている。

 戦力差が開きすぎている相手に挑んでも返り討ちにあうだけだ。勝てる見込みが一パーセントでもあれば戦う価値があるが、全く勝てる見込みがない状態で戦おうという方が正気ではない。もしくは単なるバカである。


 記憶を保持しているというのなら、未来に現れるかもしれない勇者に力添えするため敵意を潜めさせるのは決して悪い選択ではないのだ。ましてや敵の一員としての立場を利用しないのはもったいない。騎士として動いていれば自ずと情報も入ってくるだろう。


「戦いを止めた理由は戦力が揃ったからよ。隼速人がいるなら可能性はゼロじゃない。限りなく低いけど、それでも勝つ可能性がゼロから一になっただけでも儲けもんね。私だって一応この世界から脱出したいんだから奇跡に賭けるわ」


 絶望云々は置いておき、洋一は天寺のことを誤解していたと反省する。頭の足りなさが自らに無駄な敵意を生み出したのだと悟ったのだ。


「……ごめんなさい。あなたはあなたでしっかり考えたうえでの行動だったんですね。まだまだ僕の考えが浅かったです」


「――お前達、いったいさっきから何の話をしているんだ?」


 ここで今までずっと置いてけぼりだったグラヴィーが会話に入ってきた。

 記憶を封印されているのだから困惑して当然……というか二重記憶障害者であると察してもいいはずだが察しが悪すぎる。


「天寺さん、先程の可能性の話……一パーセントじゃありませんよ。それ以上の成功率に僕がしてみせます」


 洋一はグラヴィーの方に顔を向け歩いて行く。

 何をする気なのか分からないが天寺は「へぇ……」と興味深そうに見ていた。

 村人の野次馬もできてきた。悠長にしていられないと洋一は内心焦って額に汗が滲む。


「グラヴィー……さん、ですよね」


「そうだが、まさかお前達は二重記憶障害者なのか?」


 ――洋一の双眼が茶から金に変化する。

 固有魔法の解析(アナライザー)を使用する証拠だ。


「――惑星トルバ。侵略者。魔技(マジックアーツ)


 視界に羅列する情報を整理して洋一は一部を読み上げていく。

 グラヴィーに深い関係がある言葉を、ムゲンがしたように魔力を乗せて声に出す。そうすることで相手の深いところにまで言葉が浸透する。


「な、何を……言って……」


「バルト。レイ。ディスト。神谷神奈。エクエス。隼速人」


 グラヴィーは頭を抱えて苦しみから顔を歪める。


「マインドピース。珈琲。……白部洋一」


「……あ、ああ、あああああ! ああああああ!?」


 頭が割れそうな痛みがグラヴィーを襲う。

 脳に施された記憶封印が今、言葉という大きな刺激によって破壊されようとしている。前回より強く施された封印に亀裂が走っている。

 数秒続いた痛みに耐え続けた結果――グラヴィーは思いっきり目を見開く。


「ああ……そうか、白部……思い出した。この僕が何者なのか、何をすべきなのか、全て思い出したよ」


「よかった……うまくいったんだ」


 洋一が笑い、双眼の色が金から茶へと戻っていく。


「グラヴィー君、うそ……記憶が戻ったの?」


 一連の流れを見ていた者達は理解した。白部洋一が、他者にかけられたムゲンの記憶封印術を打ち破ったのだと。


「どうですか天寺さん。仮にこの村にいる人間全員を味方にできるとするなら」


「ふふっ、最高じゃない」


 奇跡という程度だった勝機が奇跡ではなくなる。

 限りなくゼロに近かったパーセントがゼロから離れていく。


 そこからは洋一の努力が実を結んだと言える。

 村人一人一人の元へ向かい、解析(アナライザー)を利用して刺激を与えられる言葉を視て囁く。それだけで味方が増えていく。


「明美、充彦」

「ぐうっ……ああ、洋一……ありがとう。大切な家族のことをまた俺は忘れていたんだ、信じられねえよ」


 記憶を封印されて赤の他人のようだった恩田も。


「神谷神奈」

「ぬうううっ! ああっ、俺はなんて罪深いんだ! まさか神谷さんのことを忘れてしまっていたなんて……いやこのポケットに入っている藁人形、無意識に神谷さんを作ろうとしたに違いない。……おっと、とりあえず感謝するよ君!」


 なんだか狂信者のような危ない少年も。

 洋一の声によって、村人になっていた全員の記憶が取り戻されていく。

 泣いて感謝する者。怒りに燃える者。壊れたように笑う者。静かに崩れ落ちた者。全員が最終的に洋一達への協力を誓った。


 一時的に抑えられていた反逆者の芽が再び育ち、ムゲンへと牙を剥く。


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