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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
九章 白部洋一と夢現世界
305/608

134 演説――罠――

2023/11/12 文章一部修正









 洋一は息を整え、速人を加え作戦会議をすることに決める。

 四人で円になって仲良く……とはいえないが話し始めた。


「それでどうしようか。一度帝都で情報を集めた方がいいのかな。ムゲンが帝都にいない可能性だってゼロではないんだし」


 目的はムゲン一人だ。それ以外の人間と戦う必要はない。仮にムゲンが帝都に不在だった場合、知らずに攻め込んだのなら無意味な特攻になってしまう。

 洋一の相談にグラヴィーが答える。


「賛成だな、無駄足を踏みたくはない。確実に帝都にいることを確認してから攻め込んだ方がいいだろう。問題はどう攻め込むのかだが……」


「ふん、正面突破するに決まっているだろう」


「バカか! そんなことしたら城の全戦力が立ちはだかるぞ!」


「有象無象など蹴散らせばいい。大した手間じゃない」


 単純すぎる速人の策にグラヴィーが猛反対するが、態度は一向に変わらない。

 ただ、余計な争いは避けたい洋一達にとってその策は賛成するわけにはいかなかった。


「私は反対。正面よりいい道を知っているわ」


「なに? なぜお前が知っている?」


「貴族の血縁者には知らされているんだけど、城に何か災害が起きたとき用に避難経路があるの。その避難用の道は城の地下牢から、帝都の外側まで続いてる。今私達がいる場所とは真逆、帝都を越えた先にある草原の洞窟……そこが出口よ」


「つまりそこから行けば地下牢に出られるということか。僕等の目的である戦力増強、その目当てとしてる囚人の元に辿り着ける上に見つかる心配が少ない。さすが藤原、どこかの脳筋とは違うな」


 いい方向に予想外な情報を口にした才華をグラヴィーがべた褒めする。最後に発した言葉に速人が「なんだと」と睨みながら呟いたので視線を逸らす。


「すぐにそこへ向かう?」


 才華のその問いに洋一は「いや」と返す。


「やっぱりその前に情報収集はした方が良いと思う。ムゲンが外に出るときだって一応はあるよね? もし城にいなかった場合逃げられてしまうから」


「慎重だな、もしそうならまた追えばいい」


「それじゃあ居場所特定からになる。労力がかかりすぎるよ」


 それを聞き速人も渋々とだが「……仕方ないな」と賛同した。

 しかしここで問題が一つ。全員が向かう雰囲気になったというときに速人が口を開く。


「俺は行かん」


 どうして行かないのかと三人は聞こうとするが、聞く前に理由がなんとなく分かった。


「俺は指名手配されている。当然似顔絵もあるしリスクが高い」


「そうだな、たとえ被り物をしていても危険すぎる。関わり合いがあった連中なら気付かれてもおかしくはない。似合わないが騎士だったわけだしな」


「なら、隼君はここで待っててくれないかしら。私達は情報を集め終わったらすぐに合流するから」


 才華の言葉に大人しく速人は頷く。

 こうして洋一達は情報収集のために帝都へ侵入することになった。



 * * *



 帝都は外側に大きな壁が聳え立つ。高さは十メートル以上。この場所に防波堤のようなものが必要な理由は魔物の襲撃に備えてのものだ。

 現在ある帝都外側の壁には強い魔物以外を近寄らせない効果がある。


 帝都へと侵入した洋一達三人は観光客のように自然に振る舞う。だが初めての場所でそう演技を必要とする程固くはない。

 内部である城下町はグロースよりも広く、賑やかさはグロースで開かれていた祭りに匹敵している。洋一達はそんな賑やかな場所を歩いていると、気になる言葉が大声で聞こえてきたので立ち止まる。


「おいもうすぐだぞムゲン様の演説!」

「マジか!? これはのんびりしてられねえ!」

「ちょっと押さないでよ!」

「邪魔だ邪魔だ!」


 喧嘩になりそうなくらいテンションが高い城下町の人々は、あっという間に帝都奥にあるムゲン城近くへと走り去っていく。

 つい先程まで賑やかだった場所はガラッと人っ子一人いなくなった。

 町と人々の様子を見てグラヴィーが疑問を口に出す。


「演説……城下町でやるのか?」


「いえ、過去の演説は全て城のバルコニーで行われているそうだから。おそらくは今日もそこからでしょうね」


「ムゲン……そういえば二人共、ムゲンの姿って見たことある?」


 洋一は見たことがない。才華は祈りの儀式で、グラヴィーは図書館で見たことがあるというが、それも本物を見たことはなくあくまで石像や資料でにすぎない。

 三人はムゲンと呼ばれる存在を視認したことすらなかった。


「一目見ておきたいんだ、本物のムゲンを」


「……そうだな、ターゲットの姿を目にしっかりと焼き付けておくか」


 洋一とグラヴィーは先へ進むが、才華はそのとき嫌な予感がしていた。

 胸の奥がざわざわとして落ち着かない。そんな言い知れない不安を抱いて立ち止まっている才華へ、二人は声を大にして呼ぶ。


「藤原さん! 早く早く!」


「置いていくぞ!」


「あ、待ってってば!」


 不安を二人に話すことなく才華は駆け出した。

 洋一達が向かうはムゲン城前の広場。中央には噴水があるその広場には数百人と多くの人が溢れかえっている。人混みと熱気はさながらアイドルのコンサート会場だ。

 さらによく見れば広場に入れない人がおり、姿はよく見えなくてもせめて声だけでもと思っている人々が広場より外に集まっている。


 広場に出遅れた洋一達が広場内に行ける筈もなく、仕方なく最後尾……城のバルコニーが多少見える程度の場所に立つ。


「これじゃあよく見えないわね」


「はぁ……仕方ない。お前達、魔力を多少目に集めろ」


「魔力を目に?」


 洋一と才華の二人はグラヴィーの言う通りにし、自身の魔力を両目に集めていく。そうすると視界がスッキリしたように感じ、遠かったバルコニーの隅々までしっかりと見えるようになった。

 はっきり変化した視力に二人は目を見開いて驚く。


 魔力を集めればその部位を強化出来るとグラヴィーは語る。腕に集めれば力が増大し、耳に集めれば聴覚、鼻に集めれば嗅覚、目に集めれば視覚が強化される。しかし集めすぎれば魔力枯渇の状態に陥り、意識を失う。

 とある少女は拳にほぼ全ての魔力を集めた一撃を必殺技としているが、必殺技というには固有のものではなく、努力すれば誰でも出来るような技なのだ。


「出てきたぞ!」


 誰かがそう言い放ったのは城のバルコニーに人が現れてすぐだった。

 バルコニーに出て来たムゲンは多くの歓声に出迎えられる。その姿を洋一達はしっかりと見て驚く。

 桃色の肌。水色の瞳。サラリと肩にかかる髪が邪魔で見えづらいが尖った耳。目鼻立ちは整っており、何より驚いたのが外見が小学校低学年の女子にしか見えないことだ。


 グラヴィーと才華は知っていたのだが、資料や石像で見るよりも直接本人を見た方が事実だと認識出来る。グラヴィーに至っては外見を見て自分と同じく他惑星の者なのではないかと疑い始める。


「こんにちは、愛すべき民達」


 ムゲンは集まった人々を見下ろしながら小さな口を開く。

 それは外見と同じく幼さがある声で威厳などは感じない。しかしその声は誰しもの心に届き、染み渡る。初めて聞いた声のはずなのに、洋一は第一声を聞いただけで安らかな気持ちになり緊張が解けていく。

 心地いい声音、それはまるで優しい音楽のようだった。


 ――突如、洋一の目前で手が叩かれる。

 パンッと小気味いい音で心臓が跳ね上がる。

 手を叩いたのはグラヴィーであった。悪ふざけというわけではない証拠に真剣な表情だ。


「奴の言葉に呑まれるな」


「……呑まれる?」


「あの声、確かに体の内側まで響く。心地いいといえばそうだろう。だが……あれは敵だ。あの声にも何かがある、おそらく魔力が込められているぞ。聞いた生物が気を許してしまうような効果があるはずだ」


「敵……あんな小さな女の子が」


「外見に惑わされるな。あれでも膨大な魔力の持ち主だ、星の一つや二つ簡単に消せる程度にはな」


「星って……」


 あまりのスケールの大きさに実感が沸かない。だが洋一と才華は、ムゲンがそれほどの相手なのだと無理にでも頭に入れる。

 そんなやり取りをしている途中も演説は進んでいなかった。歓声があまりにも大きかったからだ。


 ムゲンは国民の大きな歓声を「静粛に」とただ一言で静める。

 一言でさっきまでの熱気などが嘘のように掻き消え、静かな空間が出来上がる。

 物音がすればすぐに気付くような空間で彼女はまた口を開く。


「今日集まってもらったのは……二重記憶障害者についてじゃ」


 その単語に多少ざわつく観衆だが構わず彼女は続ける。


「皆も知っているじゃろうが、二重記憶障害はこことは全く違う異世界で暮らしていたという妄言を吐き、しまいにはそれを他人に押し付ける精神的疾患じゃ。原因は不明じゃが、余が治療出来る術を持つ。だが余はそれを見て苦しい気持ちになる」


 白々しい説明に洋一達は頭に血が上る。


何故(なにゆえ)こんな話をするのか。それは今、この場に二重記憶障害者が来ているからじゃ」


 ――そして今度は血の気が引いた。

 観衆のざわめきが大きくなり、全員が周囲に疑惑の目を向ける。


「今すぐ離れよう……!」


「待て、それはダメだ……! 今迂闊に逃走を図るのは愚策だ。奴は今、僕等を含めた観衆の中から見つけ出そうとしている。安心しろ、僕等のことはバレていない」


「この演説自体が罠だったってことね」


 人々が周囲を警戒していると、挙動不審な男が「くそがあああ!」と叫びながらナイフを取り出した。

 それを見た人々は悲鳴を上げてすぐにその場から離れる。……離れるといってもすぐ近くから離れただけであり、広場から出たわけではない。混乱して逃げ出してくれれば洋一達もどさくさに紛れて逃走出来ていただろう。

 しかし人々はムゲンという存在のおかげで安心している。戸惑いはするもののみっともなく背を向けて逃げる者はいない。


「バレてるならここで()ってやる! 死ねえええ!」


 男は投げナイフの腕が相当だったのか、ナイフは寸分違わずムゲンの首元に飛んでいき――弾かれた。

 それは薄い膜のような何かがムゲンを守ったからだ。


 男は初撃が通じなかったことに「なんでだ!」などと喚き散らし逃走を図る。しかしそれを許さぬように、逃げた先に〈三夢(トリオトラオム)〉である笑里が立ちはだかる。笑里から逃げようとしても背後にはもう一人の〈三夢〉、レイがいつの間にか立っていた。


「抵抗は止めた方がいいですよ。この場で拘束しますから」


 笑里に向かい男は「くっそが!」と叫びナイフを投擲する。

 ナイフはあっさりと剣で弾かれて、瞬時に接近された男の首元に剣が添えられる。

 一瞬で心が恐怖に染まった男は後ろに引こうとしたが、頭を後ろから指で突かれて動きが止まる。


「動かない方がいいですよ? 僕が少しでも前に押し出したらあなた……死んじゃいますから」


「レイ君、あまり脅さない方がいいと思うけどなあ」


「そう? でもこうした方が……うわっ」


 レイが引き気味の声を上げた。

 男が失禁していたのだ。さすがに失禁されれば誰でも嫌になる。それも目前なので二倍程嫌になる。レイや笑里だけでなくムゲンもそれを見て顔を顰める。


「……僕達じゃなかったのか」


「いやそうとも言い切れない。もしかすればムゲンは……とにかくまだ動くなよ?」


「分かってるよ、今動いたら不自然だもんね」


 未だ警戒心を高め周囲に細心の注意を払う洋一達。その用心深さは間違いではない。


「まだ……いるな」


 そうムゲンがポツリと零した一言で洋一達の背筋が凍る。

 彼女はじっくりと観衆を観察していく。不審な動きをした者は即刻二重記憶障害者として攻撃されるだろう。


「くそっ、動きは自然にだ。少しでも不自然な動きはするなよ……!」


「分かってる……!」


「奴が少しでも僕達で視線を止めたらすぐに撤退するぞ……!」


 ムゲンの視線が、小声で話す洋一達の方に来て――通り過ぎた。それを確認してホッと息を吐くがそれも束の間。


 ――ギョロッと洋一達に目が向けられた。


 寒気が増した洋一、グラヴィー、才華の三人は一斉に後ろを振り向き駆け出した――がすぐ目の前に魔力弾が着弾し爆発を起こす。

 三人は吹き飛ばされはしなかったが、動きが少しの間止まってしまう。

 魔力弾はムゲンが放ったものだと洋一達は理解する。逃げようとしたから攻撃されてしまったのだ。


「ちっ、どんな精密性してやがる!?」


「まずいわよ! あの二人が!」


「笑里……!」


 三人が振り返れば、笑里とレイの二人が凄まじいスピードで向かって来ていた。

 すでに先程の男は他の騎士が拘束して連れていこうとている。それを視認したグラヴィーは迫り来る敵の方へ両手を翳し叫ぶ。


「藤原! 合わせろ!」


 その一言で才華はグラヴィーが何をしようとしているのか、自分が何をすべきか理解する。


「〈威力上昇(パワーインクリース)〉!」


「〈重力(グラヴィティー)操作(コントロール)〉! 最大重力波(マックスパワー)!」


 才華がグラヴィーの魔技をアシストした結果、死ぬ気で放った渾身の重力波により笑里とレイには二百倍以上の重力が掛かる。

 普通の人間ならばあまりの力に押し潰されて即死する。肉体が潰れた泥団子みたいになるのは間違いない。


 ――しかし彼女等は普通というにはあまりにもかけ離れていた。


「うわっ!? ちょっと重い?」


「うん、でもまあ動けるかな」


「ふざけるなあの化け物共! 僕の最大出力なんだぞ!?」


 人間かどうかすら怪しい実力を持つ二人には、二倍だろうと二百倍だろうと大した差ではなかった。

 それほどの実力。仮にもっとグラヴィーが出力を出せたとしても二人には通じないだろう。それを彼が悟るのはそう遅くない。


「行け」


「……え?」


「僕のことは置いていけと言っているんだああ!」


「そんなことっ!?」


 洋一の言葉は途中で途切れた。自分が受けていなくても〈重力操作〉が凄まじい技だと分かる。しかしそれを受け続けても尚、平然とこちらに走って来る二人の敵がいるのだ。

 絶句する洋一の服の袖を才華が掴み、掠れた声を絞り出す。


「……行くわよ」


「でも……!」


「でもも何もない! ここで私達がジッとしてたら何の意味もないの! 今うだうだとこの場に留まっていたら彼の気持ちを踏み(にじ)ることになるのよ!」


「う、あ、うあああああ!」


 瞳を揺らしながら洋一と才華は全力で逃げる。魔力を足に集めて強化された脚力はかなりのものであっという間に広場から見えなくなった。

 グラヴィーは背後を振り返らずに小さく笑う。


「そうだ、それでいい。……一旦お別れだな」


 笑みを消して、グラヴィーは〈重力操作〉に集中する。


「さあ、足掻かせてもらおうか。押し潰すことが出来ないのなら吹き飛ばすまでだ!」


 迫る敵二人にかかる重力の向きが――右に変化した。

 予想外の方向にかけられた重力波で笑里とレイは右に転がる。


「うわわわっ……!」


「くっ、重力を下にじゃなくて横向きにしたのか」


 ただそこでグラヴィーは選択ミスであったと悟る。

 魔技〈重力操作〉を使うのに相手を視認していなければならない。だがこの場は大勢の人々で溢れており、右に転がった二人を見失ってしまったのだ。


(重力の向きと強さが直った。魔力切れか、何か条件があったのか、とにかくこれで僕達を足止めする力が消えたんだ。二人逃がしてしまったけれど……君は逃がさない)


 それでも時間稼ぎくらいにはなるだろう。戦いとしては選択ミスでも、仲間を逃がす時間稼ぎとするならいい判断である。……この場で、二人を相手にグラヴィーが出来ることなどほぼなかったのだから。


「確保っと」


 ――それからすぐ、グラヴィーは地面に押し倒された。


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