133 試験――先読み――
「試すというのは……」
「知れたこと、お前達の強さをだ」
速人がこれから行おうとしている試験は単純なものだった。
たった一撃。三人纏めて相手をするので一撃でも当てられれば合格。
もしも試験に合格すれば手を組むことにするらしい。
当然ではあるが速人は反撃しない。もししてもいいなどと洋一達が言っていれば容赦なく攻撃して戦闘不能にする。
「でも三人がかりっていうのはちょっと……」
「そうよね、さすがに三人でならちょっと簡単すぎるんじゃないかしら」
「……違う、そうじゃない。これは難しいぞ」
才華はグラヴィーの言動に疑問を抱く。
相手は一人、こちらは三人。数的有利性がある。それにどんな反撃もしないと言っている。こんな有利な条件ならば楽勝なのではと洋一と才華は思っていた。だがそんな考えを嘲笑うかのようにグラヴィーは現実を語る。
「数的有利? そんなもの相手との実力が離れすぎていたら意味を為さない。もし数を揃えるならあと数人は欲しいところだ。それほどこの男は強い」
「ふっ、そういうことだ。仮にそこの青髪が三人いたとしても三十人いたとしても、俺に掠り傷一つ負わせることは出来ない」
自信を持って答える速人だが、この自信は実力と比例していた。強い、そう自覚しているからこそ言える強い言葉。
才華はグラヴィーと速人の言葉を聞いて自信がなくなっていく。
(確かに、小学生時代いつも神奈さんが一撃で倒していたから甘く見過ぎていたかもしれない。冷静に考えれば彼も相当な実力者。いくら私が魔力を持っていても、グラヴィー君が強くても、白部君が技術を模倣しても、彼は私達を優に超える力を持っている。仲間に出来れば心強い味方になるのは間違いないけれど……もっと別の方法を考えないといけないかもしれないわね。交渉に使えるカードがあればいいのだけど……)
才華は速人を仲間にするのに試験以外での方法を考え始めるが、速人の強さを理解しているうえで諦めない男が一人いた。
「その試験を受ける」
力強く洋一が答えた。それに三人が目を見開く。
「バカかっ! 話を聞いていたのか!? 僕が十人いても無理だ、それを僕達三人でだと……無理に決まってる!」
「そうだな、無理だと思うぞ? まさか実力差が分からないのか? 仮にお前が数十人いたところで瞬殺できるんだぞ」
「数十人? 違います。受けるのは僕一人、正確には二人ですけど」
その言葉に速人は疑問を抱えるが、洋一が才華に向かい放った言葉で理解する。
「藤原さん、僕に身体強化の魔法をかけてくれないかな。出来るだけ強く」
「別に構わないけれど……」
強化魔法で強くなるのは精々元の力の二十倍といったところだ。それでも破格の強さを誇れるが、速人相手にその程度のパワーアップでは苦しいと才華は思う。
「そういうことか。愚かだな、強くなるにしても限度がある。それにドーピングを使おうとした時点で精神的弱者に成り下がる。足りない分は努力で埋めればいいのにそれをしないとは、よほどの愚か者だ」
「時間がないんです。僕も早くこの世界から全員を脱出させてあげたいので。……手っ取り早く力を得られる手段があるなら使うに越したことはありませんよ」
才華が渾身の「威力上昇」を洋一にかけて、一気に感じ取れる圧力が増す。しかしそれだけでは届かない。それを分かっていたので洋一は考えた。
どうすれば勝てるのか。この場合の勝つというのは一撃当てるということだが、それを考えている内に思いつく。勝利の可能性を掴んだのだ。
「ドーピングで得る強さをバカにするわけではないが、忠告しておこう。生半可な強さと策では俺に勝てんぞ」
「心配には及びませんよ。少し、自信があるので」
洋一の瞳が茶から金へと変色していく。
「ほぅ、失望させないでほしいところだが……来い、いつでもいいぞ」
洋一は「なら遠慮なく」と速人に駆ける。
かなりの速さで、才華やグラヴィーでは追うことができなくなる程だ。
確かに速さは、身体能力は格段にアップしていた。しかし速人に対してはまだ実力不足だと認識するのは早い。
拾ったまま持ってきた騎士の細めの西洋剣を使用して洋一は斬りかかる。
最低限の滑るような動きで速人には躱される。それが分かっていたかのように洋一は避けた方向に再び斬りかかる。
本来ならそれを速人は己の剣で受け止めるところだが、反撃しないというルールなので剣は抜かない。追撃をまたも最低限の動きで躱し、また避ける方向が分かっているかのような攻撃が飛んできたので躱す。
開始五秒。幾度も来る攻撃を躱し続ける速人は違和感に気付く。
(なんだ……? この男の動き、違和感がある。まるで俺の動きを……)
洋一はその目で速人のとあるものを視ていた。
――思考。
解析はあらゆるものを解析する。たとえ誰かの思考だとしても読み取ることが出来る。
思考を読めば当然相手が何を考えているのか分かる。そこから行動を予測するのだ。
洋一と速人では実力差がある。その実力差は強化魔法でかなり埋まっているが一歩及ばない。だからこそ思考を読むことで相手の行動を予測しすぐに動く。速人が避けた先に攻撃を放つ、それを避ける場所を予測し攻撃を繰り返す。
ただそれだけのこと。言葉にすれば簡単だが、実際はかなり体に負担が掛かることである。
(やっぱり速いな……早く一撃当てないと。この状態は長く持たない!)
解析で他者の思考を読むのはかなり負担が大きい。
常時相手から目を離さないように集中し、波のように押し寄せる思考情報を整理し読み取る。当然笑里の動きを模倣した攻撃の手を緩めることなく、呼吸できないくらい脳をフル活用するそれは、持って――二十秒。
(思考を視るだけじゃ足りない。もっと何か、工夫するんだ!)
洋先読みしているだけでは攻撃が当たらないと洋一は理解した。速人が想像以上に速かったのだ。ではどうするかといえば攻撃手段を工夫するしかない。
洋一は剣に回転を掛けて投げつけた。
いきなり武器を投げてきたことに速人はギョッとするが、それを上体を逸らすことで躱す。
剣は後ろにあった木を何本も横に真っ二つに切断して飛んでいく。
武器投げ攻撃も躱された――それは洋一の狙い通りだ。
真っ二つにされた木々は速人の頭へと向かい倒れてくる。
「なっ!?」
思わず声を上げる速人だが、倒れてくる太い木々をその方向に自身も跳ぶことで躱す。
木に目を奪われたことで速人は一時的に洋一を見失う。しかし見当は付いていた。その倒れた木を利用し死角とすることで奇襲をかけるつもりだと。
何百、何千という葉が邪魔で木の先が見えないので速人は警戒する。
「さあどこから来る? 一度隠れて様子見はいいが攻撃しなければ勝てないぞ?」
速人は倒れた木々の方を見ながら余裕そうに、しかし注意は怠らずに口を開く。
洋一も洋一で時間が限られているためにこの瞬間、この攻撃に全てをかけるように集中する。
ガサッという音がして、端の方の葉の隙間から複数の何かが速人に勢いよく飛んでいく。
(これは石礫!? 囮か!)
この勝負、ルールとしては一撃与えれば勝ちなのだがその一撃が曖昧だった。
洋一がただ殴って一撃を入れるのか。それとも遠距離から何かを投げて当てたら一撃となるのか。その境界線が定まっていない。だが一撃の基準がなんにせよ、速人は全ての攻撃を避けるという意気込みで臨んでいる。
当然のように石礫を最低限の動きで躱す。速人がその位置から動いていないと錯覚を起こしそうになるが、そう見えるくらいには動きに無駄がない。
そして礫を躱したと思えば今度は逆側の端から、洋一が何かを構えるようにして飛び出る。
(さっき投げた武器を回収していたか……だがそんな単純な攻撃が!?)
速人は洋一の攻撃を躱す――いやそもそもそれは届いていなかった。
洋一は剣を持っていなかったのだ。ただいかにも持って構えているという態勢と、死角を計算してそう見えるようにしていただけにすぎない。
そのトリックに速人は気付かず、目の前を通り過ぎる手刀を呆然と見送り――突然上空から回転しながら降ってきた剣を自身の刀で弾く。
驚いた表情を浮かべながら速人は洋一を見るが、そのとき既に洋一は顔面に向かう蹴りを放っていた。
(間に合わなっ!?)
洋一の蹴りが速人の頬にめり込み、驚愕と共に速人は蹴り飛ばされた。
ズザザザッと地面を足で擦りながら仰け反る。すぐに態勢を直し、見開いた目で自身を蹴り抜いた洋一を凝視する。
(剣を回収したのは容易に想像出来る……だがそれを、石礫を躱す動きを予測して上空に投げた。さらにそれを悟らせない為に剣を持っているように見せかけた。この男……まるで先読みでもしているかのような計算能力だ)
洋一も手刀での攻撃が当たるとは思っていなかった。当たるならそれでいいのだが、そんなに甘い相手ではないと数秒で理解できる。
ならば囮、そのまた囮。
石礫を右手で投げた直後、それに注意が逸れたところで剣を上に左手で投げる。さらに自身も特攻しての三段攻撃。見事に計算し尽くされた攻撃の流れである。
洋一は〈威力上昇〉の効力が切れると同時に〈解析〉の使い過ぎでドッと疲れが押し寄せる。極度の疲労により息を切らして、地面に両膝から崩れ落ちる。
それを見て速人は「くっくっくっ……!」と抑えきれないように笑い声を漏らす。
「面白い……面白い! お前の機転、技量、驚かされたぞ……!」
「はあっ、はあっ……じゃあっ!」
「いいだろう、お前を戦力と見なす。手を組んでやろう」
その言葉に洋一は笑い、才華も喜びの表情を浮かべる。
(僕も……あれほど強くなれたなら)
そしてグラヴィーは洋一に羨ましそうな目を向けた。




