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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
九章 白部洋一と夢現世界
303/608

132 犯罪者――追われる者――


 悪魔を四等分に切断した二人の人物。

 一人はオレンジの髪を靡かせた少女――秋野笑里。

 もう一人は黒髪黒目の冷めた表情をしている少年――隼速人。

 その二人は洋一、才華、グラヴィー、明日香にとってよく知っている、というか知り尽くしている人物だった。


「速人……助けてくれ……たんですか?」


「勘違いするな、そこのオレンジと戦っていたら……偶然! 邪魔なゴミが目に入ったので処理しただけにすぎない」


 明日香が速人に呆然とした表情で近寄る。


「笑里……」


「洋一君! どうしてこんなところにいるの!?」


 駆け寄ってくる笑里の問いに洋一は汗が垂れるのを感じた。

 どう答えればいいのか分からない。そんな洋一を見かねてグラヴィーが助け舟を出す。


「僕等は帝都を観光に行く最中だったんですがね。その途中こうして巻き込まれてしまったというわけです」


(誰だよ君!)


 突然普段の偉そうな喋り方とは違い、丁寧な言葉遣いをしだしたグラヴィーを洋一は不気味に感じる。爽やかフェイスは明らかに別人である。


「あなたは? 洋一君の友達なの?」


「そうだよ、僕とそこの彼女は彼の友達なんだ」


「そうなんだあ、私は秋野笑里! こうみえて三夢(トリオトラオム)の一人なんだ!」


 グラヴィーはまさか三夢だとは思っていなかったので内心驚くが、それより驚いていたのは才華だ。


(うそ……笑里さんが三夢? こんなことって……)


 地球では友達だった笑里と才華がこうして会ったのは運命だったのかもしれない。それがいい運命だったのかは別として。

 話しかけたい気持ちはあるが、この世界では知り合いどころか赤の他人だ。親し気に話しかければ不自然だろうことが分かるので、才華は口を堅く閉じていた。


「それで、どうして笑里はここに? 一緒にやって来た彼は?」


 洋一は洋一で笑里がどうしてここにいるのかも気になっていたので問いかけるが、その問いかけに答えず笑里は無言で速人の方を見る。

 速人は泣きながらお礼を言う明日香の対処に困っていた。

 正に九死に一生。そんな窮地を救ってくれた速人に対して、明日香は嬉しさなどの様々な気持ちを溢れさせている。


「ありがとうございます、ありがとうございます!」


「ええいうるさい! 偶然だと言っただろう!」


「それでもありがとうございます! ……それで速人は戻ってきてくれたんですか? もう逃げないでしっかりと罪を償ってくれるんですか? 大丈夫、ムゲン様は寛大です。許してくれますよ……速人?」


 速人は明日香に返答はせず、笑里の方に振り向く。

 向き合った両者の間には目に見えないがバチバチと電気が走っているようだった。

 険呑な雰囲気が漂う中、さすがに明日香と洋一もその空気を感じ取る。


「続きを始めるか?」


「ううん、やめておく。今は見逃してあげる」


「ほう、後悔するぞ?」


「別にいい、早く行きなよ。私の気が変わらない内にね」


 速人はその場から洋一達には視認できない速度で走り去ってしまった。それを目で追えたのは笑里ただ一人であり、逃げていった方向を一瞥してから剣を納刀する。

 そして笑里は明日香の方を向いて話しかける。


「指名手配されている彼は、友人?」


「はい。私は、速人を悪人だなんて思いません。気の迷いで殺人をしてしまったようですが、二重記憶障害による混乱状態にあったからです。それに殺された騎士団員は隠れて罪人から賄賂を受け取っていたり、罪人と協力していたりなど、騎士団には置いておけない悪党でした。彼は根は優しい人です……だからさっきも助けてくれた」


「そうだね、根っからの悪人ってわけじゃないと思う。だから今回は見逃したの」


 笑里は「それにしても」と口にしながら周囲を見渡す。


「酷い有様だね、第一部隊の生き残りはあなただけ?」


「……はい」


 それはただの事実確認だったが、洋一と明日香は現状の犠牲を思い出し心が沈む。

 辺りは血塗れであり、家の窓などから村人達が恐怖に染まった表情でこの光景を見ている。結果的に悪魔は倒せたものの、そのための犠牲と恐怖は一生消えないものになるだろう。


「洋一君、本当ならもっと話したいんだけど私は任務中で長居出来ないの。今からすぐにムゲン様に今回のことを、そこの子と一緒に報告しに行かないといけないから」


「別に構わないよ。君には君の仕事があるんだから」


「ありがとうね。さ、行こうか」


 笑里は帝都に向かい歩き出し、明日香は沈黙したまま笑里の後ろに付いていった――のだが少ししてから戻ってきて洋一に「ご協力、ありがとうございました」とお礼を言ってきた。

 言い終わると、待っている笑里の元に明日香は駆けていく。


 騎士達の死体などが散乱している。それは今後別の騎士団が清掃に来るのかなと洋一は疑問に思う。

 悪魔を倒したというのに、村の人々は暗い雰囲気で出していた顔を引っ込めた。


「なんだか……悲しい終わり方ね」


「犠牲だけが積み重なった勝利だからな。それに、結局僕等は助けられる側になってしまった」


「……行こう、僕達も帝都に」


 悲劇の村を後にして、洋一達は帝都に向かうべく森へと歩き始めた。



 * * *



 森の中を歩き続けながら洋一達は話をする。

 つい先程の悲しい戦いから少しでも気を紛らわせるために。


「ねえ、白部君って笑里さんとはどういう関係なの?」


 才華は洋一と笑里の関係が気になっていたので聞いていた。グラヴィーも多少興味があったようで、気にしない風に前を歩きながら耳を傾ける。


「この世界での幼馴染だよ。小さい頃から同じ村で過ごしていたんだけど……ある日、ムゲンから呼ばれたとかで三夢に突然指名されたらしいんだ」


「三夢って指名制なのね。少し意外だわ」


(……あいつも指名されたのか)


 グラヴィーはレイのことを思い浮かべながら耳を傾けていた。

 洋一と笑里の話は続く。三夢の任務に追われながらも、時間を作り自分に会いに来てくれていたことを嬉しそうに話す。

 それを聞いた才華は恋の一文字が浮かび上がったのだが、笑里が相手となると色恋沙汰が想像出来なかったので考えるのを止めた。


 洋一は笑里と共に食事を取って、たまに剣技を見せられ、魔物を狩るのに同行もした。そんな思い出に浸っている途中、思い出したように洋一は才華へと称賛の声を送る。


「そういえば藤原さん凄かったね。あのときの魔法」


「え、そう? 私あんまり凄い力だと思えなくて……これ絶対神奈さんの影響だ」


「藤原、分かるぞその気持ち。僕も自分に自信がなくなるときがあるのでな」


 二人は身近に強い人間がいる。そのせいで自分を過小評価しがちである。


「まあ、ありがとうね白部君。嘘でも嬉しいわ。私、地球じゃ魔法なんて使えないからこの力が使えることを嬉しく思っているのよ」


「いや別に嘘ってわけじゃ……あれ? 地球では使えないの?」


 この世界では固有魔法はそのままのはずだ。才華の魔法がこの世界独自のものだとしても、魔力を持っている以上地球でも使えるのが当たり前だと洋一は思っていた。


「……話しておいた方がいいかもね。この世界について私の考えた推論」


「この世界についての推論……?」


 洋一は夢現世界を詳しく知っているわけではない。一早くこの世界について知った者ではあるが、それ以上は踏み込んでいない。

 夢現世界がどういう世界なのかなど考えたことがなかった。


「この世界はね、人間の欲望というか、夢というか、とにかくそういったものに沿って創られていると思うの。根拠は私。……私は地球で魔法が使えるとても強い友達がいるのよ。そしてその人に憧れる部分も――嫉妬している部分もあった。私だけなんの能力もないから、なんだか仲間外れにされているみたいでね」


「……だから魔法が使えるようになったと?」


 黙っていたグラヴィーからの問いかけに才華は頷く。


「他にも、私はすっごく多忙な日々を送っていたんだけど、たまには一日中部屋に引き篭もっていたいなんてことも考えることがあったの。この世界の私は魔法を使えるし、忙しい仕事から逃げるように引き篭もっていた。これを偶然として片付けることは出来ないと思う」


 人間の夢や欲望を叶える世界。

 本当だとするならば洋一の願いとはなんだったのかを深く考える。


(夢、欲望……願ったことはなんだろう。思い当たるのはアレしかない)


「そういえば僕も故郷の図書館に行きたいと思うことがあったな。思えばあの村にあった図書館、トルバの図書館にどこか似ていたか。……あ、ということは喫茶店を経営するのもまさか……いや、まさかな……。白部、お前はどうなんだ」


 思考を逸らしたグラヴィーが洋一に問いかける。

 深く考え込んでいた洋一が答えるのは単純な願い。


「友達。僕は友達が欲しかった……」


 暗い表情で語る洋一を見てグラヴィーは汗を垂らす。


「あ、ああ、すまん。そういえばお前はボッチだったな。だが安心しろ、今は僕達がいるから。お前ボッチじゃないから」


「そうね、まだ短い付き合いだけど私達は友達でいいと思うわ。それにしても意外ね、白部君の性格なら友達の一人や二人すぐに出来そうなのに……私ならすぐに友達になったのに」


 友達という言葉に洋一の表情は明るくなる。


「ありがとう二人共。もっと早く、二人に会えたらよかったのにな……」


 しんみりする洋一は地球のことを思い出す。

 いつも一人で、寂しい気持ちしかなかったあの頃を。

 ――洋一が過去を振り返っているとき、前を歩いていたグラヴィーがふと立ち止まる。それに続いて洋一と才華も不思議に思って立ち止まる。


「出てこい、分かっているんだぞ。さっきから尾行していることはな」


「グラヴィー?」


 急に何を言っているのか洋一達は分からなかったがその答えはすぐに分かることになる。

 後方の木々の隙間から速人がゆっくりと歩いて出てきた。

 何も気付いていなかった洋一と才華は驚くが、グラヴィーはそんな風に出てきた速人を睨みつける。


「今度は気付いたか」


「……いつの話をしている、あれから数年。もうあんなヘマはしない」


「そうかそうか、雑魚は雑魚なりに学習するらしい」


「――っ! 今すぐにぶっ飛ばしてもいいんだぞ」


「お前が? 俺を? 冗談はお前の弱さだけにしろ」


 すぐに殺気が混じり空気が悪化した。

 洋一と才華が「落ち着いて!」と必死に止める。

 そんな三人をじっくり見て速人は鼻で笑う。


「どうやら記憶は持ってるようだが、お前達はまさかムゲンと戦うつもりなのか?」


 問いに頷いて肯定する洋一達。そんな彼等をバカにしたように速人は嗤う。

 その態度にグラヴィーはまた頭に血を上らせる。


「無駄だ、止めておくんだな」


「どうして無駄だって……」


「分からないのか? それとも考えないようにしているのか? それは簡単なことだし自分でも分かっているだろう? 弱いんだ、お前達は。さっきの黒い化け物、あの程度の敵も倒せずによくまだ戦おうと思えるな」


 黒い化け物――悪魔の強さは相当なものだった。

 少なくとも洋一はそう思っているし、他の二人も同じ気持ちだろう。しかし目前の男からすれば大したことのない存在でしかないのだ。自信過剰というわけではない、速人からが立っているだけで恐ろしい程の戦闘技術が伝わってくる。

 しかし洋一は力がなくとも立ち向かう気でいる。こればかりは誰になんと言われようとも変える気がない。


「戦いますよ、僕達は。勝ち目がほぼなくても少し可能性があるなら戦います。それと、弱いなら他者とカバーし合えばいいんです。あなたも地球での記憶を持っているのなら僕達と――」


「断る」


「――え?」


「断ると言ったんだ。お前達と組んだところでメリットがない。足手纏いになるだけだ」


 冷たく突き放す言動に才華とグラヴィーは拳を強く握る。

 実際そんなことは分かっていたことだ。グラヴィーと才華は三夢の三人の内一人を知っている。地球で過ごした日々の中でその並外れた強さを知っている。自分達では到底敵わない、そう思ってしまうのも無理はない。


 ただ一人だけ、敗北を考えない男がいた。

 洋一は負けることを想像しない。洋一も笑里とは付き合いも長くその強さをよく知っている。だがどんなに強くても力を合わせれば勝てる。ムゲンにも勝てると信じている。そう信じなければ弱い心は折れてしまうのだから信じるしかない。

 敗北とはすなわち、誰かを救えなくなるということなのだから。

 

「僕達は一刻も早くこの世界に囚われている人々を助けたい、だから」


「――ならば試してやろう」


 速人は洋一の言葉を遮りそんなことを言い放った。


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