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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
九章 白部洋一と夢現世界
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幕間 名もなき村にて


 帝都付近の森を西に進んだ先。そこにはムゲンが密かに作り出した村がある。

 二重記憶障害者として牢屋に入れられていた影野統真(かげのとうま)は地下牢から出されて、軽鎧を纏う女騎士にその村へと連れてこられていた。


「ここがこれからあなたの住む村よ」


「はぁ、なんというか……寂れた村ですね」


 痩せこけた土地。傷が目立つ木造民家。作物が多少しか育っていない畑。

 人が喜んで住む村には到底思えない。影野は少々ガッカリして思わず失礼な感想を零した。


「まあまだ発展途上の村だからね。これからは貧乏な思いをしながらこの村で好きに生きるといいわ。もうこの村から出ることは許されないんだし、そうするしかないでしょ」


「ええ分かっています、それが二重記憶障害者となってしまった俺への罰なんですよね。何も文句は言いませんよ騎士様」


 二重記憶障害者としてムゲンに余計な手間をかけさせたのだから罰を受けて当然。犯罪者予備軍とまで言われるのに、むしろ治療後とはいえ牢屋から出してくれる親切さには感謝しなければならない。その結果が寂れた村への強制移住であるとしても受け入れる必要がある。


 送ってくれた若い女性騎士が村から出ていくのを見送り、影野は村を見て回り始める。

 これから住む村を少しでも知っておきたいと思うのは当然のことだろう。……といっても詳しく見るまでもなく貧しい村であることは間違いない。


 畑にある作物を見てため息を漏らす男がいた。少し痩せ気味の村人達を見るにまともな食事も取れていないのだろう。これからそんな村で暮らさなければいけないという事実。影野の表情に影が差すのも仕方ないことだった。


「ふぅ、これからどうなることやら。こんなとき誰か大切な人を思い浮かべると気持ちが安らぐっていうよな。……そんな人、俺にいないっていうのにね。はは、笑える、自虐のジョークかよチクショウ」


 頼れる友人も、家族も、影野には存在していない。全て二重記憶障害者となってしまった自分が悪いのだと自分に言い聞かせる。


「おい、今日もやるみたいだぞ」

「マジかよ、物好きなやつだよな。金なんかあげられねえってのに」


 村人達がある一定の方向に向かっていくのに影野は気付く。

 数人の村人が向かう先にいったい何があるのか。確かめるべく影野は不思議に思いつつ付いていく。


(こんな村で何があるんだか。……あれ? あれってまさか)


 村人の集う先にいたのは一人の少年。

 藍色の服を着ている青髪の少年は軽く頭を下げる。


「本日もお集まりいただきありがとうございます。今日も皆様をあっと驚かせるような奇跡をご覧に入れましょう」


 頭を上げて笑身を浮かべる少年が始めたのは――マジックショー。

 トランプで宣言通りのカードを引いたり、小さな鉄球が左手から右手に瞬間移動したり、両手を広げると鳩が数羽飛び出て来る。種も仕掛けもあるのだろうが、見ている影野含めた村人達からすれば奇跡と変わらない。


「これにて終了となります。また明日もこの場所で行うので是非見ていってください。一時の奇跡を味わわせてみせましょう」


 終了まで眺めていた影野は理解した。

 このマジックショーは村人達の癒しとなっている。おひねりも貰えないこの村で行うなど酔狂な少年だが、確かに村人達への娯楽を提供しているのだ。


 満足したのか帰っていく村人達を見て道具を片付ける少年へと、影野は「ちょっといいかな」と声を掛ける。

 別に金銭を渡すだとかそういう行為ではない。そもそも解放されたばかりの影野は金目の物など何一つ持っていないのだから渡せない。


「なんだいお客様、僕に何か用でも? お金ならいらないよ? お金を要求して生活を苦しめる真似なんてできないからね」


「いや、そういうつもりじゃないんだ。ただどうしてこんなことをしているのか気になってさ。別にお金が貰えるわけでもないのに、あんなことをしていったい君にどんな利があるのかなと」


 金銭を要求しないならただのボランティア活動だ。マジックショーでボランティア活動する人間などそういないだろう。


「得なんてしてないさ。理由としては……この村に活気を与えるため、かな。ほらこの村の雰囲気って重いからさ、少しでも楽しい気持ちになってもらおうと思ってやっているんだよ」


「なるほど。でもどうして手品なんだい?」


「幸いどうしてか手品が得意だったからだよ。逆に言えばそれしかできないんだけどね。そしてまた逆に言えば手品だけは誰にも負けないくらいやってきたのさ」


 楽しんでいた村人を思い出し、目前の少年を見据えて影野はこの村で何をするかを決める。


「……俺も手伝っていいかい?」


「え、手伝ってくれるの?」


 村人達に活気がない場所でなんの目的も持たず過ごすのは辛い。影野も暇であることだし手伝いをするのはいいことだ。

 マジックショーを一人で行う少年の意思に影野は感銘を受けた。自然と手伝いたいと思えた。手伝いたいという言動は無意識に出たものだが、そう言わせる程に影野の心を動かしたのだ。


「嬉しいよ、是非お願いしたいね。というわけで君は今日から助手だ。自己紹介をしておくけど僕の名前は南野(みなみの)(あお)だよ、よろしくね助手」


「ああ、俺は影野統真だ。よろしく頼むよ」


「さあてまずは基礎から叩き込まないとね。……それにしても助手か、なんだか前にもいたような気がするんだけれど気のせいだよなあ。二重記憶障害まだ治ってないのかなあ」


 こうして影野は青と出会い、共に毎日マジックショーを催すことになる。

 ――彼らが真に救われるのはまだ先の話。


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