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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
九章 白部洋一と夢現世界
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129 想起――独りでない記憶――


 恩田の目の前に立った洋一に、大男は誰かなど確認せずに殴りかかった。

 しかし洋一は既に笑里の技術を模倣している。単調な攻撃が通じる筈もなく大男は背負い投げで投げ飛ばされ、頭を打ち気を失う。

 一連の流れを見た周囲の野次馬から、ヒーローショーでも見たかのような歓声が上がる。だが洋一は気にせず、恩田に「大丈夫ですか」と声を掛ける。


「あ、ああ、ああああ! ああああああ!?」


「ど、どうしたんですか!?」


「いた、いたんだよ! 俺は独りじゃなかった! 嫁も子供も確かにいたんだ!」


 それを聞いて洋一は恩田が二重記憶障害者――つまり元の記憶を取り戻したのだと気付く。

 初めて記憶を取り戻したときは誰だって混乱する。

 この世に生を受け生きてきた記憶が二つもあり、どちらが本物かも最初は分からない。洋一も最初は酷く混乱し、楽しく生きているこの世界の方が本物なのではないかと思ってしまったくらいだ。


「明美、充彦、どこだ! 俺はここにいる、返事をしてくれ!」


「ちょっと落ち着いてください恩田さん! あなたは――」


「これは何の騒ぎだ!」


 説明しようとしたところに怒号が響く。

 若い男の声だった。それを聞いて、グラヴィーが驚いた表情で人々の前に出る。洋一の元へは行かないがよく見える場所には移動した。


「あ、あなたは?」


「僕はレイ、三夢(トリオトラオム)の一人だよ」


 三夢と聞いて洋一は顔を強張らせ、野次馬はまるでヒーローが来たかのように安心する。

 唯一グラヴィーだけは驚愕したまま動けずにいた。


「三夢!?」

「三夢が来てくれたならもう大丈夫だな」

「ていうかあの男なんなん?」

「助けてもらって礼も言わないとか酷いよね」

「てかそれ以前になんかあのオッサンの言動ってさ」


 騒がしくなる野次馬は置いておき、レイは洋一を見やり口を開く。


「それで何があったのか説明してもらえないかな?」


「えっと……この恩田さんが向こうの大男に……」


 洋一が躊躇いながら状況を話すと、レイは恩田の方に目をやる。先程から挙動不審だったために嫌でも目を引くのだ。


「明美はどこだ!? 充彦は!? 俺の大事な、大事な家族……かぞ、く? どうなってる……また何も思い出せねえ、顔が出てこねえ……明美……誰だ」


 レイはその恩田の言動を聞きある一つの結論に達した。

 それはこの世界において犯罪者予備軍とも呼ばれる奇病の持ち主――二重記憶障害者。


「まさかこんなところで二重記憶障害者に会うことになるとはね。悪いけど連行させてもらいますよ」


「ふ、ふざけんな! 俺が何したってんだ!? 俺はなに……何をしてた?」


「安心してください、ムゲン様が助けてくれますので」


「ムゲン? ムゲン様? あ、ああそうか……じゃあ頼むよ」


 困り果てている恩田は異常が収まったと見てもいい。

 レイは恩田を縄で縛り町の外へと連れて行ってしまう。洋一はその様子を「恩田さん……」と呟き見ていることしか出来なかった。ここでもしも必死に止めたとして洋一が止めに入るのは自分も二重記憶障害者だとバレる可能性が上がる。

 必死に止めたい感情を抑えつけ洋一は立ち尽くす。噛みしめる唇からは血が流れていた。

 事件が終わったことで野次馬は散っていく。グラヴィーは周囲に人々がいなくなってから洋一に近付いて、肩に軽く左手を置く。


「あそこで飛び出してヒヤッとしたが、連行を止めなかったのは褒めてやる」


「……でも恩田さんが、恩田さんが連れていかれてしまった」


「あの状況はどうしようもなかったさ。とにかく今日はもうディストの屋敷に戻ろう」


 帰ろうと足を進めたとき、洋一達はいくつもの悲鳴を聞く。

 可愛らしい幼女の悲鳴。甲高い女性の悲鳴。野太い男性の悲鳴。町中で響く悲鳴のオンパレード。


「なんだ、どうなっているんだ」


 洋一達は周囲を見渡す。

 悲鳴は遠くから聞こえたものが多い。どこへ向かうか悩んでいると、洋一達の方に駆けて来る少女がいた。

 黄色い髪のゆるふわパーマである少女は、見た目からして高そうな白いドレスを着ているため走りにくそうにしている。さらにハイヒールであることも走りにくさに拍車をかけている。


 少女は息を切らせて走っている。動きづらそうな服装の割に素早いが、後ろから追いかけている男はもっと速い。

 状況から男の方が危険と判断して洋一は動く。


「そこの二人、逃げて!」


 洋一は逃げない。男に向かって走り出し、すれ違いざまに手を取って、そのままの勢いで男の足を蹴ることで態勢を崩し地面に転がす。

 見事な手際に少女もグラヴィーも感心するような声を漏らす。


「大丈夫ですか?」


 息を整えている少女に洋一は問いかける。


「ええ、大丈夫です。助かりました」


 少女は軽く頭を下げて礼を告げた。


「くそっ離せおい! この、俺の娘となに許可なく話してんだ!」


「……父親なんですか?」


「いいえ、全く知らない赤の他人です。急に迫って来たものだから緊張してしまって……一般人くらい楽に無力化できるのに恥ずかしながら逃げてしまいました」


 首を横に振って少女は答えた。

 妄言。恩田のように記憶が戻ったことで錯乱していると結論付け、グラヴィーが首に手刀を落として気絶させる。

 攻撃ついでに男の顔を見たグラヴィーは口を開く。


「こいつ……ディストの家にいた僕達以外の観光客じゃないか」


 男は洋一達と食卓を囲んでいた一人だと思い出す。


「恩田さん以外にも二重記憶障害者になった人がいたのか……。じゃあまさかさっきから聞こえる悲鳴は! もしそうなら早く行かないと!」


 焦った洋一は、グラヴィーの「おい!」という制止の声も聞かないで走り出す。

 連続で二重記憶障害者になったのが同じ家に寝泊まりしていた男達となれば関係性は高い。何かが原因でディスト邸に寝泊まりしていた観光客全員が二重記憶障害者になったとなれば、混乱が招く被害はかなりのものになるだろう。


「ちいっ! おい、お前は早く家に帰るんだな」


「え、ちょっとまっ……!」


 少女が何かを言う前にグラヴィーも走り去る。

 まだ何かを言いたげにしていた少女は「んもう!」と叫んで追いかけ始めた。



 * * * 



 洋一の予想通り、町では十数人もの二重記憶障害者が暴れていた。

 先程の少女のように誰かが追いかけられていたり、暴力を振るわれたり、犯罪者のように危険な者達が町中で自由に動いている。


「間違いない、全員ディストさんの家にいた人達だ。どうして……!」


「何か原因はあるんだろうが、元々そうだった僕等には効果がなかったということか。偶然にせよ人為的なものにせよ厄介だな」


 一人、また一人、洋一達は暴走する二重記憶障害者達を無力化させていく。

 魔力持ちである二人から逃れられる者などそういない。一般人が暴れていたところで所詮は一般人。純粋な身体能力だけですぐに拘束できる。


「なんだよお前ら、なんなんだよおお! お前らが俺達をこんなところに連れてきたのかああ!」


「違う! 全ての元凶は僕達じゃない、この世界に来てしまったのは――」


 激昂して襲い掛かってくる男の攻撃を躱しながら洋一は叫ぶ。

 しかし洋一達が攻撃する前に男は気絶した。それはなぜか、洋一の目ではぶれるようにしか見えなかったが、一人の少年が高速で飛来して素早い手刀を繰り出したからだ。


「ダメじゃないか、障害者の妄言に耳を貸しちゃあさ」


 倒れた男の背後にいたのはつい先程会った少年――レイ。

 洋一は思わず「と、三夢(トリオトラオム)……」と呟く。


「ああいった彼らの発言は根拠のない妄想だ、付き合っていたらキリないよ」


「レイ、どうしてここにいる」


「うん? 僕名前教えたっけ?」


 グラヴィーが迂闊にも知るはずのない名前を出してしまった。

 これでグラヴィーが地球でレイと知り合いなのが洋一には分かった。


「まあいいか。なぜここにいるかって? 悲鳴が聞こえたのさ。さっきの恩田という人を外で待機している騎士に預けて急ぎ参上したってわけ。だけど全く驚いたよ、ここまで二重記憶障害者がいると面倒だ。まあ君達が協力してくれるみたいだし少しは楽かな……してくれるよね?」


 正体がバレれば敵同士になってしまう。それでも現状の事件を手早く解決するには人手があって困らない。レイとの協力を洋一達は受け入れることにする。

 それからはあっという間だ。全ての二重記憶障害者を洋一達三人が気絶させることで沈静化させた。


 全員の手首を縄で縛り捕縛する。

 町の外で待機している騎士達の元へ連れていくのだが、暴れていた者達の数が多いために洋一達も手伝うことになった。


 協力相手が三夢だということは複雑だがこの際構わない。

 正義の意思を持ち、正義執行のため共に動いてくれたのだから、すぐに敵同士になるとはいえ今は仲間も同然だ。


「よし、これで全員かな。協力ありがとう二人共」


「別にいいですよ。暴れている人を止めるのは当たり前だと僕は思っていますし」


 全員を騎士団の所有する馬車に乗せ終わる。


「そうか、君みたいな人は好きだよ。……なんだか以前から君みたいな人と友達だったような気がするんだ。気のせいだとは思うけどね」


 笑いながら話すレイにグラヴィーが問う。


「レイ、神谷神奈という女を知らないか」


 洋一は神奈を知らないが、その名が地球で深い関わりを持っていた人物のものだと推測する。

 リスクある行為だとはグラヴィーも気付いているだろう。これをきっかけに二重記憶障害者だとバレようものならまずい。

 率直な感想。洋一は二人がかりでもレイに勝てないと思っていた。先程捕縛の動きを見て確実に敵わないと分かっている少年を、下手を打てば敵へ回すことになる。


「……神奈。いや、知らないかな。迷子かい?」


「いやそうじゃない。迷子なのはどっちかといえば僕等の方だろうからな」


 誤魔化せた、というより勘違いしてくれたのは幸いだった。

 もしここで記憶を取り戻せるならそれに越したことはないが、中途半端に記憶を取り戻して暴走されては困る。しかも記憶が封じ込められた後に、惑わせたとして洋一達を二重記憶障害者だと理解させてしまうのだから最悪だ。

 最悪の展開はなんとか避けられて洋一は胸を撫で下ろす。


「いけないじゃないか。その子の元に一緒に行こうか?」


「それはいい。今のお前が会いに行ったら戸惑わせるだけだからな」


「えっと、どういう意味か分からないんだけど……とりあえず大丈夫ってことだね。まあこっちも早くあの人達のために帝都へ戻らないといけないから、ここでお別れだね。また会えることを祈ってるよ」


 レイは馬車に乗って去っていく。

 こうして二重記憶障害者の暴走事件は終了した。


 町は平穏を取り戻し、祭りの後片付けモードに入っている。

 そして洋一達は鮮やかな夕日が町を照らすなか、誰もいない路地裏で今回の事について整理する。


「どうしてみんな暴れ出したんだろう? 記憶が戻ったから錯乱状態になったっていっても僕は暴れることなんてなかったのに……」


「恐らくだが中途半端に記憶が戻ったせいだろう。記憶が混濁して、自分でもよく分からなかったんだと思う。泥酔状態のようなものだ」


「中途半端に?」


「ああ、恩田とやらは記憶が戻ったが結局すぐに忘れていた。ほんの少し思い出した程度ではすぐにその記憶は封じ込められてしまうのだろう。思い出すならば完全に、それこそ僕等のように全て思い出さないといけない」


「じゃあどうして戻ったんだろう?」


「さあな、そこまでは分からん」


 どうして記憶が戻ったのか。グラヴィーは何も言わなかったが、原因はディスト邸で食べた料理とこの祭りにあると予測していた。


 まず料理では旨味が脳を刺激していたこと。普段食べない高級料理、その旨味に脳の何かが反応したと考えている。

 次にこの祭り。洋一が言っていたが現実の祭りを思い出させる屋台の数々、その光景、それらが料理での刺激と合わさり一時的に封じ込められた記憶の蓋が外れたのではないだろうか。もちろんなぜ一日目に暴走しなかったのかは謎であるし、それらは所詮予測なのでグラヴィーは心にしまっておく。


「じゃあ、一応ディスト邸に戻ろうか。荷物もあるし」


「そうだな、だがまあこんな事件が起きた以上僕等は追い出されるだろうが」


「……だろうね」


 ディスト邸にて、祈りの儀式から帰っていたディストは事件の報告を受けて憤慨したが、しばらくすると落ち込んだ。自分が招いた客人だというのに、それらがほぼ全員騒ぎを起こして連行されてしまったことを自分のミスのように感じたからだ。


 帰って来た洋一達は、老執事から『もうディスト様は心が折れそうなので、これ以上傷を負わせないために出ていかれることをお願いします』などと言われた。

 元々祭りの期間のみという話だったし、出ていけと言われることは予想通りだったので、二人は荷物を持って屋敷を出ていく。


「それにしても、もっと強く言ってくるかと思ってたよ」


「そうだな、まあ予想していた結果は変わっていない。僕等は予定通り打倒ムゲンのため帝都を目指すぞ」


 そう言ってグロースを出て、洋一達は帝都へと歩き出した。

 少し歩くと、二人は見覚えのある少女が前方の木の陰にいることに気がつく。

 少女は洋一に向かって走り出す。その服装は高そうな白いドレスを動きやすく切ったようなミニスカートだった。


「あれ、君はあの時の……もしかしてわざわざお礼を言いに来たの?」


「それもあるけど……」


 洋一達からすれば小柄な少女は、ゆるふわパーマな黄髪を掻き上げて洋一達を見上げる。


「私も連れて行ってくれないかな、帝都」


 二人は息を呑む。

 行き先が帝都だというのは話を聞いていなければ分からないはずだ。つまりこの少女は自分達の話を盗み聞きしていたということになる。


「……お前聞いていたのか?」


「ええ、あなた達が二重記憶障害者だっていうのも、ムゲンを倒すっていうのも全て聞いていたわ」


 グラヴィーは警戒するが、洋一は少女から敵意を感じないこともあり大丈夫ではないかと思っていた。帝都の騎士団に通報するなら既にしているはずで、自分達に同行許可を求める意味はない。


「通報は?」


「していないわ。だってそんなことしたら折角の仲間が捕まっちゃうじゃない」


 その言葉を聞いてグラヴィーは気付く。


「仲間だと……まさかお前も!」


「そう、私もあなた達と同じく地球での記憶を思い出しているの。証拠は提示できないから信じてもらうしかないんだけど」


「信じるよ。僕は白部洋一、君は?」


「私の名は藤原才華。どうぞよろしくお願いします」


 最後にグラヴィーが名乗り、洋一の仲間は一人増えた。

 思わぬ幸運だっただろう。もしも才華が記憶を取り戻していなければ通報されて捕まるだけだったのだから。

 三人になった反逆者達は帝都に向かう。


(レイが相手……僕等は勝てるのか……?)


 ――その心に不安を抱えながら。


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