128 祭――独り――
白い布がかかっている高級そうな長机に並べられている豪華な朝食。
洋一とグラヴィー、この家の主であるディスト、そして他の観光客が長机を囲むように座り、並んでいる朝食を食べる。
料理はどれも一流、素材から厳選した高級料理だ。そんなものを普段口にすることがない庶民が食べれば、その旨味に舌鼓を打ち、もはやその箸が満腹になるまで止まることはない。
あっという間に食べ終わった洋一達観光客は一斉に立ち上がる。
「ありがとうございました!」
食べ終わった観光客達は全員が揃って涙を流しながら主人に礼を言う。その中には涙など流さないとはいえ洋一とグラヴィーもいた。
「はっはっは! いいとも、だが祭りの期間だけだ。明日で最後だから味わって食べた方が良いぞ貴様ら。こんな料理はもう一生食べれないかもしれないんだからな」
高笑いしながらディストは食事を続けている。
グラヴィーはそんなのんびり味わって食べている男に視線を移す。
(ディスト……何が狙いだ)
(ふっ、俺の器のでかさを才華に話すのが楽しみだな……)
そんなこんなで朝食時間は終了した。
洋一達は外に出ると、昨日より一層賑やかになっている町内を見て驚く。
グロースで行われる祭りは儀式前日から二日間行われるので、町内では昨日よりも様々な屋台が出回っており、観光客も遥かに多く来訪していた。
「この光景……」
「どうした?」
「似てると思ってさ……地球であった夏祭りに」
季節、時間、細かい部分は違えど祭りに違いはない。
街には屋台が並び、子供を引き連れた家族が、恋人同士の男女が、まだ元気な老人が、観光客全員が祭りを楽しむ光景。洋一にはそれが夏祭りと重なって見えた。
「僕は地球ではいつも一人でね、前から祭りなんて一人でしか行ったことがないんだ。この目が幼い頃は制御出来ずにいて、全てが分かってしまう僕を周りは気味悪がった。もう制御出来るとはいえ向こうでは友達が出来なかった。小さいことかもしれないけど、友達と祭りなんかに行って遊んだりするのが夢だったんだよ。……グラヴィー、一緒に回らない?」
「断る」
「ええ!? 今のを聞いて!?」
グラヴィーは洋一に小声で「すまない」と言い理由を述べる。小声なのは周囲に人がいる以上、下手に喋って何かを聞かれれば困るからである。
「僕は情報収集に専念したい。仲間の情報を少しでも多く集めたいんだ」
そう言ってグラヴィーは人混みの中に消えていく。その背中を目で追って少し悲しい気分になる洋一の肩にポンと手が置かれた。
誰かと思って横を見てみれば、今朝同じ食卓を囲んでいた中年でスキンヘッドの強面男である。
中年男は涙を流しながらポンポンとさらに肩を叩くと、グッとサムズアップして口を開く。
「坊主、一緒に回るぜ。俺でよければな」
「……はい」
これは何かが違う。そう思いながらも洋一は了承して祭りを回ることにした。
屋台には地球であったような定番のリンゴ飴やたこ焼き、焼きそばなどに加え、この世界限定だろう店をいくつも目にする。
手のひらサイズの芋虫のような虫が串に刺され丸焼きにされている――ワームの丸焼き。狼の中で柔らかい部分を焼肉にしたらしい――ウルフの串焼き。他にもオークの腕味噌煮、ゴブリンの唐揚げなどが屋台で売られていた。
それらを見て死んだ魚のような目をする洋一は、ここは夏祭りなどではないと理解した。
見ているだけで食欲が消え去るような見た目と名前だ。そんな洋一の気も知らずに、中年男はポイズントードの毒抜き蒸し焼きを渡してくる。
「食ってくれ、今日は奢りだ」
中年男の好意に洋一は苦笑いで受け取るしかない。
大きな蛙の蒸し焼きなど食欲はそそらないが、中年男が美味しそうに齧りつくのを見て洋一も決心する。
食べてみれば予想に反して美味しいのでなんとも言えない気持ちになった。
「そういや自己紹介がまだだったな。俺は恩田だ」
「僕は白部です。名前は洋一」
「おう、洋一な。洋一の過去を聞いてて寂しくなっちまったんだよ……俺も独り身だからな。そういや夏祭りってなんだ? お前の故郷の祭りか?」
「まあそんなところです」
実際は夏に行われる祭りであるのだがこの世界にそんなものはない。
洋一は相手が思っていることに合わせることで、些細なことからでも何かを疑われないようにする。疑心を抱かれれば自分達の危険に繋がるのだ。細心の注意は払わなければいけない。
「独りは寂しいよな」
「そうですね」
「そう、独りは……独り? 誰だこの女は……なんだ……俺の……子……でも俺は……」
何かを考えて虚ろな目になっていく恩田を洋一は不審に思う。
ブツブツと何かを言い続けるので「恩田さん?」と声をかければ、恩田は正気に戻って周囲を見渡す。
「あー悪いな、ボーっとしてたみたいだ」
「大丈夫ですか? 今日はディストさんの屋敷に戻った方が……」
「いや大丈夫だ。今は祭りを楽しもうぜ」
恩田の言葉通り洋一は祭りを楽しむことにする。
グロースは広い町だ。そんな広い場所を一日で回りきれるわけもなく、洋一達はその日ディスト邸に戻ることにした。
* * *
借りている部屋に洋一が戻ると、先に帰ってきていたグラヴィーが手記に何かの文字を書いていた。
少なくとも日本語ではない文字が洋一は気になってしょうがない。元々グラヴィーは日本人らしくない名前と見た目なので外国人だと推測しているが、英語が少し読める程度の洋一には分からない文字である。それにしては流暢な日本語を話すので、手記などに書く場合は故郷の文字を使ってしまうのだと勝手に納得する。
「グラヴィー、それは?」
「この世界のことを簡単に纏めているんだ。忘れてはならないからな。まあこの手記が向こうに持って帰れない場合や、どうしても覚えていないときはどうしようもないだろうが」
「……忘れる」
「どうした?」
洋一はふと考えた。
この世界は夢のようなもの。幻の世界。それならば、ムゲンを倒し地球に戻った後で果たしてこの世界の記憶は保持し続けられるのか。
普段の夢ならば見ても思い出せないなんてこともある。もしも地球に戻ってもこの世界のことを覚えていられないのだとしたら……洋一はまた一人になる。
「いや、なんでもないよ。それで新しい情報はあったの?」
「あまりなかったな。人が多くなればその分情報も手に入りやすいかと思っていたが……三夢やムゲン、特にムゲンは神に等しく扱われるだけあって情報が規制されているとしか思えない。それくらい情報が少ないのだ。分かっているのは二、三回演説をしたことと、女だったということだけだ」
「それなら一緒に回ってくれてもよかったのに。今日僕は恩田さんと……あ、恩田さんっていうのは僕達と同じくここに泊まらせてもらっている人で、その人と祭りを回ったんだよ」
洋一は楽しそうな笑みを浮かべて今日の出来事を語る。
「そうだな、明日は僕も同行しよう。……そういえば祈りの儀式の当日、つまり明日には三夢の一人がここに警備に来るらしい」
「……それってもしかして」
「誰が来るかまでは分からない。お前の知り合いかもしれんが、そうじゃないかもしれない。確率とするなら三分の一だろう? 警戒するに越したことはないが心は休めておけよ」
それから夜になり、洋一は就寝――できなかった。
貴族達の警備につく三夢の話題のせいで不安を抱えたまま眠れない。
眠るために気分転換として少し歩こうと思い廊下を歩く。
三日月が屋敷の廊下を照らしている。夜だというのに廊下は存外明るかった。豪華な品物がいくつもあり、王城にでもいるかのような景色だ。
そんな中、洋一は月光に照らされる恩田の姿を見つけた。
「誰だ俺を呼ぶのは……お前は誰だ、どうして俺の名前を知ってる……俺は確かに恩田篤だ、その名前をどうして……誰なんだよお前は……」
洋一の接近に気付かない恩田はブツブツと何かを呟き続けている。
「恩田さん?」
「――はっ!? よ、洋一? お前も眠れないのか?」
「ええまあ、恩田さんもですか?」
恩田は一気に正気に戻った。
そしてまた窓から入る白い光、その原因である月を見上げて恩田は「ああ」と頷く。
「なあ……いや、やっぱいい。早めに寝ろよ?」
「え? は、はい。おやすみなさい。また明日」
何かを言いたげだった恩田が何も言わずに部屋に戻っていく。
洋一はその後ろ姿に哀し気な何かを見た気がした。
今度は洋一が一人月光を浴びる。この世界でも変わらない月を見上げて、次に恩田が去った方角へと目を向ける。その行為に特別な理由はない。ただなんとなく気になったからというだけだ。
少ししてから洋一も部屋に戻り、ベッドに入ると驚くほどすぐに眠くなった。
* * *
祭り二日目。貴族の祈りの儀式当日。
洋一達観光客は朝食を食べてまた涙する。しかしなぜか、恩田を含めて誰もが浮かない顔をしている。
何かがある、嫌でもそれが分かる……でもそれが何かは分からない。
この異様な雰囲気に洋一は何か不吉なものを感じ取っていた。
ディストはすでに祈りの儀式に出発していたので、全員が感謝するのは食事を運んでくれた老執事だ。
観光客全員が外に出て祭り二日目を楽しむ。
洋一達も例外ではなく、二人で様々な食事をしたり、射的をしたり、型抜きなどの遊びもやったりして、一緒に回れなかったグラヴィーとの楽しい時間を過ごす。
遊び尽くして早くも夕方。
人々が楽しむその祭りは平和だった――が、事件は唐突に起こる。
「あれ、恩田さん?」
覚束ない足取りとはいえ恩田が町中を歩いている。
心配なので洋一達は人混みを縫うかのように足を進める。
「恩田というのは昨日お前が一緒に回ったという男か?」
「うん、どうしたんだろう……あんなにフラフラと歩いて」
フラフラの恩田と、前方から歩いてきた大男と肩がぶつかった。
大男は怒り出すが恩田は何も答えない。そんな恩田に大男はさらに怒りが増加し、ついには暴力を振るうにまで至った。
大きな拳が振るわれるまでに洋一は間に合わない。
殴られた恩田はハッと正気に戻ったように周囲を見渡す。
周囲を見て分かるのは恩田に怒りを向ける大男と、喧嘩見物の野次馬達。しかし恩田はそれ以上に気になってしょうがないことがあるのか気にしていない。
「ここは……どこだ」
恩田はそう小さく呟くが、それは誰に問いかけるつもりでもなくただの自分の中での確認。……だが錯乱しており、落ち着かない様子で目の前の大男を見やる。
再び大男が拳を振りかぶり――人混みの中から洋一が庇うように飛び出した。




