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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
九章 白部洋一と夢現世界
296/608

127 貴族――忠誠心の塊――

2023/11/05 文章一部修正








 大声でここにはいない人物に怒鳴るグラヴィーを洋一は必死に止める。

 一先ず二人は宿屋へ向かうことにした。ただ、宿屋は難なく見つかったのだがどこも満室ということで困り果てる。


「野宿でも構わんだろう?」


「それはちょっと……でも困ったな、誰か泊めてくれないかな」


「無理だろう、見ず知らずの僕達を誰が泊めてくれるというんだ」


「そうだよね」


 宿を探すのを諦めた洋一達はグロースを観光しながら情報を集めることにした。

 焼き鳥、ケバブ、タコス、焼きとうもろこしなど、美味しそうな食べ物に釣られ貴重な金を消費しそうになりつつも情報収集は欠かさない。ムゲンのことや〈三夢(トリオトラオム)〉、二重記憶障害者などの情報を集めていく。

 情報の入手法は単純に聞き込みだ。


 流れる人と火を使う料理の数々で熱気は凄まじい。熱さで額から汗を垂らす洋一の体調を気遣い、二人は人が少ない路地裏で情報を整理することにする。


「まったく、情報のほとんどがあいつじゃないか」


 二重記憶障害者の情報の多くは手配書に載る隼速人くらいなものだったが、既に帝都フリーデンの地下牢には地球の記憶を持つ者がかなり収監されているようだ。しかし近い内にムゲンが救済するとのことらしい。


「だが、ムゲン城の地下牢に捕まっている連中……それは貴重な仲間となるだろう。まあ僕達がそこに行くまでに記憶を封印されていなければの話だがな」


「最近だと〈三夢〉と戦って手傷を負わせた人もいるらしいね。まだ無事ならいいんだけど」


「ああ……しかし目新しい情報はそれだけだったな。ムゲンや〈三夢〉の情報は知っているものが多かった。強いて新しいとするなら〈三夢〉の性別と武器くらいか」


 ムゲンや〈三夢〉の情報に関しては重要性が高いものはない。だが〈三夢〉の性別、戦いでの武器などは判明した。

 男が一人。女が二人。その内の一人が秋野笑里だということは二人も把握している。しかし結局残りの二人が誰なのかは謎のままである。


 武器に関しては剣、素手しか使わない。銃などの武器がないと分かっただけでも洋一はホッと一安心する。ただの拳銃など脅威ではないが、魔力を込めた弾丸が撃ち出せるなら脅威となる。結局いくら強くても銃が怖いというのは一般人と変わらない。


「身近な問題になるけど宿もどうして満室なのか分かったね」


「祭りだったか……呑気な連中だ、自分達の境遇をまるで理解していない」


 情報を集めている中で現在なぜどこの宿も満室なのかが分かった。

 夏祭りのように毎年恒例の行事開始日が近いのだ。


 祭りに関しての説明を一から始めると、グロースには貴族エリアと平民エリアがあることから説明しなければならない。

 平民というのは村人など地位が低い者。たまに魔力を持っていることもある。

 貴族というのは生まれつき高い魔力を併せ持ち、英才教育を受けこの町の政治を行う者達だ。


 もうすぐ貴族達は平民エリアを通りながら、少し離れた場所にある神殿に向かう。

 毎年の恒例行事は神殿にてムゲンに祈りを捧げることだ。ムゲンはそこに行かないが貴族達はそれでも構わず一斉に祈りを捧げる。この世界でムゲンは神に等しく扱われており、貴族は全員絶対的な忠誠心を持っている。


 そしてその日は町全体がお祭り状態になる。

 毎年外からも観光客が大勢訪れる要因がその日の祭りなのだ。


「まさかそんなものがあるとは思ってなかった。だいたいまだ二日前だというのにどこも泊まれないとは……」


「よっぽどみんなその日が楽しみなんだね」


「――そうだな、貴様等も楽しみにしているといい」


 突如会話に新たな声が加わり二人は動揺する。

 洋一は単純に知らなかったから、グラヴィーは逆に知っていたから。

 二人が背後を振り返ると、そこには灰色のマフラーを首に巻く細身で長身の男が立っていた。


「ディ……! お、お前は誰だ……」


「俺の名はディストという。このグロースに住んでいる貴族の一人だ」


 洋一は貴族の登場が意外だったので「貴族……」と思わず呟く。

 貴族というのはムゲンに高い忠誠心を持っている以上、敵である。正確にするなら敵になる可能性が高い人物達。警戒をしておいて損はない。


「その貴族が何の用だ」


 警戒心を持ってグラヴィーが問いかける。


「なに、貴様等が宿がないとか言っていたのでな。この俺の家に泊まらせてやろうとしただけだ」


「え、いいんですか?」


「構わないぞ。俺の家は広いからな」


 洋一とグラヴィーにとってはありがたい申し出であった。

 二人はディストに付いていき、豪華で大きな屋敷に辿り着く。


「でかい家だな……落ち着かなくないか?」


「ふむ、確かにそう思うときは多いな。いつまでも馴染まないというか……まあ別に大した問題ではないだろう」


 屋敷の中に入ると、そこには一目で高級品だと分かる数々の調度品があった。

 洋一は瞳を金に光らせて〈解析〉を使用する。


【名前 なし】

【説明 世界有数の作り手が作成した壺の贋作。しかし値段はその精巧さから高値で取引される】


 中には偽物もありはしたが、どれも庶民では手が届かない代物である。

 赤い絨毯が敷かれている廊下を進むとディストが立ち止まり、一つの扉を開ける。

 部屋の中にディストの「ここだ、入っていいぞ」という言葉で入室する。そこは豪華な物もないただただ普通の部屋……平民が住むような質素な部屋だった。


「ここを僕達に?」


「ああ。だが対価はもらうぞ……そう警戒するな、普通の宿屋と同じ程度でいい」


「分かりました。でもなんで見ず知らずの僕達に部屋を貸してくれるんですか?」


 赤の他人を自分の家に、いくら広いからといっても泊めてくれるだろうか。対価を貰うとはいえ、この屋敷を見る限り財に困っているようには見えない。


「別に大したことじゃない、俺は貴様らが宿がないと知ったから泊めることにしたと言っただろう。どこぞで野垂れ死んだら迷惑だからな。この屋敷はお前達のような者が今十人程泊っている。全てはこの町のためだ、道端で人が倒れていたら良くないからな」


「そうですか……ありがとうございます」


「ふん、礼など不要だ」


 ディストは二人を置いて部屋から出ていく。

 洋一はここに来るまであまり喋らなかったグラヴィーの様子を見る。


「あの人……知り合い? もしかして友達とか」


「……そんなものだ」


「たとえ現実で知り合っていてもここじゃ他人か。辛い気持ちは分かるよ」


「そんなんじゃない」


「……辛くないの?」


 辛くないわけがない。洋一は同じ立場ならと想像しただけで胸が痛くなる。

 同じ立場ならといっても洋一には友達がいないので想像も安っぽい。それでも悲しさがはかりしれない程強い。


「今考えるべきは仲間の存在だ。この大きな町でもほぼ手がかりがない以上、もうほとんどが捕まっていると考えるのが自然。そして捕まった連中はもうすぐムゲンに記憶を封印されるだろう。二重記憶障害者で一番厄介なのは地球での記憶を持っていること。ならばその記憶を封印し、ここでの記憶の方を強くさせてしまえばいい。そうなればムゲンに忠誠を誓うバカ共の仲間入りを果たしてしまう」


「なるべく早く動いた方がいいってことだね?」


「そうだが、もう現状では二、三日動けないだろう。僕等は祭りを見に来た観光客という風にディストには伝わっている。そんな状況で始まる前にこの屋敷から出ていくのは不自然だ。場合によっては何かあると勘繰られる可能性もある」


 洋一はその慎重さによく考えているなと感心する。

 ただ、グラヴィーはもう一つ教えずに考えていることがあった。


(ディストの目的は何だ?)


 グラヴィーはディストを二重記憶障害者でないかと最初は疑っていた。二人は知り合いであり、現実の記憶があるのならば泊めようとしてくれてもおかしくはない。しかしこの屋敷には二人以外にも宿無し観光客がいるという。これでは知り合いだから泊めてくれるという線が消える。


 善意という可能性もあるが、人間は欲望溢れる生物だ。目的というものは確実に何かしら存在するだろう。

 本当に二重記憶障害者ならば質問でカマをかけるのもありだと思っていたのだが、リスクが大きすぎると考えを却下した。もしそれで違うのならばグラヴィー達が怪しまれる。

 自分達を泊めて何か利益があるのではとグラヴィーは疑い続けた。



 * * * 



 疑われているとは知らず、ディストは書斎の椅子に座り窓の外を眺めていた。

 人々は祭りの準備をして賑わっている。そんな様子の人々にディストは冷めた眼差しを向ける。


「今年は来るか……?」


 誰に言ったわけでもない独り言。その声には悲しみの感情が強く出ていた。

 コンコンコンと三回のノックがディストの耳に聞こえてくる。

 視線を扉に移し「入れ」とだけ言うと、扉から老執事が入ってくる。


 老執事はずっとこの屋敷の人間に仕えているベテランの執事だ。特に慌てている様子でもないので用件は急ぎでないことくらいディストは察せた。


「何か緊急の用件というわけではなさそうだが」


「はい、ただ坊ちゃんがお喜びになられるかと」


「ほう……その俺が喜びそうな用件とは?」


「あの藤原家の娘さんが今回は祈りの儀式に参加するようです」


 その報告が耳に入るとディストは「そうか」と呟く。

 手で顔を覆い、笑いを必死に抑えようとするも声が漏れてしまう。


「くふっ、ふはっ、はははっ、ようやく……ようやくか」


「はい、ようやくでございます」


「可愛い俺の婚約者がようやく儀式に参加を決めたか! あの引き篭もりがようやく! 今日は最高の日だ!」


「……お喜びの最中に大変申し訳ないのですが、一つ聞いてもよろしいでしょうか」


 高揚していた気分も落ち着いてディストは「……なんだ」と言う。

 本当に申し訳ないと思うのなら放っておいてほしかったのだ。まだ喜びの感情は消え去っていないのだから。


「いったいどうして平民……いえ余所者を泊めているのですか?」


 老執事の疑問。それは今この屋敷に泊めている観光客達についてだった。

 貴族であるディストがなぜあんな者達をわざわざ泊めているのか。何の目的があるのか老執事さえ知らない。

 ディストは笑い「なんだそんなことか」と呟いて答えを口に出す。


「だってそんな風に平民にも手を差しだせば俺の好感度は良くなるだろう? つまり……才華からの好感度上昇を狙った俺の奇策だ」


 ドヤ顔しながらの返答に老執事は何も言わない。

 この話をグラヴィーが聞いていたら一発ぶん殴っていただろう。なんてことはない、何かの巨大な陰謀などではなく、ただの人間としての優しさアピールだったのだから。

 上機嫌に戻るディストは老執事が出ていったことにも気付かなかった。


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