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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
九章 白部洋一と夢現世界
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126 戦力不足――甘さは長所と短所――


 人が作ったような道のある草原を洋一とグラヴィーは歩く。

 二人は歩きながら今後の方針について話していた。


「まず、一番にするべきことは」


「戦力集めですか?」


「その通りだ。あとその敬語止めてくれ、一応仲間だし同い年だろう?」


「えっと、じゃあ……グラヴィー」


 それでいいと頷くグラヴィーは本題の戦力強化に話の流れを戻す。


 洋一とグラヴィーの二人だけではムゲンどころか、三夢(トリオトラオム)にも勝てる可能性は低い。実質洋一だけのときから戦力の増加は微々たるものだ。

 それを実感している……自分で自分の戦力を把握しているからこその目的である。


「でも戦力っていったら二重記憶障害者だよね、当てはあるの?」


「ない、だからこれから集めるんだ。今向かっているグロースは知っているか?」


「グロース……確か、かなり大きな町だよね?」


「そうだ、そこで情報を集めるぞ。戦力については捕まっている囚人達を牢屋から解き放てば相当なものになるだろう。出来ればそれ以外にあと数人仲間が欲しいところなんだが」


 グラヴィーが言った仲間とは当然二重記憶障害者、地球での記憶を持つ者である。その方が手っ取り早く説明が出来るからだ……というかそうでない者は協力しないだろう。

 話をしていると、ふいにグラヴィーが突然立ち止まった。

 洋一は立ち止まったグラヴィーに戸惑うが、その険しい表情から何かあると気付く。


「どうしたの?」


「敵意を感じる」


「誰かが僕達を?」


「いや、誰かというよりは……獣?」


 グラヴィーが後ろを振り向くと、そこには灰色の毛並みが美しい狼がいた。

 狼は「グルル」と唸り、鋭い目つきで洋一達を睨む。

 そんなあからさまな敵意……というよりは殺意に、洋一は息を呑んで一歩後退りする。


「普通の狼? いや、魔力を感じるしここでは魔物だったな」


「どうしよう……」


 この世界で魔物と呼ばれる存在。

 元の世界の動植物に魔力が宿ってしまった生命体だ。その実力は恐るべきことに、一般人ではどんな武器を持ったところで太刀打ちできない。


 魔物と遭遇すれば戦うしかない。

 戦闘態勢に入った洋一は、隣で小さな鞄の中を漁っているグラヴィーに視線を移す。 


「グラヴィー? 何をしてるの?」


「これを受け取れ」


 グラヴィーが小さめの鞄から取り出したのは料理で使う普通の包丁だ。

 包丁を手渡された洋一は突然の凶器に動揺を隠せないが、グラヴィーの言わんとしていることは分かっていた。

 この包丁を武器に目の前の狼を倒せ。そう目で語っている。


「お前が倒せ。これくらい出来なければ組む価値がないと判断せざるを得ない。それとも……怖いか?」


「……いや、やるよ。やらなくちゃならないから」


 冷静な風に見せていても洋一の内心は緊張と恐怖で支配されている。

 当然一般人だった洋一に殺しの経験などない。明確な敵意を向けてくる相手と殺し合うなどそんなことあるわけがない。

 とある少女は小学校低学年の頃から、常人からは化け物と称されている者達と戦ったこともある。だがそんな事件が普通に生きている洋一に関係あるわけなく、これが初めての実戦である。


 グラヴィーはそれを見抜いていた。

 現実では喫茶店の店員などやっているが実際は過去戦いを仕事にしていたような男だ。洋一が武術の経験もなく、魔法での戦闘もしたことがない戦闘の素人だということなど、初めて会った時から分かっていた。

 それでも尚洋一と一緒に来ているのは少しばかりの可能性――希望を見たからである。


「僕は少し離れて見ていよう」


 そう告げるとグラヴィーは狼に見えない速度で離れた位置に移動する。

 洋一はそれを狼が追えなかったのを見て分かり、まだ動体視力などはこちらが上だと判断した。

 狼との距離をとりつつ包丁を構え、狼を見て意識を集中させて――視る。


【名前 なし】

【種族 狼】

【説明 両前足で獲物を押さえつけ、鋭い牙で肉を喰らう。魔力で凶暴化しているためどんな生物にもその牙を向ける】


 金に光る瞳に映るものを、必要な情報だけに絞り表示した。

 瞳は次第に金から茶に戻っていく。

 情報から察するにおそらく狼は飛び掛かってくると洋一は予想する。勝つにはそれを躱すか、飛び掛かって来た瞬間に攻撃し致命傷を負わせるかしかない。


(動体視力なんかは僕の方が上みたいだし、おそらく普通にやれば勝てる。でも油断は禁物、初めての実戦で緊張はしてる、でもそんなものは抑えつけて全力でやるしかない)


 洋一は包丁を腰の辺りに移動させると雰囲気が変化させる。明らかにその佇まいが、オーラが、歴戦の戦士のような強者になっていた。まるで別人に入れ替わったと言われた方がしっくり来る程まである。

 興味深そうにグラヴィーは「ほう」と口に出し、その変化に目を見張る。


 狼も何かを感じ取り怯むが、人間という弱小種族に怯んだ自身に喝を入れその足に力を込める。

 地面を蹴り洋一の胸元目掛けて飛びかかる。だがその軽率な判断は自分に害をもたらす。怯んだのなら逃げればよかったのだ。


 その狼が跳躍してから、洋一はその軌道を視て最低限の動きで避けた。そして避けるついでに包丁を振るい右前足を斬りつける。

 痛みに太い声で喘ぐ狼は着地して、後方に回った洋一へと振り返って睨みつける。


(……妙だな)


 グラヴィーは戦いを見てそう思う。

 変質した洋一の実力は、他者の技術が上乗せされて相当なものになっているはずだ。狼程度一撃で死に至らしめることができるはずだ。それなのにあまり大きな傷を与えられずに最初の攻防を終えている。最初の攻防で殺せる実力差があるにもかかわらず、だ。


(いやそういうことか……これは予想外。あの女以上のお人好しなどいないと思っていたんだがな……)


 右前足の脛から鮮血を垂らす狼は怯む気配もなく駆ける。

 チーターすら上回る速度で向かってくる狼の動きを洋一は予測して、狼が跳ぶ瞬間に自分も跳ぶ。そして狼よりも微妙に高く跳んだ洋一はすれ違い様に再び斬りつける。


 左前足も斬りつけられたというのに狼は獰猛なままだ。

 もう殺しは避けられないと悟り、洋一は実力差を見せつけて逃走させる策を止める。

 一撃。狼では視認できない速度の一撃で、洋一は勝利する。攻撃に動こうとした瞬間を狙い、動く方向を推測して包丁を突き出したのだ。


 いくら魔物といえども頭を包丁で刺されれば死ぬ。ましてや脳を深く傷つけていれば即死に近い。狼は頭から血を噴出させながら絶命した。

 洋一はそれを見て悲しそうな表情を浮かべる。


(この狼、魔力が送り込まれていたせいで凶暴化していた。現実では殺される理由なんてないのに、何の罪もなにのに、僕はこの手で殺した……)


「くだらないことを考えているな?」


「そんなこと……ないよ」


 命を奪う感想など個人の価値観によるものだ。グラヴィーにとって敵の死に悲しむなど意味が分からないし、襲われれば殺すなど当たり前である。

 しかし洋一は違う。良い言い方をすれば優しい、悪く言えば甘い。たとえ敵だとしても可哀想だと思うし、死を悲しむ。それが何の罪もない者なら尚更だ。


「襲われれば正当防衛するのは当然のことだ。そのとき殺してしまったとしても僕等のせいじゃない。動かなければみすみす殺されるだけだ……だからその優しさを戦いでは捨てろ。やろうと思えば最初の攻防で殺せていただろう」


「戦う必要が僕にはないんだ。何も殺す理由がない以上できるだけ命を散らしたくない」


 殺したのが狼だからまだいい。でももし人間だったなら洋一の心はどれほど揺れるのか。

 命の価値は洋一にとって同じだ。たとえ知能ある人間だろうと、凶暴な魔物だろうと、自らは動けない植物であろうと同価値。もちろん他者を害するなら洋一だって容赦しないが、自分に敵意が向けられて攻撃されてもまだ戦いたくないと思ってしまう。


「でも現状こうするしかないんだ。お前の良心にとやかく言うつもりはないが、そのままじゃ足元を掬われるぞ」


「……分かってるよ」


 洋一はこの短いやり取りでグラヴィーのことを自身とは違う存在だと直感的に感じた。戦いに対する心構えが、命の価値が、善悪の境界線が決定的に違うのだ。


「そういえばさっきの動き、まるで別人のように感じられた。あれが模倣とやらか?」


 このままでは空気が悪くなると察したグラヴィーが話題を変える。


「うん、さっきのは僕の幼馴染み……といってもこの世界でのだけど、三夢の一人の動きを模倣したんだ」


「先程のが模倣、本物もそれと同じ技量だということか。これは厄介だな」


「本当に厄介なのは技量じゃなくて身体能力だと僕は考えてるよ。僕の力はあくまでも技術を真似られるだけだからね。身体能力が向上するわけじゃない」


「……やはり仲間を集めなければな。それもなるべく早めに」



 それから二人は草原を抜け大きな町に辿り着いた。

 これまでに見てきた村とは活気が違う。人々は村の何倍も通っていき、その広さも何倍も広い。大きな家も遠くには多く見え、施設も充実しているように見える。言うなれば田舎から東京へ出てきたかのような光景と似ている。


「ここが……グロース」


「そう、本で見たとおりだ。とにかく情報を……ん?」


 グラヴィーは何かに気付き細い路地に入ると、その壁に貼られていた手配書をじっくり見つめる。

 世界にばら撒かれる指名手配の知らせ。犯罪者が逃走したので騎士達が捜しているという内容だ。二重記憶障害者なのは確実なので仲間の情報とも言えるだろう。


「んん?」


「どうしたの?」


 グラヴィーはその手配書を目を窄めて凝視し続ける。そしてようやくそれを受け入れたのか、手配書を手に取ってビリビリに破り捨てた。

 突然の行動に洋一は「どうしたの!?」と驚いて問うが返答は返ってこない。


「あのバカ!」


「だからどうしたの? 今風で飛ばされていったバラバラの手配書、知り合いだったの?」


「……不本意ながらな。僕が知る限りで大きな戦力になる一人だった。それが、それが! 指名手配だと舐めているのか! もっと慎重に行動すべきだというのにあのバカ! あのカス!」


「ちょ、ちょっとちょっとボリューム下げて! なんだか怪しく見えるって!」


 風で飛ばされた手配書に描かれていたのは――隼速人の下手糞な似顔絵だった。


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