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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
九章 白部洋一と夢現世界
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125 模倣――解析すれば――

2023/11/05 文章一部修正








 白を基本とした清潔そうな建物――図書館に入った洋一は愕然とする。

 最初に視界に飛び込んできたのは天井に届きそうな膨大な量の本棚と、それにギッシリと詰まっている本だった。


 洋一自身本を読むことは好きだが、これほどの本の数だと眩暈を起こしかける。

 百以上の本棚。数えきれないそれには空いているスペースなどない。しかし本の題名から察するに地球にあった本ではない。

 魔物について。三夢について。中には【ムゲンの大冒険】などとムゲンを題材とした本まである。他にも【ゴブリンの捌き方】や【スライム粘土の作り方】などよく分からない物も多い。


 洋一は青い髪を目印としてグラヴィーという人物を捜していく。

 ちらほら客はいるものの、図書館自体の大きさに比べて村人が少ないため利用者も少ない。勿体ないと思いつつ広い場所を探索していく。


「あ、あの本……」


 洋一が偶然見つけた本は【地球という星】と書かれていた。

 地球の情報はムゲンにより抹消されているのだから、本来この世界にそんなものがあるはずない。それがあるということは地球を知る誰かが書いたことになる。

 本を読んでみたいと思った洋一だったが、一つ問題があった。


「……高い」


 本棚が高すぎた。推定十五メートルは超える本棚は上の方の書物が取れない。

 何か方法があるのかと思って洋一は周囲を見渡すが本棚以外何もない。キョロキョロと辺りを見渡していたのが不審に思われたのか、洋一に声を掛けてくる者がいた。


「何をしている」


「あ、えっと、あの地球っていう本が……」


「ああ高い場所の本が取りたいのか。少し待っていろ」


 背後から話しかけてきた男は青い髪をしており、洋一は捜していたグラヴィーだと推測する。しかしそんなことを考えていると洋一は有り得ない光景を目にする。


「〈重力(グラヴィティー)操作(コントロール)〉」


「浮いてる!?」


 青髪の男は突然浮き始めた。そしてトンッと床を蹴るとかなりの速さで真上へ飛び、速度が落ちることなく十五メートル付近に到達。目的の本を取ると本来の重力に戻ったかのように落ちて、着地と共にダンッと重い音が響く。

 男は取ってきた本を洋一に手渡す。


「ありがとうございます……でもどうやって」


「魔法だ」


 夢現世界にも魔法がある。それは洋一も知っていたことだが、今目にしたものは聞いたこともなかった。もしかすれば自分が使えるような固有魔法かもしれない。そう洋一は考えるが、今はこの男がグラヴィー本人なのか確認するのが先だと思い質問する。


「……あなたがグラヴィーさん、ですか?」


「そうだが、お前は?」


「僕は白部洋一と申します。リンナさんからここにいると聞きまして」


「あの女……それで何の用だ」


 そこまで話していると洋一は考えていなかったことに気付く。

 いきなり二重記憶障害者ですかなどとは訊けないし、訊いたら失礼だろう。

 とりあえず会話を切らないように目的を切り替えることにした。


「どうして引き篭もっているんですか? リンナさん達に店を任せっきりにしているようですけど」


「……自分でどうにかできないから他人を使ってきたか」


「違います、リンナさんに頼まれたわけじゃありません。僕が気になったから、僕の意思です」


 これについては本当だ。仲間捜しも重要とはいえ、困っている人間を見捨てられないのが洋一の性。たとえ頼まれなくともお節介を焼くことは多々ある。


「はぁ、お前には関係ない」


「あります」


「どう関係あると?」


「リンナさんの表情を見ました。あなたのことを話しているとき彼女は悲しそうだった、寂しそうだった。そんな彼女を放っておくことは出来ません」


 どういう経緯で働くようになったのか洋一は知らない。複雑な事情があるのかもしれない。そうしたことを解決したのか、なんにせよリンナ達にとってグラヴィーが大きな存在なことくらい分かる。

 大切な人間が帰ってこないとなれば悲しいものだ。


「……お人好し……似ている」


 グラヴィーは何かを呟いた。そしてどういうわけか全く関係ない話を切り出す。


「その本、このたくさんの本の中から何故その本を選んだ」


「はい? そんなことは今関係ないんじゃ……」


「いいから答えろ」


 洋一はどう答えるべきか熟考し、すぐには答えられなかった。

 地球という星を知っているからと言えばなぜ知っているのかと聞かれる。理由は確実にどう説明しても地球に触れることになる。そんな洋一の心を読むようにグラヴィーは「なるほど」と呟く。


「二重記憶障害者か」


「誰がですか?」


 もし仲間ではない人間にバレてしまえば面倒になる。捕縛されてムゲンに記憶を封印されてしまう可能性もある。仲間だと断定できないならバレるわけにはいかない。


「惚けるな、お前がに決まっているだろう」


「証拠はないでしょう」


「その本、それは僕が書いた」


「……じゃあまさか!」


 洋一は気付いた。地球という星を、元の世界を知っている者がこの本を書いたのは明白。つまりこのグラヴィーという同い年くらいの少年も、二重記憶障害者であり自分と同じ反逆者なのだ。


「察したようだな、頭の回転は悪くない」


「その、突然ですけど仲間になってくれませんか? あなたもこの世界が偽物であることを知っているのなら、ムゲンを倒さなければいけないことも分かっているでしょう? 今の僕には戦力が足りないんです。今は少しでも多くの仲間が欲しい」


「ムゲン、か。倒せると思うのか、僕達二人で」


「……厳しいと思いますが」


 相手は世界を創造した、もしくは全生命を異世界に移動させた存在。強大すぎる力がなければ不可能な実績。正真正銘の怪物級であるのを想像するのは容易い。

 強いと胸を張って言えない洋一は、一人では不可能だと悟ったからこそ仲間捜しに乗り出したのだ。目前のグラヴィーも確かに強いのだろうが、ムゲンと比べるとなるとちっぽけな存在になってしまうかもしれない。


「厳しい? 違う、無理だ。やらなくても分かる。この世界を作り出した張本人がどれだけの魔力を秘めているか……想像しただけでもゾッとする」


「で、でも僕は!」


「うるさい……だがもしも勝算があるというのなら付き合わなくもない」


 続く言葉に洋一は「……勝算?」と疑問符を浮かべて口に出す。


「お前は何が出来る。まさか喋るだけしか出来ないわけじゃないだろう」


 洋一は悟った。グラヴィーが自身に求めているもの、それは戦力の説明だ。

 もしも自分が強ければグラヴィーは動いてくれるかもしれないが、洋一は弱い。武術などやったこともないし、戦闘経験も豊富とは言えない。とてもではないが勝ち目などない。


 分かっていたことだ。自分だけではどうしようもないことくらい分かっていた……が、また洋一は奥の手があることを理解している。


 〈解析(アナライザー)〉。洋一の固有魔法であるそれは情報を調べるだけのものではない。もっと恐ろしい力を秘めている。洋一はその力を全て知っている。

 おかしな話ではあるが〈解析〉で〈解析〉を調べたことがある。何が出来るのかを詳しく知るために……その結果恐ろしい力があることが分かったのだ。


「僕の力は〈解析〉。情報を調べることが出来ます」


「それだけでは弱い、戦力にはならないな」


「まだです、解析すれば全てが分かる。そう、解析さえすればその人物が持つ技術を全て使えるようになります。やり方も調べられるわけですからね。そして僕は既に〈三夢(トリオトラオム)〉の一人の剣技を模倣できます」


「解析して模倣だと……なるほど、それなら……」


「もしムゲンが異常に強かったとしても、人間に出来る技術であるならば僕は全てコピーできます。力とかは変わりませんけど」


 その洋一の説明にグラヴィーは深く考え込む。


「……いけるか? いいだろう協力してやる。お前、白部だったな」


「はい、グラヴィーさん。協力してくれて嬉しく思います」


 洋一は冷静を装っているが内心歓喜していた。念願の仲間、こうして旅に出て良かったと心から思う。

 ――しかし洋一は別の問題に気付く。


「リンナさん、それと喫茶店のことはどうしましょう……」


「僕を仲間にするとはそういうことだ。あの女達だけであの店を切り盛りしていかなければならない。問題はないだろう、あいつらは妙に家事スキルが高かったからな」


「でも……リンナさん達はグラヴィーさんがいなかったら寂しがる。一度出発前に戻って、会ってきた方がいいです」


 グラヴィーはため息を吐いて、やれやれという風に図書館を出ていった。



  * 



 洋一とグラヴィーは喫茶店に戻り、事情を説明する。

 もちろん二重記憶障害者の件は抜きにして、洋一のしたいことを手伝いたいから店に帰らないという理由を丁寧に話す。


「――というわけですまないな。後はお前達に任せる」


 もう来ることはないと言われて悲しくならないはずがない。突然の別れにリンナ達は全員悲しい表情を浮かべ、涙を流す者さえいた。

 それだけ大切な存在だったのだ。視点を変えれば洋一はその大切な人間を奪ったようなものである。


「ごめん、君達の想いを知っているのに……」


「いいんだぜ洋一、気にすんなよ」


 男っぽい口調のリンナが洋一の肩に手を置き、グラヴィーへと顔を向ける。


「アンタのお陰でアタシ達の生きる意味見つかったようなもんだし……後はアタシ等だけでも生きてけるさ。この喫茶店を世界中に広めて、今度はこっちから会いに行ってやるよオーナー」


「ふっ、できるものならやってみろ半人前。まあまた会いに来てやる、そのときは精々美味しい珈琲を出すことだな」


 今のままでも十分美味しいのにと洋一は密かに思った。

 男っぽい口調のリンナは再び洋一へと目を向ける。


「洋一! オーナーのこと頼んだぜ!」


「任せてください」


「僕が下みたいな言い方は止めろ。……さて、一時的にいなくなるわけだが、僕の代わりにこの店を繁盛させてくれよ。お前達は半人前だが、全員が力を合わせれば一人前だ。自信を持って接客していけ」


 リンナ達は「はい!」と元気よく答える。


「……そしていつか地球(むこう)で来ればいい」


 洋一とグラヴィーは肩を並べて、背を向けて歩き出す。

 喫茶店から見えなくなるまでリンナ達が手を振っていた。慕ってくれていたのが短すぎる付き合いの洋一にすら分かる。

 しかし――最後のグラヴィーの呟きは誰にも届かなかった。


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