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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
九章 白部洋一と夢現世界
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124 解析――悲劇の過去――


 帝都で起きた事件から数日が経過した頃、洋一は近くの村に無事着くことが出来ていた。

 その村は平和そのもので、村人達は今この時こそが平穏だとそう本気で信じているだろう……自らの記憶が封じ込められているとも気付かずに。


(ここにいる人達全員が、この世界で生まれたと本気で信じているんだ。この人達からすれば僕がこれからやろうとしていることは悪になってしまうんだろうな……)


 洋一は彼等が信じて疑わない英雄ムゲンを倒そうとしている。そんな目的が知られれば明らかな敵として敵意を向けられるだろう。

 事実そうならないために洋一は誰にも言ってこなかった。……同じ二重記憶障害者ならば話しても問題ないだろうが。


 今この村で物を売っている商人、愛し合っている男女、のんびり過ごしている者達、温厚な人々から敵意を向けられると思うと背筋がゾッとする。

 自分がどれだけ無謀で、無策で、愚かなことをしているのかを理解してしまう。


「僕だけじゃ厳しい……」


「何がだ?」


「それはもちろん……誰ですか?」


 思わず独り言を零してしまうが、それに反応があったことで困惑しつつ、声が聞こえた方向に振り向くと後ろにピンク髪の女性がいた。

 両腕で紙袋を抱えており、中には赤く大きなリンゴが大量に入っている。


「おう、アタシはリンナ。テメエは?」


「白部洋一ですよ、僕に何か用ですか?」


「いや用っていうか、辛気臭い面してるから何かあったのかなって思っただけだよ」


 あまり思考に没頭するのはよくないと洋一は反省する。


「すみません、以後気を付けますよ。リンナさんはこの村に住んでいるんですよね?」


「おう、アタシの住まわせてもらってる家は喫茶店だからすぐ分かるぜ? 悩みがあるなら来いよ」


 そう言ってリンナは立ち去ってしまい、洋一はそれを見送る。

 見えなくなってから洋一は気を引き締めた。注意不足だ。話を聞かれでもしたらすぐに騎士が飛んでくるだろう。


 それから村の中を一通り歩き回って見たが気を引かれるのは、洋一の村にはなかった大きな建物くらいだった。あとはあまり故郷である村と変わらずに平凡な家が建っているだけだ。

 ひたすら歩いていると、コーヒーカップのマークがある看板が掲げられた建物が目に留まる。


「あ、喫茶マインドピース……さっきリンナさんが言ってた店かな」


 とりあえず洋一が入ってみると、元気な複数の女性達の歓迎の声が店内に響く。

 洋一はリンナの姿を見つけ、来たことを伝えようと話しかける。


「やあ、来ましたよリンナさん」


「え? 誰です?」


 テーブルを拭いていたリンナは振り返ると困惑した様子を見せる。

 先程会ったばかりなのに忘れられたなら洋一はショックを受けてしまう。なんとか覚えていないのか確かめるために再び自己紹介しておく。


「誰ってさっき会ったじゃないですか。白部洋一ですよ」 


「いえ、私は会ってないですけど」


「いやいやさっき買い物してたじゃないですか」


「あ、それは私じゃないリンナですね」


「私じゃ……ない?」


「はい、おそらくそれはあっちの厨房にいるリンナだと思います」


 言葉の意味が分からない。それではまるでリンナが二人いるようではないか。

 しかし洋一は厨房に歩いて行く途中で気付いた。

 店内で働く少女全員が――リンナと瓜二つである。


「どうなって……」


「お、来たのかお前」


 男っぽい口調のリンナが厨房から顔を出す。


「リ、リンナさん?」


「おうそうだけどどったの……ああ、なるほどビビったろ!」


 洋一は訳が分からないがリンナは何かに納得して笑いかける。


「ここで働いてるのオーナー以外は家族でな、姉妹なんだよアタシ達」


「し……まい?」


「そうそう、よく似てるだろ? よく間違われるからな」


「そ、そうだったんですね」


 似ているどころではない、瓜二つだ。これでは誰かが間違えるのも無理はない。

 姉妹にしては多すぎる気もするが洋一は納得し、カウンター席に座るとリンナに珈琲を注文した。

 珈琲が運ばれるまでの間、先程間違えてしまった少女の方へと顔を向ける。


「あの、さっきは失礼しました。お名前を伺っても?」


「リンナです」


 洋一はまた戸惑う。


「……それはお姉さんの名前では?」


「姉も、妹も、私も、皆リンナです。同じ名前なんです」


 ありえない。洋一はすぐにその不思議なことに気付く。

 この世界では元の世界から必ず受け継がれているものがある……その一つが名前だ。

 地球で、あの世界で姉妹全員、全てでぱっと見て七人以上はいるのに同じ名前などありえないだろう。常識としてそんなことがあってはいけない。


「もしかして名字がリンナだったり?」


「いえ、名前ですよ。私達は全員リンナ・フローリアと言います」


 名字なら同じでもおかしくないが名前だとおかしい。それも全員そうだというのなら益々おかしなことになる。姉妹で、どんな境遇であれ全員に同じ名前を与えるなどありえるだろうか。あったとして、それはいったいどのような境遇だというのか。


 考え込んでいると、男っぽい口調のリンナが「はいよ珈琲一つ」と洋一の前に珈琲を置く。

 カウンター席にいる洋一はカップの取っ手を指で摘まむようにして持ち、静かに口へと運ぶ。

 苦いと思っていたが出された珈琲は苦みが抑えられている。香りはよく、今までに飲んだ珈琲で一番飲みやすくて美味しかった。


(こうなったら、少し気は引けるけど視てみるか……)


 この夢幻世界に引き継がれているものは名前以外にも複数ある。姿、根本的な精神、そして固有魔法の存在。

 固有魔法は体というより魂に定着しているので普通の魔法とは異なる。故にこの夢現世界でも固有魔法は問題なく使用でき、洋一も自分がそれを使えることを理解している。


 こっそりと洋一は横目でリンナを視た。

 洋一の固有魔法――解析(アナライザー)は何かを視認すればその詳細な情報が分かる。世界そのものを調べたり、概念を含めた全てのものを視ることが出来る。そしてそれは人間も当然当て嵌まり、人間だけに限らずに生物を診た場合、その生物の過去などを含めた個人情報全てを視ることが出来る。



【名前 リンナ・フローリア(クローン)】

【年齢 15歳】

【説明 アンナ・フローリアに作られたアンナの娘、リンナのクローン。真相を知りアンナに歯向かうも敗北し死にかけるが手駒となることで生き延びた。その後もアンナの指示に従い悪事に加担したりなどをしていたが、アンナが……】



 そこまで金に光る瞳で視て洋一は解析の使用を止めた。

 分かってしまったからだ。この少女の悲劇を、そしてそれをなかったことにされていることも。

 洋一はこんな記憶なら思い出さない方がいいなどと思いはしない。どんな記憶でもその人間の思い出であり、その人物を形作る大切な欠片なのだ。なくなったままでいいとは思わない。


(もしも現実に戻れたら絶対に助けてみせる)


 洋一は一層早く世界を戻さなければと心に誓う。

 そのためには仲間が必要だ。洋一一人ではムゲンの元に辿り着くどころか、三夢(トリオトラオム)一人にすら及ばないだろう。

 仲間を捜すために洋一はリンナに質問しようとするがそこで悩む。


(どうやって聞けばいいんだ? 直球に二重記憶障害者について教えてくれって言っても怪しすぎる。ムゲンに歯向かおうとしている者について? それも警戒される)


 悩みに悩んだ結果、洋一の質問は単純なもの。


「最近、変だと思う人々はいないかな?」


 これである。結局変な質問になってしまったと頭を抱えるが、どう質問すればいいのか分からなかったのでそこはもう気にしないことにした。


「変な人? なんでそんなこと聞くんだよ」


「いや、近頃二重記憶障害者が増えているでしょう? 僕もそれを一村人として看過出来ないんです。少しでも多く捕まえてムゲン様に貢献したいんですよ」


 洋一は自分で言っていて嫌悪感を感じた。

 思ってもいないような言葉がスラスラと口から出ていくのはありがたいし、自分の機転には感謝するが、打倒ムゲンを掲げている自分が貢献したいなど何の冗談だ。そんな自己嫌悪に悩まされるが、ありがたいことに質問が無意味で終わることはなかった。


 リンナは首を軽く掻きながら「うーん」と唸って考えていた。すると変だと思う人物がいたのかポンと手を叩く。


「変な奴っていうならウチのオーナーだな」


「オーナーが?」


 唯一家族ではないとされるオーナーの話であった。


「二重記憶障害者じゃねえと思うけど、それでも変人だよ。この村にこの喫茶店建てたのもオーナーだしよ」


「変、というか立派なんじゃ?」


「それが最近図書館に篭ってるんだよなあ」


「図書館に? ああ、もしかしてあれですかね。あの大きい建物」


 洋一はここに来る途中何か分からなかった大きな建物の正体に気付き、リンナもそれを肯定する。


「篭っているってどうして? 何か嫌なことでもあったとかですかね?」


「知らねえよ、店はもう何週間かはアタシ等だけでやってるし。声掛けても『店はお前達で切り盛りしろ』とか言うしよ」


「唐突に篭った、確かに変ですね」


 リンナは「だろ?」と、共感してくれる洋一へ返す。


「ちなみにその人の容姿は?」


「あ? 肩くらいまでの青い髪と、青と黒が交ざったような目。名前はグラヴィーってんだけど」


 洋一は仲間になる可能性がある人物の情報を手に入れたことに小さく微笑む。

 珈琲を飲み干して「美味しかったです」と告げてから、喫茶店を出て図書館に向かっていく。


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