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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
九章 白部洋一と夢現世界
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121 夢現――プロローグ1――


 帝都フリーデンから遠く離れた辺境の村。

 今年で十四歳になる白部(しらべ)洋一(よういち)は自宅で大きな鍋を使用してスープを作っている。

 ジャガイモや人参、玉ねぎが刻まれてよく煮込まれている。鼻を刺激する美味しそうな香りが開いた窓から漏れていく。

 洋一はお玉で少し掬って小皿に移し、味を確認するためにグッと飲み干す。


「うん、美味しいな……まあ店で出てた料理の分量を解析して模倣してるから当然なんだけど」


 火を止めて、十分に煮込まれたスープを皿に盛り付ける。

 スープの他にも新鮮なサラダや焼き魚などさっぱりとした料理が、テーブルに二人分並んでいた。自分の分とこれから会う約束をしている来客の分だ。


 自分の姿におかしいところがないか洋一は鏡を見て確認する。

 茶色の髪と目で、眼鏡を掛けた平凡そうな少年はいつもと変わらない。相変わらず冴えない外見だと洋一は嘆く。


「そろそろ来る頃か。料理完成時間は予定通りかな」


 部屋に飾られている時計を見て時間を把握する。

 時刻は正午。約束の時間だ。


「お待たせえ!」


 元気のいい声と共に活発そうな少女が扉を開けた。


「待ってない待ってない、時間ピッタリだよ」


「そう? 私時計持ってないから腹時計で計算してるんだけど。もう全人類腹時計で生きればいいのにね」


「はは、面白い冗談だな」


 よく腹時計などという曖昧なもので時間丁度に来れるなと思いつつ、洋一は客人の少女を迎える。

 少女はオレンジ色の髪、茶色の瞳、活発そうな雰囲気であり笑顔がよく似合う。そんな眩しい太陽のような少女は椅子に座り、洋一の料理を見て「おいしそー!」と称賛する。


 準備も終わったので、洋一はスープを厚底の皿に移してテーブルへと持っていく。

 野菜スープを並べて洋一は少女の向かい側の席に腰を下ろす。


「しかし……活躍はこんな辺鄙(へんぴ)な村にも届いてるよ。本当に君は立派な人だね――笑里」


「そうかな。でもまだまだ頑張れるよ、ムゲン様に褒めてもらえるようにね!」


「流石はムゲン様直属の三夢(トリオトラオム)の一人。向上心も元気も人一倍だね」


 帝都フリーデン。その世界の中心とされる場所で少女――秋野笑里は働く。


 ムゲン。その者は世界の英雄とも言われており、この世界を統べる王の中の王。


 そしてムゲンに従う直属の三人で結成された騎士団――三夢。笑里もその内の一人だ。


 三夢の仕事は町中での喧嘩仲裁や、危険生物だと認識される生物の駆除など多岐に渡る。だが一番の仕事といえばとある奇病を発症した人を捕え、地下牢へと隔離すること……というのがこの世界で一番有名な三夢の仕事である。


「やっぱり仕事は大変? その、なんだったかな……なんとか障害の人を捕縛するんだよね」


「二重記憶障害者ね。多いよ……最近になって本当に増えてきたから」


 二人は料理に手をつけながらタイミングを計って話す。

 ――二重記憶障害者。洋一が聞いた話によれば、この世界とは違うどこかで過ごした記憶を持つ人々のことである。しかしそういった者の言葉は妄言だと認識されている。


 笑里達三夢の仕事はその障害者の捕獲、隔離である。

 二重記憶障害者は稀にムゲンのいる城に攻めてくる者もいたり、妄想とされている別世界の記憶を話して周囲を戸惑わせる。そのため反逆者として捕らえて城の地下牢に閉じ込めておくのだ。

 もっともその先は三夢でさえどうなるのか詳しくは知らない。笑里が知っている限りのことを過去に洋一へ告げているのだが、ムゲンが救済しているらしいという曖昧な内容であった。


「こことは違う世界か、そんなものがあるなら是非行ってみたいけど」


「ないよ! 洋一君、この世界とは違う世界なんてあるはずないんだよ。ムゲン様が発表してたじゃん、あの障害者達が言っているのは妄想だって」


「……そうだよね。あるはずないか」


 正式に発表されているのなら民衆はそれを信じる。もしも異世界の存在を匂わせるようなことをすれば、真っ先に障害者であると疑われるだろう。


「洋一君は最近どう? 何か仕事しないの?」


 サラダにあるレタスを頬張り笑里が問いかける。

 その問いに対し洋一は困ったように笑い「行儀悪いよ」と注意しつつ、答えとなる言葉を返す。


「僕はこうしてただの村人でいた方がいいかなと思うんだけど……最近はアップリケとかぬいぐるみを作っててね、村の人達に低価格で売ったりしてる」


「あー、昔から器用だよね。そういう手芸とかも大人がやっているのを見てすぐに覚えてたもん。……ていうか収入源にするなら帝都に料理人として来なよ。こんなに美味しい料理作れるんだからさ」


「僕なんかがやっていけるほど世の中甘くないよ。帝都の料理人ともなれば僕の料理の数倍は美味しいでしょ」


 その後も世間話をしながら二人は料理を平らげた。

 食後の皿を洋一は全て水桶に浸けて、片付けの準備をしておく。


「じゃあ、私そろそろ行くね」


 笑里が席から立ち上がる。

 こうして一月(ひとつき)に数回、たった一時間に満たない時間でも来てくれるのは洋一にとってありがたいことだ。料理も作り甲斐がある。


「忙しいのに笑里はよくこの村に帰ってくるよね」


「うん、故郷だもん。それに洋一君にも会いたいし」


「……君は誤解される言動を止めた方がいいと思う」


 まるで好意を、恋愛感情を抱いているかのような発言だ。勘違いして浮かれる者も世の中少なくない。

 ただ、何も分かっていない笑里は「なにが?」と首を傾げている。


「分からないならいいよ。じゃあ、また待ってるから連絡してね」


「うん、またね。ご馳走様!」


 凄まじい速度で笑里は走り出し、玄関から出ていって洋一の前からすぐにいなくなってしまった。

 洋一は笑里がいなくなった後で料理の後片付けを行う。その表情は先程までの談笑していたときとは真逆……一転して暗い表情だ。数少ない友達が帰ったことも原因の一つだが、根本的な理由は先程の会話にも出ていた二重記憶障害者である。


「……もう一つの世界か」


 ポツリと独り言を呟く。

 洋一は知っている。いや――覚えている。


(地球、この世界とは違うもう一つの世界。違う……元々は地球一つだったはずなんだ。僕は覚えている。あのビル群、日本の風景、その場所で過ごしてきた思い出を鮮明に覚えているんだよ笑里……)


 洋一は二重記憶障害者だった。しかしそれをこちらで幼馴染として過ごしてきた笑里に隠している。もしバレてしまったならばおそらく幼馴染だろうと容赦してくれない。敵対するという確信が洋一にはあり、誰にも打ち明けたことはない。


(地球で過ごした思い出とこの世界で過ごした思い出。どちらも鮮明だけど、どちらかといえば地球が正しい世界なんだろう。……それに僕には見えている。この世界が偽りの世界だという証拠をしっかりと視ることができる)


 生まれつき洋一にはある特殊な力が存在していた。持つ者は少ないとされる人の魂に宿る力――固有魔法だ。

 洋一の固有魔法は解析(アナライザー)。その瞳で見たもの全てを自由に解析出来るその力は、この世界すら解析している。


 解析を使用するとその結果が文となって視えるのだが、洋一が何度も世界を解析した結果同じ文字が表示されている。

 一時的に瞳が金色に光り、視界の隅にゲームのメッセージログのように現れた四文字。


 ――【夢現世界】


 この世界は都合よくできた夢と同じであるという証明。洋一は自分の力に絶対的な信用を持っており、この世界のことを初めて視た五歳のときから疑うようになった。

 夢現世界で起きた出来事は全て夢。本来起きることのなかった幻。幼い頃から笑里と過ごしてきた思い出も本来なかったはずのものだと理解している。


 しかし記憶が偽物というわけではない。

 夢というのは時間の流れが現実とは違うこともある。洋一は確かにこの世界で十二年以上過ごしてきたのだ。


(夢現世界から脱出する方法はおそらくムゲンを倒すこと。この世界の王として君臨しているムゲンは夢現世界を作り出した者の可能性が高い。だけどムゲンのいる城は厳重な警備、そして三夢が一人は必ず城内にいると笑里から聞いている。僕一人の力ではまず突破出来ないし、突入したら捕まるのがオチだ。せめて誰か協力者がいてくれれば……)


 洋一は今まで自分と同じ地球での記憶を持つ者――二重記憶障害者の情報を集めていた。派手に動けば疑われ余計な詮索をされることは容易く想定できる。なので地道に情報を集めていたが、せっかく見つけた仲間はすぐに三夢が捕縛してしまう。

 未だに洋一は二重記憶障害者に接触することが出来ていなかった。


「もしもこのままだったなら……」


 洋一はこの世界の出来事も現実のように感じていた。

 他の人々は地球での記憶がないので当然現実だと思い込んでいるが、洋一は記憶を保持しつつも現実のように感じている。何も変わらないのだ。誰かと過ごし、それが思い出として脳に保管されていく。そんな当たり前のことは夢現世界でも変わりはしない。


 洋一の過去は散々だった。昔は自身の力を制御出来ずにクラスメイト、親、教師などの隠している情報も本性も筒抜け。

 人間は他人の前でそうそう悪口を吐かないが心の中では珍しくない。視界に入る人間全員の恨みや、嫉妬などの負の感情が流れ込んでくる。そのせいで他人と関わることを控えた。当然それで友人などいるはずもない。


 困った人間は放っておけない質ではあると自覚している洋一だが、幼い頃は周囲の人間に深く関わる度胸がなかった。今では固有魔法も制御できるし、人助けのために他人と接することは多い。

 辛かった地球の過去に比べ、ここでは明るい幼馴染がいる。毎日が充実していると思えるし、時々会う笑里とは仲が良い。

 このままでもいいのかもしれない……そう思いかけていたときだった。


『もう繋がってるのか!?』


 少し荒っぽい女性の声が世界に響く。

 周囲を見渡しても誰もいない。家の中にも外にも声の主はいない。


『ああ、だから早くしてくれ。時間がない』


 今度は冷静そうな別の女性の声だ。


『よしみんな、今みんながいる世界は本物の世界じゃない! お前達は夢を見ているんだ、目を覚ませ! どうにかして脱出するんだ!』


『もう数秒しか持たないぞ』


『もう!? ああもうとにかく待ってるから早く戻ってこい!』


 全世界へ向けての発信。勢いだけであったとはいえ、その二人の言葉は洋一の心に変化を与える。


「待ってる、か。そうだよね、地球で待ってる人はどこかにいるんだ。どこの誰かも知らないけれど、その誰かが友人を待っているんだ。このままでいいはずがない……もう決めた」


 誰に宛てたメッセージなのか分からない……確実に自分宛ではないだろう言葉には確かに心配などの感情が込められていた。

 困っている人がいて助けないという選択肢は洋一に存在していない。

 洋一は旅に出るための準備をして、家を出る。


「記憶を持っているのは僕だ。なら僕がやるしかない。誰かをあてにするんじゃなく、僕自身がムゲンを倒しこの世界の人々を救う。本当の記憶を取り戻させるんだ」


 今、夢に囚われた人間達を救うべく限られた人間が動き出そうとしていた。


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