120 憧憬――正義の味方――
2023/10/28 文章一部修正
加護を持っている。それが意味するのは一つの存在。
「――転生者」
「え? なんでそれを知っているんだい……まさか君も」
法月も驚いていた。神奈は神の系譜持ちとして獅子神や神音に出会っているが、法月は今まで一度も転生者に会ったことがなかったのだろう。神奈も加護持ちに初めて出会ったため驚いた。……神音が加護を持っているかどうかは知らないので彼女はノーカウントとする。
「そうだ、私も転生者だ。それで腕輪、あいつの加護はいったいどういうものなんだ」
「かなり面倒、いえこれは攻略が可能なのかどうかすら……」
「話してくれ、早く」
「はい。加護の種類は正義、全ての加護の中でも最上位クラス。その力は強大で、悪と認識した相手になら必勝という能力ですね」
「なにそのチート!?」
条件付きとはいえ必勝の能力など勝ち目が薄いどころではない。条件が満たされてしまっている以上神奈の勝ち目はゼロである。
しかし必勝というわりに神奈は未だ地に足をつけ戦える。これが自身の加護のおかげか、それとも法月の悪という認識が不十分なゆえか、どちらかは分からないがまだ勝負の行方は決まっていない。
「転生者……そうか、まさか同じ転生者が悪だったなんて」
「悪って、私何も悪いことしてないだろ」
「今僕の前に立ちふさがり、悪を追うのを邪魔している君が悪でない筈がない」
「決めつけんな!」
神奈は法月に向かって駆けて拳を振るう――が、法月には当たらない。
法月の体が神奈の動体視力を超える速度で動いて躱したのだ。本人ですら何が起きたか分かっていないというのに、正義の加護という力が単独で攻撃を躱している。
「神奈さん、必ず勝てるということは相手の攻撃も当たりません!」
「だからなんなんだよそのチートは! どうすりゃいいんだよ!」
「私にも分かりません!」
相手からの攻撃は因果を超えて百パーセント回避。
法月自身の攻撃は因果を超えて百パーセント命中。
命中した攻撃は相手の耐久力関係なくダメージを与える。
最強といっても過言ではない能力の強さだ。相手が悪であると認識さえしていれば運命が敗北を認めない正義の申し子である。神奈は勝つイメージが全くと言っていいほどに湧かない。
「ちくしょおおお! どうすりゃいいんだっての!」
自棄になって超高速連打を放っても神奈の攻撃は当たらない。
「ジャスティスパンチ!」
神奈の腹部に強烈な一撃がめり込む。
あまりの痛みに「ぐあっ!?」と喘ぎ声を零し、堪らずに両膝をついて息を切らす。
純粋な実力でないにしろ差が明確になる。
「勝てないのは分かったよね。僕はヒーローだから誰にも負けないんだよ。……僕は行く、悪を逃すわけにはいかない」
法月が走り去った……かのように神奈には見えた。
走っていったのに忽然と姿を消したのだ。これも正義の加護の能力だと予想する。
「因果を無視して移動しましたね。おそらく天寺さんのもとに一瞬で追いつくでしょう。これから追いかけますか?」
「……当たり前だろ。法月をどうにかするぞ」
ゆっくりと立ち上がって、神奈はその場から遥か上空へと飛び去った。
* * *
制裁するヒーロー気取りの法月から逃走した天寺と日戸。
日戸に至っては気絶しており、天寺は男子中学生一人を肩に担いでいる状態で疲れつつ瞬間移動で逃げていた。
歩道橋の上に移動した天寺は日戸をそっと地面に下ろす。
「ここまで来れば……」
「――知らなかったのかい? 正義からは逃げられない」
大魔王のような台詞を吐く男が背後にいる。
息を切らすほど疲労している天寺が振り返ると案の定、つい先程散々痛めつけてくれた法月であった。
「……あの女、どうしたの」
「神谷さんか。彼女は君を庇ったことにより悪とみなした。悪がどうなるのかは君自身も分かるんじゃないのかい?」
「生憎と……特撮とかは見ないのよ、ね!」
法月の背後へと天寺は瞬間移動した――はずだった。
移動したはずの天寺の背後に法月がいる。
「ならその身体に教えよう。全ての悪は敗れ去るということを」
天寺に正義の拳が向かう。
黙ってやられるつもりはない天寺が瞬間移動しても、その移動した場所に法月の肉体もセットで移動して殴られる。
躱すことが不可能な理不尽な拳――ジャスティスパンチ。
殴られた天寺は日戸の傍に転がる。
そしてすぐに立ち上がろうとして――目を覚ました日戸が庇うように立つ姿を見て動きが止まる。
「操真……」
「静香さんは守ります。この命にかえても」
「悪ながらいい友情だ。君達が悪であることが惜しいね」
日戸が殴られて、沈みそうになるのを寸前で堪える。
何度も、何度も、悪への制裁という名の拳が襲うのに一歩も引かず膝を地につけない。
「僕が……守る……守るんだ」
無言の法月が、まだ立っている日戸を再び殴る。
殴られている箇所が早くも赤く腫れあがっていた。見ているだけで痛々しい。
「今度は僕が……守って……」
殴られる側も、殴っている側も辛そうな表情であった。
この光景を第三者が見た時、いったいどちらが正義であると思うのか。正しいのはどちらだと判断するのか。
守られ続けている天寺は歯を食いしばり、自分では流すと思っていなかった涙を目から垂らす。
「やめなさい」
気がつけば天寺の口からそんな言葉が漏れていた。
まだ止まらないリンチに「やめて」ともう一度呟く。
苦しそうな表情をしている法月が日戸の顔面へ向かう。
「やめろっつってんだろ」
法月の拳が日戸へと届く前、横から伸びた手に止められた。
腕を掴み取ったのは――神奈だ。
「神谷さん……」
「言ったはずだ。お前の敵を見誤るな。お前が今していることが本当に正義なのかをよく考えろ」
法月は押し黙る。
これが本当に正義なのか、目前の相手が悪なのか自分でも迷っていたのだ。そうでなければ正義の加護の効力でとっくに日戸が倒されている。
しかし殴られすぎたことで日戸がダウンして天寺に支えられた。
「今のお前がしていることは正義でもなんでもない、ただのリンチだ」
無抵抗というわけではないが日戸はもう戦えないような状態である。まともに抵抗できない相手を殴り続けるなどと、ても正義と呼べる行動ではない。
呆けている法月の腕から力が抜けていく。神奈が放せば自然と腕が下りる。
「なあ、日戸や天寺がお前に何かしたのか。いいや何もしていないはずだ。正義も悪も結局決めるのは個人の感情……お前の場合は誰かに流されただけだろ」
「……でも霧崎さんは良い人だ。よく不良に絡まれている女子を助けるし、困っている誰かがいたら助けに行く。そんな彼女がこの二人を悪だって言うなら悪に決まっているだろう」
「実際に関わらないと何も分からないだろ。他人の評価じゃなくて、自分で見て関わって評価しろよ。あとさ、友達が被害に遭って許せないって思うのは分かるけど、さっきの制裁と今の制裁……やりすぎだと思わないのか。これじゃあどっちが悪か分かったもんじゃないぞ」
「それは……」
「天寺と日戸は確かに制裁されて然るべき人間だったかもしれない。でも今はさ、特に悪事とかしてないと思う。してたとしても私に激辛ラーメン食べさせたくらいだよ」
法月が天寺達に目を向ける。
傷だらけの二人を見て表情がさらに苦しそうになった。
「……昔」
俯いた法月が口を開く。
「昔、前世で、僕はヒーローに憧れていた。テレビの向こうにいたスーパーマンに憧れていたんだ。どうすればそういった正義の味方になれるのか考えて、僕は警察になるのを決めた。……でも、親友に裏切られて麻薬所持の免罪をかけられたんだ。憧れを抱いた警察は僕の話をまるで聞いてくれなかったよ」
なりたかった警察に免罪で死刑にされた過去。
異常なまでの正義感は元々のものに加えて、それも原因になっているのではないかと神奈は推測する。
顔を上げ、法月は空を見上げた。
「今度は僕が過ちを犯したってわけだね。あれほど嫌った身勝手な正義になっていたわけだ。誰でも救うヒーローになる夢を叶えたくて努力した結果、空回りしてこのザマか」
赤いマントが風でそよぐ。
理想の自分になれないためか悲し気な表情だ。
「ならお前の目指したヒーローにこれからなれよ。時間ならたっぷりあるんだからさ、まだまだ諦めるには早いだろ」
「そうだね……まだまだこれからだね」
夢を追い求めるのはいつからでも遅くない。法月の完璧なヒーローへの夢への一歩はここから始まるのだ。
「……なんか私蚊帳の外になってない?」
「天寺、お前は反省しとけ」
神奈は冷たく言い放つ。
元はと言えば天寺達が原因の騒動なのだし、神奈も思うところはある。
「ヒーローもどき、霧崎雀に伝えておきなさい。全て自分で片をつける、いえせめてあの学園の元生徒達だけで向かってくるならいつでも来ていいとね。……どうせ今さら謝ったところで許すつもりないでしょうし、こういうことは自分達の手で報復しないと気が済まないでしょう」
法月は「……伝えておく」と告げて帰っていく。
行き先はまだ雀が寝ている裏路地だろう。
これにて事件は一段落。いや実際に一段落と言えるのは、天寺が雲固学園の元生徒達の報復を受けるまでだ。それまでは何度でも同じようなことが起きる可能性がある。
「あら、何かしらあれ」
――ピンク色の波動。一瞬見えたそれは世界を覆いすぐに消える。
「神奈さん、何か事件のようですよ」
「ハハハハ……ふざけてんじゃねえよ休ませろや」
本当に全てを解決する正義のヒーローが居てくれたらいいのにと、神奈は真剣に思った。
腕輪「次章が主人公交代!? 私が交代されてしまうなんてあんまりじゃないですか!」
神奈「いや主人公私ね、お前じゃないからな……って主人公交代って何!?」




