閑話 理不尽な断罪
和と近未来感が融合している霧雨家にて。
和室にいる霧雨和樹は、向かい合っている夢咲夜知留から「ねぇ和樹君」と名を呼ばれる。
「小学生の時に作ってもらったパワードスーツがあったじゃない」
「ああ、あれか。あれがどうかしたのか」
「パワードスーツ、新調してくれないかな」
理由が分からない霧雨は片眉を上げる。
「確かに以前の体格に合うよう作ったからもう着れないだろうが、いったい何に使うつもりだ?」
「つい最近起きたU社の一件で思ったの。私も戦える時は戦いたいってね。予知だけじゃどうしようもない場面なんていくらでもあるんだもん」
二秒先の危険を予知する固有魔法の応用技は強力なものだが夢咲自身は弱い。か弱いとまでいかないが、強敵に立ち向かうとなれば決定打がない。立ちはだかる敵はいつも尋常でないくらい強いのだから。
「……別に無理して戦おうとしなくてもいいじゃないか。危機的な状況の時は神谷や隼が戦ってくれるだろ」
「二人に頼りたい気持ちは分かるけど、私も力になりたいの。パワードスーツさえあれば最低限の力は得られるでしょ?」
夢咲の主張に霧雨は「……ああ」と歯切れ悪く呟いた。こうした態度なのは納得出来ないからではない、むしろ霧雨だって頼りっぱなしは良くないと思っている。ではなぜ乗り気でないのかといえば――。
「……だがな、あれを再度作るとなると……その、またお前の体を隅々まで測定しなければいけないんだが」
これが理由だ。脳の電気信号に大きく関係しているパワードスーツの仕組み的に、使用者の体にぴったりフィットする形でなければならない。さすがに霧雨も測定するのに気恥ずかしさがある。
夢咲の方も羞恥心はちゃんとあるようで頬が赤い。若干俯いてしまった彼女は「い、いいの」と告げた。
「い、いいのか? でも俺達はもう中学生だし、男女だぞ? その、いくら俺が機械を愛しているといっても、測定時全裸になった夜知留を見て何も思わないわけじゃないんだぞ」
以前作成した時はお互い性知識も浅い小学生で、霧雨も今ほど恥ずかしくなかった……というか微塵も気にしていなかった。しかし中学生となり、互いの体も大人に少しずつ近付いてきた今、さすがの霧雨も性的欲望に負けてしまうことがあるかもしれない。
仮に性的欲望に負けてしまえば友情に致命的な亀裂が入ることも有りえる。だからこそあまり乗り気になれない。
「もし、もしだよ? 和樹君が襲ってきたとしても……私、受け入れる」
「……正気か? いや正気じゃないよな」
「ううん、一応正気。無理にお願いしてるのはこっちだし、お金も援助してもらってるし。私ってば和樹君に借りが多いんだよ。だから一回くらい……うん、私はいい」
「おい俺が暴走する妄想をするな。ふっ、この霧雨和樹を舐めるなよ。いいさ、やってやるさ、やり遂げてみせるさ」
驚愕の発言だったとはいえ性欲に負けなければいいいだけである。夢咲に借りがあるのは霧雨も同じこと、今まで助け合って生きてきたのだからその言葉に甘えてはならないのだ。中学生男子として苦行になるだろうがやるしかない。
「えっ、私とヤるの?」
「違うそっちじゃない。頬を赤らめるな」
「ふふっ分かってるよ。冗談」
どこまでが冗談だったのかと霧雨は疑問を抱く。
「……まあ、近いうちに寸法測定はしよう。もちろんやましい思いは何もないぞ」
「うん、信用してる」
二人は笑い合って穏やかな時間が過ぎ行く――かに思われた。
「――ちょっといいかい?」
唐突に二人に届いた第三者の声。
白いスーツと赤いマントを身に纏い、額にゴーグルをつけている少年が和室の入口にいつの間にか立っていた。
「だ、誰だ!?」
「何この人……!」
「僕は法月正義、この世界のジャスティスだ。ここには悪を捜している過程でお邪魔させてもらったよ」
ジャスティス、つまり正義なのに不法侵入するのかと二人は思う。
「人を捜しているんだ。天寺静香と日戸操真って知っているかい?」
「……天寺だと?」
「実は知り合いからの情報で悪と判明したんだ。君達は何か関係してないかな」
名前に聞き覚えはある。小学五年生の時、雲固学園のリーダーとして運動会で暗躍していた人物の名前だった。とはいえそれ以降霧雨と夢咲は関わっていないし、今どうしているのかも知らない。
「いいや、見覚えはある程度だ。ていうか他人の家に不法侵入している方が悪なんじゃないのか」
「善人の家に入ったのなら謝るさ。でも、U社に協力していた霧雨和樹。君は立派な悪じゃないか」
関係者以外誰も知らない情報を告げられたことで二人の表情は険しくなる。
確かに霧雨はU社という組織に協力してしまったが、その事実は神奈と夢咲の中にだけ眠らせておくはずだった。なぜ目前の自称ヒーローが知っているのか分からない。
「どうしてそんなことを知っているの」
「U社の人間からの情報さ。悪はすぐ仲間を売る人もいるから気をつけなきゃね。霧雨和樹、君を正義の名のもとに断罪する!」
ふざけた見た目だが夢咲は感じている。
法月正義は強い。こういった相手のためにパワードスーツの再開発を頼んだのに、相談した日にやって来るなどつくづく運がない。このまま何もしなければ酷い目に遭うのは予知しなくても分かるので、夢咲はスカートのポケットから携帯電話をバレないよう取り出そうとして――
「呼ぶな夜知留」
霧雨の声で動きを静止させる。
「な、なんで……私何も言ってないのに……」
「予想くらい出来る。まあ俺を守るために連絡しようとしてくれたことは嬉しく思うが、これは身から出た錆だ。俺は断罪とやらを素直に受ける」
「へえ、悪にしてはいい心掛けだ。大丈夫、悪でない以上隣の彼女には何もしないさ。君だけに制裁の拳を放つ」
法月が拳を構える。格闘技の技術なんて何もない大胆な大振りだ。
このままでは霧雨が思いっきり殴られるだろう。止められているとはいえ、夢咲は咄嗟に「待って!」と叫んで霧雨の前に移動して両腕を横に広げる。
「……何のつもりだい?」
「見て分かるでしょ。庇ってるのよ、だってこのまま殴られるのを黙って見てられないもの……!」
自分が何もされないからといって友達を見捨てるなど夢咲には出来ない。
たとえ目前に立つのが恐ろしい殺人鬼だったとしても夢咲は勇気を振り絞って庇う。霧雨が真の悪人でないことを一番理解しているからこそ、庇う。
「止せ夜知留。お前が庇う必要はない」
「ううん庇うよ。ねえ、和樹君は最初から進んでU社に協力していたわけじゃないの。制裁でも断罪でもどうでもいいけど、和樹君を責めないであげて」
「悪を庇うとは君も悪だったようだね。残念だ」
その法月の言葉に納得出来ず夢咲は叫ぶ。
「何が悪なの……! 友達を守ることの何が悪なの!」
「正義執行する僕の邪魔をするなら悪に決まっているだろう?」
「理不尽すぎるよそんなの……」
結果、法月にはどんな常識や善意識を説いたところで無意味なことを理解した。
自分だけが絶対正義。善である自分を邪魔するならその生物は悪。どんなにこちらが正しい主張をしたところで法月には全く届かず、ただの理不尽な暴論が振りかざされる。
「ジャスティスパンチ!」
理解不能な力を秘めた拳が二人の顔面へと放たれるが寸止めされた。だからといって攻撃を止めてくれたわけではない。
寸止めされた拳から不思議な光が溢れだして二人は吹き飛ばされる。
――二時間後。畳に横たわっていた二人はふいに目覚めた。
どうやら気絶していたらしいと状況を察すると夢咲が口を開く。
「……和樹君……起きてる?」
「ああ、起きている……。だが……体が、動かない」
二人の肉体に傷と呼べるものはなかった。しかしダメージが残留しているのかすぐには立ち上がれず、畳に這いつくばったまま痛みに苦しみつつ会話する。
「本当によかったの……? 神奈さんに……教えなくて」
「……構わないさ。あいつは、俺が殴られたと知れば容赦なく、法月とかいう奴を殴り返しに行くだろう。別にいいんだよ……これは俺の……受けるべき制裁だったんだから」
終始霧雨は自身の受ける制裁に納得している。
相手が法月だからではなく、自らの犯した罪にしっかり向き合っているがゆえの納得である。U社の人間が警察に逮捕されているのに自分だけがのうのうと生活するなど許されない、ずっとそう思っていた。法月のおかげというべきか霧雨の心にあった陰は薄まった気がした。
「そう……まあ、納得してあげる」
「ありがとうな。……しかし、法月だったか。あいつは神谷と揉めるかもしれないな」
「彼も強かったね。どっちが勝つかな」
神谷神奈と法月正義。どちらも悪人を許せない質であるが性格上口論になる可能性は高い。
神奈は法月と違って悪人にも深い事情があれば同情するし、見逃すことだってある。過去に過ちを犯していても反省してればまあいいかで済ませたことだってある。根本的に二人の正義は食い違っていると言えるだろう。
「より……正しい方だろうさ」
答えは二人が戦う時にならなければ分からない。




