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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
八章 神谷神奈とU社の野望
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118 正義――ヒーローは歪む――


 宝生町のとある裏路地。

 不良達がたむろするような場所に二人の少年がいる。

 金髪の少年――日野(ひの)(あきら)は不良そのもののような容姿であるが、眼鏡をかけている少年――加藤(かとう)(そう)は真面目そうだ。この二人が一緒にいるとカツアゲ現場か何かと勘違いされるだろう。


 接点がなさそうな二人であるが付き合いは二年以上と長い。

 親に不満を持った少年で構成された不良グループの一員だったのだ。しかしそれもリーダーである三木が原因で空中分解になる――はずであった。

 五人中二人が死亡して、三木が入院しているのであってないような集まり。だがしばらくは疎遠になっていた二人の少年が今日再会を果たした。


「なあ加藤、お前なんだろ……通報したの」


 臆病な性格ゆえに肩を震わせて加藤が「そうだよ……」と口を開く。


「だってしょうがないだろ……。村井も須川も殺されて、あのままじゃ皆殺しにされていた」


「別にお前を責めようなんざ考えてねえよ。終わった後、俺もそうするつもりだったんだ」


「ああ、警察からの事情聴取で驚いたよ。三木さんが重傷って聞いてさ。どうしてあの人がって思ったけど、日野があの変な果実を食べて復讐したんだってことはすぐに分かった。それで……同時に恐ろしくなった」


 心当たりがある日野は「魔力の実か……」と呟く。

 あのときは三木の持っていた魔力の実を全て食べることで日野は強くなった。それゆえに三木を一撃で重傷にまで追いやり、神奈との面倒な争いが始まった。今では効力が切れて何も残っていないが、日野にとって魔力の実も、製作者である葵も憎しみを向けるに値する物だ。


「怖いってのは俺が強いからか」


 無言で加藤は頷く。

 元々、荒事に耐性のない加藤は不良集団とつるむのに適さない人間だった。相談に乗ってくれた三木がいたからこそグループに加入し、そこから他の面子と仲良くなった。それを一瞬で三木本人に壊されて、さらにその三木を倒した日野を危険と思わないわけがない。


「今日は、今日会ったのは……三木さんとかのことを最後にしようと思ったからなんだ。日野が良いやつだっていうのは知ってるんだけどさ……もう怖いんだ」


「唯一の仲間だと信じてたのに」


 驚いた加藤が「……え」と口から零す。


「唯一の仲間だと信じてたのに、だろ。また裏切られるのが怖いんだ。俺もそうだった。今はちょっと居場所ができたんだけどさ、やっぱりそれでもグループのこと思い出しちまってな」


「分かってたのか……じゃあ、僕とはもう関わらない方がいい。居場所ができたんならよかったじゃないか。もう僕は必要ないだろ」


 身を翻して去ろうとする加藤の腕を日野が掴む。

 加藤が「放してよ」と言っても日野は放さない。


「まだだろ」


「……何がさ」


「まだお前の居場所が見つかってねえだろって言ってんだよ」


 加藤の目が見開かれる。

 そして焦ったような声を出す。


「そ、そんなの関係ないだろ。もう居場所とやらを手に入れた日野と違って僕は――」


「俺がなってやる……絶対に壊れない居場所ってやつに俺がなってやるよ。そしたらお前はもう一人じゃねえ。決してあのグループは無意味なんかじゃなかったんだ。俺達の関係はまだ終わってねえのさ」


 ゆっくりと加藤が日野へと振り返る。


「……本当にいいの?」


「いいんだよ。友達だろ、俺らは」


 二人が見つめ合い、話が纏まりかけていた――そのとき。


「不良の二人組発見! 正義執行!」


 白いスーツと赤いマントを身に纏い、額にゴーグルをつけている少年が空から降りてきた。

 あまりにも奇天烈な服装の少年登場に二人は戸惑う。だがここで忘れてはならないのが少年の発言……不良の二人組なんて、近くに日野と加藤以外人間がいない時点で誰のことか理解できる。


「何か悪さをしているんだろう! 僕には分かる!」


「は……いや、いきなり何言ってんだお前。頭おかしいのか」


「ひ、日野、あまり関わらない方がいいって。こういう輩はだいたい頭のネジ数本は飛んでいるんだから」


 突如現れた少年の顔が死んでいく。

 怒らせたと思って加藤は「ひっ」と上擦った声を上げる。


「頭……おかしい……」


「……お前、なんなんだよ。わりいけど今けっこう重要な話してるんだ。お前みたいなやつに構ってやれる暇ないからどっか行ってくれ」


 死んだ表情に生気が戻っていく。

 まるで待っていたとばかりに少年は大声で叫ぶ。


「僕はこの世界のジャスティス! 法月正義(ほうづきまさよし)だ!」


 決めポーズもとる法月はいきいきとしていた。


「……帰るか加藤」

「そうだね日野。今日はありがとう、これからも友達でいよう」


 温度差があまりにも酷い。

 もう放っておいて帰ろうと二人は身を翻して歩き出す。


「知らないのかい? 正義からは逃げられない」


 ――瞬間移動でもしたかのように法月が二人の目前に現れた。

 驚いた加藤が「うわああ!」と悲鳴を上げるのも仕方ないだろう。

 まだ絡んでくることに苛立ち、日野は額に青筋を浮かべながら口を開く。


「おいテメエマジでなんなんだ。いい加減にしねえとぶっ飛ばすぞ」


「言った通りさ、僕はこの世界のジャスティス……正義の味方なんだ。君達はこれから倒される悪党ってわけなんだよ」


 もう限界で「チッ」と舌打ちした日野が殴りかかる。

 勝手に悪党呼ばわりされたのもそうだが、何よりうざい。うざすぎる。それだけでもう日野が殴ろうとする理由にはなる。


「ジャスティスパンチ!」


 そして理解不能な何かの力が働き――日野と加藤は殴り飛ばされた。



 * * * 



 宝生町には数多くの噂がある。

 同じ顔の人間が十人はいるとか、宇宙人がいるとか、忍者がいるとか。色々な噂が飛び交うなか神谷神奈は一つの噂を耳にしていた。


 自称正義の味方がいるという噂。

 悪事を働く不良をぶっ飛ばしたり、子供の飛んでいった風船取ってあげたり、おばあさんの荷物を持ってあげたりしている。まさしくヒーローと呼ばれるような善行をする。


 公園付近を散歩している神奈はなんとなくそんな話を思い出していた。誰から聞いたのかは忘れたが本当にいるのなら会ってみたいとも思う。


「うあー! 風船が引っ掛かっちゃったよー!」


 やけに説明的な悲鳴を上げる幼女が公園にいた。

 公園に生える木の枝の方に赤い風船が引っ掛かっている。


「うっかり手を離したってところかな」


「でしょうね、取ってあげましょうよ」


 腕輪に言われなくても神奈は取ってあげるつもりでいた。

 こうした善行を積み重ねていれば自分に返ってくる。ありきたりな迷信染みた話だが、それを信じていれば人助けもしてみようと思える。本物の善人ならそんなこと関係なく助けるだろうが。


 幼女に歩み寄って神奈は頭に手を乗せる。

 泣きながらゆっくり振り向いた幼女を安心させるよう笑ってみせる。


「大丈夫、私が取ってあげるから」


 優しい笑みに安心した幼女。

 そして神奈が木の方へ視線を移すと――見知らぬ男が風船を取っていた。

 軽く跳んで風船を手にした男は神奈達の方へ歩いて来る。


「はい、風船だよ。今度から手は離さないようにしなきゃね」


「わあーお兄ちゃんありがとー!」


 幼女は可愛らしく笑いお礼を告げて走り去っていく。

 この間、神奈は笑みを引きつらせて立っていることしかできなかった。

 今のは確実に神奈が助けるところだったのに、全く空気を読まず風船を横取りしたのだ。タイミングに悪意があるとしか思えない。


「君、良い人だね。感心したよ」


 男から声を掛けられて神奈は「あ、ああ、どうも」と未だ笑みを引きつらせた状態で返す。


「僕はジャスティス、法月正義だ。君の名は?」


 内心何言ってんだこいつと思いながら神奈は自己紹介する。


「私は神谷神奈、ただの中学生だ。それでお前……何、その恰好」


 白いスーツ、赤いマント、額にゴーグル。法月の服装は異常すぎた。

 嫌でも目を引くその衣装はアニメキャラクターのコスプレか何かとしか思えない。


「ああこれかい、これはヒーローコスチュームさ。ヒーロー活動を行うときには常時身に纏う僕お手製の服だよ」


「手作りかよ……。それで? お前はああやってヒーローっぽいことをしてるってわけか?」


「その通り。なにせ僕はこの世界のジャスティスだからね!」


(頭おかしいのかこいつ)


 中二病とかいうレベルではない。もっと何か根本的に、頭のネジが外れている異常者だと神奈は直感する。


「むっ、誰かが僕を呼んでいる! ジャスティスダアアアッシュ!」


 法月は突如明後日の方向を向き、神奈でも目で追うのが精一杯の異常な速度で走り去っていった。


「嵐のようなやつだな」


「正義の味方……あの噂って百パーセントあの人ですよね」


 この町には正義の味方がいる。

 正体については間違いなく法月であろうと神奈は推測した。



 * * *



 法月との邂逅から十五分。

 町中で神奈は意外な人物と相対していた。


「ふふふ、久しぶりね」

「どうも」

「お前ら……」


 腰まである水色の長髪、つり目の少女――天寺静香。

 根暗な印象を受ける緑髪の少年――日戸操真。

 同じメイジ学院に通う二人。神奈が会うのは以前薬草定食を無理やり頼ませた以来である。


「薬草定食の恨み、晴らす時が来たようね」


「悪いけど私忙しいから」


 面倒な相手なので神奈は即行スルーする。

 なんでもないように天寺の横を通り過ぎ――目前に天寺が現れた。


「逃げられると思うの?」


 瞬間移動、天寺の固有魔法だ。後ろには日戸がいるので挟まれた状態になる。

 拒否しても面倒臭さが増していくだけだろう。仕方がないのでため息を吐きつつ、神奈は目で早く話せと訴える。


「観念したようね」


「うんだからさっさとしろよ」


「あなた私への扱い雑よね……。まあいいわ、これからお昼食べに行くわよ」


 思わず気の抜けた「……はい?」という声が神奈から漏れる。


(え、昼食? 何これ誘ってくれてるの?)


 神奈は説明してくれという意思を込めて日戸を見やる。


「静香さんはこれからあなたに激辛ラーメンを食べさせようと企てています」


「ちょっとなんで言っちゃうのよ!?」


「え、激辛ラーメン? ああ、薬草定食の恨みで……」


「そうよ! さあ行くわよ!」


 罠と分かっていて誰が行くというのか。

 気がつけば目的の店の前に神奈はいた。


(いや違う、ただまだお昼食べてないし腹ごしらえしないといけないから付いてきただけだ。それにしてもこの女だいぶフレンドリーになったな。あんなに私のこと怖がってたくせに……いや、恨みが恐怖を負かしてるだけか)


 天寺の案内で着いた店に神奈は入ったのだが、外見も、旗も、店内も、店長の服装も、とにかくほぼ全てが真っ赤なヤバい店だった。

 悪趣味というか、一目で激辛専門店と見抜けるというか……外の看板に書いてある。もう大きく【激辛】という二文字が堂々と書かれている。


 メニューを見るとどれも【激辛】と書いてあり、激辛レベルなんてものまで存在している。正直神奈はどれも食べる気しないが、この中ならまだ定番のカレーライスが一番マシだと思う。


「店長、カレーラ――」

「激辛ラーメン三人前お願いね」


 勝手に天寺が三人分の激辛ラーメンを注文してしまった。


「おい、なんで人のを勝手に注文してんだよ」


「忘れたのかしら。激辛ラーメンを食べると言ったじゃない」


「私は言ってない。お前だけ食ってろ」


「無理よ。ここの店長はね、一度注文したら変更は受け付けず、食べきらなければ店内から出してもらえず、残せば罰金を科すので有名なんだから」


「店長クソ野郎だな!?」


「聞こえてるぜ? へいお待ち、激辛二百パーセント味噌ラーメン三つだ」


 タイミング悪く来てしまった店長に神奈は「すいません!」と謝る。

 神奈達の前に置かれたのはラーメン……のはずだ。真っ赤なスープ、それに浸かった真っ赤な具材と麺。鼻がひん曲がるようなにおいは食べようという気力を失わせる。


(なにこの真っ赤な食べ物……これ食べ物じゃなくない? ねえこれ赤ペンキだろ? そうだよな、こんなのが食べ物なわけがない。これはペンキだ……もしかしたら溶かした絵具かも)


 呆然と目前のラーメンを見つめる神奈。その目前のラーメンに店長が唐辛子を丸ごと投下した。


「……って今何入れた!?」


「何って唐辛子だよ。サービスだ」


「なんで!?」


「あなたクソ野郎とか悪口言うからでしょ」


 そう言いながら天寺は自分と日戸のラーメンを神奈の方へとずらす。


「さあ食べなさい、激辛ラーメン三つを!」


「はあ三つ!? あ、お前ら食べないつもりかふざけんな! おい店長こいつらにげきか――」


「あら誰だったかしら、薬草定食とかいうものを頼ませた悪人は」


 確かにあのときはまあ酷かったと神奈も思う。それでも仕返しが釣り合わないくらい酷すぎる。 

 こうなったら三つ全部食べ切ってやると意気込んでいると――店長がずらされた二つの激辛ラーメンを天寺と日戸に戻した。


「あ、あの、私達は別にいらないんですけど……」


「俺の店は何も頼まずに出て行かせる程甘くねえぞ。食え!」


「いや、でもこんなの食べられない……」


「ほれ唐辛子をサービスだ」


「なんで!?」


 天寺と日戸の分にまで唐辛子が丸ごと一個投下された。


「さっさと食え、俺がこの店のルールだ」


「……静香さん」


「……い、いただきます」


 なんという災難、いや自業自得である。

 神奈達は受け入れるしかない。この深紅のスープ、そして血で染められたかのような具材と麺からはもう逃げられない。


「天寺、日戸」


「わ、分かってるわよ……」


「静香さんだけに辛い思いはさせません」


 神奈達は三人同時に、レンゲでその血の池地獄からとったかのような液体を恐る恐る口元まで運ぶ。

 鼻が捻じ曲がるような圧倒的辛さによるにおいに負けず、神奈達は覚悟を決めて一気に口へと流し込む。

 カンッという音を立てて三つのレンゲが床に落ちた。震える手がそれすら持てなくなったからだ。

 その一口でブワッと汗が噴き出てくる。水を飲もうとする神奈達だが、震えているのでグラスから水が思いっきり零れていく。


「アアアアアアアアアア!?」


 三人分の絶叫が店内に、そしてその近辺に響き渡った。








神奈「加護を発動すればよかっただけなのに、ちょっと食べる気が起きちゃったからなあ……後悔ってもんはいつも遅いから後悔なんだよね」


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