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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
八章 神谷神奈とU社の野望
285/608

117 奮闘――ディスト――

2023/10/21 文章一部修正


 喫茶店マインドピース。

 そこで働いている店員の一人、ディストはある悩みを抱えていた。


(どうしても……神谷神奈が怖い)


 数年前殴られた時の痛み、そして圧倒的な力によるトラウマがディストの心には刻み付けられている。出会ってから治ることはなく、未だに神奈に恐怖している。

 今まで関わってきて何もないように努めてきたが、もうそれも限界に近い。ディストは自分の髪に白髪が交じっているのを鏡で確認して常々そう思う。しかし克服しようにも方法が分からない。モヤモヤとした気分で仕事をこなしていると、レイから仕事に身が入っていないと注意された。


 ディストは思い切ってレイに悩みを打ち明ける。

 対策を素直に聞くことにした。レイは神奈とも仲が良いので何か掴めるかと思ったのだ。


「神奈が怖い?」


「時々、神谷神奈の顔を見る度に頬が痛む。あの時の、殴られた感触が強制的に思い出されるんだ。もしかしたらと虫歯を疑って歯医者に行ったが、健康的な歯だと言われたよ」


「それが仕事に集中出来ない原因なら一大事だね。神奈はウチの常連だ、当然来る機会は多い。仕事に支障が出るならマズい」


「俺もマズいと思っている。最近ではグラヴィーですら打ち解けているというのに、俺は何も変わっていない。……恐怖に打ち勝つことなど出来ていないのだ。レイ、お前ならば怖がらずに接する方法を何か知っているのではないか」


「残念だけどそんな便利な方法は知らないよ。僕は神奈が怖いなんて思ったことないからね。でも、グラヴィーなら何か知っているかもしれないよ? 最近神奈と接しているのを見て、溝が消えたような感じだから」


 ディストはその言葉を聞き、仕事をしているグラヴィーのもとへ行く。

 客が帰ったテーブルにあるゴミを捨てたりして掃除中の彼へ、先程のレイへの質問と同じように問いかける。


「グラヴィー、神谷神奈とは打ち解けたようだがコツ的なのはあるのか?」


「ないな……だがそれに近いものを教えてくれる場所はある」


「近いところ?」


 グラヴィーは厨房に戻り、置いてあった雑誌を手に取ってディストに見せてきた。

 雑誌にはモテる秘訣、流行りの服なども載っていたが、グラヴィーが指すところを見るとそこには悩みを追い出す方法と載っている。


「なになに……祈祷師があなたのお悩み解決しますってなんだこれは胡散臭いな」


「だろうな、でも何もこのまま行動しないというのは違うのではないのか? それと僕は神谷と仲が良くなったというわけではない。あいつには借りもあることだし仲良さそうに接しているだけだ」


「素直じゃないな」


「素直だ。あいつのことは……嫌いだ。でもあの強さは好きだ」


 結局、ディストはグラヴィーの言っていた通り行動を起こし、雑誌に載る祈祷師のもとに行くことにした。

 その場所は寺のような構造だった。歴史を感じる外見だが、中はきちんと綺麗にされておりまだ人が住んでいると分かる。しかし所々に穴が空いていたり、壁が壊れていたりする箇所があるので修繕はされていない。


「あなたが相談してくれた人ですね」


「ああ、お前が祈祷師とやらか」


 広い場所、畳が敷き詰められたそこは家具も何もない不思議な空間。

 祈祷師だという女性とディストは向かい合う。あまり整えられていない黒の長髪、恰好は黒いローブを着ており、首元には髑髏がぶら下がっているネックレスをしていた。正直不気味である。


「お前本当に祈祷師とやらなのか? 俺の目には呪術師にしか見えないのだが」


「フフ、本来祈祷師とは呪術にも心得があるのです。そんなことよりあなたのお悩みをお聞かせください」


 ディストは不審に思いつつも自分の悩みを話した。祈祷師はそれを聞くと「なるほど」と頷く。


「あなたの恐怖は痛みから来ていますね。ではその痛みに慣れてしまうというのはどうでしょう」


「慣れる? どうやってだ?」


「簡単です。その人物に痛みが快楽に変わるまで殴ってもらうのです」


「いや、俺が求めているのはそういうことじゃ……」


 この女やはり偽者なのではないかと思うディスト。

 いきなりドMになれと告げられれば疑うのは当然だろう。


「ではこういうのはどうでしょう。その人の良い所を見つけるのです。そうすれば良い人に見えて恐怖もなくなるかもしれません」


「良い奴だというのは知っている」


「ふむ、それならばこれしかありませんね。その方と戦い恐怖を克服するのです」


「戦う? 無理だ、あの女と戦えばボロ負けするのは目に見えている」


「私が力を貸しましょう、貴方に強くなれる呪……おまじないをかけてあげましょう」


 明らかに呪いと言いかけた祈祷師だが、ディストは怪しく思いつつも受け入れた。

 祈祷師は突然立ち上がり踊り出す。妙な掛け声をしながらディストの周りで呪文を唱えている。


「はいいっ!」


「……その、終わったのか?」


「ええ、感じる筈です。あなたのその力が何倍にも引き出されたのを、新たな力に目覚めたのを、あなたは今確実に強くなりました」


「何も感じないんだが」


 先程と何も変わらない体と心で疑心が強くなる。


「……まあ、とりあえず戦ってはみる」


「ええ、それでは相談料千円になります」


 ディストは嫌々千円を払い、寺から出て行く。

 帰り途中で神奈に電話して戦ってくれるよう頼んでみた。

 渋々承諾した神奈には、遠く離れた誰もいない場所に来てもらう。その場所はかつて二人が戦った、というか一方的にやられた場所である。


 四方八方に跳ねた黒髪の少女がディストの前に現れた。

 もうこの時点で頬が痛み出したが慣れた痛みだ、十分我慢出来る。


「お前本当に大丈夫か? 騙されてるだろそれ」


「俺もそう思う。だが何も行動しないのも嫌になったのでな」


「まあ、お前がいいんならいいんだけどさあ」


 神奈とディストはルールを決めた。

 参ったと言った方が負けというシンプルな勝負方法だ。


「行くぞ!」


 神奈に向かって駆けるディストは、走っている間に神奈の空間を引っ張ろうとするが失敗。やはり効かないと悟り、純粋な身体能力だけで攻撃を仕掛けるが……当然当たらない。神奈とディストの実力差では一撃も与えることが出来ない。


 気の抜けた一撃が神奈から放たれるが、それはディストにとって自身の命を刈り取ろうとする悪魔の拳にしか見えない。

 恐怖。生物が危険だと思ったことからいち早く逃げるためにそんな感情がある。ディストは自分の空間を後ろに引っ張ることで後方に移動して、迫り来る拳をギリギリで躱した。


「へえ、やるじゃん」


「はあっ、はあっ、どこがだ、お前は全く本気を出していないというのに」


 躱したはいいもののそれだけの動作でディストは息切れを起こしている。神奈に対する恐怖心が精神と体力を削っていくのだ。体は小刻みに震えており、神奈はそれに気付いて「もう止めよう」と言い出すがディストは諦めない。


「言っただろう、このまま負けたのでは前と同じだ。俺はこの恐怖を超えていく!」


 再び気の抜けた一撃が放たれる。

 しかしここで異変に気付く。神奈の拳がスローに見えているのだ。


(見える、これなら躱せるぞ! ついに来たか俺の覚醒イベント!)


 気分は好調。絶好調。

 迫る拳を前に思考だけが加速していく。


(今の俺はレイより強いに違いない。もうエクエスにも匹敵したんじゃないか? 絶対したな。だって神谷神奈の攻撃が見えている時点でやつと並んだも同然だ。もはや俺に敵はいない、かつての自信が取り戻されていくぞ)


 思考だけが、加速していく。


(……あれ、まだ拳が届くまでけっこうあるな。というかこれはあれじゃないのか。時間がスローに感じられるって……死ぬ前の……)


 ――次の瞬間ディストは殴り飛ばされていた。

 奇跡的にパワーアップなど漫画などでしかない。現実に起こりえるわけがない。

 あまりの痛みにのたうち回るディストは焦ったように「参った」と連呼する。その情けない姿に神奈も思わず止まってしまう。


「ぐおおおお、いたたたたた!」


「悪かったけど……でもこれ試合だし」


「ひょ、ひょりゃひょうなのひゃが! きょきょまで強く殴らなくてもひいひゃろう!?」


「……だから悪かったって」


 しばらくして痛みがある程度マシになった頃、居心地悪そうな神奈は身を翻す。


「ま、そういうことでもう帰るけど……凄かったよお前、なんていうか頑張ってたと思う」


 それは初めての賞賛、恐怖していた相手から認められ気が楽になる。

 ディストは腫れた頬を抑えながらマインドピースに帰っていった。

 その大きく腫れた頬を見てレイとグラヴィーは心配していたが、ディストは「大丈夫だ」と微かに笑って言う。


「結局神奈のこと、もう怖くなくなったのかい?」


「どうだろうな、少なくとも前よりはマシになったんじゃないか」


 当然だが恐怖なんてそのままにしていては克服など出来ない。もし克服しようとするのならばそれ相応の訓練が必要である。なので――。


「あ、神奈いらっしゃい」

「うあああああ!? 急に頬がああ!?」


 ――まだまだ克服など先であった。









レイ「よしラテアートができた、これは渾身の出来だな」


ディスト「これ……まさか」


レイ「神奈だよ」


ディスト「あ、ああ、あああああ何故か顔が痛くなる!?」


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