116 懺悔――ただいま――
2023/10/21 文章一部修正
「あ、やば」
神奈は思う。やってしまったと。
あの上谷栞奈と名乗る自身のクローンを撃破してからU社本拠地に戻れば、ボロ雑巾になっている速人の姿が目に入った。当然助けないわけがなく、神奈は撃退ロボを容赦なくぶっ飛ばした。
ロボなど戦闘力は神奈相手に不足している。撃退ロボなど雑魚扱いできる神奈が殴れば紙屑のように吹き飛ぶ。それはいいのだが、問題は撃退ロボの頭部が――上にあるガラス張りの部屋を破壊したことである。
先程から霧雨の怒鳴り声が聞こえていたので霧雨がいることは確実。そんな場所を半壊させたらどうなるか考えなくても分かる。
「……霧雨大丈夫かな」
「今ので死んでしまったなんて笑えませんよ」
神奈は霧雨の無事を確かめるべく一気に飛び上がる。
半壊した部屋に入って目にした光景は――唖然としている霧雨と、あの巨大な頭部に押しつぶされている佐木山。そして破壊の衝撃で気絶している残りの社員。
「霧雨に当たったかと思った。良かったあ……」
「いや良くないですよ。誰だか知らないですけど一人死んでますから」
元々、U社の人間は殺すまでいかずとも痛い目にあわせるつもりであった。さすがに殺すのはやりすぎだろうが社員はクズだと発覚しているから躊躇しない。……ただ、本当に殺すつもりはなかったので、神奈は自分が殺した相手を見て「うわっ、ああっ」と慌てふためく。
慌てふためいている神奈に向かって霧雨が口を開く。
「……神谷」
「霧雨、どうしよう。やばいよねこれ。いやでもこれを私がやった証拠なんてないし」
「別に佐木山はどうでもいい。ゴミと呼んだ機械からの報復だと思えばな」
お互いの名前を呼び合い暫く見つめ合うが霧雨は目を逸らしてしまう。
罪悪感であると神奈は推測する。U社にいたということは協力していたと捉えるのが普通だ。夢咲の予知夢は裏世界の外道達と同じ場所まで堕ちるということだろう。
言動から察するに霧雨も後悔はしている。このU社という組織にはお灸を据えたい神奈だが、今は彼と真っ先に話すべきだと考える。
目を逸らしている彼に神奈は歩み寄る。
彼はその場から動かない。何かを受け入れたような、諦めたような顔をしていた。
「さ、早いとこ帰ろうよ」
「……は?」
「だから帰ろうって言ってんの。何度も言わせんな」
よほど予想外だったのか霧雨は呆けている。
殴られるとでも思っていたのは間違いない。確かに神奈は悪人なら容赦なく殴るが、その判断は結局自分自身が行うものだ。今まで何年も友達付き合いして性格などは知っているし、この先も友達でいられる自信があるから神奈は手を出さない。
「……理解できない。俺はこいつらに協力していた。あの改造家電製品がお前達を襲うところも見ていた。人々が機械にすり替わっていくのも知っていた。あの撃退ロボだって俺が改造したんだぞ……お前達を倒すためにだ。そんな俺がお前達のいる場所へ? そんな都合よく帰れるわけないだろう。俺はもう――」
「うるさい!」
言葉を遮られた霧雨は目を丸くして「は?」と呟く。
「うるさいっつったんだよ! お前はどうしたいんだ! 決めろよ……こんな奴らと一緒にいたいか、私達のもとに帰りたいか。どっちかを」
「……許されるのならばお前達のもとに」
「だったら帰ってこい、つか早く帰れ。お前を心配する人が待ってんだからさ」
霧雨が帰らなければ夢咲が、神奈が、あのときの部員が、関わってきた人達が心配する。帰って元気な姿を見せるのが彼のするべきことだと神奈は思う。
「どんなに言い繕っても俺は犯罪に協力していた、それに変わりはない。その過去は変えられない」
「過去、か。じゃあこれからなら?」
「未来、ということか」
「お前はもうこんな奴らの為じゃなく、世界の為になるような世紀の大発明をしろよ。元々お前の夢はそれだろうが」
俯いていた霧雨が目を見開く。
涙が零れてくるのを阻止しようと右手を目へ持っていくがもう遅い。
「勘違いか……これこそが、仲間だった」
理解者が周囲から離れていたからこそ霧雨は誘惑に負けた。
逃げる素振りすら見せなかったというのなら受け入れたということ。それは同じ目的を掲げるU社の人間達に共感していたからだろう。だが霧雨は気づいたのだ。……自分には前から信頼できる仲間がいたことを。
「さて、帰るか」
「いや待ってください神奈さん! 元々ここに来たのは霧雨さんを連れ戻すためじゃなくて、消えた人達を連れ戻すためでしょう!」
帰ろうとした神奈の足が止まる。
宝生町が異常事態であることを霧雨の話に夢中で失念していた。
「それなら俺が案内しよう。この真下の地下十階、そこに連れ去られた人達がいると聞いている」
霧雨の案内で地下十階に向かいたいところだったが、エレベーターが使用不可なので彼を抱える形で神奈が飛び降りた。
――U社地下十階。
まだ息があることから生命を維持するためであろう装置。見た目はカプセルホテルのようだったがそこに一人ずつ人間が入っている。こうなっているとを霧雨は知らなかったようで唖然としていた。
すぐに出そうとするもカプセル容器に脱出させられそうなものがない。ボタンだとかレバーだとか、そういったものは全て入るとき用である。
「なあ、U社の目的ってなんだったんだ?」
「……U社というより、佐木山の目的は世界に自身の発明を広めるためだと本人が言っていた」
「でもそれならこんなことをする必要はない」
「そう、俺もそれが疑問だったので考えていた。ここからは佐木山という男を見て考えた俺の推測になるがいいか?」
神奈が静かに頷くと、霧雨は容器を開ける何かを探しながら話し始める。
「発明を広めるというのもそうだが、佐木山には明確な目的がもう一つあったのだと思う。……人類の支配、いや統一というべきか?」
「統一?」
「佐木山は自分の考えを否定され、罵倒され、他人のことを信じられなくなったのだろう。そうして人というものに失望した佐木山は、全ての人類を自らが信用できる機械にすることに決めた。自分が作った機械ならば罵倒も否定もされない。まさに佐木山にとって楽園のような世界だっただろう。そして自分が作った新たな発明は、あいつの作った機械に行き渡る」
佐木山、その男は人に失望した。
才能に嫉妬して罵倒と否定を繰り返す存在に嫌悪感を覚えたのだろう。これは悔しいことにこの世界、いやどの世界にもよくあることだ。才能、天才、そんな言葉一つで片付けてその人物を理解しようとしない者など山ほどいる。そして嫉妬し陥れる輩も珍しくはない。世界が、いや人間がこういう生き物である限りこんな事件はなくならない。
それから神奈達は容器から人間を解放させるレバーを見つけ、停止させるために二人で下ろす。
容器の蓋が一斉に開き、人々は仮死状態から目覚めた。
捕らえられていた人々は混乱しながらも状況を呑み込んでいく。
神奈達の説明により全てを理解した人々はすぐに町へと帰っていった。
* * *
U社の起こした事件から一週間後。
今回の事は大規模なテロ行為だと連日報道される。既に死亡していた佐木山を含め、U社にいた人物は全員逮捕され実刑判決が決まる。その逮捕劇に協力したのが他ならぬ霧雨だ。警察機関に顔が利く才華が橋渡しをして、逃走しているU社一同の情報を彼が話したのである。
最後に自分もU社に協力していたと名乗り出すのを神奈は肩を掴み止めた。
逮捕された連中が霧雨のことを喋るかとヒヤヒヤしている神奈だが、そんなことは事件から一週間経った今も起きていない。全員が意気消沈としており、覇気がないうえに一言も喋らなかったのだ。
街道で霧雨は夢咲と再会する。
ずっと心配をかけていた相手のことを霧雨は真っ直ぐに見れないでいた。
神奈が「何か言えよ」と脇腹を肘でつつくも俯くだけだ。ようやく口を開いたかと思えば――小気味いいパァンという音が響く。
夢咲の平手打ちが霧雨の右頬に炸裂していた。
喰らったわけでもないのに神奈は霧雨同様目を丸くする。
「報告、連絡、相談。社会のホウレンソウって私達の付き合いでも大切だと思うの」
さらに俯いて霧雨は「……すまない」と呟く。
「ねぇ、霧雨君にとって私って何かな」
「何……とはどういう意味だ」
俯かせていた顔を上げて霧雨は夢咲の顔を見やる。
「言葉通りの意味だよ。つい最近の、ほら、U社の一件で思ったの。私達の関係ってなんなのかなって」
「……寄生してくる女」
「うんそれはごめん、お金なくてごめん。でもそういうんじゃなくて、知り合いや仲間、友達とか……恋人とか、まあそういった一般的な関係性のこと」
「それは……友達だろう」
以前は悩まずに出た答えのはずだが今日の霧雨は躊躇してしまう。
犯罪者に協力して、仲間への裏切り行為に等しいことをした今も、夢咲達を友達と胸を張って言えるのか悩む。
「本当にそうなのかな。いや、私はそう思っていたつもりなんだけど、霧雨君がU社に協力した理由って彼らに共感したからなんでしょ? 私達、部活の仲間だったってだけで、本当は薄っぺらい関係だったんじゃないのかって思っちゃってね」
「違うさ、俺の心が弱かっただけにすぎない。結局あの連中とは根本的なところで分かりあえなかったわけだしな」
その発言で夢咲の顔に影が落ちる。
「私はその心の悲鳴に気付けなかった。あんな奴らに味方するくらい苦しんでいたのに」
「別におかしなことではないだろ。たとえ友だったとしても、そいつの心全てを把握することなんて出来やしない」
「それでも気付ける範囲だった。あの事件で霧雨君が向こうに行っちゃったのは一番一緒にいた私のせいでもある……そう思えたの」
その力ない発言で霧雨と神奈は理解した。
夢咲は霧雨が離れてしまったことを自分のせいだと勘違いしている。自分がもっと深く接して、気を配っていれば防げた展開だったと思っている。
「気負いすぎだろ。俺達は今までなんだかんだ仲良くやってきたじゃないか。別に薄っぺらい関係なんかじゃないさ」
「でも、何も言ってくれなかったのは私が頼りなかったからだよね」
暗い夢咲に対して霧雨は「そんなことない」と告げる。
神奈は夢咲の顔に落とされた影が晴れていくような気がした。
「全て俺の責任なんだ、俺が悪かった。本当の仲間の存在を頭の隅に追いやっていたんだ。一番欲しかった理解者がお前達だったというのに」
「うん、霧雨君の発明品に真摯に向き合ってる。でもあなたはそれだけじゃ足りなかったんだよ。なんせ世界中の人に認めてもらうのが夢なんだから」
溢れる承認欲求を霧雨は抑えきれていなかった。
それが佐木山に付け入る隙を与えてしまった。
「だからさ、私も手伝うからね。お世話になってる分を返せるように手伝うよ。もうバカな考え起こさないように今まで以上に寄り添って、あなたを認め続ける。そうすれば真の理解者が傍に一人はいるってことを忘れないでしょ」
意外そうな顔をした後、霧雨が僅かに口角を上げる。
「……俺の手伝いは大変だぞ」
「知ってる。裸にされたこともあったね」
「こうして面倒な事態を引き起こすかもしれないぞ」
「分かってる……でも大丈夫、次は未然に防ぐから」
「しばらく家に帰らないかも……しれないぞ」
「大丈夫、私は帰るべき場所で待ち続けるから。そしてこう言うの」
一呼吸溜めた夢咲は優しく微笑む。
「――おかえりなさい、和樹君」
なんて返せばいいのか分からず戸惑う霧雨に、神奈が軽く肘鉄を放つ。
誰かに『おかえり』と告げられて返す言葉など一つしかない。
「――ただいま、夜知留」
幸せそうな二人の男女を目にして神奈はどこか居心地が悪くなった。




