114 迎撃――ミス――
2023/10/14 文章一部修正
電子レンジ、冷蔵庫、炊飯器、その他全て襲い掛かってくる機械を速人は刀で真っ二つにしていく。家電製品達は足止め程度になるがそれだけだ。レベルが低すぎて、群れでなければ足止めにすらならない。
「この程度のガラクタで俺を仕留められるとでも思っているのか」
家電製品の群れの数が減ってくる。
無限にいるわけではないのだ。破壊し続けていればそのうち在庫がなくなる。
一階にやって来た最後の一機を真っ二つにしたとき、速人の足元はゴミだらけになっていた。もう来ないことに満足そうにしながらゴミの上を歩く。
「わんさか湧いてきやがったガラクタもネタ切れか?」
先に行きたいがエレベーターだけで行き来する構造なので階段はない。肝心のエレベーターは十階から動かない状態にされており、下へ降りる手段がない。ならば多少強引に進もうと思い速人は――暗闇の筒へと飛び込んだ。
浮遊感を味わいながら階層を次々と通り過ぎていく。
一応『九階層にいる』という佐木山の言葉を鵜呑みにして、通り過ぎる階層の光を数えながら降りることで、九階層丁度に飛び移る。
地下九階層に辿り着いた速人は目的地に着いたことを悟った。
一階よりも広い空間。上の方にはガラス張りになっている部屋も見える。そのガラスの向こうからは大人の男が十人程見下ろしている。
ガラス張りの部屋にいる佐木山がマイクに向かって喋り出す。
『おや、もう来たのかね。早いなあ』
「黙れ、先程の声は貴様だな? 俺の家族を、町の人間をどこへやった?」
『君では手の届かない夢の世界へ行ったのさ。私が君も連れて行ってやろうか?』
痺れを切らした速人が手裏剣を一枚投げつける。
佐木山に向かって一直線に進む手裏剣は、その前方にあるガラスに阻まれて届くことはなかった。勢いを失った手裏剣は真下へ落ちていく。
やはり強化ガラスか、と速人は内心呟いた。
速人の手裏剣が弾かれたのは何かしら手を加えているからだろう。魔力を纏わせずとも強化ガラス程度なら破壊出来るのに、多少傷が付いた程度なのがその証拠である。
『話の途中だろうに。このガラスは私達特性超強化ガラスだ。防弾は当たり前、対戦車砲で打たれても、核を落とされたとしても恐らく耐えられる。君の手裏剣などではヒビすら入らないだろ――』
「〈真・神速閃〉」
ガラスに向かって跳んだ速人が刀を振るう。
圧倒的速度を視認できなかった佐木山は、瞬時に目前へと現れた速人に「うおおっ!?」と情けない声を漏らす。
『み、見えなかったよ……流石だね。でも分かっただろう。君の武器では傷も付けられないという事実が……。それと勘違いしているかもしれないけど君の家族も町の人間も死んでいないよ。少し別の場所に保管しているだけさ』
その言葉通り、ガラスには傷一つ付いていない。
この調子では炸裂弾だろうと無傷だろう。
舌打ちして床に落ちる速人はどうすればいいか考える。
佐木山の言うことなど信用できない。既に家族に危害が加えられている可能性だって十分にあるのだ。もし傷つけられているなら、どんな手を使ってでも速人は佐木山を殺す。
『色々考えているところ申し訳ないけど、そろそろ実験を始めたいんだ』
「……実験?」
『君に特別な相手を用意した。私達U社の開発部特製侵入者撃退ロボだ。まあまずはレベル一から頑張ってくれ』
レベルとは何かと速人が思っていると、突然ただの壁だったところに穴が開いて小さいロボットが部屋へ侵入してくる。
侵入者は人型であり、目が赤く光っている不気味な機械だ。
「舐めているのか」
返答はない。戦えという意味にしか先程の発言はとれない。
それならばと速人は容赦なく接近して刀を振るう。攻撃へ移られる前にあっさりと首を刎ねる。ロボは動きを止めて小規模な爆発を起こす。
撃退用というには遅い、速人の前では遅すぎた。
こんなものではせいぜいプロの格闘家くらいしか倒せない。
「なんだこれは? これで俺を撃退出来るとでも思っていたのか?」
『やはりレベル一だと足止めにもならないか。それなら今度はレベル十だ!』
先程の撃退ロボが出てきたところから同じ形の撃退ロボが出てくる。しかし今度のは先程のよりも一回り大きい。
レベル十の撃退ロボは動き出した――瞬間に速人が縦に真っ二つにした。
これも遅い。例外はあれどメイジ学院の生徒でも破壊できる程度だろう。
撃退ロボは爆発して跡形もなくなる。
「おい、こんなガラクタ共に向かわせていないでお前が出てきたらどうだ」
『これもダメ。ならばもう思い切ってレベル百を出すしかないな』
実験に夢中な佐木山は速人の言葉に耳を貸そうともしない。
絶対殺すと内心宣言する速人。その前方の壁の一部が三十メートルの高さまで上がり、またもや撃退ロボが侵入してくる。
ただこれまでのものとは大きく違う。
速人は息を呑み撃退ロボの全体像を見る。人型なのは変わらないが身長が二十メートルとかなり高くなっている。それに比例して体がごつい。
『ああ、大きくてビックリしたかな? 図体も強さも先程の物とは比べ物にならないから覚悟したまえ』
撃退ロボは腕を振りかぶり、速人に向かって振り下ろす。
「ふっ、のろまめ」
放たれたのは単調な攻撃。軌道は分かりやすいので速人は空中に跳んで躱す。
撃退ロボの単調な殴打は見た目から測れる質量に比例して高く、部屋全体が振動で揺れる。しかし力だけあろうと速人には及ばない。振り下ろされた腕の上に速人は乗ると、肩付近まで高速接近して刀を一閃。ごつくて太い右腕を切断する。
切り口からは大きな火花が散り、電気がバチバチと流れている。
見るからに重そうな右腕は大きな音を立てて床に落下した。
『くっ、さすがに強い。おい、性能を上げろ!』
『了解』
速人が性能という言葉に疑問を持った瞬間、目前の機械が赤い光を放ち左拳を放ってくる。その速度は先程よりも増していた。
「なるほど、少し速度が増したか? だがまだまだ遅い」
振り下ろされた拳を最低限の動きで躱すと同時、速人は左拳を切り刻む。
人間よりも大きな拳が見るも無残な姿となる。
『もっと上げるんだ!』
『了解っと、八十パーセントの出力まで上げました』
「八十か、さてお手並み拝見……っ!?」
多少油断していた速人に左拳が真横から迫る。
薙ぎ払いのような攻撃に対応しようにも、先程から急激にパワーアップしているため回避が間に合わない。
「〈身代わりの術〉」
撃退ロボの左拳が、先程斬り落とされた右腕にめり込む。
右腕が木端微塵に弾け飛ぶ。それだけで撃退ロボの基礎能力が異常に向上していることは明らかだ。
速人の〈身代わりの術〉は周囲にある物体と自身の位置を入れ替える能力。魔法のような力に欠点は存在せず速人もよく使用する。
速人が反撃に移ろうとしたとき、百八十度振り向いた撃退ロボの口が開く。
開いた口の隙間から銃口を覗かせた撃退ロボ。そしてそれがキラッと光ったと思うと、青白く太い光線が向かってきたので速人は右に駆けて避ける。回避の際、一応手裏剣を投げてみたが口に届く前に撃ち落とされた。
「少しはやるようだが甘い。最近自信をなくしかけていたがこんな敵と戦ってばかりなら自信が取り戻せそうだ……だがそろそろ終わりにしよう。喰らえ、〈超・神速閃〉」
こんな撃退ロボとの実験にいつまでも付き合っていられない。速人の目的はあくまでも家族の奪還。ついでにU社を潰すこと。
家族のためにも、相手の実験に時間をかけるわけにはいかないのだ。
速人の足が赤紫の光を纏う。
〈超・神速閃〉を発動すれば速人のスピードは上昇し、流星の如き速さを得る。身体能力の変化はないために力は強くならないが、速ければ速いほど攻撃の威力は跳ね上がるものだ。
撃退ロボの四肢を瞬時に斬り落とし、最後に首を切断する。念のために縦に真っ二つにもしておく。さすがにそこまですれば限界なようで大爆発を起こして残骸しかなくなる。
「……やはり反動が大きい。あの店員、本当に何者だ?」
強力な技にはデメリットのある場合が多い。速人のそれにもデメリットがあり、無理やりに足を速く動かす行為に慣れていないとしばらく走れなくなる。レイは実力が高いゆえに速人と違って反動を最小限に抑えられている。
両足はもう戦闘が行えない程の相当なダメージを負った。だがコソコソしている佐木山達などこんな状態でも圧倒できるだろう。本来なら使用するべきではなかったかもしれないが、家族の危機に焦らないわけがない。使用することに一切の躊躇もなかった。
『なんてことだ、予想よりも強い。……これが隼速人か。認めよう、君は強いよ。まさか切り札がこうも無残にやられるなんて』
「今さら己が愚行を理解したか。誰に喧嘩を売るのかよく考えておくべきだったな」
『悔しいけどここまでか……なあんて言うと思ったかい?』
切り札が消えたというのに佐木山は余裕すぎた。
自信の源は何かと思っていると、彼が余裕そうな理由がすぐ分かる。なぜなら――突然壁が破壊され、ようやく撃破した撃退ロボが三体も入って来たからだ。
『実は量産型なんだよ、それ』
「ふざけるなよクソが……!」
予想外。だがよく考えれば一体しかいないなど佐木山は一言も言っていない。勝手に相手の最高戦力だと思い込んでいた速人の致命的なミス。もし複数体いると始めから分かっていれば〈超・神速閃〉を使わず温存していた。家族の救助に気持ちを急かせ、先を考えなかったせいである。
肩で息をし始めた速人は深く呼吸する。
そして集中して力を足に込めて走り出す――瞬間、エレベーターが爆散した。
突然の轟音の正体を確認せずにはいられない。しかし速人が目を向けた頃には何も起きておらず、パラパラと上から建物の破片が落ちてきているだけだ。これに関しては佐木山達も驚愕していた。
『何事だあれは! エレベーターの損傷具合はどれほどだ!』
『百パーセントです、完全に破壊されています! 衝撃は真下から……地下十階で発生し、現在何者かが建物の天井を突き破って交戦中!』
『とにかくスパイロボットからの映像を繋げ』
『了解、早速繋げます!』
注意が逸れた速人の体が、撃退ロボAの剛腕に殴り飛ばされる。
運悪く、吹き飛んで激突した先は撃退ロボBの足。当然蹴り上げられて天井に背中を打ちつける。肺の空気が全て吐きだされてしまう。
落下する速人を撃退ロボCが殴り飛ばす。今回は一応腕で防御できたものの、飛ばされた先にもう一体が待ち構えていた。
殴ろうとする体勢の撃退ロボAの腕が振られたので、速人は身を捻って腕スレスレで回避する。そしてまだ吹き飛んでいる勢いを利用して、撃退ロボAの腕に足をつけると走って首に斬りかかる。
首部分というのは人間と同じで重要なものが多い。
三分の二は首を切り裂いたことで撃退ロボAから力が抜けて動きが停止した。
『繋がりました!』
『これは花垣の……もう一人はオリジナルか。だとすれば心配はいらないな。映像は切っていい。今はこちらの方が重要だ』
『いいんですか? 分かりました。映像を切断します』
撃退ロボAを斬ってすぐ、まだ残っている壁に両足をつけて撃退ロボCへと跳躍。
しかし撃退ロボはもう一体いる。一直線に撃退ロボCへと向かう速人の背後に、撃退ロボBが移動して両腕で床へと叩き落とす。
容赦ない攻撃が速人を襲う。撃退ロボBとCは同時に速人をエレベーター方面に蹴り飛ばした。その威力に体があっさりと吹き飛び、エレベーターの少し左の壁に激突する。
力なく床に倒れた速人は刀を持つ手に力を入れ、立ち上がり、すぐ倒れる。
何度もあんな質量の物体に殴られたため、体が大ダメージを受けているのだ。いくら速人でも再び戦えるようになるには休憩しなければならない。もっともそんな時間を相手が与えるはずもなく、撃退ロボBとCが音を立ててゆっくり歩いて来る。
接近した撃退ロボ二体は同時に拳を振り上げ、何度も何度も振り下ろす。
振り下ろされる度に速人の体を蝕む鈍痛が強くなっていく。
(……これは俺のミスだ、ここで死んだとしても俺自身のミスなんだ……だから、余計なことを……するな……)
負いすぎたダメージで遠のいていく意識の中、速人は目にした。
よく知る黒髪の少女が撃退ロボ二体を纏めて吹き飛ばした。




