113 修理――異変は唐突に――
2023/10/14 文章一部修正
隼速人は一か月振りに自宅への道を歩く。
何を隠そう山籠もりで修行していたのだ。
こうして人の手が加えられた街道を歩くのも懐かしむ。
修行といっても速人はもう一人では成長が酷く遅くなっていた。これは強くなりすぎたのが理由であり、逆にここまで強くなっているのに宿敵に敵わないのは何かの冗談だと思いたくなる。
手裏剣は投げれば百発百中なうえ、一度に二十枚同時に投げることすら出来る。これ以上成長の余地はない。〈神速閃〉もこれ以上は進化できないと悟り、〈超・神速閃〉の負担を減らす修行をしているがうまくいかない。速人としては認めたくないが、全く反動を受けずに繰り出せるレイとかいう男は相当に強いのだと理解した。ただの店員ではないことは確かである。
とにかく実力向上が緩やかだったために速人は一度帰ることにしたのだ。
久し振りに神奈に勝負を挑もうかと思った速人だが、その前に家に帰りシャワーを浴びることにした。山に籠っていた時はシャンプーなど使えないし、体は滝行のついでに洗っていた。一度体をしっかり清潔にした方がいい。
ガラガラと音を立てて扉を開けると懐かしくも感じる我が家の景色。
速人は家族が元気にしている様子を想像する。
「ただいま」
家の中は静かだ。
何かがおかしいと速人は感じた。
いつもなら母親である冬美が「おかえり」と言って飛んでくるのに返事がない。買い物などに行っているのなら当然だろうがしっかり靴はある。
不審に思いつつも速人は真っ先に風呂場へ向かい、シャワーを浴びて体の汚れを落とす。
冷水だろうとお構いなしに体を洗った。滝で勢いよく冷水を打ちつけてくるのを耐えていたのだから、それと比べれば冷水シャワーなど全く苦しくない。
よく体を洗ってから脱衣所に出てタオルで水分を拭き取り、用意していた私服に着替える。そうして脱衣所から出ると、テンポよくトントントンという音が聞こえてきた。
この音は料理。包丁を使い、まな板の上で何かを切っている音だ。
「……やはりいるんじゃないか、なぜ何も言わないんだ」
台所にいると分かったので速人は早歩きで向かう。
「おい母さん帰ったぞ。晩飯をもう一人分頼む」
予想通り料理をしていたが速人の声に冬美は何も反応しなかった。
「なんだ、少し会わないうちに難聴にでもなったのか? 母さん、晩飯をもう一人分だ」
仕方がないのでもう一度同じことを言うが反応はない。
たとえ嫌いな人間から話しかけられても人間は僅かに動く……なのにその変化がない。
異質な雰囲気に苛立ち速人は「ちっ」と舌打ちして歩み寄る。
「何をそんなに集中して切って……や、がる?」
驚くべきことに冬美は――何も切っていなかった。
闇雲に包丁をまな板に打ちつけているだけだ。目には見えない何かを切っているなんてことはない。本当にまな板の上には何も置かれていない。
「兎化、蘭兎、お皿を出してくれるかしら」
「「はあい」」
「声は出るんじゃないか……」
速人の声は誰にも聞こえていない。しかし冬美の声はしっかり弟妹に届いている。
妹の兎化と弟の蘭兎が皿を食器棚から出してテーブルに並べていく。そして用意された皿に冬美がフライパンを持って来て、出来上がった料理を入れようとするが――そのフライパンは中身が空だった。
料理をしていた筈ではあるがやはり食材を調理していない。つまり夕食は何も出来ていない。しかし弟妹は何も言わず、冬美と共に席に着き、何もない皿に向かって「いただきます」と元気よくほざく。
あまりに自然に行動するので速人はおかしいのが自分ではないのか悩む。ただそれも一瞬で、明らかに異常なのは家族なので考え直す。
異常な家族は料理が何もないというのに箸を持ち、皿をつついて口に運ぶ――何も掴んでいないのに。
「おいふざけるのもいい加減にしろ。家族だからといってもやっていいこととダメなことがあるだろう」
無反応。
「おい! クソが! なんなんだお前らは!」
何を言っても無駄だ。反応は一切ない。
とりあえず速人は異常な家族を放置して、自分の家に異常がないか確かめるべく探索する。その結果、成果はゴミ箱に捨てられていた紙一枚であった。
「なんだこれは。働かなくてもいい時代……人生舐めてるのか?」
その紙はどこかの会社が主催している企画の広告。
主催するU社という名前を速人は知らない。山籠もりしていたせいで町の情勢が何一つ分からない。ただ家族がおかしくなった原因はこれしか考えられず広告を睨む。
――突然、重い何かが倒れる音がした。
速人は急ぎ音の発生源に向かうと、そこには躓いたのか倒れている冬美がいた。しかし問題はそこではない。腕がありえない方向を向いており、火花が散っていた。
「……これは」
機械だったというだけの話だ。
試しに弟妹の小指の先端を切断してみれば、中にあるのは血管などではなく配線などの類。出てきたのは血液ではなくオイル。家族の異常な行動も機械なら納得がいく。
「U社……まさか働かなくてもいいというのは死……いやそれならこんなことはする必要がない」
今のままでは情報が不足しすぎている。速人は壊れている三体を放置し、町を徘徊してU社の情報を嗅ぎ回る。
町の人間も機械になっていると思うとゾッとするが、神奈などはそうなっていないだろうと信じていた。ただ実際に会っていないため分かりはしない。
結局町中で情報を集めても、分かったのは断片的な情報のみ。
少し前にU社と呼ばれる組織が台頭を表したこと。町中の家電製品がだいたいU社の物に替わっていること。本拠地らしき建物を誰も知らないこと。
一晩探索してもたいした成果を得られず、翌朝になってしまったので速人は諦めて帰ることにした。――そして驚愕する。
「兎化、蘭兎、いってらっしゃい」
「「行ってきまあす」」
ありえない光景に絶句する。
弟妹はともかく、冬美を模した機械は停止していたはずであった。それなのに腕も元通りになって軽く手を振っている。
弟妹二人……いや二体は小学校に向かっていくが、冬美は家事をするためか自宅へ戻る。
「……自動修復機能。いやそんなものがあるなら壊れてからすぐ直るはず……なら簡単だ。誰かが直しに来た、それだけにすぎない」
三体を製作したのがU社だとすれば当然来るのはU社の人間。
好都合だと内心思いながら、速人は家に入り速攻で刀を振るう。反撃の隙さえ与えずに一撃で機械の胴体を真っ二つにした。
縦に割れた機械が音を立てて倒れる。
罪悪感はない。速人はもう目前の機械が肉親ではないと知ったのだから。
夜になるまで天井裏で待ち、ようやく修理する人物が現れた。
白衣を着た男がため息を吐いて工具の入ったケースを開く。
「はあ、何があったんだこれ。一応ある程度の衝撃には耐えられるはずなのに真っ二つって……。まあいいや、ちゃっちゃと直して帰ろう」
できることなら一瞬で殺してやりたいというのが速人の本音だ。
家族に害を与えた人間を許してはおけない。必ず後悔させてやると思いつつ、我慢しなければいけない状況に歯噛みする。
苦戦するかと思いきや、白衣の男はあっさりと機械を元通りに直した。
「さあて、今日の分は終わったし帰るかな」
(このまま帰るところを尾行して本拠地まで連れて行ってもらうか。この場で殺されないだけ感謝するんだなクズが)
雛が自ら巣へと戻っていく。
尾行されていることにも気付かない間抜けな男を追い、大きな森の奥深くにまで付いていく。こんな辺鄙なところに会社があるということに驚き、道理で見つからないわけだと納得する。
U社だろう建物に入る白衣の男に速人は接近し、入口が開いた瞬間に刀を振り下ろす。
あの母親を模した機械と同様、縦に真っ二つだ。機械ではなく人間なので一気に血飛沫が噴出する。それに目もくれず、血を浴びるのを最低限にして内部へと侵入した。
一階は白いタイルが敷き詰められている立方体の空間。
下の階へ降りるにはエレベーターしかないようで速人は近付いて操作した。
なぜか地下十階にまで降りていたエレベーターは一向に動かない。
いつまでもやって来ないことに苛立ちが募る。
『侵入者君、ようこそU社へ』
――突然一階に男の声が響く。
速人は適当に偉い立場の人間だと推測する。
『エレベーターで一気に来られては困るのでね、歓迎の準備が終わるまでじっくりと探索していてくれ。私は佐木山。このU社の社長であり、現在は地下九階にいる。さあ、辿り着けるかな?』
「愚問だな、この俺が貴様らの罠如きでやられるわけがない。今すぐ行ってやるから懺悔の用意でもしているんだな。隼家に手を出したらどうなるか分からせてやる」
『それは怖いな、でも是非楽しんでいってくれ』
佐木山の声が途切れると同時、目前のエレベーターの扉が開く。
まだエレベーターは十階と表示されている。当然開かれた先は暗闇であり、筒状の空間が速人を迎え入れる。それだけならよかったが、扉の先には家電製品が待ち構えていた。
「な、なんだこれは!?」
家電製品の群れは容赦なく、目を見開いて驚いている速人に攻撃を仕掛けた。
速人「お前も働けだと? バカめ、俺は中学生だぞ。だいたい俺が殺し屋だということを忘れていないか? ちゃんと働いているじゃないか。客観的に見てもそこらの学生より立派だろうが」
神奈「客観的に見たら人殺しの犯罪者だろ」
腕輪「……神奈さんもでは?」




