112.6 性格――本当の私――
2023/10/08 文章一部修正
どういうことか神奈は混乱する。いや答えとなるものは知っている。
だがそれは、それは、それはうまく声に出せない。驚いているのは当然だがそうではなく単純に認めたくないから。自身と瓜二つの少女の正体を分かっていながら言葉にできない。
「この少女は――君のクローンさ」
理解していた現実を花垣から告げられた。
遺伝子情報のある体の一部……髪の毛一本からでも、皮膚の一部からでも、細胞の核から作り出せる人造人間。
四年前に出会ったリンナ・フローリアという少女と同じだ。誰かに作られた自分。あの時は神奈自身でなかったために好き放題言えたが……今回は別だ。実際に自身のクローンを出されると思考が乱れる。
「スパイロボットから採取した強者の細胞。そこからこの、成長促進効果のある薬と栄養剤で満たされた容器で同い年くらいまで育て上げた。……君から細胞を奪ったのはおよそ三か月前だったか。複数いた候補の中で、強くて善性を持っている人間として君を選んだんだ」
嬉しそうに語る花垣の言葉は神奈の頭にうまく入っていかない。
混乱している神奈の頭は、もう一人の自分にどう接すればいいのかを考えている。
「この子の名は上谷栞奈。君の性格から考えて製作者である僕に従ってくれると確信している。さあそろそろお披露目といこうか。……僕の僕による僕のためだけの研究成果を!」
花垣が白衣のポケットから手押しボタンを取り出し、押されてギュムッという音が出る。
縦に置かれている容器の蓋がゆっくり開く。
様々な成分を配合しただろう液状の薬が床へと流れていく。
黒髪で癖毛の少女――上谷栞奈が全裸で始動する。
最初に目が開き、指が動き、足を前に出す。
ゆっくりと歩き出した栞奈はある一点――神奈だけを見つめる。
「さあ栞奈、親である僕のお願いだ。君とそっくりな邪魔者をころ――」
「黙れ」
一瞬だった。花垣の願いなど栞奈は聞いていない……叶える気もない。それどころか左腕を振るって花垣という人間の右側を抉る。裏拳によって彼の胸から股関節までが空洞と化した。
あまりの速度に体内の血液すら消し飛び、痛みが遅れて届く。
予想外の痛みが、届く。
「せうああああああ!? な、に、なにぐがああああ!」
響き渡る悲鳴に神奈は目を見開き、佐久良は怯えながらぺたんと尻から座り込む。
「命令を実行できないとは下等な存在だな……消えろ」
栞奈は冷めた表情で、左手から小さな魔力弾を生成した。
豆粒程度の大きさの魔力弾が花垣に触れ、紫の光を放つと爆発する。人間一人をさらっと呑み込むくらいの規模であった。当然、花垣という男は肉片一つ残らない。
「ふん、私を作ったことだけがお前の存在意義だったのだ。この私に命令しようなどおこがましいにも程がある。死ぬのは必然だな」
(違う、あいつは私じゃない。中身はまるで別物だ!)
ため息を吐いた栞奈は「さて」と呟き神奈へと視線を移す。
「初めましてかオリジナル。ここは先程のクズに免じて認めてやろう……私は上谷栞奈、お前のクローンだ」
第一声でどう話せばいいのか、神奈の答えは決まった。
「どうして殺した」
「は? すまないが質問の意図が分からない」
「殺す必要はなかったんじゃないのかって言ってんだよ!」
U社を許せないと思うのは神奈も同じ。しかし殺すなどやりすぎな気がしてならなかった……もちろん友達に何かあった場合は確実に殺戮するだろうが。基本的に悪人は警察に突き出すのが正しい対処法である。
花垣は悪人といえば悪人なのかもしれない。具体的に罪状を知らずとも、法を破る行為をしていたことは想像に容易い。だからといって有無を言わさず殺すのはいくらなんでもやりすぎだ。
「……不快だったから」
返ってきた答えに今度は神奈が「は?」と困惑する。
「親の役割をしたとはいえあの態度は不愉快だ。だから殺した。それ以外に理由がいるのか?」
「なんだよ……それ……お前は、私じゃない……!」
リンナのクローンもそれぞれに個性がある。誰かのクローンを作っても同じ性格になるとは限らない。こうして性格が違くなる可能性はあるが、まさかここまで離れているとは神奈も思っていなかった。
「当然だ、お前のような腑抜けが私であるものか。いくらクローンといってもここまで根が真逆なことはないだろう。……お前、異物でも混じっているんじゃあないのか」
異物という言葉に神奈はハッと息を呑む。
確かに転生という経験がある以上はっきりとしたことは分からない。異物というのが前世の魂であるとするならば、その言葉が正しい気がしてならない。
「神奈さんは神奈さんです。気にする必要はありません」
腕輪から掛けられた声に神奈はゆっくりと頷き、栞奈を睨む。
「はっきりしたな、私は神谷神奈。私は一人だけだ。良いやつならどうしようと思ってたけど、性格最悪みたいだし殺されても文句は言えないぞ」
「そっちこそ、勘違いすんなよ。本物は一人……私こそが真のカンナだ」
二人の魔力がぶつかり合い建物全体が揺れる。
両者が同時に駆け出し、拳を放つ。
二つの拳は吸い込まれるように衝突する。
衝撃波が建物をさらに揺らした。
「様子見だがやはり互角か」
「身体能力と魔力まで同じってわけかよ」
互角の力だと認識した神奈は次の攻撃へと移る。
左足を一歩前に出し床を踏みしめ、左手でボディーブローを繰り出す。だがそれを読んでいたかのように動いた栞奈が逆に殴り返す。
殴り飛ばされた神奈は何度も床を跳ねながら転がり、エレベーターの壁に激突した。エレベーター内部に亀裂が走る。
「おかしいですね。神の系譜がない分、上谷栞奈が不利になるはずなのに互角だなんて……向こうが科学技術でパワーアップしているのか、それとも……」
腕輪が思考している間も戦闘は止まらない。
急接近してきた栞奈の足が神奈を真上へ蹴り上げる。
エレベーターの天井を突き破り、そのままの勢いでU社本拠地の天井を突き破り、神奈は遥か上空へと蹴り飛ばされた。
U社上空で〈フライ〉を唱えて空中戦に備え、真下から迫ってくる栞奈の拳を押さえる形で防御する。
お互いの同じ顔を真正面から、触れ合う程近距離で睨みつける。
栞奈が嗤う。拳を押さえている神奈の顎に膝蹴りを叩き込もうとした。
膝蹴りを回避するために神奈は手を離し、右に躱す。
――そして回避先を読んでいた栞奈に左手で腹部を殴られる。
「……甘いねえ」
泣きそうになる痛みを我慢して神奈は魔力弾を右手から放つ。
神奈の魔力弾は――栞奈が放った同じ大きさの魔力弾に相殺された。
「……温いねえ」
同時爆発を起こした魔力弾。
黒煙が広がったので神奈は一時的に距離を取ろうと後ろへ下がる。
「読めるんだよ……!」
「かはっ!?」
魔力の放出で急加速した栞奈にもう一度腹部を殴られた。
今のは正しく〈魔力加速〉だ。使用者である神奈が見間違えることはない。
殴り飛ばされたことで距離は取れた神奈だが、追撃してこない栞奈に不気味さを感じる。
「くくっくくくっ、はははははははははは! おっと悪いな、あまりにも予想通りの動きすぎてつい笑っちまったぜ!」
高笑いしている栞奈に神奈は魔力弾を投げつける。
あっさりと躱されて、魔力弾は遠くで爆発した。
「考えてもみろよ、私は悲しいことにお前なんだ。記憶はトレースされている。思考回路は一番遠いようで……一番近い」
神奈は連続で魔力弾を放出して攻撃する。
凄まじい弾幕を全て、栞奈は最小限で躱しながら徐々に近付いてくる。
「お前が何をするのか、どう避けるのか、こっちは手に取るように分かるんだよ。だからこんなふうにお前の攻撃は命中せず――」
大量の魔力弾同士の間を縫うように接近した栞奈が拳を振りかぶる。
「私の攻撃は百発百中になる!」
容赦なく神奈の顔面に拳がめり込んだ。
殴り飛ばされた神奈は鼻血が垂れるのを気にもせず頭を働かせる。どうすれば勝てるのかを考える。そうして頭を回し続けた結果逆転の策を思い付く。
記憶と考え方がほぼ同じというのなら、その予測を上回る奇抜な手を取ればいいのだ。そして神奈の中で一番やらなそうな手といえばあの魔法。
「――〈デッパー〉!」
一番使いたくない魔法を唱えた――二人が。
奇抜な手を考えた思考も栞奈は予測できるのだ。こうして考えたことは相手もまた考えつくのだと悟る。
「言っただろ、お前の力は通用しないんだって」
信じられないことに〈デッパー〉はぶつかり合い相殺されていた。もっとも目に見えていないので、おそらくという推測の域を超えることはない。
ただこれで神奈自身の力が何一つ通用しないのは証明されてしまった。
「〈魔力加速〉!」
またも二人の声が重なる。
加速した神奈達の拳が寸分違わず衝突――すると思われた。
一瞬の攻防の末、二人の体は反発するように弾かれた。
何が起きたのか神奈は冷静に分析する。
まず同時に加速して殴り合う……と読んだ栞奈が接近中に少し下へ移動して神奈の腹部へ拳をめり込ませる。その読んだうえでの行動を読んだ神奈が、膝蹴りを栞奈の顔面に叩き込んだのだ。
動きが読まれるというのならそれをさらに読めばいい。
単純な手だがこれをすれば次の攻防から読み合いが激化する。二手三手というレベルではなく、十手二十手くらいは読まないと攻撃が当たらなくなるだろう。
鼻血を垂らしながら栞奈が「お前……」と神奈を睨んで呟く。
「はっ、動き読むってんなら読めよ。私はその上をいく」
「上等だ出来損ない! 血に従えない愚者めが!」
激昂した栞奈が迫って来た瞬間、神奈は右腕から腕輪を外して投げつける。
腕輪からは「ちょっ神奈さーん!?」と悲鳴が出る。申し訳なくは思うが神奈もなりふり構っていられない。手段としてとれるなら全て使うつもりだ。
「くだらないな! そんな腕輪を投げたところで目眩ましにもならんわ!」
首から上しか動かさない最小限の動きであっさりと回避された。腕輪はそのまま一直線に飛んでいく。
接近する二人は激しい攻防を繰り広げる。先程までとはレベルが違う読み合いにより、五百を超える攻防でも一撃も互いに入らない。
殴っては防がれ、蹴っては防がれ、肉弾戦の決着は一向に着かない。
「〈集合〉」
「ぐあっ!?」
――光の矢が栞奈の後頭部に激突した。
その光の正体は腕輪だ。まさか腕輪から体当たりを喰らうとは栞奈も思わなかっただろう。
腕輪が使用した〈集合〉という魔法の効果はシンプル。
思い浮かべた場所や人物の元へ光速で飛ぶだけの無属性魔法。便利なように思えて、普通の人間が使用すれば速度に耐えきれず消滅する欠点が存在している。
「私の攻撃は読めても、腕輪の攻撃は読めないだろ」
「しまっ……」
これからどうなるか予想して、次くる攻撃を栞奈は回避しようとするがもう遅い。
全魔力が込められた一撃が至近距離から放たれようとしていた。それは栞奈の平らな胸に叩き込まれ、想像を絶する衝撃により上半身が細胞一つ残さず消滅した。
「〈超魔激烈拳〉……早めにやってたら勝ってたんじゃないの、凶悪クローン」
空中を飛ぶ〈フライ〉の効力を維持することもできず、神奈は栞奈の下半身と共に落ちていく。幸いにもU社とはあまり離れていないので、魔力が少しでも回復すれば戻ることができる。
森の中に両足でしっかり着地した神奈は木の傍に座り込み、傍に転がっている腕輪を右手首に戻す。そしてそのまま魔力回復のために僅かな時間休憩することにした。




