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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
八章 神谷神奈とU社の野望
279/608

112.3 魅惑――見え透いた罠――

2023/10/08 文章一部修正








 神奈はメイジ学院での一件からU社本拠地の情報を求めていた。

 いつの間にか仲間が機械にすり替えられていて、それに気付くことすら出来なかった自分に腹が立つ。あのとき神音に助けてもらわねば、死にはしないがしばらく殴られ続けていたことだろう。


 そんな頼りになる大賢者だが今回は様子見するらしく、協力的な姿勢ではない。この事件は神奈の手で解決しなければいけない。神音が協力してくれないからではなく、単純な怒りを理由として。


「……ってU社の新情報なんてほとんどないんだよなあ」


 腕輪も「そうですねえ」と同意する。

 町に出てみたはいいが世間から見たU社はただの会社だ。色々仕組まれているとはいえ、今や宝生町では電化製品販売会社のトップになっている。分かることは人気の会社だということだけで、本社がどこにあるのか分からないので乗り込めない。


「それならあれが手がかりになるかもしれませんね」


 神奈が「あれって?」と問う。


「ほら、影野さんが持っていた広告のチラシですよ。U社主催らしいですし何か分かるかもしれません」


「あーなんか働かなくてもいいってやつか。まあ他に手がかりっぽいのないしなあ。なんか見え透いた罠っぽいけどしょうがないか」


 手がかりにするのはいいが影野の持っていたチラシは本人が燃やしている。他に持っている人物を神奈は知らないので、チラシを探すところから始めなければならない。そう思って探そうとしてからある可能性に気がつく。


 結論を言えば、自宅のポストにチラシが入っていた。

 そう、可能性というのは自宅に届けられているのではというもの。

 神奈は普段面倒臭がってあまりポストをチェックしないのだ。つまり普段何も入っていないからと確認しないポストに、目当てのチラシが一枚入っていただけのこと。


「神奈さん、これからポストも毎日確認しましょうよ」


「……何も知らなかったら捨てていただろうし。結果オーライだな」


 今の時代、手紙を出さずともスマホのトークアプリで遠距離会話出来る時代。基本的にポストに入っているのはどうでもいいものばかり。わざわざ見なくてもいい紙しかないのに、毎日確認する必要はないだろう。


 チラシに書かれているのは【働かなくていい】や【夢の世界】という、見た相手に興味を持たせる言葉。確かに影野が持って来ていた物と同じU社主催のチラシである。



 ――翌日。

 チラシに書かれていた集合場所に神奈は足を運ぶ。

 なぜ一日待っていたかというとイベントの曜日を過ぎていたからだ。


 曜日は土、火、木の一週間に三回。

 時刻は午後の七時という遅めの時間。

 場所は宝生町の商店街付近の空き地。


 一時的な集合にしろ、演説をそこでするにしろ微妙な場所と曜日である。時間に関しては仕事終わりの人間もいるので丁度いい。

 神奈がその場所に到着すると、既に五十人以上の人間が空き地に集まっていた。


「かなり人がいますね」


「ああ、どこぞのガキ大将のリサイタル以上だな」


 くたびれて死んだような表情をしているサラリーマンや工場作業員。暇そうに携帯を弄る高校生達。買い物帰りの主婦。杖をついている老人。他にも苦労していそうな障害者や外国人など、様々な者達がこの場に集まっている。


 そして全員の視線が、空き地最奥に歩いて行く白衣の女に集中した。その女性こそが、この内容一切不明のイベントの主催者であると誰もが理解する。


「皆様よくぞお集まりいただきました。私の名は佐久良(さくら)、しがないU社の社員です。この場に集まった皆様は少なからず、現代社会に不満を持っている方達であると思います。日々の勤労によるストレスから抜け出したい。人間関係が面倒臭い。家事をするのが辛い。仕事が辛い。そもそも仕事にありつけない。そういった方達にピッタリな集まりであると保証いたします」


 具体的な内容を未だに言わない佐久良へ質問が飛ぶ。


「なあ、働かなくていいって広告見たんだけどさ。具体的にどうするんだよ」


「怪しげな宗教に入れってわけじゃないっすよね」


「ご安心を。これから向かう場所は詐欺を働く宗教団体などではありません。具体的な内容はそこで話させていただきます。実際に見てもらった方が早いと思うので」


 質問者の疑問に佐久良は的確な答えを告げる。

 内容が不明で気になり集まった者達を言葉で誘導していた。


「向かうって……どこにですか?」


「我々の本社です。そこで我々の自論と、この社会における辛い生活の解決策を授けます。なんにせよこれから向かいますので付いて来てくだされば幸いです。ゆっくり歩いても一時間程度なのでそれほど遠くはありません」


 笑顔で宣言する佐久良だが、到着まで一時間は遠いのではと神奈はつっこみたい。

 元々現代社会に絶望、失望、嫌悪していた者達だったのか。空き地に集っていた人間達は先導する佐久良に一人残らず付いていく。こういう人間達を見ると現代社会の闇を感じてしまう。


 段々と整備されていない道になっていき、緑溢れる森林に入る。

 森の中に会社があるのかと神奈は驚きつつ最後尾を歩く。


 森を歩いて十分程。真っ白な立方体の存在に全員が気付いた。

 この森の中で異質な建築物。あれこそがU社の本拠地であるのだと神奈は悟る。


「到着です。ここがU社本社、夢の世界への入口です」


 佐久良が扉の横にある細長い穴にカードを差し込むと、白い扉が静かにスライドして入れるようになる。


「お話は地下十階にて。もう少し歩きますが、エレベーターがありますので安心してください。ただエレベーターには広さの問題で人数制限がありますので、何回かに分けて来ていただくようになります。毎回操作は私が行いますので皆様は乗るだけで構いません」


 その佐久良の言葉通り、五十人以上は一度に下りられないので五回に分けてエレベーターを稼働させた。地下へ進むエレベーターの動きはスムーズで時間はかからない。


 地下十階。無数のカプセル容器が存在する部屋に神奈達は辿り着く。

 異質な部屋に全員の不安が広がる。カプセル容器の中には人間が入っており、なんのためか大きな機械とレバーも存在していて不気味だ。最奥では白衣の男が容器に何かをしているのが窺える。


 不気味な部屋に戸惑っている全員の前に佐久良は歩いて行くと身を翻す。


「ここが地下十階、我々U社の極秘部分です。いい加減気になっている方も多いと思いますので説明致しますと、ここにあるカプセル容器は特殊な装置です。今も中に入っている人達はただ眠り夢を見ているだけ。ただの夢ではありません。自分が見たい夢を見ていらっしゃるのです」


 彼女は(あらかじ)め決められているかのようにすらすらと言葉を紡ぐ。


「ずっと眠ってるって……し、死んじゃうんじゃないのか」

「そ、そうだそうだ。それにこれ、秘密知ったから返さないっていうんじゃ……」


 不安そうに質問する者達に佐久良はマニュアルでもあるように答える。


「皆様の心配は理解しています。こうして眠る方々が衰弱死する可能性はありません。独自の技術を用いているため皆様にお教えすることはできませんが……例えば彼、右端の容器で眠る彼はもう一か月はあの状態です。当然脈もありますし起こすこともできます。ただ、起きることを彼自身が拒むでしょう。それはなぜか……彼らが夢を見ているからです。幸せな夢を」


「その夢って……」


「もちろん眠るときに見る夢です。しかしこの容器に入る方々は自由に夢を見ることができます。例えば好きな異性と結婚したり、会社の社長になったり、プロのスポーツ選手になったり、もちろん働かずに過ごすことも可能です。もう一度、いえ何度でも人生をやり直せると考えれば分かりやすいでしょう。もう一生この現実に帰ってくる必要はないのです。皆様の現実は夢の中になるのですから」


 不安はなくなっていないが徐々に減ってきている。

 質問するような人間もいなくなり、誰もが説明された夢の世界に魅力を感じていた。


 明晰夢(めいせきむ)というものがある。自分の夢だと自覚して見ている夢で、当人の意思である程度好きな内容に変えられる。神奈達の目前にある容器はそれを人為的に可能にするどころか、デメリット無しなうえ完全上位互換で仕上げているのだ。


 永久に夢を見られるなら確かに楽しく過ごせそうではある。神奈だって自由に現実を歪められるならファンタジー世界にするだろうし、ニート的思考だが将来働かなくて済むと考えれば嬉しくなる。それでも今、辛いこと以上に楽しい現実を捨ててまで夢を見ようとは思わない。


「どう、すれば、いいんですか?」

「俺達これやりたいです! どうやるんですか!」

「目障りなアイツと別れられるならやる!」

「私も社長になれるのね!」


 卑屈になっている者達には恰好の餌だ。

 自由に生きれる。人生をやり直せる。

 そんな夢みたいな話を現実にできるのならやってみたいと思う者は多い。

 現実を悲観するのに年齢は関係ない。悲しいことに誰だろうと周囲の環境がそうさせるのだ。


 ――パン! という手を叩く音が響く。

 騒ぎ出した一同の口が止まったのを見計らって佐久良が口を開く。


「皆様の気持ちは察せます。容器に入るのは簡単です。まだ蓋が開いている容器の中にお入りください。それから容器右側に付いているレバーを下げれば蓋が閉まります。これだけで皆様は新たな世界へ旅立てます」


 佐久良の説明を『レバー』辺りまで聞いたら神奈以外は全員容器へと駆ける。

 老若男女誰もが容器に入り、神奈が止め方を悩んでいる間に蓋が次々と閉まっていく。あっという間に取り残された神奈のことを佐久良が気にかける。


「あなたはどうするのですか?」


「……一つ訊きたいんだけど。あそこに入ったあと、家に帰らなかったら家族とか友達が心配するんじゃないの?」


 このままでは行方不明と同義。友達の心配そうな表情が目に浮かぶ。


「それならばお友達もご一緒に入ればいいのでは? ほら、楽しい時間を独り占めするのはよくないでしょう? 一度帰ってからお友達を誘い、また来ても構いません」


「どうかな……本当に夢を見れるかも怪しいよ。正直信じられないな。今ここで寝ている全員叩き起こせば真実が語られるかもな。ちょいと起こしてみるか」


 物騒な神奈の言葉に佐久良は慌てふためく。


「だ、ダメよ! そんなことしたら絶対にダメ!」


「ああそうだろうな。でも、さっきのが真実なら慌てる必要ないだろ。……嘘だって疑っちゃうぞ?」


「そ、それはほら、機械が高額だからね。あなたのような学生には弁償できないくらい高いのよ」


 金をかけているのは本当だろう。見たところで霧雨でもなければ細かいところまでは分からないが、神奈の目から見ても技術的に高いことは分かる。実際に夢を見せるなら想像以上の制作費だろう。軽く一千万円は超えると思っていい。


「外の機械人間。あれお前らの仕業だろ、U社のロゴっぽいの入ってたし。こうして眠らせた人間の捜索をされないようにって感じか? 善意の行動にしちゃあやっていることは悪の組織だよな」


 佐久良は戦慄して後退る。


「もういいだろう佐久良君」


 静かになった部屋では一人の声がよく響く。

 最奥にいた白衣の男が神奈の方を見ていた。


「は、花垣さん」


「彼女は全て勘付いているんだ。元々要注意人物をまとめたブラックリストにも名前があった危険人物。……僕も彼女のことはよーく知っている。秘密部屋へようこそ、神谷神奈ちゃん」


「……最初から警戒されていたか」


 少なくとも怯えている佐久良から神奈は何も感じない。だが最奥にいる花垣からは警戒の雰囲気がひしひしと伝わる。

 ブラックリストというのは、予め邪魔だと判断した者達を纏めたものだろう。神奈もその一人であったわけだ。侵入した時点で警戒されるのが当然と言える。


「君は全て気付いている。ここには誘い込まれたんじゃなくて、調査のためにわざとやって来たんだろう? 佐木山の機械人間を知っているなら間違いないと僕は思うんだけど」


「……だったら? ここのやつらを解放しろって言ったら解放してくれるのか?」


「もちろんしないとも。そもそもこの場所で寝ている人間達は先程のように自ら入っているんだよ……まあ例外もあるがね。どうしてもああいった罠にかからない人間は武力行使だ」


 罠イベントへ参加しそうにない葵や日野などが機械人間になっていたのは、武力行使によって囚われたからということだ。そんな武力が佐久良や花垣からは感じ取れないので、神奈は何か道具を使用していると推測する。


「とはいえ君の実力が生半可じゃないのもよーく知っている。不意打ちしたとしても薬が効くかどうか……いや効かないだろう。君のような実力者を負かすために僕はある者を作った。それがこれさ」


 最奥にあるカプセル容器前に立っていた花垣が右にずれる。

 距離があるが魔力を目に多少集めれば見える。カプセル容器の中身は――。


「あれ……私……?」


 ――神奈と容姿が瓜二つの少女であった。


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