112 見物――踏み外した足――
2023/10/08 文章一部修正
U社本拠地の八階層。
佐木山を含めたU社の人間はいくつものモニターがある部屋に集まっていた。その部屋は映画館のように薄暗くモニターの光が目立つ。人数は二十人程度であり、その中には入口側の壁に寄りかかる霧雨の姿もある。
社員達はなぜか手に手押しボタン――赤い半球がついている箱を持っており、全員がソワソワしている。
結局、霧雨は悩みに悩んだ結果U社に協力することにした。
道を踏み外していることは自覚している。だが今のままの自分では夢を叶えられないと考えて、思想はともかく夢が同じ佐木山に協力してもいいと思ってしまった。
何が始まるのかは霧雨も知らない。
予想できることはあれど確証がない。しかし、モニターの電源が入って電気屋周辺の映像が映し出されれば確かな根拠となる。
先程佐木山が口にした計画が本格的に始まろうとしているのだ。
「さあ始めよう! 私達の、U社の大規模なプレゼンを!」
モニター前にいる佐木山の叫びが合図となり、社員達は待ってましたとばかりに事前に配られていた手押しボタンを押す。
押された瞬間、モニターに映っていた電気屋の入口が――爆発した。
その爆発と共に、宙に浮かぶ不思議な家電製品が数十個という数で溢れ出す。
電子レンジなどの家電製品が人々を襲う正気を疑うような映像。
老若男女関係なく襲われる光景に「おお!」と感嘆する者。
喜びが溢れて「これはすごい!」と叫ぶ者。
電子レンジが女性を高温調理したのを見て「見ろ、一人死んだぞ!」と狂喜乱舞する者。
霧雨の瞳には全員異常者にしか映らない。
『私達は同類だ。君も私と同じ挫折を味わう、その時になって後悔しても遅いんだ。将来失敗する未来と成功すると分かっている現在、君はどちらをとるのかね?』
(こんなの間違っている。でもこれしかない。俺の発明を世界に広めるためには手段なんてどうだって……)
心の奥底で拒絶する意思を無理やり抑えつける。
いくつもある内のモニターの一つ。実際に目で見た改造電子レンジが女性を熱で殺していた。それを見て喜び合うU社の社員に、霧雨は吐き気を催しそうになるがグッと我慢する。
(同じだ、俺はこのクズ共と行く道を選んだ。もう後戻りなんて……あれは)
女性が死んですぐ、その場所には霧雨がよく知っている人物がいた。
小学生時代同じ部活で仲間として活動していた神谷神奈と夢咲夜知留。
二人の少女の前に殺人兵器があることに霧雨は焦る。
(まずいこのままでは……いや大丈夫か)
焦燥感はすぐに消え失せた。
明らかに危険な光景だったが、神奈が電子レンジを破壊したのを見てすぐ冷静になれたのだ。神奈の化け物さ加減を思い出して一人安心する。
一方、他の社員達は破壊されるとは思っていなかったのか唖然としていた。
「改造家電製品を壊せる人間が近場にいたか。まあいい、次のフェーズに進めろ」
佐木山の指示で社員達が作業に入る。
パソコンのキーボードを指で叩き、超高速タイピングで何かを操作する。
何か、というのはすぐ分かった。画面に大きなロボットが映ったからだ。
(ロボ……あれであの暴走機械達を破壊するのか)
霧雨の予想通りに事が進む。
大きくUの文字が入っているロボット達が、それぞれの現場で暴走した電化製品を破壊し始める。あっという間に全て破壊してロボットはその場から飛び去った。
一先ず終わったことに誰もが気を抜いたが、佐木山がパンッと手を一回叩いた音で視線を彼に送る。
「さあこの町の全ての人間の携帯、及び町にあるテレビとラジオを乗っ取った。今から演説を始める!」
一人の男が佐木山を撮っている映像をジャックした機械へ強制的に表示させる。
その演説は正に宣伝。他の会社の製品を蹴落として、自分達がその場を奪う姑息なやり方。悪と分かる行為に霧雨は眉を顰めながら演説を聞いていた。
演説が終わると社員達は喜び合い、大きな拍手を佐木山に送る。
(やはりここの連中はどうかしている……だが俺も同類ならどうかしている。もうあいつらのいる場所に帰ることなんて出来やしないか。俺は、今日からあいつらの敵だ)
「さてそれではここで新しい仲間を紹介しよう。和樹君、前へ」
突然のことに驚く霧雨は言われるままに佐木山の元へ向かう。
十代前半、まだ若々しい姿に社員達は不安そうな顔をしながらざわめきだす。
「まだ子供じゃないか」
「そんな奴を入れて大丈夫なのか?」
「皆、和樹君は私達と同じ発明者だ。世界に自分の発明を広めるという夢を持ち、私達への協力を惜しむことなどない。夢は私達全員の夢と同じだろう。仲間に迎え入れない理由がどこにあるかね」
佐木山の言葉に誰もが静まり返る。
「さあ和樹君、簡単に自己紹介でもしてくれないかな」
「……霧雨和樹。この世で最も機械を愛する者」
マイクを受け取った霧雨はそう告げた。
機械への愛情は誰にも負けないぞという宣言だったのだが、やる気のない拍手を送られるだけであった。真面目な自己紹介をした自分がバカらしくなる。
佐木山は新たな仲間を紹介した後でモニターを見るように指示する。
モニターの映像が切り替わり、映し出されたのはまたも霧雨が知っている人物達。隼速人。泉沙羅。神谷神奈。他にも何人か知り合いではないが映し出されている。
「これらは私達の邪魔になるだろう人間だ。蚊のスパイロボットが近付くとだいたい破壊される。さらに戦闘力が高く非常に厄介だ。私達のことに、本社の場所に気付けば襲ってくるだろう」
佐木山の憶測に社員達が再び騒ぎ出す。
「そんなっ、そいつらを消そう!」
「俺達の科学力ならいけるぞ、殺そう!」
「まあ待て、既に別の計画も始動している。そんな中で物騒な真似をすれば尻尾を掴まれるかもしれない。諸君は安心していていい、花垣の別計画が順調だからね。うまくいけば逆らう奴等は皆殺しにできるさ」
穏やかではない『皆殺し』という言葉に霧雨は目を見開く。
「さあ全員持ち場に戻ってくれ。私は和樹君に大事な話があるのでね」
佐木山の指示に従いそれぞれの社員が自分達の持ち場に戻っていく。
霧雨は真横にいる佐木山を睨みながら口を開く。
「さっきの言葉はどういうことだ。計画がうまくいけば皆殺しだとか言っていたな。まさかこれ以上人道に反したことをするつもりなのか……!」
「君が気にする必要はない。だがそうだねえ……もう既に計画は始まっている」
身を翻した霧雨は「くそっ!」と吐き捨てて部屋を飛び出し、近くにあるエレベーターで一階まで昇っていく。
真っ白なタイルが敷き詰められた部屋に戻ってきた霧雨は、勢いよく建物外へ出ようとする。しかし扉が閉まっており、面倒だと思いつつも押すが微動だにしない。
「どうなっているんだ!」
叩いても、押しても、引いても、何をしても開かない。
みっともなく足掻いている霧雨は足音を耳で拾う。背後に迫ってくる一定間隔の足音の正体を確かめるべく振り向けば、案の定佐木山である。
「無駄無駄もう逃げられない。協力するにせよ、しないにせよ、君がここに入った時点でもう外へ出さないつもりだった。君に選択肢はない。私達に協力するしかないんだよ」
佐木山の企みを聞いた霧雨は付いて来たことを後悔していた。
なんとか外に出たくても出ることが出来ない以上、相手の思惑通りここに留まるしかない。
「……俺に、何をさせたい」
利用価値なしと悟らせた場合は殺される可能性もある。必要最低限協力した方がまだ生きる希望はある。……その場合、本当に友達だと思っていた人間に顔向けできなくなるが。
「保険として、侵入者迎撃用ロボットの改良を任せたい。もしも先程の者達が攻めてきた場合確実に殺せるようにね」
「そのために隼や神谷と関わりがあり、尚且つ技術がある俺に接触したというわけか」
「君に接触したのは同類だったからというのが大きい。さ、後の事は頼んだよ。君の力を存分に振るってくれ。全ては理想の世界を創るために。全ては愚かな猿共を排除するために」
俯いて黙り、霧雨は悔しさで顔を歪めてエレベーターへ向かう。
「何を悔しがっているんだい? ああそうか全て私の手のひらの上だったからかな? でもそれは違うだろう、私は事実を言ったんだ。君如きでは世界に通用しない。同じ発明家である私はそれを身をもって知っているからね」
まるで暗闇のなか細い道を歩いている錯覚を霧雨は見た。その場所で足を踏み外し、浮遊感と辿り着く先を恐れながら奈落の底に落ちていく。
幻覚なのは間違いない。だが霧雨はまるで現実のように感じられた。
霧雨和樹はもう引き返せない。
ただ落ちていく。外道共のいる場所へと墜ちていく。
自分の過ちを認めたくない霧雨はもう考えるのを止めた。
*
元気を失い歩いていく霧雨の背中を見送った佐木山はエレベーターに乗る。
先程色々とやっていた八階層にあるモニタールームへ戻り、モニターを見据える。
モニターには神奈が、速人が、神音が、他の誰かが映し出されたままだった。
黒髪の少女が呟く。
『蚊が最近多いな』
『そんな時はこの魔法、〈異臭蚊殺し〉! なんとこの魔法、自分からとんでもない異臭を放つ代わりに蚊を一切寄せ付けません! 寄った蚊は全て臭いにより死に絶えます!』
『絶対使いたくないな! 蚊くらい自分で殺せるわ!』
喫茶店の店員が鬱陶しそうに腕を振るう。
『蚊が多くなってきたな。店内に蚊取り線香置くわけにもいかないし……それっ!』
『レイ、今殺した蚊から火花出なかったか?』
山で修行している男が苛立っている。
『チッ、五月蠅いぞ羽虫が……』
花屋の前にある花壇へ少女が水をやっている。
『蚊が多い、ね。もう少し語尾を遅らせた方が泉のようになるかな?』
他にも数名、周囲のスパイロボットに反応を示していた。
『蚊は悪じゃない。一生懸命生きているうえで仕方なく血を吸っているんだ。僕が制裁するのは悪人のみ!』
『解析した結果、これは蚊を模した機械だ。今話題の会社と関係あるのかな』
『鬱陶しい……邪魔な小蠅共め。儂の地下実験室にまで来おって』
『にゃははー、お湯をかけたら動かなくなった。にゃん』
『王たる俺様に羽虫が近付くとは、余程死にたいらしい』
スパイロボットが次々と退治されていく。
モニターの映像もどんどん途切れて、終いには何も映らなくなる。
「……無駄に強い猿共が。直に分かるだろう。君達のように才能溢れる者達しかこの世界では満足できない。それが覆される新世界、夢の世界の誕生が! クッハッハッハッハッハッハ!」
佐木山の凶器的な笑い声がモニタールームに響き渡る。
そして憎しみが籠った言葉が部屋にこだまする。
「全ては奴らの、私を否定した奴らのせいだ。恨むならそんなバカな奴らを恨め」




