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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
八章 神谷神奈とU社の野望
275/608

109 主婦――安ければなんでも買いたくなる――

2023/10/07 文章一部修正








 神奈は夢咲と一緒にある場所に来ていた。

 宝生スーパーマーケット。――そこは主婦達の戦場。


 一番近いという理由で神奈はいつも商店街で買い物しているが、タイムセールなどのあるスーパーマーケットの方が安く済む。せっかくなので普段から買い物はそこで行うという夢咲に付いていくことにした。


「どう、スーパーマーケットへ来た感想は。神奈さんあんまり来ないんでしょ?」


「まあ、分かっちゃいるけど商店街より便利だよ。一つの店舗に全て揃ってるんだから。そう言う夢咲さんは常連なんだよな、せっかくだし案内してよ」


「いいよ。まずは野菜コーナーからね」


 広い店舗に食品、薬品など様々な商品。

 入口から近い野菜売り場へと神奈達は足を運ぶ。

 売っている野菜も、値段と量も商店街にある八百屋と同じだ。大した違いは見受けられないが【タイムセール】と書かれた黄色い旗を見て、神奈と夢咲は微笑を浮かべる。


「あれが噂のタイムセール……すでに主婦が何人か待機してるな」


「今日はキャベツだからね。普段は一玉三百円越えなのにタイムセールは半額になるんだから。絶対に手に入れてみせるけど、もしものために神奈さんも協力してね。一人三個までだから」


「いいよ。別に私は一個でいいから、二個あげるよ」


「ふっ、もうすでに取った気でいるなんてさすがだね。まあまだ時間はあるし他の売り場へ行こう」


 スーパーマーケットには食品だけでも数多い種類がある。野菜以外に魚、肉、菓子類、冷凍食品、インスタント食品などなどほとんどが揃っているのだ。

 次に神奈達が向かったのは新鮮な魚売り場である。


「ここは魚か。マグロ、サバ、アジ……ここら辺は定番だな」


「そうね、でもこのスーパーは一味違うよ」


 夢咲がそう告げて指を向けた方向。そこには確かに珍しい魚達が並んでいる。

 エイ、サメ、挙句の果てにはマンボウ。商店街では見ない魚が何匹もいた。


「すごっ、エイとかサメなんて食べたことないぞ」


「そっちにはクラゲにウツボ、イソギンチャクなんてのもあるよ」


「……いやそっちはいいや。確かに珍しいけどもさ」


 一応食べられる海の生物は一通り並んでいた。


「夢咲さんはいつもどれ買うの?」


 問いかけた神奈に対し、夢咲は「うーんとねえ……」と呟きながら迷わずに進む。

 魚売り場の最奥にある商品。小魚が沢山詰まった容器を指して「これ」と告げる。


「雑魚……安いな、四十円じゃん」


「一人暮らし始めてからはお世話になってます。お財布に優しい雑魚さん」


 涙を一筋流しながら夢咲は感謝する。


「財布……夢咲さんの収入って今は」


 元々孤児院に住んでいたが、孤児院が潰れてから夢咲に収入はない。中学生で雇ってくれるアルバイトもほぼないので稼げない。それならいったいどうやって金銭を手に入れるのか。


「……霧雨君に寄生してます」


「そうなんだ……え、寄生?」


 予想外の答えが返ってきたことにより神奈は戸惑う。

 寄生。つまり自分で稼がずに、誰かのお金を使用するため近しい関係になること。


「私がお金ないの知ってるから……段々と、成り行きで……なんかごめんなさい」


「は、はは……そ、そういえば雑魚ってなんで雑魚って言うんだろうな!」


 神奈は反応に困るので強引に話題を転換した。

 それで困るのは夢咲なのだが、彼女は悩んで「確かに知らないね」とだけ返す。


「雑魚というのは商品価値の低い魚の総称ですね。特に小魚に使われることが多いようです」


 腕輪が披露した豆知識に神奈は「へえー」と呟き、


「よし次行こう」

「そうだね」


 あまりにも薄い反応しか返さずに神奈達は歩き出す。

 これならまだ「どうでもいい」とか言われた方がマシかもしれない。心が傷付いた腕輪は「あー反応うっすい!」と声を大にして言い放った。


 次に向かうは肉売り場。しかしタイムセールの開始時刻が迫っているので見物は早めに終わらせる。

 牛、豚、鶏は当然として、他に魚と同じように珍妙な肉が存在した。ワニやラクダなど、普通に生活していても食べないような肉に神奈は興味をそそられた。


 菓子売り場については見なくてもいいという結論に至る。

 コンビニよりも種類が多いとはいえ普段食べている菓子の方が買いやすい。わざわざスーパーで購入しなくても、いつも通りコンビニで購入すればいい。


 他にも色々見て回りたかったが生憎と時間がない。

 タイムセールまではあと三分。刻一刻と迫る時間。

 神奈達は諦めてタイムセールが行われる野菜売り場へと戻ってきた。


「そういえば神奈さんはどんな料理を作るの? キャベツ料理はオススメある?」


 唐突な質問に神奈は固まる。

 料理など滅多にしないのでオススメも何もない。

 キャベツ限定とされてしまえばもう答えられるものは一つ。


「……キャ、キャベツの丸焼き」


「随分と原始的な料理だね」


 普段からほとんど料理しないうえ、コンビニ弁当のためすぐに出てこなかった。

 タイムセールまであと二分。

 その時間になると――底冷えする殺気が充満し始める。

 神奈は「殺気!?」と驚いてキョロキョロと周囲を見渡す。


「あと二分。歴戦の猛者達が敵意と殺気を滾らせる時間ね。せっかくだから紹介するよ、このタイムセールのTOP3を」


 たかがタイムセールに大袈裟なことを、いや現状ではもうそんなことが言えない神奈は「そんなのいるのか……」と呟く。


「右端にいる足長の女性、うさぎのように素早い動きで獲物を奪う――通称キャロット。真ん中にいる体格のいい女性、参加者全てを吹き飛ばす――通称ゴーレム。左端にいる細身の女性、全ての打撃を受け流す――通称コノハ。以上三名がこのタイムセールでの難敵よ」


「もはやバトル系の人間じゃん」


 神経が研ぎ澄まされ、難敵三人を含めて敵意が膨れ上がる。すでに並の人間は近寄れないレベルだ。殺気に耐性のない者達は近付くだけで体調が悪くなってしまう。


 タイムセール開始時刻となり店員がやって来る。

 ベルを持った店員は周囲を見渡すと笑顔を浮かべて、ベルを掲げた。


「それではお時間となりましたので、お集まりの皆様お待ちかねタイムセールを始めたいと思います。今日はキャベツとなっているので是非ご参加ください。それでは……開始です!」


 ベルが鳴らされ、主婦達の咆哮が轟く。

 神奈は一瞬怯みながらも勇敢に、キャベツが山のように積まれているカゴへと向かう。すでに夢咲、僅かな独身女性、主婦達が群がるそこへ割って入ろうとするのは至難の業。しかし神奈ならば強引に力任せでも突き進める。


 揉み合いや取っ組み合いになっている女性達を強引に押しのけて、神奈はカゴへ手を伸ばす。そしてキャベツに届き――体格のいい女性の腕が神奈を突き飛ばした。

 誰かなど確認すれば一目瞭然。先程夢咲に紹介された一人、ゴーレムだ。


「意外と容赦ないな……」


 一気に集団から追い出された神奈は再び侵入を試みる。

 今度は真ん中には寄らず、すでにキャベツを三玉手にして会計へ向かうコノハがいた左側から向かう。難敵の一人が減っている左側ならば入りやすいはずだ。

 再びキャベツに手を伸ばし――突き飛ばそうとした張り手に踏ん張って耐える。


 一般女性にとって脅威なゴーレムの攻撃など神奈からすれば大したことはない。先程は不意を突かれたうえ、体重や体格によって吹き飛ばされたが、どこか神奈がこの戦争を甘く見ていたことによる油断が一番の原因であった。

 もう油断はしない。警戒していれば踏ん張れるので敵もいない。


(もらった……!)


 ようやくキャベツを一玉手に取った――瞬間、跳んできた女性に横取りされた。


「んなっ……あいつ、キャロット……!」


「ふふっ、速い者勝ちってね」


「いいや違うね、早い者勝ちだろ」


 取られて逃げられる前に神奈はキャベツを奪い返す。

 後から気付いたキャロットは悔しそうに睨みつけ、他のキャベツを奪うために駆けた。


 そして激闘は続くなか二玉、三玉と目的まで届いた神奈は集団から離れる。同時に「終了~」とベルが鳴らされて女性達の動きが止まる。誰かが「もう終わりか」と呟く頃には夢咲が合流して、その腕にはキャベツが二玉抱かれていた。


「夢咲さんは二玉か」


「そうなの、まあむしろ二玉取れたことを誇るべきだけどね」


 あの激闘のなか一玉でもキャベツを取るのは難しい。予知の力を持つ夢咲だからこそ二玉取れたが、何もゲットできずにとぼとぼ帰っていく姿もちらほらある。


 各々が会計へと行くなか、神奈達も向かおうとした瞬間に誰かが殴りかかった。

 ――キャロットだ。

 彼女の振り下ろされる拳を夢咲は予知で、神奈は空気を切るような音で勘付いて危うげなく回避する。


「何するんだこいつ」


「ね、ねえ神奈さん、この人の様子おかしくない? 耳から黒煙が出てるし……」


 耳から黒煙が出ていたら様子がおかしいどころではない。大問題である。

 ジジジという奇妙な音が出ているキャロットの体。耳だけでなく口からも出始めた黒煙。明らかに異常事態なのは理解できた。どう見ても人間に起きる現象ではない。


「ぐうっががががが」


 持ち前のスピードでキャロットは夢咲に急接近する。

 夢咲はかなりの速度で迫る拳を、飛んでくるのが分かっていたかのようにすんなり避ける。それはどれだけ猛攻が続こうと同じことだ。


 自身に起きる害を二秒前に知ることができる予知能力。

 相手がある程度格上でも対応可能な力で夢咲は避け続ける。

 しかし何事にも限度がある。

 体力問題もあるが、相手のスピードが速すぎると対応も追いつかない。

 このままではやられてしまうと思い、神奈が動く。


「一万分の一デコピン」


 キャロットの真横へ瞬時に移動した神奈はこめかみにデコピンを喰らわす。

 その威力、普通に行うデコピンの一万分の一……とは言ったものの実は適当だ。感覚的にそれくらいだろうと思う威力でしかない。それでもキャロット相手なら十分な威力であり、壁へと叩きつける。


「……相変わらずの強さ」


「まあそりゃね、それよりも動かなくなったけどどうすっかな」


「とりあえず体に異常がないか調べようよ。あんなキャロットさん初めて見たし」


 神奈達は停止したキャロットへ近付いていく。

 間近で見てみると綺麗な生足だ。それはどうでもいいが異常らしい異常は外見にない。黒煙が出ている件について問題なのは中身だろう。しかし危害を加えるわけにもいかないので確認する方法がない。


「あ、ねえ神奈さんこれって」


 ジッと見ていた夢咲がある場所に指をさす。

 キャロットの首筋に彫られている文字。

 それは紛れもなく――アルファベットのU。


「U……これはもしかして……U社か?」


「黒煙が出てるってことは機械なのかな。もしそうならサイボーグってことだよね。でもキャロットさんは以前まで……ああでも以前から機械だったかは分からないか。霧雨君なら直してくれると思うんだけど」


「あいつとは連絡とれない、か」


 結局、騒ぎに気付いた店員達に事情を話し、休憩室を使用させてもらいキャロットを寝かせることにした。

 二人ではどうすることもできないので「任せてください」と言った店員達に丸投げしてしまう。そうすることに罪悪感がないわけではないが、事実何もできないのだから仕方ない。



 * 



 神奈達が帰った後、休憩室にいる店員二人は話し合う。


「この人、よくタイムセールにいる女性ですね。足綺麗だなあ」


「全くお前は……それよりもあの女の子二人、機械がどうとか言っていたが何の話なんだか」


「はははっ、まあ中二病ってやつでしょ。まさか人間が暮らしている中に機械が紛れ込んでいるなんて、そんなの都市伝説ですって。レベル高い子達だったのに残念な性格してますよ」


 大柄な男性店員は「そうかも」とだけ返して、二人の店員は通常業務へと戻っていく。

 その二人の首筋にはキャロットと同じ――アルファベットのUが刻まれていた。



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