108 家電――U社――
2023/10/01 文章一部修正
現在の季節は夏。
最近は熱くなってきているが神谷神奈は加護のおかげで何も感じない。実に快適に日々を過ごせている。もし加護がなければ、冷房をガンガン使用して電気代が高額になっていたに違いない。
暇だった神奈は街中を夢咲夜知留と歩いていた。
夢咲の額には汗がにじみ、徐々に垂れて顎から落ちていく。
通行人も汗をダラダラと垂らしてザ・夏という感じである。
加護の能力を逆手にとって害ではないと思えば、神奈も熱を感じることは可能であるが、そんなことをしたら自分まで汗をダラダラ垂らすことになるのでやらない。誰だって暑いのも寒いのも辛くて嫌いなものだ。
夢咲はハンカチで汗を拭きながら口を開く。
「最近おかしな夢を見るの」
「おかしな夢ねえ。予知夢じゃないの?」
固有魔法により夢咲が見る夢は全て予知夢である。
頻繁に見るわけではないし、自分の意思で見れるわけでもないが、災害が起きる前に知れるなら便利な力だ。
「感覚的には同じなんだけどおかしいの。彼が、霧雨君がどこかから黒い場所へ落ちてしまう……そんな夢。彼、学校にも来ていないから心配で」
「霧雨が? 連絡したのか? あいつ予知夢のこと知ってたよな?」
「うん、学校に来ていないから電話したよ。……でもなんだか覇気がないというか、心配させないように空元気出してるような感じでね」
小学生時代、文芸部で共に過ごした仲間である霧雨和樹。彼に関連する夢を見て元気がなくなっていると話していて分かる。
今日神奈を遊びに誘ったのもこの相談のためだろう。
「不安なの。予知夢を見てしまうと、その人が危険な目に遭うのを理解しちゃって」
「だろうな、見知らぬ誰かだとしてもそんなの見せられたら嫌だよな」
「だから解決したい。特に霧雨君のことなら」
「協力ならするよ。そのために今日呼んだんだろうし」
「ありがとうね。解決できたらお礼するよ」
しかし具体的に何があってどう危ないのか分からないとどうしようもない。手がかりゼロではさすがに誰だろうと捜査が厳しい。
「……ほんと、何があったんだろう。少し前まで、学校に来ていた頃は男子と仲良くやっていたんだけど」
空を見上げながら歩く夢咲を神奈は見やる。
そして二人が視線を前方に移したら異変に気付いた。
「うん? なんだ?」
「何かあったのかな……」
なぜか人々が慌てて逃げていく。
神奈達が向かっている方向から必死な形相で流れてくる町民達。
何かが起こっているのは明白だ。そして逃げていく人々の声には「死んだ」だの「殺される」だのと物騒な言葉も交ざっていた。悲鳴も聞こえてくるので、誰かがこの先で暴れているのかと思い神奈達は駆ける。
急いで騒ぎの中心に向かうと――そこで目にしたのは信じられない光景だった。
「嘘でしょ……なんなのこれ……」
「本当になんなんだよわけが分からないよ!」
――電子レンジが浮いていた。
電子レンジとは家電製品である。物を温めることができて、一家に一台必要だというくらい便利な商品である。もちろんそれが空中に浮くことはない。
しかし実際に電子レンジが宙に浮き、近くの女性へと向かっていた。
「きゃああ来ないでっこなっ!?」
ふざけた光景だが事態はかなり深刻だ。
噛みつくように女性の頭部を挟んだ電子レンジはそのまま加熱。籠った悲鳴が漏れて、それからチーンという音がすると女性から離れる。
あまりに非現実的な状況に神奈達は呆然と立ち尽くすことしか出来ない。
女性の顔は黒焦げで、皮膚は爛れている。
地面に倒れた女性へと駆けつけて生死の確認をしたのだが、女性は死亡していた。
こんな事態の犯人が電子レンジだということに困惑しつつ、神奈はまだ宙に浮いている電子レンジを殴って破壊する。
黒煙を出しながら地面に落下した電子レンジ。
本当にこんなものが電子レンジなのか神奈達はじっくり確認する。
「どこからどう見ても普通の電子レンジね」
「でもおかしいことだらけだったぞ。まず宙に浮いてたし、人を数秒で殺せる殺人家電製品になってた。明らかに誰かに改造されて……これ人に作れるものなのか?」
「しかし神奈さん、信じられないことに魔力の反応はありませんでした。正真正銘これは科学の力です」
神奈の腕輪が魔力が無かったことを教えてくれるが、それならば改造した者は相当な科学技術を持っていることになる。
一瞬、知っている発明家の顔が浮かぶも神奈は即否定した。
「神奈さんあれ見て!」
「……マジか」
夢咲が指す方向を神奈が見てみると、上空には先程と同じ電子レンジが数十台。そしてその他にも冷蔵庫、ガスコンロ、掃除機など様々な家電製品が飛んでいた。もう神奈の中の常識が崩壊しかけている。
「なんだこれ……。なあ夢咲さん、今私達って誰かの夢の世界にいるんじゃないかな。ははっ、こんなの現実じゃないや。きっと夢だよ」
「現実逃避しないでよ神奈さん。これは紛れもなく現実だよ」
「嫌だこんな現実!」
「……あれ、何かが近付いていく」
上空の家電製品の前に妙なロボットが立ち塞がった。そのロボットには大きくアルファベットのUと書かれていたが、何を意味するのか神奈達には分からない。
ロボットは片手から光線を発射して家電製品の群れを消滅させた。
「……私今現実にいる?」
「ごめん、私も怪しくなってきた」
ロボットはすぐに飛び去ってしまい、遠くで同じようなロボット複数と合流して見えなくなってしまった。
あのロボットは味方だったのか、それとも敵だったのか。
何一つ分からずに神奈達が呆然としていると、二人の携帯電話が同時に鳴りだす。
「まさか今度はスマホまで暴れだすんじゃないだろうな!?」
先程の光景を見たなら疑わずにはいられない。
慌てて携帯電話を鞄から取り出して確認すると、スリープ状態だったはずなのに勝手に動画が流れていた。端には【LIVE】と表示されているので生放送なのは間違いない。
「違うみたいだけど……これは」
「ジャックされているね。私達二人、いえ恐らく私達以外のスマホも」
画面内では一人、白衣を纏う男性が話している。
『どうも皆さん。私はアルティメットユニバースニュータイプマシンズ……略してU社の社長です。先程の家電製品の暴走はもうご存知の方も多いでしょう。そしてそれを我が社のロボットが討ち取ったことも。……この市場で売られている家電製品、いや全ての機械はもう新種のウイルスにより暴走し、人を殺す殺人兵器と成り果てています! さあ! 我が社の製品ならばそんなウイルスに負けません! 製品には必ずUの文字が入っているのですぐに分かると思います。是非とも今持っている機械は捨てて、この機会にお手持ちの機械を一新してください!』
そこまで告げると画面が突然暗くなり元に戻る。
「アルティメットユニバ……ユニ……U社か。はっきりいって胡散臭いな」
しかしこの一件から数日後。
宝生町では全ての機械がU社の物となり始めていた。
神奈は再び夢咲と会って件のU社について話し合う。
「全てがU社にとって都合が良すぎるよ。なんでウイルスがあると分かったのか。どうしてそれに迅速に対応出来たのか。何も分からないけど、明らかになってないからこそこれは自作自演の可能性があるね」
まだ子供である神奈達でさえ疑っている。それでもこの宝生町でU社の製品に一新されたのは恐怖からだろう。
あのとき神奈達がいた場所だけでなく、宝生町全域でほぼ同じことが起きていたのだ。死者が数名、重傷者が数十名出ており、その惨状を多数の人が目撃していた。つまり、自分もU社以外の製品を使用していれば、いつか暴走して死ぬかもしれないという恐怖が動力となっている。
「おかしいのは自宅にあった電化製品は暴走してないということ。暴走したのは電気屋のものだけみたいだし」
「犯人もさすがに他人の家に入るのはリスクが高いと思ったんだろうな」
町の人間を上手くコントロールするための演劇のようなものだろう。
現れた凶悪な怪人を英雄が倒す。その英雄は民衆から賛辞を受け取り、人気が出る。特撮のようなものであり、あれ自体が広告だったといえる。だが恐怖で染まった民衆はその事実に気付かない。
「U社か……調べる必要がありそうだな」
神奈「あ、あの飛んでるテレビが映してるのって今話題のテレビドラマじゃん」
夢咲「ああ……家……テレビないのよ」
神奈「ごめんなさい!」




