表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
七.五章 神谷神奈と怪盗サウス
273/608

107.9 太陽宝石――サンシャインジュエル――

2023/10/01 文章一部修正








 警備がいなくなった太陽宝石(サンシャインジュエル)の保管部屋に忍び込んだ神奈とサウスだったが、目的の太陽宝石には罠もなく難なく辿り着くことが出来た。


 ガラスケースの中に保管されていた太陽宝石は簡単にサウスの手に収まる。


 あまりにも呆気ないので違和感になっていたが、それでも盗むのが成功したのは確かだ。素早く脱獄しようと螺旋階段を駆け下り、一階へと一気に辿り着く。


「よし、後は逃げれば成功だよ!」


 そう元気よく声に出すサウスは走ってハーデス入口の扉を開けるが、その時サウスも神奈も忘れていた。入口には脱獄者を許さない〈地獄の番犬(ケルベロス)〉がいるということを。

 扉を開けたサウスの目の前に飛び込んで来たのは地獄の番犬の三つある頭の内一つ。真ん中の頭がサウスを噛みつこうと口を大きく開いているところだった。


「うわあああああ!?」


 いきなり大きく鋭い牙と大量の唾液が視界に入れば、一流の怪盗であっても思わず悲鳴を上げてしまうものだ。悲鳴を上げると同時にサウスは勢いよく扉を閉める。


「地獄の番犬……! 忘れてた!」


 脱獄しようとする者には容赦なく襲い掛かり、その骨すら残さず喰らう生物。そんな化け物に対して魔法が使えないので対処法を持たないサウスは顔を青ざめさせる。

 しかし地獄の番犬をどうやって避けるかを考えるサウスとは違い、神奈は躊躇なくまた扉を開ける。


 当然のように、先程と同じく地獄の番犬の大きな口が神奈を丸呑みしようとするが、その大きく開いた口を真上に跳び上がることで躱す。


「おすわりっ!」


 そして神奈は勢いよく地獄の番犬の脳天に向かって拳を振り下ろす。


「ギャウウウウウウ!?」


 地獄の番犬は今まで脱獄しようとした人間を何度も喰らってきた凶暴な生物だ。どんな人間も一口で黙らせて、その巨大な牙で噛み千切ることが常だった。だからこそ反撃されるなど考えないだろうし、貧弱な餌だと思っていた人間の一撃が自身に効くとも思っていない。


 しかし現実は非常である。

 生まれた時から一緒であった三つ首の内一つをへし折り、その痛みが他の頭にも伝わっていく。今まで感じたことがない強烈な痛みに二つの首は暴れ回る。


「……な、なんて力だ……地獄の番犬が痛がってる……!」


「そこら辺にいる犬と変わらないな。よし」


 神奈は懐から袋を取り出すと地獄の番犬の前に出して、睨むような目で威圧した。

 魔力がなくともその睨みは生物を恐怖で震えあがらせる。地獄の番犬はすぐさまひれ伏して服従の意思を見せる。


「食べられないのは残念だけど仕方ない。これやるから、静かにしてろよ?」


 その様子に満足な神奈は、手にしていた袋をポイッと地獄の番犬の横に捨てる。

 袋から発されるのは唾液が溢れるような食欲をそそる匂い。その匂いが地獄の番犬の鼻孔を突き抜けて、意識が完全に袋に向く。


 袋の正体は高級ビーフジャーキー。御門との勝負で手に入れたものだ。神奈もまさか役に立つとは思っていなかったので、少しばかりあの勝負に感謝して先へ進む。

 地獄の番犬は小さな袋の高級ビーフジャーキーをよく味わうように食べ始めた。すぐ傍を駆けていった神奈とサウスには目もくれなかった。


 地獄の番犬という障害を乗り越え、神奈達は洞窟のような一本道に入る。

 夜だから一層暗い洞窟内を照らすのは数少ないランプのみ。神の加護で視界がクリアな神奈は明るく見えるから分かるが、洞窟のゴツゴツとした岩肌は触れば肌を傷付けそうである。


 一本道を抜ければ黑い扉があり、その先が港の役目を果たす空間。

 黒い扉が見えてくると、もう少しで脱獄出来るという実感が沸いてくる。


「なんとかここまで来れたね」


「ああ、全く大変な目にあったよ。帰ったらちゃんと私の冤罪を晴らしてくれるんだよな? 冤罪なのに前科持ちになるなんて嫌だぞ。……あれ、手伝ったから冤罪じゃなくなってない?」


「冤罪ということにしておくさ。約束だからね。これでも悪いと思っているんだ。……恩人を利用したことにはね」


 サウスはそう言いながら黒い扉を開けようと手を掛ける。

 恩人という言葉に首を傾げる神奈だが、それを考える暇もなく焦ってサウスの肩をぐいっと引っ張り、彼を後ろに下げる。


「――なにをっ!?」


 引っ張られたサウスはいきなりのことで驚くが、それよりも驚くことがあった。

 黒い扉が刃物で切断されて真っ二つになってしまったのだ。もしも扉をそのまま開けようとしていれば、サウスの体は扉と同じ運命を辿っていただろう。


「……やっぱそう上手くいかないか」


 扉を両断した正体は刃先がキラリと光る大鎌。

 それを振るった持ち主はハーデスにおいて絶対的な権力を持つ男。


「クロノス……!」


「ここはハーデス、脱獄不可能の監獄だ。諸君を逃がすわけにはいかないのでね。ここで処刑させてもらう」


 未だに驚きの色が消えないサウスの首めがけてクロノスは大鎌を振るうが、それは神奈が拳で弾いて防ぐ。しかしその手には小さな切り傷を作ってしまい、クロノスに対しての危険レベルを急上昇させる。


 魔力の使えない力が働いている孤島。

 魔力が使えないということは魔力による身体強化も出来ないということであり、神奈の実力は半減しているといっても過言ではない。


 素の状態で異常な身体能力を誇る神奈の肉体でも、相手が強く、さらに鋭く硬い刃物で攻撃されれば傷付く。油断すればいくら神奈でも追い詰められてしまうだろう。


「それにしても諸君の狙いが太陽宝石だったのは分かっていたが、本当に盗む気だとは思っていなかった。いや、思っていたとしても脅威だと感じていなかっただろう」


「それは残念。ハーデスに存在する唯一の宝、太陽宝石はこの僕、怪盗サウスが盗ませてもらったよ。ほらここに」


 サウスは懐から真っ赤な宝石を取り出すとクロノスに見せつける。


「ああ、それに関しては本当に残念だろうが……本物はここにある」


 そう言うクロノスは首元のネックレスを軍服の中から出す。

 ネックレスに付けられているのは拳ほどの大きさの真っ赤な宝石――太陽宝石だった。驚いた神奈はサウスとクロノスが持つ宝石へと視線を交互に送る。


「――まさかっ! 偽物とあらかじめ入れ替えていたのか!?」


「確かにそうなのだが、諸君が盗むと分かったから入れ替えたのではない。吾輩は元々、看守長に就任した日にこの宝石を吾輩の物にしたのだ」


「おいおい、んなことしていいのかよ……」


 呆れる神奈だが、隣でサウスは額から冷や汗を数滴流していた。


「……神谷さん、太陽宝石にはとある力が秘められている。あの宝石は太陽光を吸収して内部で莫大なエネルギーを蓄積し、触れた者にその力を与えるんだ。クロノスはそれを知っていたから手に入れたんだ、間違いない……!」


「その通りだ、正解の褒美に一撃で葬ってやろう」


 突然クロノスがサウスの背後に回り込んで大鎌を振るう。しかしそれは神奈の足によって弾かれる。

 そこから何度も大鎌を振るって弾かれるの繰り返しだ。


「……なるほど、この宝石の力をもってしても互角とは恐ろしいな」


 クロノスは焦ることなどせずに一歩下がるが、神奈は距離をとらせずに詰め寄る。

 大鎌は接近戦用の武器ではあるが、その構造から接近しすぎている相手には攻撃がしづらい武器でもある。特徴を理解している神奈はクロノスから離れず、連続で勢いよく殴るが大鎌の柄で全て防御される。


 拳を防御したクロノスは大鎌の柄を持つ手を刃の方に近付けると、そのまま嵐のように高速回転する。大鎌のリーチを短くして刃を当てやすくする意外な攻撃方法だ。焦った神奈は目を見開いて後ろに跳ぶ。

 互いに距離が開いたことで、クロノスはまた柄を持つ手の位置を戻す。


「神谷さん! 太陽宝石を盗めばクロノスの体に供給されるエネルギーを遮断して弱体化させられる! そうすれば逃げ切れるよ!」


「盗むって……どうやってだよ……!」


 神奈の元にサウスが近寄りその耳に息を吹きかけるようにして、小声で作戦を話す。

 作戦を聞いた神奈は文句を言うことなく納得し、クロノスを見据える。


「盗むだと……不可能だな。吾輩がこの宝石に何年太陽光エネルギーを貯蓄していると思う? それら全てを諸君の排除に向けている今、吾輩に敵う者などいない! 盗まれるという間抜けなこともない! ましてや小手先の技で盗むことしか出来ない小僧と、力しか能のない小娘に負けることなど、あってはならんのだ!」


 その叫びと共に再び始まった激しい攻防。

 クロノスが振るう大鎌を拳や脚などで弾く神奈の手足には、細かい切り傷がいくつもできていく。そしてまたもや大鎌が振るわれようとした時、クロノスに向かって拳大の大きさの石が投げつけられるが、大鎌で反射的に弾く。しかし石に振るってしまったせいですぐ神奈に向けて攻撃出来ない。


「できたな、僅かな隙が!」

「決めるんだ神谷さん!」


 石を投げたのはサウスだ。

 洞窟内で行われている攻防によりゴツゴツした岩肌が欠けてそこら中に転がっている、それに目をつけて、魔法が使えない現状で足手纏いになる自分が補助出来ることを思いつく。それが投石によるサポートであった。


 石に気を取られたクロノスに対して、神奈は力を込めた拳を素早く太陽宝石がある首元に突き出す。

 狙いは自身の撃破ではなく太陽宝石だと気付いたクロノスは、大鎌を振るおうとするが間に合わない。


 ――大鎌は間に合わない。


 もう少しで届くという距離にまで手が伸びて神奈は僅かな笑みを浮かべる。だが、その顔がいきなり顎を蹴り上げられたことにより苦痛に歪む。


「吾輩の攻撃手段は大鎌だけではない。蹴りや拳の体術だけでも諸君には勝てる!」


 真上にピンと伸びたクロノスの右脚は軸足となっている左足と一直線になっている。見事なI字バランスだ。


 見事な柔らかさとバランス力を披露していたクロノスの首元に、神奈のものではない手が伸びていた。首元のネックレスに手が掛かったことで存在に気付き、クロノスは焦りを顔に出して必死に首を動かすが、伸びていた手はネックレスを掴んで離れていく。


 ネックレスもそれに応じてクロノスから離れようとするが、そうはさせるかと完全に取られる前に大鎌でネックレスの鎖を断ち切る。太陽宝石が重力に従い地面に落ちていくが落ちる前にクロノスが素早くキャッチする。


「……危ない危ない。まさか戦闘では役に立たない君が盗もうと近づいてくるとは」


「物を盗むのは怪盗の仕事だからね」


 ネックレスを掴んだ手の主はサウスだった。その証拠に今握られているのはクロノスが自分で断ち切ったネックレスの小さな鎖だ。


「だがもう油断はせん。二人に気を配るのは面倒だが、もうさっきのようなことは出来ないと思え」


「さあて、それはどうかなっ!」


 神奈が殴りかかると、クロノスが片手で振るう大鎌で弾かれる。


「出来ないとも」


 片手に太陽宝石を持つせいで、片腕が戦闘に使えなくなってしまったクロノス。しかしその戦闘力に変化はなく、神奈の攻撃でも防御を崩すのは至難の業。……そう、神奈だけなら難しかった。


「いいや出来るね! お前の相手は私だけじゃないんだから!」


「たとえ二人掛かりで来ようとも……無駄だ! 投石など砕いてくれる!」


 繰り出す神奈の拳を弾いてから、クロノスは大鎌を投げられた石だろう物体に向け振るう。彼の目に投げられた物が映ると目が見開かれる。


「――石ではない!?」


 クロノスの目に映った物はゴツゴツした石ではなく、丸い筒のような黒い物体。


「閃光弾さ、気付いても遅いよ」


 投石するはずだったサウスが投げた物は石ではなく閃光弾。そう気づいたクロノスだったがサウスの言葉通りもう遅い。既に大鎌の先端が閃光弾を貫きその中身が爆発する。


 強烈な光が耳をつんざくような爆発音と共に放たれて、クロノスだけがまともに喰らい視界を奪われる。


「さあ、今だよ」


 サウスは事前に目を閉じており、その耳には高級耳栓もしていた。閃光弾などは最初に暴れた殺人鬼のように服の袖などに隠しており、収納の魔法が使えないこともあろうかと準備していたのだ。


 最初に石を投げたことでサウスはそれ以外に攻撃手段がないとクロノスに思わせ、何も準備していないと勘違いさせた。石を投げたのは補助の役目もあったが、本命の補助攻撃を悟られないようにするためだった。


 神から与えられた加護により神奈には強烈な光も、聴覚を一時的に奪うような爆音も無意味。環境に適応、そして害を自動で防ぐ加護により、光は環境として、爆音は害としてそれぞれ防がれる。


 神奈の視界に映る光景は真っ白になりつつも、人や物などは全て細い黒線が輪郭を映しだしていて全ての場所が分かる。


 サウスは神奈の加護のことは知らなかったが、作戦は単純。閃光弾を投げるから目を瞑って一直線にクロノスを殴るというものだ。事前に視界が奪われることを知っていたから、神奈はクロノスとの距離を近くで保ち続けている。


「……さて、私にははっきりと見えるぞ。お前は見えてもないし聞こえてもないだろうけど……一つだけ、言わせてもらう……このクズがあああ!」


 拳を振りかぶる神奈は叫びを上げるとともにクロノスに拳を叩き込んだ。


「ぐうおおおおおっ!?」


 殴られて勢いよく吹き飛んだクロノス。

 彼は塔のような監獄にまで飛ばされて壁にめり込む。あまりの衝撃に太陽宝石を握っていられなかったことで、手には空気だけが掴まれている。


 建物全体が揺れ、彼は完全に気を失う。

 洞窟内には彼の手から放れた太陽宝石が真っ赤に輝きながら落ちていた。それを拾うのはサウスであり、もう距離的にも聞こえないであろう看守長に対して口を開く。


「はい、それでは予告通り、太陽宝石は頂戴いたしました」


 ハーデスにある太陽宝石は見事にサウスの手の中に収まっている。

 予告から十日以上経つ日。ついに怪盗サウスは今回のターゲットを盗むことに成功した。



 * * * 



 神奈は二週間程度離れていた我が家で朝からダラダラと寛いでいた。

 家を離れていた期間。怪盗サウスに巻き込まれて、ハーデスという脱獄不可能と言われている監獄に行く羽目になり、そこの看守長であるクロノスまでも相手にした。そんな濃い日々を過ごした神奈は一生ハーデスでの日々を、忘れたくても忘れられないだろう。


 伊藤や不知火のことは気がかりだが彼女達の幸運を祈る。

 彼女達の安否も不安だが、無事帰った神奈にはまだ不安がある。


「……私の扱いってどうなるんだ? あの時の警察の話によればニュースで報道されちゃったらしいけど、まさか犯罪者扱いになるとかないよな? 前科付かないよな?」


「いやあ、どうでしょうね? そもそもハーデスという脱獄不可能の監獄から脱獄したわけですし、それだけで罪なのでは?」


「……だよなあ」


 ハーデスがある孤島からどうやって脱出したかといえば、力任せの強引な方法だ。

 激しい波が押し寄せることでハーデスから泳いで脱出することなど通常は出来ない。しかし一般人離れしている神奈と、太陽宝石の力でパワーアップしたサウスに泳げない海はない。


 押し寄せる波など気にも留めず、二人は魔力が使えるようになる場所まで泳いでから空を飛んで帰ってきたのだ。怪盗らしい道具もセンスも何一つない。


 太陽宝石の力を悪用するつもりなのか神奈はサウスに訊いたが、そんなつもりはなくただコレクションとして加えるだけだと答えられた。神奈自身サウスと関わって、極悪非道な人間ではないと分かったので一応信じている。


「テレビでも見よう! 何かやってるかも!」


「ソワソワしていますね」


「そりゃするわ! これから犯罪者扱いで追われたらどうすんだよ! サウスには何か考えがあったみたいだけど……でも不安なんだよ」


 テレビの明かりがついて報道番組の音声が流れる。


『ええでは次の……ええ!? 嘘!?』


 ごく普通の報道番組だったのだが、その時間、生放送中に騒ぎ始めるキャスター達。その原因は勝手に撮影場所に入って、白い翼を幻視するようにふわりと机に上から舞い降りた人間だ。


 その人間は左目に片眼鏡モノクルをかけ、コスプレのように青のシルクハットとマントを付けている。そして右胸のところに下を向いている矢印の刺繍があるスーツを着用している。


『みなさんご機嫌いかがかな? 僕の名前はサウス……しがない怪盗です』


「……サウス、いや何やってんだよあいつは」


 突然生放送の番組を邪魔したサウスに神奈は呆れた顔をした。

 呆れはあるが、何のためにこんなことをするのか意味があるだろうと考え、それが気になり視聴を続ける。


『あ、あの困ります! 下りてください!』


『ああいやすみませんねお姉さん。このニュースを見ているみなさんにお伝えしたいことがありまして、ついこの場にやってきてしまったというわけです』


 注意した若い女性に花を一本差し出すサウスはまたもふわっと床に下りる。


『え、あ、ありがとうございます?』


『どういたしまして。さあ、みなさんはなぜ僕がここにいるのか疑問でしょう。あの世界一の監獄、脱獄不可能とまで言われている監獄ハーデス、僕はそこから脱獄しました』


 ハーデスから脱獄したという発言を聞いてその場にいた人間も、番組を見ていた人間も絶句する。それほどまでにハーデスは恐れられている凶悪犯の集まる場なのだ。


『まあそんなことは些細な事です。僕が予告通り、この太陽宝石を盗むことなんて些細な事ですよ。しかしそれではなぜこの場に現れたのか。それは自慢するためではなく伝えたいことが他にあったからです』


 サウスは一拍置くと続ける。


『ハーデスに連れていかれた日、僕はたまたま通りすがった人を助手と言って巻き込んでしまいました。それは申し訳ないと思っていますが、警察はなんと碌に調べもせずに僕の助手と決めつけてハーデスに送ったのです。何の罪もない少女を凶悪犯ばかりのハーデスに送る。これって警察の失態なのではないでしょうか?』


「おいおい、なんかすごいこと言ってるぞ」


「でもサウスさんの言うことも一理ありますよ、あの時の警察の態度はおかしいものでしたし」


『そう、伝えたいことというのは僕に助手などいないということです。そしてその女の子に謝罪もね』


 そう言うとサウスは深く被ったシルクハットを取って素顔が分かるようにする。

 怪盗として、犯罪者として致命的だ。顔が分かってしまえば警察は簡単にサウスの正体に辿り着くだろう。


『ごめん、今もう一度謝るよ』


 深く頭を下げるサウスを画面越しに見ている神奈は狼狽えてしまう。

 サウスが春雨大樹としての顔を全国に晒してまで謝るとは思っていなかったのだ。


『……ああ、そうそう。この顔、警察がまた勘違いしても困るので言いますけど――』


 それから取ったサウスの行動に誰もが驚愕する。


『これ……嘘の顔なんですよ』


 ペリッと頬を掻くとその部分の皮膚が剥がれるように落ちる。

 サウスはずっと騙していたのだ。神奈にも、警察にも、全国の人々にもその素顔は知られずに今回の一件を乗り切った。


『それではみなさん、ごきげんよう。またいつかお会いしましょう!』


 右足を引き、右手を体に添え、左手を横へ動かすことで貴族のようなお辞儀をした怪盗サウス。彼はふわっと飛び上がり、トランプカードを一枚カメラに放り投げて破壊する。


 神奈が見ているテレビには【しばらくお待ちください】の文字が表示されて真っ青な画面になる。


「……は、はは、早く誰か捕まえてくれよ、あのバカを」


 乾いた笑いを浮かべながら、神奈はテレビを消して上を向く。

 怪盗なんてバカなことをしている少年がまた自分を巻き込まない内に、誰か捕まえてくれと嘆く。


 怪盗サウス。その正体は年齢、名前、出身、全てが不明。

 分かっていることは盗みの天才だということと、少年だということ。

 正体不明の怪盗。彼は今日も輝く宝石に目をつけて盗むために予告状を出す。


 ――その生きざまは正に自由なものだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ