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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
七.五章 神谷神奈と怪盗サウス
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107.7 確認――吾輩がルールだ――


 神奈とサウスは昼食後、監視カメラに映らない速度で螺旋階段を駆け上がり、集合場所である九階通路に辿り着いていた。

 集まっている目的は太陽宝石(サンシャインジュエル)を盗むための予行練習のようなものだ。実際にいつとは決まっていないが当日に失敗しないように道を確認する。


「さて、それでどうする?」


「とりあえず盗む日は決めてないけど、その盗む日のために色々な確認だね」


 誰もいないと安心しきっている二人は見られていることに気付かない。二人を見つめる視線は一つ、その正体はスキンヘッドの女――青木だ。

 青木はクロノスから神奈と春雨の監視をするよう頼まれたので、二人の後を可能な限り尾行していた。

 突然目の前から超スピードで消えた時は焦ったが、慌てて螺旋階段を上がると二人の姿を発見したので、女性らしさがない男性のような鍛えられた胸筋を撫で下ろしていた。


 青木は二人が話している詳しい内容は小声なために聞こえないが、多少の単語を聞き取ることは出来ていた。

 その聞き取った単語である「盗む」と「太陽宝石」を関連付けて、太陽宝石と呼ばれるものを盗むつもりだということが理解できる。


 青木は太陽宝石が何なのかは知らなかったが、それでも宝石という単語から貴重な物だと悟り衝撃を受ける。

 ハーデスに送られたのではない。神奈達は自らハーデス行きを望んだのだ。太陽宝石を盗むためにわざと捕まったのだ。全てはその宝石を盗むため、そのためだけに捕まったのだと悟ったのだ。


「太陽宝石が保管されているのはこのハーデス三十階、つまり最上階だ。今、この通路には看守がいないけど、最上階だけは違うよ。あの場所は看守が扉の前に数人、部屋の中にも数人いることが判明してるんだ」


「……そいつらに見つからないように盗むってことか? 難易度高くない?」


 神奈は少し不安になってくるが、それは心配ないとサウスは言う。


「元々、怪盗ってのはそんな感じだよ。それに今回は見つかってもいい、できれば見つかりたくはないけど通路が一つな以上確実に見つかるからね」


「ふぅん、いやどの道難易度高くない? 見つかったらどうすんだよ」


「気絶させるしかないだろうね、それか喋れないようにして放置ってところかな……」


 まさかのノープランに神奈は驚きつつ思考を巡らせる。

 リスクが高いことをしたくない、そう考えるのはまともな人間なら当然だ。


「――あ」


 神奈は何か思いついたようにポンと手を叩くと、自分の牢屋の方に歩いて行く。

 どうしたのかとサウスは付いていくと、神奈は自分の牢屋である九十八番の部屋に入り壁をコンコンと叩いた。その行動にサウスと、その後ろから付いてきていた青木は首を傾げる。


「壁だよ。壁を破壊すれば看守が集まって来るって言ってたよな? 適当な場所の壁を壊してそこに看守を集中させればいいんだよ」


 神奈は悪人のような笑みを浮かべて振り向きながらそう答えた。

 その神奈が言い出した作戦にサウスは顎に手を当ててそれがどうなのか考えると、直に納得して成功すると思ったようで一度頷く。


「うん、いい。いいねそれ……本来なら怪盗は物音立てず、誰にも気づかれずだけど今回は別だ。必要なら何でもしていい、壁を壊せば看守が集まって来るから全員は集まらなくても、保管部屋の警備人数は減らせる……!」


 その作戦に見つからないように聞き耳を立てていた青木も感心したような表情をしていた。


「でも壊すなら牢屋じゃない方がいい、出来るなら食堂か内職部屋がいいね。牢屋の壁を壊すとなると必然的に僕の部屋か君の部屋になっちゃうから、看守が僕達がいないことに気付く」


「自由時間に盗むんじゃないのか? 今みたいな時間ならいなくても不自然じゃないだろ?」


 その神奈の問いにサウスは首を横に振る。


「ダメなんだよ。実は自由時間、クロノスが保管部屋の掃除をしてるって情報があるんだ。あの男は用心深そうだしもしかしたら僕達の行動を読んでくるかもしれない」


「……掃除って、毎日かよ。マメな奴だな」


 神奈は呆れたような顔をしてそう呟く。そんな神奈にサウスは「つまり」と少し強めの口調で言い出す。


「自由時間はそういう理由で却下。盗むなら時間は夜、夕食後だよ。その時間クロノスは自分の部屋で書類仕事をしているはずだからね」


「……食堂の壁でも壊すか。夕食後なら全員牢屋の中だろうし」


 作戦内容が徐々に決まってきたことで決行する日付を決めるだけになった。しかしその作戦は青木の耳に全て入っている。

 青木は複雑そうな表情でその場を離れていった。


 その日、内職の時間に伊藤と青木が来ることはなかった。

 神奈が不知火に頼んで看守に聞いてもらっても、そのことに関しては問題ないとしか答えてもらえずモヤモヤと心に霧がかかったように感じていた。


 夕食の時間にすら来なかった二人のことが心配になる神奈だが、牢屋に戻ると青木は何もなかったかのようにベッドに座っていた。伊藤はベッドの上でかけ布団にすっぽりとくるまっている。


「おい二人共、なんで内職にも夕食にも来なかったんだよ……何かあったのか?」


 神奈と一緒に戻ってきた不知火も二段ベッドの上に上って寝転がる。

 神奈の疑問に伊藤は反応せず、青木はただ複雑な表情を見せるだけだ。


「……何があった?」


 しつこいような二度目の問いにはさすがにビクッと反応した伊藤だが、布団にくるまったままで出てこない。

 しかし黙ったままの伊藤とは違い、青木は表情を変えずに口を開く。


「――姉さん、一つ聞きたいんですけど」


「何だよ、何でも聞いていいぞ」


「――親しい人を売らないと身内が危ないって分かってたら、どうします?」


 その問いの意味は分かっても、なぜそんなことを訊くのか神奈には分からないが、思い詰めている顔をしている青木の質問を邪険には出来ない。


「私だったら迷わない。大切な誰かが危ないっていうんなら、どんな方法でも使ってやるさ……それでも誰か、友達を売らないといけないってんなら私は……元凶をぶっ飛ばす」


 その神奈の出した答えに青木の表情は、いくつもの感情が混ざった複雑な表情から晴ればれとしたものになっていた。


「――ありがとうございました。おかげで、迷いが消えましたよ」


 青木は礼を言うとベッドから床に下りて牢屋から出ようとしたので、神奈は一応引きとめる。


「今は自由時間じゃないぞ」


「ええ、分かってます。でも大丈夫です……きっと自由になるから大丈夫なんです」


 神奈に対して青木はそう告げると牢屋から出ていってしまい、そのまま何もない前方を睨むようにしてズカズカと歩いて行く。

 青木が出ていくのを自分を包んでいる布団の隙間から見ていた伊藤はようやく布団から出てきた。


「すいません神谷さん、私も行きます……!」


 神奈には二人の気持ちなどよく分からない。しかし強い決意が身体から滲み出ていたので止めることなど出来ない。伊藤も牢屋から出ていってしまうが、神奈に出来るのはその背中をただ見送るだけであった。



* * * * * * * * *



 二十四階、クロノスの部屋。

 青木は全速力で走り息を切らしながら黒塗りの扉の前に立つ。そして勢いよく扉を開けると部屋の中にいるクロノスに向かって、威圧するように睨みながら歩いて行く。


「ほぅ、青木か……ここに来たということは報告か?」


 クロノスは青木の乱暴な態度に眉を顰めるが、殴るのを我慢するようにグッと拳を握り大きな椅子から立ち上がる。

 そんなクロノスに青木は詰め寄って胸倉を掴む。


「オレはテメエに従わねえ」


「……いいのかね? 妹の治療費は」


「よくねえよ、ぜんっぜんよくねえよ! それでも、従わねえ! 誰かを売って幸せになんてなれるわけねえだろうが!?」


 青木は堪えきれないように叫び、クロノスのきれいな顔面に頭突きをしようとするが、そうなる前にクロノスは青木の体を突き飛ばす。その二メートル以上ある巨体は床に転がって壁に激突する。


「……一つ、バカなオレでも分かることがあるんだ……! こんなことしても心が曇るだけだってな、晴らすためには下衆い真似なんてしちゃあダメなんだよ!」


「……吾輩に逆らう者が行き着く場所は決まっている。地獄だ、君は地獄に落ちるだろう」


 クロノスはそう言うと背後にかけられていた大鎌を手に取る。


「地獄だろうと上等だ……! テメエも道連れにしてやらあ!」


 青木がクロノスに向かって駆けると同時、その太い首を大鎌が通り過ぎる。

 一瞬。たった一秒にも満たないその一撃は青木の首をいとも容易く切断した。


「……アダマスの鎌。これが吾輩の真の獲物にして君のような囚人の首を刎ねる専用武器だ」


 大きな鎌が再び振られ、その刃に付着した血液が全て滑るように床に落ちる。

 青木の体はもうピクリとも動かず、その首からはとどめなく鮮血が溢れ出て床を更に汚していく。そんな死体にクロノスは思い出したように口を開く。


「……ああ、そう。君の妹だ。君がここに送られたのを知って自殺してしまったそうだ、周囲からの罵倒に耐えきれなかったようだな……残念だ。もし君が仕事をしてくれていれば死体の元にきちんと治療費が届いたというのに」


 まだ青木が生きていたならば絶叫するような言葉を平然と言い放ち、クロノスは鎌を元あった場所にかけると、足音が近づいてくるのが聞こえて入口の方に目を向ける。


「青木さ……ん……う、そ……!」


 開いていた扉から入って来たのは伊藤だ。彼女にしては珍しくも全力で追いかけたのだが、体格のいい青木には追い付けずにいた。


 伊藤は目の前の光景を信じられないように見て、現実だと認識すると同時に歯を食いしばってクロノスを睨む。


「どうして……!」


「どうして? 最初に言ったはずだがね。吾輩に逆らった者は死刑、吾輩がルールだと。青木はそれを知りつつ逆らった。こうなって当然だ」


 伊藤が睨んでいるのを気にせずにクロノスは淡々と続ける。


「それで伊藤、君はどうするのかね?」


「決まっています、クロノス看守長、貴方には従えません!」


 伊藤は力強く言い放つ。

 青木に初対面で抱いた感情は悪いものだった。自分の物であるカレーを飲み干された恨み、そして威圧的な態度を取ったことによる恐怖、良い印象など一つもなかった。

 しかし時間が経ち、青木が神奈に服従するようになってからは少し態度が変わり始める。


 神奈と仲が良かったからかもしれないが、青木は伊藤が困っていた時は舌打ちしながらも助けてくれた。内職で分からなかったことがあった時、呆れた様子ではあったが教えてくれた。そんな青木のことを、伊藤はだんだんと見直して根は悪い人間じゃないのかもと思い始めていた。


 もし出会い方が違えば最初から友人だったかもしれない。そう思えるほど、二人の仲は良くなり始めていた時にこの惨状だ。

 伊藤の心は激しい痛みを訴えており、それを抑え付けるように胸を押さえてクロノスに向かって歩いて行く。


「看守長だからって何をしてもいいと思わないでください! この人でなし!」


 そう叫びながら振り上げた左手でクロノスの頬を平手打ちでパーンと小気味いい音が部屋内に響くと、続けて右手も上げていたことで二発目があることを悟ったクロノスは、その二発目の平手打ちはしっかりと腕を掴んで止める。


「……調子に乗るなよ。吾輩が敢えて一発喰らったのは君の対応をどうすればいいか考えていたからだ、しかしそれもたった今決めた」


 クロノスは掴んでいる腕を持ち上げると、軽い伊藤の体もすんなりと持ち上がってしまう。なんとか抜け出そうと藻掻くがガッシリと掴まれているので抜け出せない。


「……伊藤、君は懲罰房送りだ。囚人であるが罪を犯してはいない君にピッタリの場所だ、もう君はそこから出られない。二度と太陽も、友人もその目に映ることはない……吾輩に逆らったことを存分に後悔したまえ」


 その後もずっと暴れていた伊藤の腹に重い一撃を放ち、大きな衝撃に伊藤は気を失う。

 床に転がっている死体を片付けるために、クロノスは看守を数人電話で呼びつけて掃除させた。



* * * * * * * * *



 翌日。神奈は朝早くに近くで物音がしたことで目を覚ます。


「……何、してんだ……お前ら」


 起きたばかりの眠そうな目を擦ると、神奈と不知火が使っている二段ベッドの反対側にある伊藤と青木が使っていた二段ベッドを、看守達が整理していた。


「目が覚めたかね、神谷神奈」


 神奈にそう声を掛けたのはクロノスだ。

 明らかな異常事態に神奈は事情を知っているであろうクロノスに問いかける。


「これは何だよ……何させてんだよ……!」


「私物があった場合は困るので整理しているのだよ。次に来る囚人のためにね」


 返ってきた答えは伊藤と青木に何かがあったのだという意味が込められている、そのことが分かった神奈はクロノスを見据える。


「……二人はどうした」


「伊藤は懲罰房。青木は死んだので死体は処理した」


 はっきりと何があったのか知らされた神奈は怒りを込めた声を出す。


「……お前がやったのか」


「そうだ、どちらも吾輩に逆らった罰としてな……君の監視を命じたのだが断られたのだよ」


「私の、監視?」


「そうだとも。君の監視だ、君が怪しい行動をしていたので監視を命じたのだ。まあこれからはあまり怪しい行動は発言は慎むようにするのだな」


 そうクロノスが言い終わると同時に看守達も整理がし終わったので、ぞろぞろと九十八番の牢屋から出ていく。


「それでは……今日からしばらく二人で仲良くしているんだな」


 クロノスもそう告げるとコツコツと足音を立てて牢屋の前から去っていった。

 神奈の表情は険しくなっており、血走った目で反対側のベッドに目線を向ける。


「くそっ!」


 そのまま下にある柔らかい布団の上に拳を振り下ろすと、その中身である白い羽毛が勢いよく飛び散った。


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