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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
七.五章 神谷神奈と怪盗サウス
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107.6 取引――迷い――


 スキンヘッドの強面、男にしか見えないが性別はきちんと女である青木。そして黒髪を三つ編みにして下げているおしとやかそうな雰囲気の伊藤。二人は神奈や不知火と朝食を食べ終わって内職に向かおうとした時、看守から「行ってほしい場所がある」と言われたので向かう。


 看守の言語は英語だったが、不知火が翻訳係として間に入ったおかげで正確に何を言っているのか理解することが出来た。早く英語くらい聞き取れるようにならなければ、何かのミスで殺されてしまうかもしれない。


 二十四階に行くよう言われた青木と伊藤は、一つしか存在しない黒い扉を開けて恐る恐る薄暗い部屋に入っていく。

 二人が足を踏み入れたその部屋は看守長であるクロノスの私室だ。


 窓の外からは青いキラキラとした海しか見えない。

 部屋内にある家具はほとんど存在せず、ただ書類が山積みになっている大きな机が一つ、入り口から右に小さな机とその机よりも大きい長椅子が二つ。本棚が五台。一見たったしかない質素な部屋だ。テレビもゲーム機もなく、本はあってもそれはハーデス関連のものばかり。娯楽関係のものは一切存在しない。


「来たか、まあそちらに座りたまえ」


 長椅子に腰かけている部屋の主であるクロノスが告げる。

 クロノスは二人のことが視界に入っても表情を一切変えず、無表情で椅子に座るよう促す。放たれる威圧感に怯えた青木と伊藤は、椅子に腰を下ろして彼と向かい合う。


「それでオレ達になんの――」


 青木は恐怖を押さえつけるように強がりながら言葉を発するが、その言葉が最後まで続くことはなかった。


「吾輩が話をするんだ。黙れ」


 開いていた青木の口にクロノスが警棒のようなものを突っ込んだのだ。

 無理やりねじ込まれたせいで青木の白い歯が三本口内で折れてしまう。

 それを見て心配する伊藤だが、クロノスの目前で今動こうものなら自分も何かされるかもしれないと思い、動くことは出来なかった。


「さて、それでは清聴するように」


 クロノスは青木の口に突っ込んだ警棒を雑に引き抜くと、涎まみれになったそれを近くにあったゴミ箱に投げ捨てる。そうしたことで準備が整ったとばかりに話に入りはじめようとする。


「諸君にはある仕事を任せたい。同室の神谷、それと九十九番の牢屋にいる春雨の監視だ。何か不審な点があれば吾輩に報告してもらいたい」


「……え? どうして、神谷さんを……?」


 驚きのあまり思わず疑問を投げかけてしまった伊藤だが、口に出してからハッとして両手で口を押える。


「良い質問だ、昼食抜きで勘弁してやろう。なぜ神谷、及び春雨を監視するのかといえば、それは奴ら二人が怪しい行動をしていると情報が入ったからだ」


「はっ、看守長よぉ……そんなこと引き受けると思うのかよお。オレ達は囚人なんだぜ。テメエ等看守共には不満が溜まってんだぜ? 素直に命令聞くと思うのか?」


 我慢出来ず青木は額に青筋を浮かべてクロノスを睨みつける。


「もちろん、そんなことは承知している。諸君にもメリットがあるからこそこの話をしているのだ」


 ヤクザも驚きの強面に睨まれた彼は何のアクションも見せずに淡々と告げる。

 メリットという単語に青木と伊藤は疑問を持つが今度は黙っていた。おそらく今から説明されるのに口に出せば、彼がまた何かしてくるに違いないからだ。


「青木。強盗殺人五十件以上、その罪は無期懲役とされているがジャパンでないなら懲役三百年以上」


 日本では複数の罪を犯したとしても、その中で一番長い刑期の百五十パーセントまでしか投獄されず、重すぎる罪の場合は無期懲役となり無期限の投獄になる。海外のように懲役何百年などというようにはならない。


 しかしそんな法律でもある程度の規定があり、その決まっているラインを超えてしまうとハーデス送りとなる。


「そんな分かってることを今更……」


 青木が不機嫌そうに顔を歪めると、クロノスがその日初めて僅かに笑みを浮かべた。


「強盗の理由は病気で寝込んでいる妹の治療費を稼ぐためである。両親が既に他界しており金をまともに稼いでも足りない治療費を払うためには、強盗をするしかなかったようだな」


 青木の額に発生している青筋の数カ所が濃く、大きくなる。


「テメエ……! どこでそれを……!」


「吾輩は看守長である。囚人達の情報など筒抜けであることを知るがいい。……そしてこの情報を持っているということは……分かるな?」


「ふざけんなっ!」


 青木は怒りのままに殴りかかるが、クロノスはそれを軽々と受け止めてゴミ箱に投げ飛ばす。当然青木の巨体がゴミ箱に入るわけがなく床に叩きつけられる。

 痛みを感じつつもクロノスに対する怒りの方が上回っている青木はヨロヨロと立ち上がる。そんな彼女を見ながらクロノスは立ち上がって話を続ける。


「――治療費を払ってやろう」


「は? 何、言ってやがる?」


 クロノスが告げた言葉に理解が追い付かず青木は固まってしまう。


「妹の治療費は二千万だったな。仕事をしてくれればその金を用意してやろう」


「……マジで、言ってんのかよ?」


「吾輩は嘘は吐かない。きちんと金は用意する」


 囚人の身内の治療費を看守が払う。その正気を疑う言葉に目を丸くしながら問い返す青木だが、あっさりと肯定されて言葉を失う。


 クロノスの年収は危険手当が各国からついて軽く三千万を超える。

 ハーデスの維持については各国が行うので家賃などもなく、膨大な量の各国の金が彼の口座に入金されている。趣味も使い道もほとんどないからか、彼の所持金が減ることはあまりない。


「青木さん、これは罠です! こんな取引は……!」


「伊藤。君は罪を犯していない、冤罪でここに連れてこられた」


「――っ!?」


 クロノスの取引に応じそうになっている青木に対して伊藤は声を上げるが、遮った彼の言葉で息を呑む。


「君がやっていないことは捜査資料を読めばすぐに分かった。大方誰かを庇っているのだろう? それは……友人……恩人……家族……」


 伊藤は彼が挙げていく関係が深そうな単語の中、家族という単語でビクッと肩を震わせてしまう。


「家族か」


「ち、違い、違います……!」


「いいや家族だ、それもおそらくお兄さんかな? 吾輩が見た捜査資料には君の兄は大学で科学の勉強が得意だと載っていた。君の罪、連続爆弾魔としての罪だが、それは本当は……」


 座ったまま顔が青ざめている伊藤の傍に彼が近寄り耳元で囁く。


「……私には、メリットなんてないです。神谷さんを監視して、私をここから出してくれるって言うんですか? 私は望んで警察に捕まったんです、出してくれても嬉しくはありません」


「そうだろうな、だったら吾輩が君の兄の罪を帳消しにしてやろう。これでもハーデス看守長の座についているので権力はあるのだよ。各国の警察機関丸ごと動かせるくらいにはな」


 それはメリットの説明と同時に脅しとしての意味も含まれていた。

 伊藤は兄の罪を被ってハーデスに送られた。しかしクロノスは兄がやったことだと気付いており、日本の警察にリークされればすぐに兄が捕まるだろう。


 クロノスはこう言っているのだ。


 ――兄を庇いたいなら従え、と。


 伊藤の心は揺れる。

 兄を庇うためにせっかく出来た友人を売るか、その友人を守るために罪を犯した兄を見捨てるかだ。基本善人である伊藤の心は激しく揺れており、息遣いが激しくなっていくのが分かって突然立ち上がる。


「用件は! それで、終わりですよね。失礼します!」


 伊藤は呼吸を荒くさせながら叫び、勢いよく扉から出ていく。それを青木も追っていきクロノスは一人になる。残された彼は小さく、しかしはっきりと笑い声を上げていた。


「おい! 伊藤!」


 自分の名を呼ばれたことで伊藤は早歩きしていた足を止める。


「オマエ、何もしてなかったんだな。どうりで良い子ちゃんなわけだぜ」


「そういう青木さんこそ、犯罪行為に走ったのは家族のためだったんですね。……少し、意外でした」


 お互いに隠していた事実を知られた二人は少し笑い合い、すぐに真剣な表情になる。


「あの取引、受けるんですか」


 伊藤が青木の瞳をジッと見据える。それに青木は驚く。

 伊藤は初日のことを引きずっていてまともに顔を見てくれなかったのだ。だが、今この瞬間、そんな過去よりも大事なことが出来たために真正面から見ていられる。


「……受ける。受ければ妹は助かるんだ、だから受けるしかないんだ……!」


「そんなに、嫌そうな顔をしてるのに?」


 青木の顔はまるで梅干しを口いっぱいに放り込んだように歪んでいた。


「……それでも、やりたくないことでも……オレは……! オレは……! オレは…………」


 青木は伊藤の問いが凶器と同じように感じて、圧倒的弱者の伊藤の前から逃げるように走り去った。その背中を見て伊藤はその場にドサッと座り込んでしまう。


「私には……無理だよ……」


 俯くことしか出来ず、伊藤はそう呟いた。


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