表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
一章 神谷神奈と願い玉
27/608

17.5 大会――事件後の後日談的な何か――

悲報。重大なミス発覚。笑里の母親の名前、見返していたら初登場と名前を間違えていた。






 願い玉を用いたアンナの暴走事件後。

 ――リンナと神奈が別れてから二日。


 空手の大会が開かれている小さな会場に二人はいる。

 指導を矯正した秋野道場の生徒も出ている試合を目にしながら、神奈とリンナは観客席にて話をしている。試合で盛り上がるなか、二人が話している内容は空手に関係ない後日談だ。


 再会して早々ではあるが、会場までの道のりで神奈は会っていなかった二日間程のことを聞いており、会場までの道のりでは話がほとんどそれであった。自分は帰ってしまったが、よく考えればクローンの問題など複雑なことで忙しくなりそうだと思い、何か手伝えるなら手伝えばよかったと後悔していたのだ。


 二日の間、というかだいたいは一日で済まされたこと。

 カプセル内で育っていたクローンを全員外に出し、姉の役目として保護した。記憶が名前しかないクローン達は疑うことなくリンナ達に懐く。


 最低二歳、大きいクローンだと七歳ほどまで育っていた。カプセル内の緑の液体は成長に必要な栄養素であったと、神奈はリンナから告げられる。さすがに人造人間のようなものでも、栄養など必要なものがなければ育たない。


 アンナが死んだことにより、クローンを育てるという理由も消え失せている。しかしリンナ達はもう存在する命を放っておくことはできない。事情を知るリンナ達が秘密裏に育て、密かに暮らしていこうと決めたのだ。


「これからはクローン全員で、力を合わせて生活していきたいと思います。あ、そうです、私達は名前を改めたんですよ。全員がリンナ・フローリアだと分かりづらいですからね」


 道中で全てを聞くことができていないので、会場の観客席にて神奈は続きを聞いている。


「実はこれ、アルファ達の提案だったんですよ。あの三人は名前を決めていたので、それに倣って私はゼータ・フローリア。他にも個人としての名前を全員で付け合ったんです」


「ゼータ、か。悪いんだけど、私はリンナって呼んでいいか? なんかそっちの方がしっくりくるんだよなあ」


「ふふ、ずっとその名前でしたからね。私も神奈さんからはそう呼ばれたいと思っていたんです」


 二人は笑い合う。

 結局、家で一緒に過ごさなくても、二人の仲が変わることはない。会おうと思えばいつでも会える。日常はそう大袈裟に変わることはない。


 試合観戦を続けていると、笑里の順番が巡ってくる。

 決勝戦。二人がこの会場に来た理由とも呼べる少女が選手として中央に立つ。


「あ、笑里さんの出番ですよ。ついに決勝ですね」


「ああ……まあ、見るまでもないけどな」


 開始の合図である笛の音が、選手の傍に立つ審判の元から会場内に響く。

 笑里が拳を前に突き出す。その拳の風圧は風魔法と大差なく、相手選手が抵抗できずに吹き飛ぶ。

 瞬く間に会場は歓声で包まれた。リンナは喜び、神奈はジト目で面白くなさそうに拍手する。


「……まあこうなるよな」


 なにせ笑里はルカハの診断結果で常人を超える数値を叩き出している。空手の金メダリストでも一撃で倒せるような数値なのだ。普通の、ごく一般的な子供と試合になるわけがない。つまり優勝など端から決まっていたのだ。


「優勝は、秋野道場からの参加! 秋野笑里さんです!」

「やったー! 優勝だあ!」


 大会もあっさり終わって、当然のように笑里が優勝する。


「まあ、本人楽しそうだし別にいいか」


 満面の笑みを浮かべる笑里を見て、神奈も他の観客と共に盛大な拍手で褒め称えることにした。



 それから神奈はリンナと別れ、笑里とその応援に来ていた秋野里香に合流する。

 親子水入らずの空間だったところに介入するのは悪いと思ったが、母親である里香が「遠慮しないで」と告げたことや、全く気にせずに笑里が「神奈ちゃんも一緒にご飯食べに行こー!」などと言ったことで昼食に同行することになった。


 昼食をとる店は何の変哲もない定食屋。

 神奈は一応小学生であるし、誘われた身なので里香の奢りとなる。あまり高い物を頼むのは悪いと思った神奈は、券売機を眺めそこそこ安値のカツ丼を注文すると、笑里も釣られたのかカツ丼を注文する。


「カツ丼って何か勝負する日に食べるといいんだよね」


「そうだな、お前の勝負はもう終わったから意味ないけどな」


「んも~、二人とも安い物頼んじゃって……こういうお祝いのときは遠慮せず高い物頼んでいいのよ? 私はこれにするわ」


 そう言って里香が押した券売機のボタン上を神奈達が見てみると、そこには長ったらしいメニュー名と写真が載っていた。なんと驚くべきことに値段は五千円。メニュー名が【伊勢海老と雲丹とマグロとイクラとタラとカジキとサーモンとイカとタコとハマチとタイの金箔ふりかけ贅沢海鮮丼】と、合計五十五文字が粒のように小さく写真の下に詰められている。


(高っ! 長っ! ていうかこれ商品名最後の部分だけでよくない!?)


 ちなみにカツ丼は三百円なので、贅沢海鮮丼はカツ丼約十八個分の値段だ。さらに追加でビールなども注文したので三人のお会計はかなりの高額になってしまっている。


 神奈達三人、幽霊の風助含めて四人は店員に食券を渡し、空いている席へ向かう。

 席に座って待っている間。大会優勝でご機嫌な笑里が鼻歌を歌っているのを見計らい、里香がひそひそ話でもするような小声で神奈に話しかける。


「……ねえ神奈ちゃん、ちょっと笑里のことで相談があるんだけど」


「はい? 何かありましたか?」


「あの子、最近ちょっとおかしいの」


 そう言われても神奈は笑里と一緒にいて様子がおかしいと感じたことはない。いまいちピンと来ないので「どういうことですか?」と問うと、そう里香に思われた原因が明らかになった。


「実は時々、誰もいない場所に向かって話してるのよ。それで特にお父さんって言ってるのが多くてね、元気になったっていってもやっぱり無理してる空元気なのかしら……」


 要は幽霊が見える者を見えない者が傍から見た結果であった。

 笑里は藤堂零のおかげというべきか、霊力を得たことによって幽霊である父親の風助を直視することが出来るが、里香は何の力も持たない一般人なので幽霊など見えるはずもない。なので笑里が風助に話しているところを見ると相談内容通りになってしまう。


(そうか、里香さんは幽霊が見えないから……。なんかややこしいことになったな)


 笑里に関して何も言うことはない。今のままでいいと神奈は思っているし、風助についても同様だ。しかしだからこそ、里香が少し不安に思う気持ちを解消させるのは難しい。


「空元気じゃあないと思いますよ。まあ寂しかったりはするんじゃないですかね、一応父親が亡くなっているわけですし」


「カツ丼か……僕も食べられればなあ」


「あっ、頼めなくてごめんねお父さん。お父さんもカツ丼食べたかったよね」


(噂をしてすぐに話しかけるううう!)


 現在風助は笑里の隣に座っている。神奈の目には家族団欒の光景にしか見えないのだが、里香の目からすれば壁に向かって話しかける娘という奇異な光景になっている。


「ほらあれよ、注意したいけどなんて言えばいいのか分からなくて……」


「あーっと、あれです。時間が解決してくれるかもしれないですし――」


「ははっ、いいんだよ気を遣わせてごめんね。あっ、神奈ちゃんも気を遣ったりしてくれたかな、ごめんね」


「いえ遣ってないんで大丈夫です。……あ」


 つい風助から話しかけてきたものだから神奈は普通に返してしまった。しかも風助の方を向いてだ、これはつまり神奈も壁に向かい話すおかしな子供認定されることになる。


 ギギギと錆びついたロボットのようなぎこちない動きで神奈は里香の方へ向き直り、苦笑いを浮かべて様子を窺った。その結果、徐々に今の出来事を受け入れた里香の表情が哀しみを訴え始める。


「神奈ちゃんも頭が……」


(ちょっ、頭がなんだ! その先の言葉なんだ!)


「ごめんね、さっきの話はなかったことにしていいよ」


 里香は優しく笑いかける。


(なんなのおおお!? いや悲しいことに分かるよ、絶対頭おかしいって思われたよね! 分かるから嫌だ!)


 たった一度のミスが取り返しのつかない事態を引き起こすことだってある。そう、この瞬間、神奈の価値が相談相手になりえないレベルにまで堕ちたのだ。


「カツ丼二つ、お待たせしましたー」


 ショックを受けている神奈と、喜色満面の笑里の元に店員がカツ丼を持って来た。それから里香が頼んだ豪華な海鮮丼、そして泡立っているビールが到着する。


「伊勢海老と雲丹とマグロとイクラとタラとカジキとサーモンとイカとタコとハマチとはあっ、タイの金箔ふりかけ贅沢海鮮丼、と、ビールお待たせしましたー」


(一息で言えないしやっぱり商品名長いって!)


 料理も到着したので神奈と笑里は割り箸を持って食べることにした。

 とろける卵にとじられた柔らかいカツ。つゆが染みたことによって味と色のついた白米。それらを一緒に頬張ることで至福の一時が訪れる。


「おいしー! 神奈ちゃんやっぱおいしーね!」


「そうだな。でもまるで私が美味しいみたいな言い方はやめてくれ」


 一口、また一口と食べ進めていると、神奈は隣の里香が鞄から何かを取り出すのを目にする。

 里香が鞄から出したのは――風助の遺影であった。


 まさかすぎる代物が出されたことで「ぶふううっ!」と神奈は口の中の米などを噴出する。それらは正面にいる笑里の顔面にかかる。


「うわあっ! 神奈ちゃん汚いよ……」


「ごめん笑里……いやそうじゃない、里香さん何出してんの?」


 風助も自身の遺影を認識して「僕の遺影だ……」と呟いて以降絶句している。

 ここは定食屋である。鞄から取り出されて食卓に置かれたのは遺影である。明らかなミスマッチというか、普通出掛けるときに遺影を持ち歩かないので食卓に出るはずがない。


「何って、夫の遺影よ?」


「見りゃ分かりますよ。分かるから困惑してるんですよ。なんで定食屋に来て鞄から出すのが遺影なの?」


「ふふ、せめて夫にもこの祝賀会に参加してほしくってね。あと笑里の晴れ舞台になる大会も見せたかったし、つい持って来ちゃった」


 風助は感動して「里香……」と呟く。


「だからこのビールも飲んで楽しんでほしいの」


 ――里香は遺影にビールをドバっと零し始めた。


「いや何やってんだあああああ!」


 神奈は叫び、風助は絶句し、笑里は気にせずカツ丼を食べていた。

 ビールを遺影に零すという常識外の行動を、里香は反省する様子も見せずにきょとんとしている。


「何って、夫にも楽しんでほしいから飲ませたのよ。ふふ、夫はビールが好きだったから……今頃このビールの味を堪能しているかな」


(この人、頭おかしいな……)


 遺影にビールをぶっかけられた風助はというとなぜか笑みを浮かべていた。


「いやあこの破天荒さ、相変わらずだなあ」


「おいあんたの奥さん普段からこんなだったの!?」


(いきなり壁に叫んでる……神奈ちゃんやっぱり頭おかしいな)


 そんな様子をずっと静観していた笑里は、顔についた米粒などをティッシュで拭き取りつつ顔を綻ばせる。

 少し前まで寂寥感であまり笑うこともなく、神奈に会わなければ話し相手もいないまま感情が消え失せてしまいそうだった。こんなふうに楽しいと思える今があるのは目前にいる友達のおかげだと、笑里は改めて心の中で感謝した。



 * * * 



 朝の六時――隼家。

 太陽が出ていい天気のなか、速人は日課である朝の鍛錬をしていた。

 体のラインが出ている黒の肌着一枚。額に汗を掻きながらも彼は刀を振り続ける。


「速人、精が出ているようだな」


 そこに声を掛けてくる人影が一つ。隼家当主であり、速人の父親でもある隼走矢だ。

 愛する息子からの返答はない。


「……速人、精が出ているようだな」


「……珍しいなこんな時間に。いつもは夕方の四時くらいまで寝ているのに」


 いつも寝てばかりだということは息子である速人にはお見通しだ。呆れた目線しか送るものはない。


「フッ、たまにはな。しかし今のお前はこの家で一番の実力者だ。何もこんな朝から鍛錬などしなくてもよいのではないか?」


「俺は誰かの様に、強くなったからといって修行をサボったりはしない。それにまだ超えていないやつがいるんだ、止まっている暇などない」


「そうか、この俺を超えたいか」


「あんたはもうとっくに超えたし、さっき俺がこの家で最強だと言っていただろう」


 実際、速人に勝てる人間というのはそうはいない。宝生小学校全体で見ても勝てる者は限られる。

 遅刻しそうな時間になったので、速人は素振りを止める。振っていた刀を縁側に立てかけていた鞘へとしまう。


「……そうだな。ときに速人、超えていないやつというのはどんな男だ? かなりの達人なのだろうな、お前がそう言うくらいだから……」


「男? 奴は女だぞ、ちっとも可愛くないがな」


 強いと聞いて勝手に男だと思っていたが、走矢は真実を知りハンマーで殴られたような衝撃を受ける。


(え? 男ならともかく女? もはやこいつはこの家でのみならず裏社会での実力者の中でトップクラスの実力だぞ。それを超える女? 巨大な岩を砕いたり、音より速く走ったりするこの息子より強いとか……そいつ本当に人間なのか?)


 縁側に用意していた白いタオルを手に取り、額の汗を拭くと速人は呟く。


「こんなものでは足りない……もっと負荷を掛けて修行しなければ」


「そうだな、頑張れ息子よ」


「普段ぐうすか寝ている癖にこの俺に偉そうにするな」


 その強い言葉に、走矢は何一つ反論できなかった。


 時間は流れて。朝、八時三十分――宝生小学校。

 神奈がギリギリ登校時間に間に合い、席に着こうとした瞬間――速人が勝負を仕掛けた。そしていつものように一秒もかからず倒され気絶する。もはや日常となっていて誰も気にしていない。


 その光景を見ている男がいる。

 三階の教室の高さまで伸びている木の枝に乗り、葉と葉の間から見ている男――走矢だ。彼は息子から話を聞いたことで気になり、こっそりと様子を見に来ていた。


(息子を超える化け物を見に来てみれば……見た目は普通だな、もっとゴリラみたいな、というかゴリラかと思ってた。てか瞬殺ってマジモンの化け物だな!)


 十二時――昼食時間。

 神奈は笑里、そして才華と共に給食を食べている。


(へえ、今の給食あんなのあるのか。昔はエビピラフなんて出なかったぞ、せいぜい良い時で桜エビが三匹くらいだったな確か。あれ、うちの息子朝と同じ位置で気絶したまんまなんだけど! 誰か起こしてあげてくれよ!)


 午後四時三十分――下校。

 ぞろぞろと学校から帰るために生徒たちが出てくる。


(ぬおおおい! うちの息子まだ気絶してるんだけど!? 授業全く受けてないじゃん! 何のために学校行かせてると思って……あ、起きた。しかしあの子は一体? 裏業界でも見たことないな、一応チェックしておくか……グバッ!?)


 木の上で観察していた走矢の元に、手のひらサイズの石が超速で飛んできて直撃する。

 石を投げたのは神奈である。走矢は反応すらできず、喰らったことで木から落ちてしまう。さらに落下の衝撃により走矢は気絶してしまった。


「神奈ちゃん、どうして石投げたの?」


「いや、なんか変なオッサンが学校に不法侵入してたから撃退しようと思って」


「怖いわね。警察に連絡しておきましょう」


 夕陽が学校を照らしていると、気絶している走矢の元を一人通りかかった者がいた。

 気絶から目が覚めた速人は帰宅しようと歩いていて、偶々見つけた寝ている走矢に冷めた目を向ける。


「……親父? まさかこんなところで寝ているとは……呆れたものだ、穀潰しめ」


 倒れている父親に手を貸すことなく速人は去っていく。

 冷たい風に吹かれ、落ち葉が僅かに落ちてくる木の下で、白目を剥いた走矢は気絶し続ける。


 その日、隼家の夕食時に走矢の姿はなかった。

 テレビの情報番組では今日逮捕された男が映っている。小学校に不法侵入し、児童をつけていたストーカーとして、学校の敷地内で逮捕されている映像が流れている。


「俺は断じてストーカーなんてしてないんだー! 信じてくれよおおおおぉ!」


 牢屋に入れられた走矢は鉄格子を掴んで、泣きそうな顔で叫んだ。

 虚しくも牢屋内で、その叫びはこだました。



 次回から二章です


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ